「……来てくださったのですね」
「約束したからな」
ゼノスはそう言うと、手に持っていた籠を地面に下ろした。
「それは?」
「いくつかの果実が入ってる。手ぶらで会いにくるのも気が引けたのでな」
ゼノスはそこからリンゴを一つ取り出すと、短剣を使って慣れた手つきで皮を剥いて行く。
「……ごめんなさい。果実は私が触れると……」
「知ってる。だから、ほら」
ゼノスは切り分けたリンゴをフォークで刺すと、そのままキャストリスに差し出した。
「……え?その、えっと……」
「ほら、こうすれば食えるだろう」
「は、はい」
キャストリスはわずかに頬を染めつつ、手で髪を横によけた後それを口で受け取った。
「今年はかなり出来がいいらしいんだが……どうだ?」
「……美味しいです」
「そうか、それは良かった。買ってきた甲斐があるよ」
しばらく沈黙が流れる。
キャストリスが、もしや自分が気まずくしているだろうかと考え込みそうになる直前、キャストリスの手にゼノスの手が触れた。
キャストリスは反射で手を避けようとするが、彼はキャストリスの手を捕まえて、優しく握りしめた。
「……えっと、ゼノス、さん?」
「………あ〜、えっと、お前の知り合いに聞いたんだ。これがお前がしたかったことなんだろう?無骨な男の手ですまないが、これで満足してくれ」
「……いえ、嬉しいです。ありがとうございます」
キャストリスが彼の手を握り返し、そのまましばらくの時が経ってキャストリスの手の力が緩んだ。
「……名残惜しいですが、今日は終わりにしなければいけませんね」
「いや、その必要はない。明日は何一つ予定がないからな、お前が満足するまでそばにいるよ」
「─────では、お言葉に甘えて」
キャストリスは、外の景色が見える場所で腰を下ろした。
「日の出を見ませんか?」
「いいな、そうしよう」
二人は静かに身を寄せて空を眺めた。
暗い空から日が上るには、まだまだ時間がかかりそうだ。
キャストリスは、自身の想定の数倍長い時間彼と過ごすことになる事実に、喜びと戸惑いを抱いた。
まだ、自身に触れることのできる男とどのように接すれば良いのかわかっていなかったからだ。
そうして考え事に耽っていると、不意に頭が重くなる。
自分の意思に背いて下がった頭、重くなる瞼、そこでようやくキャストリスは自身に迫り来る睡魔に気がつき
(そういえば、昨日から少し寝つきが悪かったかも。……胸の辺りがざわついて)
そう思っているうちに、キャスリトスを不意打ちした睡魔は彼女の頭の中で急速に領土を広げてゆく。
キャストリスはそれに抗いきれずに瞳を閉じた。
そうして彼女が寝ている隙に日は上り、キャストリスは朝日の眩しさで目を覚ました。起きてから少しした後に自分が何かに寄りかかっていることに気がついたキャストリスは、自らが寄りかかっていた方向へ視線を向ける。
寄りかかっていたそれは人型のように見えるが、寝ぼけて思考も目もぼやけているキャストリスにはそれが何なのかわからない。
一度目を擦ってみると、そこに居たのがゼノスだということに気が付き、片方の手を彼に握られていることも気がついいた。
彼はキャストリスからの視線に気が付いたかのように目を開けると
「……起きたのか。また今夜会いに行くよ」
そう言って立ち上がりキャストリスの元を離れてゆく。
それを見送ったキャストリスは、自分の手を見つめる。
眠る前に繋いだ手の感触、眠っていた間優しく握られていた手の感触。
その温かさが、いつまでも残っていた。