第六話 女
第六話 女
サイド 福矢 亮太
ダンジョンからモンスターが出てきて、世の中に冒険者がうまれた。まるでアニメやゲームみたいな世界になった。けれど、世間の空気は暗く硬い。
家の中も、父が働いている会社がダンジョンや霧の影響で上手くいっていないらしく、少し暗い空気になっている。
ただ、学校の空気は相変わらずだ。サッカー部と例の生徒の対立は続いているし、教室ではスキルやレベルについてばっかりだ。
テレビでは連日冒険者に関する政府の出した決定に批判がされている。
『政府は国民がどれだけ死んでもいいと考えている!』
『こんな非人道的な行いが認められていいはずがない!』
『まず自衛隊で対処すべきでしょ。あんだけ予算だしているんだから、彼らに頑張ってもらわないと。このうえもっと予算をよこせと言われてもそんな余裕はないんですよ』
『やはりね、ここは在日米軍に出てもらうしかないんですよ。自衛隊も警察も頼りないんですよ』
『冒険者とか言って、一般人に武器を持たせるなんて何を考えているんですか!』
『冒険者とか言っておきながら刃物や鈍器ってふざけてるんですか!銃ぐらいわたしなさいよ!』
そんな感じで色々言われているのにだ。
「やっぱ冒険者になるんなら剣だよな」
「男はやっぱメイスだろ」
「あー、俺も魔法使いてー」
「追放からの覚醒。これだ……!」
そんな感じだ。どれだけテレビで『冒険者は皆が夢見る様な職業じゃない』と言われようと、どうしてもファンタジーが現実になった世界では夢見るのはやめられないのだ。
自分とて、つい思う時がある。ダンジョンでスキルを使って無双してハーレムとか妄想してしまうのだ。
そんな感じで時間が過ぎていくなか、いつもの様に教室に居場所がないので昭と優子の所に向かう。だが、なんとなく超感覚が反応した方向に向かってみた。すると、最近聞きなれた声が聞こえてくる。
「だから、そこを通してくださいって!」
昭の声だ。普通に歩いていたが、慌てて走って向かった。角を曲がると、数人の男子生徒に囲まれている昭がいた。
「俺は男ですよ!」
「だからさぁ、男だって言うなら一緒に遊ぼうぜっていってんじゃん」
「そうそう。なんなら一緒に風呂でもはいるぅ?」
「そりゃいいや!男だっていうんだからいいよな?」
そんな感じで迫っている。タイミングの問題か、周りに生徒はいない。
「ちょっと!」
慌てて男子生徒、上靴の色から三年か。受験生のくせになにやってんだ。
「亮太!」
昭を庇うように立ち、先輩たちと向き合う。
「なに、ヒーローのつもり?」
「かっこいいねぇ」
「おいおい彼氏面かよ」
ニヤニヤ笑う先輩たちを身長差で見下ろすが、向こうは随分と余裕の表情だ。学校内だというのに、なんでこんな笑っていられるんだ。
「まずさあ、いいこと教えてあげるよ」
先輩の一人が、わざとらしく首をひねる。……首を鳴らしたかったのだろうか。
「俺ら全員、レベル持ちなんだよねえ」
内心、思いっきり『げっ』となった。自分もレベル持ちとはいえ、昭を戦力に数えても三対二。しかもあっちは喧嘩に慣れて……慣れ……いや、超感覚が言ってる。三人とも喧嘩素人だ。自分もだけど。
「しかもここってさぁ、ほとんど人が通らないんだよ」
「この意味わかるよなぁ」
そう言って距離を詰めてくる先輩たちに、昭が不安そうに縮こまるのが背中越しにわかる。
なるほど。状況は不利。ならば、こちらも全力を出すしかない。
思いっきり、息を吸う。
「誰かぁぁぁぁぁぁぁああああああ!」
「うわっ」
「いぃ!?」
全力全開で『助けを呼ぶ』。
人が通らない?それでもここは昼間の学校だ。それなら、レベル持ちの肺活量で叫べば否が応でも目立つし、何よりこの人たちは『誰か来る』と動揺する。
