2017年、グーグルの研究者たちがトランスフォーマー(Transformer)と呼ばれる新たな種類のニューラルネットワークを発明して間もなく、OpenAIの若きエンジニア、アレック・ラドフォードはその技術を利用して実験を始めた。Transformerのアーキテクチャがそれまでの人工知能(AI)システムと異なっていたのは、より大量のテキストデータを取り込んで単語間の関連性を見つけ出せる点にあった。
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ラドフォードは、7,000冊の未発表の英語書籍──恋愛小説、冒険譚、SFなど、人間の想像力が及ぶあらゆるジャンル──を使ってモデルに学習させることにした。そして、グーグルの研究チームのように文章を翻訳させるのではなく、文章のなかで次に続く可能性が最も高い単語を予測させた。
機械はその要求に応えた。1語、また1語と予測を続けた。そうして生み出される単語はすべて、7,000冊の本に潜在するパターンをもとに推測されたものだった。ラドフォードは文法のルールや文章スタイルガイドを学ばせたわけではない。物語を読ませただけだ。機械がそれらの物語から自力で書く方法を学んだかのようだった。まるで手品だった──ラドフォードがスイッチを入れるだけで、無から何かが生まれるのだ。
ラドフォードの実験は、22年に公開されたChatGPTの土台となった。それから時を経たいまでも、AIによるテキスト生成にはある種の不気味さが伴う。
ChatGPTにジョークを言わせたり脚本を書かせたりすると、たいてい質は悪いが、それでもかなり意味の通った文章が出力される。それは、学習した膨大なテキストデータをもとに、統計上ふさわしい文のかたちとして再構成したものであり、すなわちそうした文のいずれにも実際の人間の経験が痕跡として刻み込まれていると言える。
わたしがメールの下書き中に「Hey, thanks so much for(本当にありがとう)」と入力してから手を止めると、プログラムが「taking(とってくれて)」と続きを提案し、その後には「the(その)」、そして「time(時間を)」を提案してくる。このときわたしは、自分の思考のどの部分が一般的なパターンに沿っていて、どこが逸脱しているのかを新たに知ることになる。いまやわたしの書くメッセージは、一般的な他者の想像力の影に覆われている。そしてその他者の多くは、「taking the time(時間をとってくれた)」ことを誰かに感謝したがっているようだ。
独自の理念が生んだブレイクスルー
ラドフォードのブレイクスルーがOpenAIで起きたのは偶然ではなかった。OpenAIは15年に「AI版マンハッタン計画」として非営利体制で設立され、イーロン・マスクからも資金提供を受け、サム・アルトマンがトップとしてすぐに組織の顔となった。マイクロソフトとの提携により、アルトマンは膨大な計算資源へのアクセスを確保した。だが、17年になってもOpenAIはまだ決定的な成果を出せずにいた。
社内では、T字型のバーチャルロボットにバク宙を学ばせるプロジェクトも進行していた。ロボットがランダムな動作をいくつか試み、人間の観察者がバク宙に見える動きに投票するのだ。それを繰り返すことで、ロボットの動きは少しずつだが着実に改善されていった。
また、OpenAIには独自の理念があった。経営陣は、汎用人工知能(AGI)の誕生──ざっくり言えば、人間の知能を超える機械が現れるとき──が人類を脅かす可能性について論じながら、そのAGIの実現を必死に追求していた。つまり、AIが極めて危険になりうるからこそ、誰かの手によって悪いAIがつくられる前に自分たちがよいAIをつくる必要がある、という考えだ。
しかし、マイクロソフトの資源と言えど無限ではなかった。あるプロジェクトに割かれるチップや処理能力をほかのプロジェクトに使うことはできない。ラドフォードのブレイクスルーの後、温厚な印象のアルトマンと、どこかシャーマンのような雰囲気をまとう共同創業者で主任サイエンティストのイルヤ・サツキヴァーを中心に、OpenAIの経営陣はいくつか大きな決断を下した。宙返りロボットのようなプロジェクトの追求をやめて、言語モデルの開発に集中することにしたのだ。すでに既存のニューラルネットワークにはデータのパターンを抽出する能力があると考えられたので、ネットワークの設計改善ではなく、できる限り多くの学習データを集めることに重きを置いた。
