弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

逮捕・報道された犯罪でありながら、解雇が否定された例

1.私生活上の非行を理由とする解雇

 最二小判昭49.3.15労働判例198-23 日本鋼管事件は、

「営利を目的とする会社がその名誉、信用その他相当の社会的評価を維持することは、会社の存立ないし事業の運営にとつて不可欠であるから、会社の社会的評価に重大な悪影響を与えるような従業員の行為については、それが職務遂行と直接関係のない私生活上で行われたものであつても、これに対して会社の規制を及ぼしうることは当然認められなければならない。」

(中略)

「しかして、従業員の不名誉な行為が会社の体面を著しく汚したというためには、必ずしも具体的な業務阻害の結果や取引上の不利益の発生を必要とするものではないが、当該行為の性質、情状のほか、会社の事業の種類・態様・規模、会社の経済界に占める地位、経営方針及びその従業員の会社における地位・職種等諸般の事情から綜合的に判断して、右行為により会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価される場合でなければならない。

と判示しています。

 これは、

私生活上の非行であったとしても、懲戒対象になり得ること、

とはいえ、私生活上の非行で懲戒処分を行うには、相応の重大性が必要になること、

を示した裁判例として知られています。

 懲戒処分の対象となるくらいなので、私生活上の非行であったとしても、普通解雇の対象にならないということはありません。

 しかし、解雇権の行使に制約のかかる「私生活上の非行」と有期雇用契約を解消するために必要となる「やむを得ない事由がある場合」が結びつくと、かなりのレベルまで解雇無効という結果が得られそうです。近時公刊された判例集に、そのことがうかがわれる裁判例が掲載されていました。大阪地判令7.3.14 学校法人明治学院事件です。

2.学校法人明治学院事件

 本件で被告になったのは、大学等の教育期間を設置、運営している学校法人です。

 原告になったのは、被告との間で、令和2年4月1日~令和3年3月31日までを契約期間とし、特別ティーチング・アシスタント(特別TA)として勤務していた方です。春学期は火曜日と金曜日に、秋学期は火曜日に勤務することになっていました。

 原告の方は、

「令和2年9月7日、D空港からE空港に向かう航空機に搭乗した際、客室乗務員からマスクの着用を求められたが、これを拒否したことに端を発して、他の乗客らとの間で口論となり、さらに客室乗務員との間でもトラブルとなり、上記航空機の機長は、上記航空機をF空港に臨時着陸させた」(本件事件)

として、令和3年1月19日、威力業務妨害、傷害、航空法違反で逮捕されました(ただし、裁判官は勾留の必要性を否定して原告を釈放)。

 その翌日・令和3年1月20日、被告は、原告の解雇を通知しました(本件解雇)。

 このような事実関係のもと、原告の方は、解雇は無効なもので不法行為を構成すると主張し、被告に対して損害賠償を請求する訴訟を提起しました。

 この事件の裁判所は、次のとおり述べて、解雇は無効だと判示しました(ただし、損害賠償請求は否定)。

(裁判所の判断)

「本件解雇は、有期雇用契約の契約期間満了前の解雇であるから、『やむを得ない事由』がある場合でなければすることができない(労働契約法17条1項)。有期雇用契約の要件である『やむを得ない事由』は、無期雇用契約の解雇の要件である「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」よりも厳格に解するのが相当である。」

「以下、本件解雇につき、『やむを得ない事由』が認められるか検討する。」

「被告は、本件解雇に係る通知書において、解雇の理由として、〔1〕本件逮捕当日の業務を理由の説明なく放棄したこと、〔2〕本件逮捕等に伴う身柄拘束等により業務を遂行することが困難であることを挙げている・・・。」

「この点、上記〔1〕については、確かに、被告において、特別TAに不測のトラブル等が発生した場合、特別TAは原則としてコーディネーターに報告し、その指示に従い対応するというルールがあるところ・・・、原告は本件逮捕時にコーディネーターに連絡していないが・・・、他方で、原告は同僚の特別TAに勤務の交代を依頼し、その承諾を得ていること・・・に照らせば、原告が業務を放棄したと評価することはできないし、労契法17条の『やむを得ない事由』を根拠付ける事由であるとは認められない。」