その隙に、昭の首根っこを掴んで思いっきり投げた。
「え、うおおおおおおおおおお!?」
悲鳴をあげる昭だが、なんとか着地は出来たらしい。いやぁ、我ながら片手でよくあんなに飛ばせたな。昭の体重が軽いとはいえ、五メートルは超えていたぞ。
「助け呼んでこい!」
そう昭の背中に声をかけると、あいつは振り返らずに走り出した。これでいい。
耳を抑えた先輩たちが、目に見えて狼狽える。やっぱりこの人たち、普段は普通の生徒だったようだ。傍からでもわかるぐらいこういう状況に慣れていない。
「ど、どうするよ」
「逃げるしかねえよ、人が来るぞ」
「うるせえ!」
だが、リーダー格っぽいのは自分を睨みつけてくる。
「やってくれたなこのクソ野郎!」
拳を構えたリーダー格を、他二人が止める。
「や、やべえよ」
「まず逃げようぜ!」
「黙ってろ!」
その隙に、こちらも構えを取る。
「ああ!?ヤル気かよこの腰抜けがぁ!」
それを見たリーダー格が、不格好なファイティングポーズをした。それを鼻で笑いながら、更に重心を落とす。
「いい事を教えてあげましょう」
無表情のこちらに、先輩たちが顔を強張らせる。
「いかなる戦いにおいても、有効な戦術を」
「な、なんだ……!」
「まさか、こいつ何か武道を……!」
「それはっ!」
床を全力で蹴りつけ、構えている先輩に向かって走る。相手も当然反応して、防御の態勢にはいった。
それをしり目に全力で走る。
「三十六計逃げるに如かずぅぅぅぅ!」
誰が真面目に戦うか。馬鹿め、僕が無表情だったのは多勢に無勢で怖かったからだ!こちとら殴り合いの喧嘩なんて一度もした事がないんだよ!ちびるかと思ったわ!
「待てやこらぁ!」
リーダー格が追ってきているようだが、どうやらこちらの方が速いらしい。あっというまに職員室の近くまで到着する。
「だから!早く来てくださいって!」
「次の授業がだなぁ」
その時、昭が教師を連れて職員室から出て来た。あれは、いつぞやの体育教師か?
「ヘルプミー!」
「亮太!?」
ここまで来れば大丈夫だろう。反転して先輩を待ち構える。
ふっ、こちらには教師がいる。勝った……!
数秒後にやってきたのは、リーダー格の先輩だけだ。他二人は逃げたらしい。その彼も、教師の顔を見て立ち止まる。
「あの先輩が俺に絡んできたんです!一緒に風呂にはいれとか言ってきました!」
先輩を指さして昭が叫ぶ。それに、教師が面倒くさそうに先輩へと視線を向ける。
「あー、本当か?」
「……いや、違うすっよ。そいつが道に迷ってたから、教えてやろうとしただけです」
「嘘だ!」
にらみ合う両者に、教師がため息をつく。
「わかったわかった。あれだ、お互いに『勘違い』があったんだな」
「なっ」
驚いて教師の顔を見る。その表情はありありと『面倒事を起こすな』と書いてあった。
「これ以上騒いで周りに迷惑をかけるな。お前も、『誤解される』ような行動は避けろよ。三年だろ」
「うっす」
先輩は一度こちらを睨んだ後、去っていった。
「お前たちも、『勘違いで』騒ぎ立てるんじゃない。こっちは忙しいんだ」
そう言って昭を睨む教師だが、視線がずれて胸元に固定される。
「まあ、もし本当に困っているって言うんなら、生徒指導室で話をきいてやろう」
そう言う教師に、昭が露骨に距離をとると、また面倒くさそうな顔になった。
「っち……とにかく、あまり騒ぐんじゃないぞ」
そう言って職員室に戻ろうとする教師を無視して、昭に呼びかける。
「大丈夫か」
「あ、ああ……」
胸元を隠して、青い顔の昭が頷く。どう見ても大丈夫じゃない。怖がっている。
「よし。とりあえず教育委員会の人に伝手があるから、その人に電話しよう」
そう言ってスマホを取り出して操作していると、突然教師が戻ってきた。
「おい!どういうつもりだ」
「え、どうもこうも。あの先輩が逆恨みしてくるかと思ったので」
「やめろ!あいつは三年だぞ。受験もあるんだ」
「いやそう言われましても」
「だいたい!この程度でいちいち騒ぐんじゃない!そこのみたいな性別が変わっただの騒いでいる奴らのせいで、こっちがどれだけ苦労していると思っているんだ!」
大声をだす教師に、昭が委縮してこっちの背中に隠れてきた。いやナチュラルに人を盾にすんな。
「元は男だろう!じゃあ風呂でもトイレでも男同士で入ってこいよ!本当に迷惑な奴らだな!」
「あの先生」
「だいたい、そういう『オカマ』って気持ち悪いんだよ。せめて静かにしている事もできないのか」
「先生」
「それに、そこの奴とかお前の方から誘惑したんじゃないのか?その無駄にでかい乳で」
「おいおっさん」
「貴様、教師に向かってなんだその口は!」
聞こえてんじゃねえか。
「今通話中なんですけど」
教師がピクリと止まる。
「……いつからだ」
いつから?ああ、『いつからつながっていたか』か。
「やめろ、あいつは三年だぞ。のあたりです」
ぶっちゃけほぼ最初っからだ。
教師の顔が青くなっていく。ざまあ。
『……福矢さん。今のを言っていた先生って誰ですか?』
「体育の松島先生」
『わかりました。母に相談してみます』
阿部さんとの電話が切れたので、スマホをしまう。
見たか、これが生徒最終奥義『親に言いつけてやるんだからな!』他人版だ。情けない?学校という名の戦場では油断すれば死ぞ。
「あと先生、あっちで校長先生が見てますよ」
ゆっくりと背後を振り返り、青い顔をしている校長と見つめ合っている先生を放置して昭を連れていく。
「おい、大丈夫か。早退するか?」
「……そうする」
未だ落ち着かない様子の昭を連れて優子のいる教室に向かう。
「おや、どうしたでござるかアイカワンにフクヤン。随分長い厠で……どうしたでござる?」
優子に事情を伝えた後、自分も教室に戻って委員長に適当に体調不良をでっちあげて伝えた後、昭のもとへ向かった。本当は担任に直接言った方がいいのだろうが、今教師に会うのは面倒だ。
キレ散らかしている優子から昭を回収し、帰路につく。というか、あのクラス全員性別が変わった奴を集めているので、話を聞いていた面々が怖がっていたりブチギレていたりした。
これは、結構話が大きくなるかもしれない。
「……なあ」
「うん?」
とぼとぼと歩く昭に歩調を合わせていると、小声で話しかけてくる。
「ありがとな。俺は、もう大丈夫だから、お前は学校に戻れよ」
「いや、もう三十九度の高熱って委員長に言っちゃったし」
「……悪い」
「別に」
うつむいたまま、ぽつぽつと昭が喋り出す。
「最初さ。トイレに行って、その帰りに、荷物を重そうに持ってる女子がいたんだ」
「おう」
「でさ。手伝って運んでたんだけど、途中で俺がサキュバスで元男ってわかったら、荷物全部押し付けられてさ。けど、男扱いされている気がして、頷いちゃったんだ」
「うん」
「で、荷物を資料室に置いた帰りにさ、突然あの先輩たちに囲まれたんだ」
昭が、強く学ランの裾を掴む。
「あいつら、俺の胸とか尻を見つめてきてさ。『女』として見てきたんだ。それで、一緒に遊びに行こうとか言い出して、段々風呂とか言い出して」
「……ああ」
「俺、恐くなってさ。情けねえよ。俺、男なのに……なんで……」
彼に、なんと声をかけてやればいいのかわからない。何も失っていない、力だけ貰った自分が、いったい何を言えるのか。
そう迷っていると、昭がこちらを見上げてくる。前までは、そこまで身長差はなかったのに。
「お前はさ、俺の事、男として見てくれるよな……?変な事、しようとしないよな……?」