そして今回は、ラドフォードが使っていた未発表の書籍データの枠を超え、YouTube動画の文字起こしデータや掲示板の雑多なおしゃべりにも手を伸ばした。インターネット上に広がる混沌とした言語の海へと、より広範囲の漁に乗り出したのだ。
そうなると、深層学習にはさらに多くの計算リソースが求められた。つまり、より多くの資金が必要になり、当初の非営利モデルでは組織の運営に負荷がかかり始めた。それでも、この研究戦略は功を奏した。19年にGPT-2がリリースされたことはAI業界に新時代の幕開けをもたらし、22年にはより消費者向けのChatGPTが登場して一般社会にも同じく衝撃を与えた。
ユーザー数の急激な増加に伴いその神秘性も高まってきた。ヨセミテ近郊で行なわれたOpenAIのリトリート研修でサツキヴァーは、人間の価値観に合致しない、非アライメントな人工知能を象徴する人形を燃やしたと報じられている。また別のリトリートでは、社員たちを率いて「AGIを感じろ、AGIを感じろ」と唱えたという。
楽観主義者のAI帝国
カレン・ハオは、辛辣な筆致で綴った著書『Empire of AI: Dreams and Nightmares in Sam Altman’s OpenAI(AI帝国:サム・アルトマンのOpenAIが見せる夢と悪夢)』[未邦訳]で、GPTのブレイクスルーによる余波がOpenAIの競合他社──グーグル、メタ・プラットフォームズ、アンスロピック(Anthropic)、バイドゥ(百度)──に拡がった経緯を辿り、各企業がそれぞれのかたちでアルトマンのやり方をなぞったと語る。スケールを最優先するOpenAIの運営モデルが業界の標準となったのだ。
ハオの本は見事なまでに詳細であると同時に、全編を通じて鋭い批判を展開している。「億万長者たちの出資、独特のイデオロギー、アルトマンの並外れた執念・人脈・資金調達の才をもって、OpenAIは自らが台頭し業界を席巻するための完璧な土壌をつくった」と記す。
「OpenAIがやったことはいずれも、起こるべくして起こったことではない。巨大な深層学習モデルに関わるコストを世界中で激増させ、そうしたモデルを地球規模の限界まで拡大させようとする危険な競争を業界全体で引き起こすというのは、まさにOpenAIだからこそ可能だった」
言い換えれば、人類の存在そのものに関わるリスクという不気味で高尚なレトリックに、わたしたちはうまく誘い込まれてしまったのだ。ハオによると、ここ10年におけるAIの進化の物語は、いつ機械が人間を支配し始めるか、あるいは人間はテクノロジーをどの程度コントロールできるか、といったAGIに関する議論の論点とは違う。それは、いまあるようなAIがどうやってわたしたちの生活に入り込んできたのか、という企業活動の物語なのだ。
ハオによると、このテクノロジー分野における「原罪」は、1955年にダートマス大学の数学者ジョン・マッカーシーが「人工知能(artificial intelligence)」という言葉を生み出したことにある。「この用語は、テクノロジーを安易に擬人化させたり、その能力についての大げさな表現を助長したりしやすい」と指摘する。その証拠としてハオが挙げるのが、コーネル大学の教授フランク・ローゼンブラットの例だ。
50年代後半、ローゼンブラットは右側か左側に小さな四角のマークがあるフラッシュカードを識別できるシステムを考案した。彼はこのシステムを脳のようなものと呼び、やがては「意識をもって自己複製も可能になる」と喧伝した。この主張は『The New York Times』に取り上げられ、広く報道された。
だが、OpenAIがブレイクスルーを果たした当時は、テクノロジーの影響に対して慎重な姿勢が社会に拡がっていたため、CEOのアルトマンは会社の経営者としてだけでなく倫理の管理者としても見られることとなった。