「また、上記〔2〕については、原告は本件逮捕の3日後である令和3年1月22日に身柄を釈放されており、次の勤務予定日(同月26日)の4日前に身柄を釈放されていること・・・に照らせば、身柄拘束により業務を遂行することが困難であったとはいえず、労契法17条の『やむを得ない事由』を根拠付ける事由であるとは認められない。」

「被告は、本件解雇の理由として、上記〔1〕、〔2〕のほか、〔3〕本件逮捕の被疑事実の内容等の重大性や〔4〕原告に業務を担当させることによる学生に対する影響を挙げる。」

「なお、原告は、本件解雇当時、被告は上記〔3〕、〔4〕を解雇の理由として挙げておらず、認識していなかったから、本件解雇の理由にならない旨主張するけれども、本件解雇は懲戒解雇ではなく普通解雇であるから、解雇当時に存在した事由であれば、解雇の有効性の判断において考慮することができるというべきである。」

「よって、原告の上記主張は採用できない。」

「上記〔3〕について、本件解雇時は未だ捜査段階であり、原告の行為の内容及び刑事責任の有無、程度は未確定であったが、その後、刑事裁判において、本件逮捕に係る被疑事実のうち、威力業務妨害及び航空法違反の罪は認定されたものの、傷害については暴行の限度で認定された・・・。本件においても、傷害を認めるに足りる証拠はない。」

「そして、原告が刑事裁判で認定された行為に及んだことを前提としても、私生活上の非行であること、上記行為の内容は決して軽視できるものではないが、客室乗務員に対する暴行の程度は大きいものではないこと、被告は、遅くとも令和2年10月頃には原告が本件事件の被疑者であることを認識していたにもかかわらず、原告に対する事実確認をしないまま、原告を特別TAとして勤務させ続けており・・・、その間原告が学生との関係等で特段の問題を起こしたことはうかがわれないこと、それにもかかわらず、被告は、本件逮捕後、原告と面談して事実確認をする等原告に対する弁明の機会を与えないまま、本件逮捕の翌日に本件解雇に及んでおり・・・、手続上の問題があること、原告の被告における立場(週1日勤務の有期雇用労働者)などを考慮すると、上記〔3〕について、労契法17条の『やむを得ない事由』を根拠付ける事由であるとまでは認められない。

上記〔4〕について、本件事件及び本件逮捕は、全国的に報道され、新型コロナウイルス感染症の流行下における航空機内でのマスク拒否を発端とするものであったこともあり、社会的な耳目を集めたことから、原告が引き続き特別TAとして学生に対応することによる学生に対する影響や社会的な批判を考慮する必要があったとしても、原告が学生と接触する業務は令和4年1月26日の1日しか残っていなかった・・・のであるから、原告に同業務を担当させず、有給休暇の取得を促すなどの対応が可能であったといえるし、学生と接触することのない秋学期振り返り研修に参加することは可能であったといえる。

以上によれば、上記〔4〕について、労契法17条の『やむを得ない事由』を根拠付ける事由であるとは認められない。

「以上のとおりであるから、本件解雇は、労契法17条の『やむを得ない事由』があるとは認められず、無効である。」

3.解雇の可否については理性的な判断がなされている

 本件の刑事事件は報道されて社会的な耳目を集めました。世論の風当たりも、厳しかったように記憶しています。

 しかし、裁判所は、世論に流されることなく、

労務提供を不可能にするものなのか、

弁明の機会がきちんと与えられているのか、

学生に対する影響を押える他の手段がなかったのか、

といった観点から冷静な検討を行い、解雇は無効だという結論を導きました。

 私生活上の非行を理由とする解雇を争って行く事案において、裁判所の判断は、実務上参考になります。