僭越ですが今日の夕方オンエアの石川テレビさんにこの件で取材を受けました
単なる人為ミスと叩くのは20年前の論調に近く極めてマズいと感じまして,何故「交直切換を自動化しないか」を,高圧高負荷電気を扱う側の視点も併せて,クハ489実車の運転席を用いて説明させていただいています。
(大真面目)
サシ481-48保存会【公式】小松移設に向け実働中
サシ481-48保存会【公式】小松移設に向け実働中
2,958 posts
サシ481-48保存会【公式】小松移設に向け実働中
@Td48148_4001M
白鳥やいなほ、はつかり、ひばりなど、名だたる特急に連結された、現存最後の原型485系食堂車です
小松へ移設の後、地元のご協力を得ながら整備復原を目指す事で、能登半島地震からの復興を後押ししたいと思います!
これからもフォロー&リポストしていただけるよう頑張ります
facebook.com/kuha489.501.bonJoined April 2024
サシ481-48保存会【公式】小松移設に向け実働中’s posts
ディーゼル発電機給油用のタキが構内をウロチョロしているのが伝わる、非常に意味深な写真で眼福。 x.com/ak7193907/stat
Age-restricted adult content. This content might not be appropriate for people under 18 years old. To view this media, you’ll need to log in to X. Learn more
25年前、高山本線
急行らしい急行として最後まで貫いた、たかやま
新大阪駅、通過。ちゃんと車内販売もあった
新幹線に接続する事もなく、季節増結でグリーン車2両連結する事もありました
特にキロ28-6001、この下降窓が好きでした
実は車掌室の窓構造がサシ481簡易運転台付車販室と同じなのです。
誤解されている方の方が多いのですが、これは車体劣化ではなくパテ硬化
砂吹き工程で柔らかいサーフェイサー処理して塗装した新製の後、硬いパテを上乗せで検査整備を重ねるとこうなります
自動車鈑金の世界では完全に不良施工といわれるのですが、鉄道は数年に一度検査する世界ですから(以下略)
続
485系保存車の中でも一番重要視しなければならなかったのが,交直切換と「走る変電所」を備えたモハ484だと思います
この車両上だけは架線も再現しています
現役時代を知らない世代が多くなる今,博物館の役割とそれ以外の役割は両輪だと感じます
食堂車の保存は「活用方」が全て
展示だけでは勿体ない!
サシ481-48クラウドファンディング返礼品の写真集に,キハ52125が写る写真が1枚あります
松任工場で試運転する姿です
クハ489-501は通電試験で動く事はありませんが,共に現役時代の姿
この旧国鉄色,省線色ともよく言いましたが,当時金沢支社にボンネット撮影会時のアンケートを提出しました。
続
#ありがとうサロンカーなにわ
のタグを見ていたら,
「そういえばトワイライトと並び,撮ったような…」と記憶が
捜してみたら,寺井でした(笑)
ついでに,並び色々です
スロフ14の尾灯パーツはヨ5000などと同じで,折畳標識板付けたかったな…
テールマーク行灯は国鉄客車特急やたから号と同サイズ。
24年前の4月のネガが出てきました
それが,鹿嶋のサシ489-9レストラン「エル」
9:00頃だったと思います,「石川から来ました」と言うと,チーフ(マスター)から特急白山の話,この車両を退職金代わりに買った話,そして昭和61年2月に鹿嶋まで自走で来た写真を矢継ぎ早に回顧…(続)
readyfor.jp/projects/TD481
エーデルエーデルエーデルエーデル
鳥取
丹後
北近畿。
おわら臨です。
2008年9月
#見た人も無言で最高のコンビをあげる
やっぱり485系最強は、国鉄時代もJR時代も、1500番代
最終形態フリーザ様でしたから 菱形パンタグラフでさえない、シングルアームになって、中央東線の建築限界さえも突破!!
最速160キロのスノーラビット683系8000番代との並びが一番似合う!
readyfor.jp/projects/TD481
30年前,今年はあの,阪神淡路大震災から30年の節目でもございます
当時大阪に居た者として,鮮明に記憶している瞬間があります
写真は発災から1ヶ月にも満たない大阪駅
鉄道施設の堅牢さと車両免振力も目の当たりにしました
当時白山車代走だったスーパー雷鳥のミニラウンジもちゃんと営業していました。
30年も前の話ですが,宮原操車場にはよく撮影にお邪魔しました
初めてお邪魔した時に「電車区と客車区と操車場に分かれていて管理が違うから」とご指導いただき,客車区にお邪魔しますとおまけで機関区にも行けました(笑)
大阪の町中に広大な一等地
JR西日本最後のフロンティアです。
30年前の今日は,西ノ宮駅などを訪問
復旧力の早さもさりながら、飴状に曲がった路盤とレールを1週間で復旧させた当時のJRの総力には色々身震いするものがありました
当時を知れば知る程,現在の震災対応に「復興計画」が遅すぎると感じざるを得ません(主観です)
これら脱線した14系も全て復旧しました
ブルートレインの定員に含まれないのが、食堂車、ロビーカー、そして電源車
そんな車両が大好きです!
門司のEF81とセットで下関に庫鉄にお邪魔した際、カニ24105の幕回しをお願いしたら「ビリビリになってる」と言いながら職員さんが全部回してくれました
寝台特急マークが逆に印刷された、エラー幕。
これこれ。
客車リニューアル前だったのでまだ銀帯が入る前でした
良く見たら車掌さんの制服、ちゃんとトワイライトですね!
わざわざこの尻が見たくて直江津まで行った、26年前。
これも485系
そして横軽通過も実現していた事実
正面から観たら近鉄でしょ…
何となくサイコガンダムだし…
個人的に、大好きでした!
readyfor.jp/projects/TD481
8/22に盛岡へサシ481-48の現状確認にお邪魔した時
雨樋も朽ち果て開口部は内側から水が鉄板に穴を空け、窓ガラスは半分くらい車体側の錆膨張で割れてしまっています
綺麗になっていく補修工程と屋外展示は是非ご覧頂きたいです
※「屋上屋を架す」はナンセンスですから
kotowaza-dictionary.jp/k0841/
お陰様で564‰到達! これまでにご支援頂きました皆様,本当に有難うございます!!
ネクストゴールは屋根!! 先ず腐食の元を断つ!
勿論,その先の利活用はご意見を反映する事となるでしょう
何せ1両に運転室2ヶ所ある特急形電車は,581系統と485系統のサシだけ
↓ご照覧下さいませ
readyfor.jp/projects/TD481
25年前の敦賀駅
419系改造を設計されたお一人,金沢総合車両所長だった方から直接その経緯を伺った事がありました
人間味あふれる人格者なのは言うまでもなく,鉄道マニアの私にも分け隔てが無かった事を今でも感謝しています
今では松任工場すらありません
カタリバが必要です!
readyfor.jp/projects/TD481
今週は色々ありまして…(仕事)
松任工場の24年前,出自の違う485系達が,半ば強引に色分けされていた時代です
この頃に運用から外されたのが,元サシ481のグリーン車でした
ですが最後に,サロ481-2000が連なってみる事が出来ました
個人的には,ボンネット型がこの色にならずに済んで良かった(笑)
今は亡き松任工場
名古屋支社直轄工場で分割民営化ではJR西日本に
翻弄という名に相応しい歴史の中、国鉄最末期の昭和62年3月に北海道へ向けて3両の客車が改造された内に、サシ481-67改造のスシ24-501がいました
実家のアルバムから写真のみ掘り出しましたが、ネガがありません。