8:15 am/ Kevin's Truth News Channel
「やあみんな。ケビンだ。今日の配信では、民主党政権が隠してきた真実を話したい」
ICEがメキシコ料理店を襲撃する数時間前、その襲撃に加わる隊員の一人、ジェイムズは自宅で朝食を食べていた。牛乳をかけたシリアルだけの簡単なものだ。実家暮らしだが、母親はパートに出ていて既に留守にしている。
「これまでもチャンネルでは色々な闇を暴いてきた。ディープステートによる支配、ピザ屋の地下で行われる児童売春、銃を持つ権利を取り上げようとするインテリたちの陰謀とか……だけど、今日の話題は少し違うんだ。最初は馬鹿げていると思うかもしれないけど、よく聞いてくれ」
スマートフォンから流れているのは、政治系YouTuberの配信のアーカイブだ。彼が毎晩放送する配信を朝に聞くのが日課となっていた。このKevin's Truth News Channelは登録者こそ二万人と少ないものの、ジェイムズは彼の視点が鋭いと感じていた。他の配信者と違い、トカゲ人間や地球温暖化といった陰謀論を話さないのも彼にとっては好みのポイントだった。まさに、いまこの国に必要な真っ当な政治チャンネルだ。
「それはこの国に入り込んで暗躍する邪悪な存在……ニンジャについてだ」
だが、この日は様子がおかしかった。聞き間違いかと画面を見るが、コメントも突然のニンジャに困惑する反応だった。画面のやせ細った神経質そうな白人男は至極真面目な顔で話を続ける。
「この国には様々なスパイが入り込んでるってのはみんな知ってると思う。イスラムのテロリストや反ユダヤ主義者、共産主義者どもだ。だけど、俺たちは中東とインテリリベラルに集中しすぎて、別の脅威に気付けてなかったんじゃないか? いまとなっては、この国はリベラルよりアジア人に支配されてるってくらいだ。中国人、韓国人、フィリピン人……今回話すのはそういう奴らの一種、日本の超人的なスパイ、ニンジャのことだ」
コメントが荒れてきた。一方で囃し立てる者もいた。
「俺の情報源によると、ニンジャは日本にかつて存在していたスパイらしい。第二次世界大戦で日本が厳重な警備を潜り抜けて真珠湾を攻撃できたのも、飛行機のパイロットがニンジャだったからだ。これは陸軍の極秘資料にあったんだが、戦後、ニンジャの存在を危険視したマッカーサーは掃討作戦をやってニンジャを全滅させたはずだった」
ジェイムズは器を傾けて牛乳を飲み干した。もう真面目に聞いてはいない。
「だけど、ニンジャは死んでいなかった。巧妙に絶滅を偽装して地下に潜り、世界各地に散らばったんだ。……アメリカに復讐するために。いま、そいつらはアメリカに何万人も潜伏してる。そうじゃなきゃ、敗戦国が世界第二位の経済大国になれた理由がわからないだろ?」
YouTuberは古ぼけたファイルを引っ張り出して画面に見せた。ファイルの表紙には陸軍の部外秘の押印がある。
「ニンジャがヤバいのは、こいつらが超人的な力を持ってるってところだ。アメリカのスーパーヒーローみたいにな。例えばこの資料には
YouTuberがファイルを開いて中を見せた。そこにはピントのボケた古い写真と、いくつかの走り書きのようなメモしか入っていなかった。
「これがなんで危険かわかるか? こいつらは人を殺すのに武器がいらない。どんな厳重なセキュリティチェックも素通りして、ホワイトハウスのSPを全員殺すこともできるんだ。銃弾なんか当たらない。当たっても弾くだろうさ」
興奮して唾を飛ばすYouTuberを尻目にジェイムズは器を持って立ち上がった。このYouTuberの配信を聞くのは止めようと考えていた。民主党の陰謀を暴くとか、そういう政治的な話をしているときはよかったがこうなるともう終わりだ。
「みんなはメキシコの不法難民に注意を向けてるが、本当に危険なのはジャップどもだ! みんなの隣の家にも、いつの間にかアジア人が住んでないか? アイツらはコリアンやチャイニーズみたいにわかりやすく集団を作らない。気づくとそこにいるんだ。そして、この国を裏から支配していく。あんな東の小国にアメリカの基地が沢山あるのも、奴らが政府を操って作らせ……」
配信の音声がぷつんと切れた。職場からメールが入ったのだ。ジェイムズはスマホを取り上げ、バイクの鍵を持って家を出た。
数時間後、彼はニンジャの実在を信じるようになる。同僚の両耳が小柄なアジア人に吹き飛ばされたことによって。
「あー、やっちまった」
ICE隊員が逃げ帰った後、流星は店のガラス戸に空いた穴を見てため息をついた。自身の投げつけた金属球が突き抜けた痕跡だった。
ガラス戸に空いた穴は滑らかな真円だった。周囲にひび割れは皆無だ。どれほどの速度で鉄球が突き抜けたというのだろう。
「悪い、おばあちゃん。あとで弁償するわ」
「あぁ……そうかい……」
アナは心ここにあらずと言った調子で返答した。
当然だろう。突然武装した警官に襲われたと思ったら、目の前の少年が人知を超えた力を見せつけて追い払ったのだ。恐怖と驚愕が一斉に襲い掛かって通り過ぎる。まさにハリケーンのような一瞬だった。
「あ、タコスよろしく」
「あんた、まだランチを食う気かい……」
アナはちらりと床を見た。そこにはさっきのICE隊員のちぎれた耳たぶが落ちていた。血液と混じって赤黒くなったそれは、しかし、ガラス戸と同じようにまったく乱れのない真円に切り取られていた。
流星はアナの視線であっと気づいた顔をした。そしてきったねぇと日本語で呟いて耳たぶの破片を外へ蹴り出した。
「床は俺が掃除するからさ」
アナは彼に背を向けて厨房へ向かった。もはや茶々を入れる気にもならなかった。それに、彼に助けられたのは事実だった。きちんと注文の品を作るくらいのことはしてやりたかった。
だが、彼女の作業は早々に中断された。厨房の固定電話が鳴ったからだ。アナは受話器を取り、電話口の人物から話を聞いて、思わず受話器を取りこぼした。
「おばあちゃん?」
いつの間にかモップを手にしてた流星が顔をのぞかせる。彼はアナの怯えた表情を見て真剣な目つきになった。
「フリエッタが……娘が連れてかれた!」
次の更新予定
ニンジャVS合衆国移民・関税執行局 (ICE) 新橋九段 @kudan9
ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?
ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ニンジャVS合衆国移民・関税執行局 (ICE)の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます