第一話 変わり始める日常
第一話 変わり始める日常
サイド 福矢 亮太
あの後、夜中頃には世界中でステータスとスキルが認知されるようになった。
話半分に聞いていた母もこれには驚いた様子で、帰ってきた父と一緒にかなり心配された。まあ、突然スキルがステータスがと本気で言いだす息子とか頭を心配するし、それが真実だとわかったらそれはそれで『体に異変はないのか』と心配になるわけで。
とりあえず身長が急に伸びたのと体が筋肉質になった事。あとやけに周囲の状況がわかるようになった、具体的に言えば死角で動いている物もよくわかるようになっただけだ。
そう伝えたら、夜中だというのに病院に連れてかれそうになった。まあ、自分も逆の立場だったら救急車を呼ぶかもしれない。
だが、一応行ってはみたものの行きつけの診療所も、市内にある私立病院も人でごったがえしている。とてもじゃないが診てもらう事はできないだろう。受付にすらたどり着けず、家に帰る事になった。
ちなみに、両親のレベルは0だったらしく、体に変化はなかったそうだ。
とにかくベッドで安静にしていろと、わりと強引に部屋に押し込まれた。両親が心配してくれているのはわかったのだが、それでも興奮で眠れない……はずだった。
だが、友人達がよくわからないけどとんでもない事になっているのはわかっている。その状況で浮かれられるほど、自分も薄情ではない。
布団にくるまって色々考え込んでいるうちに、気づいたら眠りに落ちていた。
* * *
そんなこんなで次の日。今日は学校を休んだ方がいいんじゃないかと言ってくる両親に、
一応大丈夫だからと言って家を出た。本当はサボりたいが、体調におかしい所はないし、本気で心配してくれている両親に申し訳ないと思って学校に行く事にしたのだ。
SNSで既に友人達は今のところ中学に来られないと分かっていたので、今日は教室で一人だろう。ちょっと憂鬱だ。重い足を動かして自転車をゆっくり進ませる。
その時、第六感とでも言えばいいのか。なにか薄っすらと危険を感じてブレーキをかける。すると、自分の進行方向上に鳥の糞が降ってきた。見上げてみれば、カラスが一羽飛び去っていくところだった。
もしかして、これがスキルにあった超感覚?
ちょっと得した気分になって、力強くペダルを押し込んだ。すると。
「へ、ちょっ!?」
思った以上にスピードが出てしまい慌ててブレーキをかける。いったい何なんだ。急な加速に心臓がバクバクと言っている。滅茶苦茶驚いた。
今度は普通に自転車をこいでいくと、いつも通りだった。もしかして、身体能力も変わっている?
……明日、体育あるんだけどどうしよう。
* * *
学校に到着し、駐輪場に自転車を止めて教室に向かう。今更だが、学ランは元々身長が伸びるのを前提で買ってあったので、母が袖や裾をちょっと調整してくれたら今の体でも問題なく着ることが出来た。だが、上靴は少し窮屈だ。
一応教室に入る時に小声で挨拶はしたが、当然誰も反応しない。というかたぶん耳に届いていない。
「なあ昨日のニュース見たかよ!?」
「みたみた!駅前で人が空を飛んだってやつだろ!」
「あー、俺もスキル目覚めねえかなぁ」
「それよりさ。ネットで聞いたんだけど」
教室中が、というか学校中スキルやステータスについての話で持ち切りだ。まあ、当たり前ともいえる。自分とて、友人達がああなっていなければ喜び勇んでスキルについて話し合っていたに違いない。
とりあえず席について、持って来ていたラノベを読み出す。内容はまあ、ありきたりな異世界チートハーレムものだ。
「なあなあ!このクラスでレベルが1以上の奴っている!?」
そう大声で呼びかけてきたのは、Aグループのお調子者だった。その言葉にクラス中が一瞬静かになった後、また騒がしくなる。その内容は、お互いにスキルの有無やレベルについてだった。
不味い。この状況はかなり不味い。ここで自分のレベルが1だと言ったとしよう。今は中学でいじめにこそあっていないものの、下手に目立ってしまえばいじめの標的にされかねない。
そもそもレベルが1以上という事はスキルを持っているという事。嫉妬の対象にされかねない。そんなものをクラスの日陰者が持っていると知られたら?想像するだけで吐きそうだ。
だが、後になってバレた時に『は?黙ってたの?』と睨まれるかもしれない。なら、まだこの段階で手を上げるべきではないか?それに、まさかクラスで自分だけという事はあるまい。赤信号、皆で渡れば怖くない。
ええい、ままよ!
「俺レベル1だぜ」
小さく手を上げるのと、Aグループからそんな声が聞こえたのがほぼ同時。
「え、マジで!?」
お調子者も、クラスの視線もAグループの方にのみ向けられる。あ、これ既定路線だったやつだ。そっと手を下ろす。
ドヤ顔で口を開いたのはAグループの……名前が思い出せない。サッカー部だっていうのは覚えている。たしかスタメンでイケメンでマネージャーとできてるって噂だった気がする。
「どんなの使えんの?」
「まあ、こんな感じだな」
『アイス』
サッカー部が手の平を上に向けると、その手に野球ボールサイズの氷が現れた。
魔法だ。初めて見た。
「すげえ!魔法だ!」
「氷使いとか絶対強キャラじゃん!」
「マジかっけぇ」
サッカー部のイケメンを絶賛するクラスメイト達にのっかり、自分も『すげえ』と言っておく。こういう時ちゃんとのっておかないと後が怖いのだ。
サッカー部はクールな顔をしようとしているが、思いっきり口元がニヤニヤしている。まあ自分だって同じ状況だったら顔緩むな。
そうして担任が来るまで騒がしい状態は続いたが、それ以外は概ねいつも通りの教室だった。
それはそうと明日の体育なのだが……どうしよう。レベル1の段階で身体能力が跳ね上がっている可能性があるのだが、これタイミング次第ではAグループに目を付けられるよな……。
* * *
結局妙案は思いつかずに翌日。体育の時間になったのだが、自分は着替えずにグラウンドの端にいる。
というのも、迷った結果『今日風邪気味なので見学させてください』と教師に言ったからである。普通に仮病だ。だっていい案が浮かばなかったんだからしょうがない。ほんの少しだけ申し訳なくは思っている。
普段の授業態度が比較的真面目だったおかげか。それとも単純に『どうでもいい』と思われたのか、あっさりと見学が許可された。
今日の体育は男子がグラウンドでサッカー、女子は体育館でバレーである。
全力で存在感を薄くしながらサッカーの様子を眺める。こういう時積極的にボールを追いかける奴と、自陣のゴール近くでつっ立っている奴に分かれる。ちなみに普段なら自分もゴール近くで案山子をしている。
試合は当然ながらサッカー部の独壇場なのだが……今回はいつも以上に大変な事になっている。
身体能力が違い過ぎる。
走れば陸上部でさえ追いつけず、蹴ったボールは凄まじい音を出して飛んでいく。高い位置を飛んでいくボールも、軽くジャンプしただけで数メートルも垂直に跳んでしまうのだから、あっさりと止められる。
実質奴一人で勝ててしまう程身体能力に差があり過ぎるのだ。目に見えてサッカー部も調子にのっている。相手チームに露骨な煽りをいれたりもしているせいで、周囲の空気はピリピリしていた。
そんなだからだろうか。事故が起きるのは必然だった。
「あっ」
思わず声が漏れる。相手チームの一人が、サッカー部の蹴ろうとしているボールを蹴りつけて妨害しようとした。それに対し、サッカー部はニヤリと笑う。そして、そいつの足ごとボールを蹴り飛ばした。
あっさりと飛んでいくボールをよそに、グラウンド中に絶叫が響きわたる。
シュートを妨害しようとした生徒の足が、ばっきりと曲がっている。脹脛から白い物が飛びだし、辺りの砂を血で染めていく。
その生徒の絶叫に異変を感じた教師が慌てて近寄り、悲鳴をあげる。そのままスマホを取り出して、すぐにどこかへと電話を始めた。
他の生徒たちは状況を理解すると一様に騒ぎ出したが、教師にそれを止めている余裕はない。サッカー部は少しの間呆然とした後、『俺のせいじゃない!』と周りに叫び始めた。
その光景を、グラウンドの端から見ていた後、ハッと我に返る。どうする。どうすればいい。とりあえず救急車は……教師が既に連絡しているようだ。だが、あの出血量だ。間に合うのか?医学の知識なんて全くないが、漠然と『このままでは死ぬ』と感じている。もしかして超感覚か?
自分なら治せるのではないか?世界樹の加護なら。
迷っているうちに、ここからでも見えるぐらい血だまりが広がっている。いつの間にか生徒の絶叫も止まっていた。
迷っている暇はない。慌てて駆け出して、あっという間に生徒達を押しのけて倒れている生徒の元へ。教師がとにかく倒れている生徒の太ももを強く掴んで、止血をしようとしている。彼も混乱しているのか、突然近くに跪いた自分に見向きもしない。
『世界樹の加護』
呼吸を一度。患部に手をかざしてスキルを発動する。やり方は、何故か分かっている。足を前に踏み出すように、手を握りしめるように、当たり前に発動できた。
頼むから『目を覚まして』くれ……!
