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Conversation

以下、一般論だが、選挙演説に際して演説者や候補者に一市民の生の声を届ける目的で、演説者や候補者に届く声の大きさで、多少の質問や意見をしたり演説内容等に疑問を呈するなどの目的で弥次(ヤジ)を飛ばしたりすることは、表現の自由すなわち民主主義社会における重要な基本的人権の一つである政治的「言論」(憲法21条1項)の自由として保障されるものといえる。また、選挙演説が行われる場所は、殆どの場合、市民が自由に出入りできる公道や広場、公園であるところ、選挙演説中であっても、市民はその聴衆として原則として演説が行われている近くの公道等に自由に出入りできるの であり(公物たる道路の自由使用(一般使用))、かつ、そのような場所は演説者のみならず一般市民の表現の場としても役立つことがあるのであるから、聴衆にとってもその場所は「パブリック・フォーラム」としての性質(最判昭和59年12月18日刑集38巻12号3026頁の伊藤正己補足意見参照)を有するものといえる。そこで、少なくとも、公道で選挙演説の遂行に支障を来さない程度に多少の声を上げる(質問や意見として声を上げる、弥次を飛ばすなどの)自由については、法律 やこれに基づく行政活動による制約が許されるべきではなかろう。  他方で、公職選挙法225条2号は、選挙が公明かつ適正に行われることを確保すべく、「演説を妨害し…選挙の自由を妨害」する行為をした者を処罰すると規定しているところ、裁判例は、「選挙演説に際しその演説の遂行に支障を来さない程度に多少の弥次を飛ばし質問をなす等は許容」されるとし、「他の弥次発言者と相呼応し一般聴衆がその演説内容を聴き取り難くなるほど執拗に自らも弥次発言或は質問等をなし一時演説を中止するの止むなきに至らしめるが如き」行為に至らなければ公職選挙法上の演説妨害罪は成立しない(同号に該当しない)旨判示しており(大阪高判昭和29年11月29日高等裁判所刑事裁判特報1巻11号502頁(503頁))、同法の前身たる衆議院議員選挙法115条2号の 演説妨害罪の成否についても、聴衆が演説を「聴き取ることを不可能又は困難ならしめるような所為」に当たる程度であることが必要とされている(最三小判昭和23年12月24日刑集2巻14号1910頁(1912頁))。 以上のことからすると、選挙演説をする者がヘイト・スピーチを行った場合には、それを規制する法令や条例の定める規制を適用することで法的解決を図るべきであって、「他の弥次発言者と相呼応し一般聴衆がその演説内容を聴き取り難くなるほど執拗に自らも弥次発言或は質問等をなし一時演説を中止するの止むなきに至らしめるが如き」行為を集団で行うことによって、一種の自力救済を図ることは、憲法や法令の規定あるいはそれらの趣旨から許されず、逆に公職選挙法上の演説妨害罪の適用対象になってしまう行為だと言わざるを得ないだろう。 したがって、上記のような演説妨害を支持することは、憲法の観点からも問題がある、ということになる。