『海原の先制攻撃を耐え抜いた切島吶喊ーッ! 猛然と殴り掛かる!』
「うおおおおお!!」
切島が気合いの叫びを上げながら拳を振り上げた。
しかし当たらない。紙一重、最小限の動きで全て躱していく。
前髪やジャージを掠めていくが傷つけるには至らない。
それでも切島は愚直なまでに拳を振るう。
「おらおらおらっ、パイセンは発動型の個性! 近づかれたら個性使いづらくて嫌だろ!」
「よく勉強しとるなぁ。でも頭でっかちになるのはアカンよ」
「ガッ!?」
体をひらりと翻しながらも拳は重く、強く打ち込む。
確かに切島の個性は近距離戦闘に向いており、世間の発動型の個性を持つヒーローがステゴロだと格闘家などとあまり大差ないことが多いのも事実。
切島はしっかりそれを調査してこの試合に臨んでいた。
しかしUSJでのヴィラン襲撃事件で死柄木弔、黒霧、脳無を相手に体術と個性を併用してオレが戦っているのを切島は見ていたはずだ。それを忘れて教本通りの戦いを挑むのは減点といえる。
授業料となる反撃は、一発では終わらない。
顎、頬、こめかみ、胸、鳩尾と、切島が打ち込んでくる一発をいなした直後に瞬く間に反撃していく。
拳打の嵐から生み出される衝撃に、切島は怯み、殴り返す余裕もない。
この個性が蔓延る超常世界において、武術というものは廃れていく技術だった。
本来、武術というものは体格など劣る者が強い者を打倒するために生み出した技術だ。しかし個性という誰もが何らかの武器を持ち、それでいて十人十色の方向へ成長する要素を持ち、挙句の果て、敵対する相手も武術による人体の破壊、拘束のための術理が通用しない者も増えた今、敵を倒すための武術を熱心に学ぶ意味は非常に薄い。
だがヒーロー飽和社会においてヒーローが己の技術を高め、強みを増やすために個性に合わせた武術や、個性に対抗するための武術を生み出している者たちもいる。
決して通用しないものではない。
こうして、洗練された動きは瞬く間に切島を封殺し、圧倒することもできている。
『海原エゲツねぇ!! 半端ないってアイツ!! 切島をボコボコにしまくっているーッ!? 一方的な蹂躙、タオルを投げ込むべきなんじゃねえのか-ッ!?』
渾身の蹴りが切島の鳩尾に突き刺さり、地面にごろごろと転がった。
ふらふらと立ち上がる切島。
体術で圧倒していればこうして近接戦闘向きの個性を持つ相手に有利に戦いを進められる――だが。
「全然……効かねえーッ!」
『しかし切島立ち上がる! さすが硬化、さすが漢! 拳打如きでは怯まないのが切島鋭児郎!!』
――それを上回るのが個性だ。
「パイセンのこと、正直ナヨナヨして全然漢らしくねえなって思ってた」
「嘘やろそんなこと思ってたん???」
「でも……その拳の重さは間違いなく漢だ!」
「せやで、男やで」
「そういうことじゃなくて!」
「ちゃうんか」
切島は鼻血と唇から垂れた血を指で拭った。
そしてもう一度ファイティングポーズをとり、啖呵を切った。
「パイセンを越えて、俺はヒーローになるぜ!」
「ええやん。ボクの拳がこんなんなるわけや」
オレは両手の甲をプラプラと振りながら見せびらかした。
素手かつ力を込めて、硬化した切島の肉体にパンチを撃ち込んだせいで、皮膚はズル剥け、既に血がぼたぼたと地面を濡らしていた。
ふふふ……余裕そうに見えるだろう? めっちゃ痛い。
「どうするよパイセン! 拳が壊れる前に棄権するか? 水の個性を使われてもまた俺は地面に固定して耐えてみせるぜ」
対戦前の人懐っこい笑顔とは違う、戦いを楽しむ一人の戦士の笑みを浮かべている切島。
さっきの蹴りも威力でいえば観客席の下の壁まで吹っ飛ばすつもりで叩き込んだのに、結果は二メートルほど切島を転がした程度。