当時のシリコンバレーで静かに沸き上がりつつあった疑問について、キーチ・へイギーは著書『The Optimist: Sam Altman, OpenAI, and the Race to Invent the Future(楽観主義者:サム・アルトマン、OpenAI、そして未来開発競争)』[未邦訳]でこう表現する。「初めは小声で囁かれ、やがて噂となり、ついにはOpenAIを去った者たちによる長文のオンラインエッセイで浮上し始めた問いである──わたしたちはこの人物にAGIへの先導を任せていいのか?」
テック業界の創業者たちのあいだでは、アルトマンは信頼に足る人物に見えたようだ。30歳になるころのアルトマンはすでに巨大な影響力と富を手にしていたが(シリコンバレーでは珍しいことではない)、それだけでなく、道徳面での評判がほぼ無傷のままに成功していた(こちらは珍しい)。
アルトマンはミズーリ州セントルイス郊外で改革派ユダヤ教徒の家庭に生まれ、不動産デベロッパーの父と皮膚科医の母のもとで4人きょうだいの長男として育ち、地元の私立校ジョン・バローズでは早くから多才な神童として注目された。
同校の校長アンディ・アボットは、ヘイギーの取材に対してこう語った。「彼の性格はマルコム・グラッドウェルを思わせました。コンピューター、政治、ウィリアム・フォークナー、人権など、どんな話題についても話せて、しかもとてもおもしろい」
アルトマンは16歳のときに同性愛者であることをカミングアウトした。ヘイギーによれば(彼女の本はハオのものよりも一般的な内容だが、読み応えはある)、スタンフォード大学在学中には同性婚を支持する学生運動を立ち上げ、一時は全国規模での展開も検討していた。
05年、彼が2年生のときに開催された起業家フェアでは、小柄なアルトマンはテーブルの上に立って携帯電話を開き、位置情報技術こそが未来だと宣言し、興味がある人は仲間になろうと呼びかけた。まもなく彼は大学を中退し、ループト(Loopt)という会社を立ち上げた。アボット校長は、教え子のアルトマンがテック業界に進むと聞いたときに感じたことをこう振り返る。「ああサム、そっちの道に行かないでくれ。きみはこんなにいいやつなのに!」
とはいえ、人あたりのよさはシリコンバレーでも武器になる。Loopt自体はそこそこの成功に終わったが、アルトマンは業界で強い印象を残した。「彼の体重はずぶ濡れの状態でも50kgくらいしかなかったと思います。そんな彼の周りを中年の大人たちが囲んで、彼の“福音”を熱心に聞いていました」と、当時のアルトマンに接した経営幹部はヘイギーに語った。「あのころのアルトマンに会った人はみな、その才能の一部でも自分に欲しいと思ったものです」
20代後半には、アルトマンはLooptで得た数百万ドルの資金を複数のスタートアップへの投資に充てて成功を収め、時価総額10億ドル(約1,500億円)以上の企業を何十社も輩出してきたテック業界の巨大インキュベーター、Yコンビネーターの代表に就任した。このポジションに就いたことで彼は、業界の次の流れを知りたいシリコンバレーの重鎮たちにとってまず相談すべき存在となった。
アルトマンはジェフ・ベゾスから、ふたりの人間をメールで引き合わせ、そのふたりを紹介する際に自分は「?」しか書かないやり方を学んだ。Yコンビネーターの共同創業者ポール・グレアムからは、スタートアップは「ゼロをひとつ足せ」、つまり常にスケールを拡大して考えよという理念を吸収した。まるでアルトマンは、シリコンバレーの創業神話という膨大な言語データを学習し、それをもとに次の最適な一手を予測して動いているかのようだった。
彼が学びを得ていた重鎮たちにとって、アルトマンはまさにテック界で光を放つ天才児であり、その業界の明るい未来を象徴するマスコット的存在だった。ピーター・ティールはアルトマンについて、「シリコンバレーの中心人物というほどではなくとも、シリコンバレーの時代精神の絶対的中心にいる」と語ったことがある(現在アルトマンは、ティールを通じて出会った若いオーストラリア人技術者と結婚している)。グレアムはこんな言葉でアルトマンを評した。「彼を食人族の島にパラシュートで放り込んでも、5年後にはその島の王になっているさ」