不安げに涙を浮かべる昭に、一瞬『かわいい』と思った自分がいた。最悪だ。自分自身を殴りたい。だが、それが事実なのだ。
自分は、昭を『異性』として見てしまっている面がある。
勿論、元々の彼を知っている身だ。男として扱う事も、出来てはいる。だが、完全にとは言えない。
「……変な事はしない」
「だ、だよな!俺は男だってわかってるもんな!」
「けど、完全に男としてみきれているとは言い難い」
「え……」
昭が立ち止まり、目を見開く。
今は、嘘でも『お前を男としか見れない』と言うべきだったかもしれない。だが、嘘はつきたくなかった。
「お前を相川昭として見てる。男のお前も知ってる。けど、胸とか、そういう目で見る事もある」
努めて冷静に振る舞おうとするが、もしかしたら声が少しうわずっているかもしれない。
「うそ、だろ……?」
「本音で言う。僕は、お前を性的な目で見てしまう事がある」
昭が、一歩後退る。
「最低と思ってもらってかまわない。代わりに、危機感をもて」
酷な事を言っているのは分かっている。だが、言わなければならないと思った。
「昭。今のお前の体は、女なんだ」
「っ……」
黙り込む昭に、少しだけ、ため息をつく。
「けど、僕はお前を友達だとも思ってる」
無言のままの昭に、出来るだけ自然体で話しかける。
「……気持ち悪いなら、僕はここで分かれて帰るよ。おばさんに電話して、迎えに来てもらえないか……いや、もしあれなら僕の母さんに電話して送ってもらうよう頼むか?」
昭の家は母子家庭だ。今はおばさんも仕事中だろう。自分の母に頼んだ方がいいかもしれない。
「いや、いい……」
昭が、袖でゴシゴシと涙をぬぐった後、こっちを真っすぐと見てくる。
「わかった。大丈夫……ではないけど、お前が友達なのは変わらないってのはわかった」
「おう。それは保証する」
「あと、俺が女の体っていうのは、受け入れられるよう善処しようとは思う」
自信なさげに昭は言うが、最初はそれでいいと思う。性別が変わってしまって半年と少し。それだけの時間で受け入れようとするのは、無理があるだろう。
「とりあえず、帰ろうぜ。女の体って言うなら、送ってけよ」
「はいはい」
適当に返事して、また並んで歩き出す。
「……なあ」
「なんだよ」
「俺、頑張って女の体なのは自覚するけど、恋愛対象は女子のままだから、俺に惚れるなよ」
一瞬なにを言っているのかわからなかったが、何とか理解した。
「はっ」
「なんで鼻で笑ったよ!?」
「だって、お前を恋愛対象として見るには無理があるというか、お前の黒歴史知ってるし」
「それは忘れろよ!特にラブレターの件!」
「断固断る!一生ネタにすると決めているんだ!わざわざ優子と協力して完璧に複写したんだからな!」
「なんちゅうもん作ってんだお前ら!?」
ようやく、いつもの昭に戻ってくれた。それにホッとしながら、馬鹿な事を言い合って帰っていく。
「おま、それだったらお前が去年トイレ間に合わなかったのを俺だって知ってるんだからな!?」
「ちょ、それは忘れてくれるって約束だっただろうが!?」
「しりませーん。記憶にございませーん」
「じゃあお前だって大の方を」
「あれはセーフだったろぉ!?」
* * *
それから更に一年ほど時間が過ぎた。もう自分も受験生だ。というか修羅場だ。
全校集会やらなんやら色々あって、体育教師が別の学校に行ったとかあったが、それはどうでもいい。
重大な事件が発生した。
夜、家に帰ってきた父が重い口を開いた。
「すまない。父さんの会社、倒産した」
一瞬、ギャグかと思った。
読んでいただきありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。