緑色の光が倒れている生徒の体を包むと、特に患部が強く光る。光の影響でよく見えないが、ある程度光が収まる頃になると突き出ていた骨は戻り、脹脛自体傷一つない状態に戻っていた。
倒れている生徒の呼吸も安定したものになり、ホッと胸をなでおろす。焦った。まだ心臓がバクバクいっている。
「お、おい!なにしたんだ!?」
慌てた様子の教師がこちらの肩を掴んで揺らしてくる。
「え、えっと、スキルを……」
「勝手な事をするんじゃない!」
至近距離で怒鳴られ、咄嗟に顔をそむける。
「素人が下手に手を出したら悪化するかもしれないんだぞ!わかっているのか!」
「す、すみません」
とりあえず謝っておく。教師の言い分は正しい。素人が下手に手を出して状況を悪化させるってテレビでも言っていた気がするし、今回使ったのは自分でもよくわかっていない力だ。正直、なにかしら副作用が出てもおかしくない。
こっちを突き飛ばしながら教師が倒れている生徒の肩を叩いて呼びかける。そこからそっと離れて、周囲を囲っている生徒の中に紛れ込んだ。まあ、滅茶苦茶視線を感じるが。
それから二分か三分か。それぐらいして救急車がグラウンドに入ってきた。サイレンの音で異常に気付いたのか、校舎の方が騒がしくなる。
教師が生徒と一緒に救急車に乗り込んで行った後、ようやく別の教師がやってきた。その人に何人かの生徒が事情を説明した後、とにかく全員教室で待機という事になった。
皆が着替えている間、先に戻った教室で自問自答する。自分の行動は間違っていたのだろうか。
教師の言う通りと思う反面、しょうがなかったと反論する内心もある。なんとなくあのままでは助からないと思ったのだ。だが、この考えも根拠のない直感のようなもの。どこまで信じていいか分からない。
もし、もしもだ。自分が余計な手を加えたせいで、あの生徒が死んでしまったら?治るはずだった傷が、後遺症として残ってしまったら?何かしら未知の副作用がでてきたら?
そんな想像をするだけで泣きたくなってくる。いっそ、あのまま何もしなければよかったのだろうか。だが、それは間違っていると思えてしまう。
そうしているうちに、教室に他の男子が戻ってくる。それぞれ席につきながら、その視線はサッカー部と自分をチラチラと向いている。
自分は咄嗟に机に視線を落として目が合わないようにし、サッカー部はしきりに『俺は悪くない』『あいつが勝手に怪我をした』と周りに言っている。
重苦しい空気の中女子も戻ってきて、話題は何があったのかという話に。
一気に騒がしくなる教室の中、自分はひたすら机を見つめ続けた。
その後、自分とサッカー部は職員室に呼ばれて事情聴取をされ、それが終わると普通に授業を受けた。授業中、病院に付き添っていた教師から学校に連絡があり、怪我をした生徒は命に別状はないだそうだ。
これには教室中空気が弛緩した。特に自分とAグループは本当に大きなため息をはいた。寿命が十年ぐらい縮む思いだったのだ。
そうして一日を終え、自宅に帰り着替えもせずにベッドに座り込む。
「はあぁ……」
我ながら深いため息がでた。とにかくあの生徒が無事でよかった。これで何かあって『お前のせいだ』と責められたらどうしたものかと。
だが、これで自分がスキル持ちだという事がバレてしまった。明日からの教室が正直不安だ。
愚痴でも言おうと思って、スマホを起動する。すると、友人達から通知が来ているのに気づいた。
『おいおいやべえぞ世界が』
『ファンタジーな時代が来たで候』
何を言っているのだろうか。というか雄太はまた口調が迷子になっているがどうしたのか。
「今学校から帰ったとこ。何があったし」
『ダンジョンだよダンジョン!中にモンスターがいるやつ!』
返信はすぐにきた。ダンジョン?モンスター?確かにスキルだのレベルだのが出て来た時に、ネット上でそういう単語が出ているのは知っていたが、妄想じゃないのか?
「マ?」
『マジで候。ガチのマジ故、ウイチューブでアップされているからすぐに検索されたし』
半信半疑ながらも、スマホで動画投稿サイトを開き『ダンジョン』『モンスター』で検索してみる。
すると、何やらとんでもない視聴回数を叩きだしている動画があった。え、これゼロがいくつあんの?しかも投稿日今日だぞ?
早速動画を開いてみると、金髪をオールバックにした白人のおっさんが銃を手に何かを言っている。なんとなく聞き取れた単語から、そこがアメリカだというのはわかった。言われてみればおっさんの恰好もカウボーイを意識している気がする。
そうしておっさんは何かをカメラに言った後、胸に装着した。そうして移動していくと、牛が飼われている小屋に。今時アメリカにこういう昔ながらっぽい牛小屋ってあったのか。あの国ってなんとなくひたすら機械化とかしているイメージがあった。
ただ、小屋の奥に違和感のある扉がある。木製の小屋の中に、石で枠を作った重厚な扉があるのだ。
おっさんはその扉を指さして何かを言った後、その中に。これまた不思議な事に、中はまるで坑道のような洞窟が存在した。光源がないため、カメラ横のライトを使って照らしながら進む。
坑道は幅四メートル。高さは三メートルぐらいだろうか。けっこうズンズン進んでいるのに、奥につかない。
おっさんがショットガンを構えて進んでいくと、何やら音が響き始めた。カツーン、カツーンと響き渡る音は、何かを叩いているように感じる。
音のする方向に進んでいくと、そこには見た事のない生物がいた。
全身をおおう灰色の体毛。犬に近い顔と骨格。しかし、後ろ脚のみで立ち上がっているだけでなく、前足の先は人間の手のように発達してツルハシを持っている。
牙をむき出しにして威嚇するその姿は、まるでアニメに出てくる『コボルト』のようだった。
読んでいただきありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。