アルトマンは世代の差をうまく利用していたように思える。08年からは、業界のリーダーたちのみを対象とした年次リトリート「サンバレー・カンファレンス」に参加し始め、そこでバリー・ディラーやダイアン・フォン・ファステンバーグと「親しい友人」になった。
その一方、10年代半ばになっても彼はまだふたりの弟と一緒にアパートで暮らしていた。ハオの本によれば、自身が解雇したばかりの社員にケタミンを勧めたこともあったという。アルトマンは、テック界の大人たちにとっての理想の子どもであると同時に、業界の子どもたちにとっては憧れの大人だったのだ。
人類を根本的に変える3つの要素
ここ10年の米国社会における興味深い現象のひとつは、2016年の大統領選挙中に国の政治を支配し始めた終末感──つまり、右派・左派を問わずに広がった、現在の社会構造はもはや維持できないという確信──が、実は数年前にすでにシリコンバレーで芽生えていたことだ。15年にアルトマンは民主党候補に寄付をしており、カリフォルニア州知事選への出馬も本気で検討していたようだ。
しかし一方、タッド・フレンドによる『The New Yorker』の特集記事インタビューでは、文明崩壊に備えていることを次のように明かした。「銃、金、ヨウ化カリウム、抗生物質、電池、水、イスラエル国防軍製のガスマスクを備蓄し、飛行機で避難できる広い土地をビッグサー[編註:カリフォルニア州セントラルビーチ沿いの風光明媚で人里離れた地域]にもっています」
テック業界のビリオネアたちは、米国社会の格差拡大とそれによる不安定化を早くから察知していたのかもしれない。ただ、シリコンバレー内部でその懸念はしばしば「実存的リスク」という言葉で表現された。なかでもAIの暴走に対する恐れは、哲学者ニック・ボストロムによる14年の著書『スーパーインテリジェンス 超絶AIと人類の命運』の出版をきっかけに急拡大した。
ハオによれば、そのころのイーロン・マスクはグーグルに買収されたばかりのディープマインド(DeepMind)の共同創業者でAI専門家のデミス・ハサビスに強い警戒心を抱き、彼を「悪の首領」のように見ていたという。14年のマサチューセッツ工科大学(MIT)のシンポジウムでマスクは、AIの実験は「悪魔を召喚」しかねないと警告した。
そのころアルトマンはもっと大きなプロジェクトに乗り出したいと考えていた。メモリアルデーの週末、彼はYコンビネーターの若き門下生たち数百人を集め、メンドシーノ郡のセコイアの森で毎年恒例のグランピング合宿を行なった。
前の晩には、ボードゲーム「カタンの開拓者たち」で自社のスタッフたちに勝利していた。アルトマンはその場でスタッフの前に立ち、自分の関心が絞られてきたことを宣言した──かつてはおおよそテクノロジー全般に向いていた関心が、人類を根本的に変化させうる3つの領域に集中してきたと。その3つとは、核エネルギー、パンデミック、そして最も壮大なテーマ、人間の知能を超える存在「超知能(スーパーインテリジェンス)」の誕生だった。
同月、アルトマンはイーロン・マスクにメールを送った。「人類によるAIの開発を止められるのかどうか、ずっと考えています」と。「答えはおそらく、ほぼ間違いなく無理だと思います。どうせ開発されるなら、グーグル以外の誰かが先にやるほうがいいのではないでしょうか」。アルトマンは、非営利の枠組みを通じてその技術を「世界全体のもの」にする手段として、AI版のマンハッタン計画を提案した。それに対してマスクは、「話す価値はありそうだな」と返した。
このプロジェクトにリベラル派のお墨付きを与えたのは、意外にもチャック・シューマーだった。そのころにはプロジェクトはすでにOpenAIとして統合されアルトマンが率い、マスクは運営から外されていた。ハオによると、ニューヨーク州選出の上院議員であるシューマーは19年にOpenAI本社を非公式で訪問した際、炎の映像が映し出されたテレビの前に座る社員たちにこう語った。「きみたちは重要な仕事をしている。わたしたちが完全に理解しているわけではないが、重要であることは確かだ。サムのことはよく知っている。きみたちのトップは信頼できる人間だ」
AI開発に携わる人々は、そのテクノロジーについてどう考えているのか? ハオの分析および一般的な見方では、派閥はふたつに分けられる。AIが人類にもたらす恩恵に関して楽観的で、開発の加速を望むブーマー(推進派)と、人類の実存的リスクを強調し、偏執的になる者もいるドゥーマー(悲観派)である。
当初、OpenAIはドゥーマー寄りの構想から立ち上がったプロジェクトだった。マスクがデミス・ハサビスに対してとりわけ警戒していたのは、やがて誕生するかもしれないAGIにグーグルが利益最大化という目標を与えたときに、AGIがあらゆる手を使って競合相手を排除しようとする可能性だった。OpenAIの目的は、AIを悪の手に渡さないために、その最先端テクノロジーの研究を先回りすることだったのだ。
しかし、18年前半にマスクはOpenAIを去った。そのときのOpenAIは資金調達に苦戦しており(当初マスクは10億ドル(約1,500億円)の調達を約束していたが、最終的な貢献額は4,500万ドル(約67億円)にも満たなかった)、組織内部には、資本を呼び込んで優秀な研究者を株式報酬で引きつけるために営利企業に転換すべきだと主張する派閥もあった。
自身の退任を発表した会議でマスクが説明した内容は矛盾を含んでいた。彼は、非営利組織のままでOpenAIがAGIを開発することはできないとし、その目的を追求するためのリソースはテスラのほうが豊富だと述べた。同時に、AGIを開発するのに最良の場所はその2社のほかにあるかもしれないという考えも示した。
その際にあるインターンが、以前マスクが営利組織による開発ではAGIの安全性が損なわれると主張していたことを指摘した。「かつて否定していた道に進むことになるのでは?」。これに対してマスクは、「この件についてわたしがどれだけ時間を費やして考えてきたか、きみにはわからないだろう。これはわたしにとって本当に恐ろしい問題なんだ」と答え、そのインターンを間抜け呼ばわりした。
OpenAIの方向転換
OpenAI が営利子会社をもつ非営利組織へと進化するにつれ、社内にはふたつの視点が共存することとなった。ひとつは安全性と基礎研究に重点を置くドゥーマー派で、イタリア系米国人科学者ダリオ・アモデイが代表的な存在だった。
もうひとつは製品化や実用化に注力するブーマー派で、MITを中退しているソフトウェアエンジニアのグレッグ・ブロックマンが牽引することが多かった。ブロックマンは最終的にOpenAIを商業路線に導いた人物だ。しかし、こうした線引きはやがて曖昧になっていく。アモデイはOpenAIが創設時の理念を捨ててしまったと主張し、妹のダニエラとともに組織を去った。
ただしハオの見方では、アモデイらが設立したAnthropicも「やがてOpenAIの運営モデルとほとんど変わらなくなる」。つまり、結局は同じスケール至上主義と秘密主義文化を備えることになった。そこに別の方向から現れたのがイルヤ・サツキヴァーだ。彼はトロント大学の大学院生時代にAI研究で大きな成果を上げ、OpenAIで最も影響力ある理論家とも言える存在になった。
かつてのサツキヴァーは筋金入りのブーマーだった。「地球全土がデータセンターと発電所で覆われるのはそう遠くないかもしれない」と、AI関連ジャーナリストのケイド・メッツに語ったほどだ。しかし23年、彼はアルトマンに対する一時的な企業クーデターに加担し、その頃には明確にドゥーマー側についていた。サツキヴァーとアモデイ兄妹の軌跡は、ブーマー兼ドゥーマーという流動的な思想派閥の存在を象徴している。
ある目的を最も強く信じる者と、それを最も強く恐れる者は、その目的に対して本質的に同じ評価をしているものだ。つまり、その強大な力を認めているのである。AIを巡るこの状況では、文明のひと時代を終焉させうる技術の可能性がブーマーとドゥーマーの双方を同じ“炎”に引き寄せた。
AIの安全性研究の専門家であり、やがてOpenAIの取締役に就任する学者のヘレン・トナーは、かつて米国の主な競争相手である中国で急速に進化するAI開発の現場を研究していた。ヘイギーによれば、「トナーが中国で特に印象を受けたのは、AIエンジニアが自分たちの技術の社会的影響について語ることに非常に消極的であった点だ。一方、ベイエリアのエンジニアはその話ばかりしていた」
とはいえ、OpenAIの成功を支えたのは、哲学的な議論よりももっと一般的な要因だった──米国における資本の柔軟性と、アルトマン個人の魅力である。18年、アイダホ州で開かれた「サンバレー・カンファレンス」に出席していたアルトマンは、マイクロソフトCEOのサティア・ナデラと階段で偶然会い、協業のアイデアを売り込んだ。
ビル・ゲイツは当初懐疑的だったが、ナデラのチームはおおよそ乗り気だった。それから1年以内にマイクロソフトはOpenAIに対する10億ドル(約1,500億円) の出資を発表し、その大半は同社のクラウドサービスAzure(アジュール)の利用権というかたちで提供された。この投資額はのちに100億ドル(1兆5,000億円)を超える。
ハオが話を聞いた中国のAI研究者は、次のように率直に語った。「米国に匹敵するほどのAI人材は中国にもいますが、どれほど優秀な研究者やエンジニアのチームがあっても、そこに具体的な構想や用途についての明確なビジョンがなければ、10億ドルが、ましてその10倍の資金が投入されることはありえません」
ハオとへイギーの本いずれにおいても、ナデラはさらっとしか登場しない。業界のなかでナデラは冷静で落ち着いた存在であり、そうした人物はえてしておもしろみに欠けるからだ。だが実際、マイクロソフトによる巨額の出資後、OpenAIに対する彼の影響力は少なくともアルトマンに匹敵するものになった。結局のところ、23年に起きた短期間のクーデターを収束させたのもナデラであり、その後すぐにアルトマンはCEO職に復帰した。
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その前年、サツキヴァーは「現在のニューラルネットワークはわずかに意識をもっているかもしれない」と発言し、これに対して競合AI企業の研究者が「大きな小麦畑がわずかにパスタである、と言うのと同じレベルだ」と皮肉った。一方のナデラは、こうしたブーマー・ドゥーマー的な哲学には一貫して無関心のようだ。
現代のAIを巡る哲学の本質は、AIが人間を超越するということよりも、自らを生んだ企業の文化を映し出しているということなのかもしれない。アルトマンがシリコンバレーの重鎮たちの振る舞いを模倣し、チャットボットの回答が学習素材のテキスト群を反映しているのと同じだ。
最近、ナデラはドワルケシュ・パテルがホストを務める人気のテック系ポッドキャストに出演し、滑らかかつ快活な語り口で、AGIという名でAIを分類すること自体が無意味だと一蹴した。将来的にはAIエージェントが人間の代わりに肉体労働だけでなく頭脳労働までも担うのではないか、とパテルが問うと、ナデラはむしろそれは望ましいことかもしれないと答えた。
「そもそも、わたしの人生の目標はメールを仕分けることではないはずです。そんな仕事はAIエージェントに任せればいい。仕分けが終わったら、AIが『この3つの下書きは見直しが必要です』と、もっと頭を使う仕事を提示してくれるでしょう」。では、そのひとつ上のレベルの仕事すらAIがやるようになったらどうなるのか?「そのときにはさらに次のレベルの仕事が出てくるでしょう」とナデラは言った。
AIはあくまで普通のテクノロジーに過ぎない、という姿勢をナデラは崩さなかった。質問を投げられるたび、議論を哲学ではなくプロジェクト設計の話に絞り込もうとしていた。パテルは、マイクロソフトの取締役会にAIエージェントを加えることは考えるか、というディストピア的にも聞こえる提案をした。
それに対しナデラは、現在社内ではTeams上で人間のチームメンバーを整理・誘導するAIエージェントの実験をしているところだと答え、取締役会にそのようなエージェントがいても役立ちそうだと言った。そう考えれば確かにAIに対する恐ろしさは減り、しかし同時におもしろみも減る印象だ。
アルトマンと同様、ナデラもAIについての語り方を変えることで世間のイメージを変えようとしている。SF的な表現をやめ、職場での生産性向上といった現実的な文脈に置き換えているのだ。これは簡単なことではないが、少なくともある程度は業界の自業自得である。かつて公然と繰り広げられたブーマー対ドゥーマーの論争は、資金とエンジニア人材を集める上では功を奏した一方で、社会全体には漠然とした不安感を植え付ける結果になった。
AI技術を最もよく理解している人物のひとりであるサツキヴァーが「AIはわずかに意識をもっている」と発言してしまえば、3年後にナデラがMicrosoft Teamsの便利な新機能の話に過ぎないと説明しても、人々を納得させるのはずっと難しくなる。
AIを変えた男は、AIによって変容した
ほかの面でも、アルトマンは変わりゆく文化の潮流に直面している。16年ごろを境に、テック業界に対する報道の論調は暗いものに変わり始めた。それまで賛美的だった語り口が糾弾的なトーンへと移行した。
デヴィッド・カークパトリックの『フェイスブック 若き天才の野望』はサラ・ウィン=ウィリアムズの『Careless People(不注意な人々)』[未邦訳]に取って代わられ、マイケル・ルイスの『ニュー・ニュー・シング』に対してエミリー・チャンの『Brotopia(ブロトピア)』[未邦訳]が現れ、Amazonの歴史を詳細に記してきた作家ブラッド・ストーンでさえ、『ジェフ・ベゾス 果てなき野望』から、より懐疑的な視点の『ジェフ・ベゾス 発明と急成長をくりかえすアマゾンをいかに生み育てたのか』へと筆致を変えている。
OpenAI内部に密着したハオの取材は見事で、世間はAIの「意識」なるものではなく労働や環境への影響に関心を向けるべきだ、という主張を説得力をもって展開している。ただ、彼女のアルトマン批判は非常に個人的で、過熱気味にも感じられる。『Empire of AI』の終盤では、アルトマンについて「不誠実、権力欲、自己保身の長い歴史をもつ人物」と書いている(サムも随分普通の人間らしくなったものだ)。
ハオはまた、21年にサムの妹アニー・アルトマンが公にした告発──サムが12歳のときに当時3歳だった彼女のベッドに入ってきて、そこから性的虐待が始まったというもの──を裏付けようと努力しているが、あまりうまくはいっていない。アニーはこの記憶を長く葬っていたが、20代でセラピーを受けていたときに思い出したという(アルトマン本人は訴えを否定している)。
このようにテック創業者を批判的に見る風潮が続くと、マスクがハサビスに対して抱いたような敵意が広がる危険がある──漠然とした不安感のなか、たまたまその立場にいるだけの人間を悪の親玉のように誇張して描いてしまいかねないのだ。
アルトマンを巡る物語は、AIを変えていく男の話であると同時に、進化し続けるAIの性質が彼自身を変容させた過程の話でもある。アルトマンは、仕事・権力・未来に関して世間に生じる主な疑問を表面上は鎮めているが、それらに対する答えを出してはいない。
ハオの本は、23年末の出来事から始まる。サツキヴァーおよびOpenAIの複数の幹部による、アルトマンの一時的な解任──現在社内では「the Blip(ブリップ)」と呼ばれている一幕である[編註:ブリップは、「マーベル・シネマティック・ユニバース」に登場する凶悪なラスボス、サノスが指を鳴らしただけで半数の生命体が消滅し数年で突然戻ってきた事態のこと]。アルトマンがこのクーデター未遂を知ったとき、彼はF1レース観戦のためにラスベガスにいた。サツキヴァーはGoogle Meetで彼に連絡し、解任が決まったと告げた。
アルトマンは落ち着き払っていて、この出来事をあまり深刻に受け止めていないようでさえあった。もしかすると彼は、サツキヴァーの熱意のなかに、かつての自分自身の姿を見たのかもしれない。アルトマンは落ち着いた様子で、「何かぼくにできることはある?」と返した。いろいろな意味で、彼はビジネスだけの人になってしまった。
(Originally published on The New Yorker, translated by Risa Nagao/ LIBER, edited by Nobuko Igari)
※『WIRED』によるサム・アルトマンの関連記事はこちら。
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