質量が変わっているわけではないが、決定打が入りそうになる度に硬化した足で地面を踏み込み、杭のように固定する小技でオレの攻撃を耐え抜いていた。
「スマブラでいう常時メタル化みたいな状態やね」
「へっへっへっ……場外に吹っ飛ばすのはキツイだろ」
血は流しているが精々鼻血程度で大したダメージでも無い。
ここは攻撃を重ねて、切島が体を地面に固定していない隙をついて大量の水流で押し流すのが手っ取り早いか――いや。
アレを試してみよう。
これは多分、この先間違いなく使うことになるあの技を……ちょっとダメージが残るかもしれないが、切島なら多分平気だろう。
「せやね。吹っ飛ばすのは諦めるわ」
「っ……!?」
数歩、切島が後退る。
何かをしようとしていると、漠然と感じ取ったのだろうか。その戦闘における勘は戦いに臨む者として大切な素質だ。悪くない。
だがその後退は動物的な反射であり、戦術的作戦ではないただの隙だった。
手のひらを広げて、肉薄し、ジャージ越しに腹に触れた。この戦いで初めてオレから接近することもまた彼の不意を打ったのだろう、手のひらが押し当てられた。
この技は、防御に優れた相手にも確実にダメージを与えるために生み出された技。
中国拳法でいう浸透勁をイメージしたこの技の名前は――
「――“魚暁拳(ぎょぎょうけん)”」
手のひらで叩くのではなく押し当てたまま、個性を発動。水分を振動させ、共鳴させるように切島の腹筋と腹膜に収まった内臓を強かに揺らした。
「ガッ!!?」
腹筋が弛緩し、内臓まで確実に衝撃を伝えられた手応えが、完全に決まったと伝えてきた。
「が、はぁっ……!」
どさり、と切島の体が力なく崩れ落ちる。
内臓丸ごと揺らされた挙句にオレの水分操作で体内の水分の配分や内臓の働きはかなりめちゃくちゃだ。
あくまで衝撃を与えるだけであり、内臓を損傷させたり不可逆的なダメージを与えないように調整はしたが、間違いなくめちゃくちゃ痛い、というか苦しいだろう。
『海原の掌底が炸裂、うってかわって切島ダウーン!! これは決まりかぁーっ!?』
ミッドナイト先生が駆け寄る。悶える切島は手をばたつかせているが、地面を捉えきれない。
「戦闘不能と判断、よって勝者は――」
「まだ、だ……!」
「切島くん!?」
地面に顔をこすりつけながら震える足で立ち上がろうとする。
誰が見ても戦える状態ではない。
ミッドナイト先生が止めようと、眠り香の個性を準備するが、少しずつ切島は膝を突き、震える足を何度も殴り、そして最後は仁王立ちした。
逆流した胃液で顎を汚し、青白い表情のまま、腕を組んだ。
「はぁ……ハァッ……! ま……まいっ、た……!」
「え……あっ、気絶してる!? 切島くん戦闘不能! よって勝者、海原大海くん!!」
『なーんと切島鋭児郎! わざわざ立ち上がってきっちり降参宣言! そして立ったまま気絶! 敗北の時も漢らしさを貫いた!!
負ける時も倒れない、後ろには誰も通さずに守り抜くというまさに漢の魂を見せてくれたぜーっ!!
巧みな技を見せた勝者と、堂々たる敗者にも盛大なクラップユアハンズプリーズ!!』
タンカを持ってきたロボットが来たところでようやく切島は倒れ込んだ。
ヒーローに対するアピールとして、この上なく恥じるもののない立ち姿だっただろう。
その姿はいつか守り抜くものができたときに、さらに評価され、彼もまた強くなるだろうと感じさせた。
「ええ勝負やったで」
言葉が届くかわからないが、きっと笑っているんじゃないだろうか。
一回戦はまだまだ終わらない。
第四試合、飯田天哉VSサポート科の発目明はすべての見物客の予想を裏切った。
戦いではなく、まさにサポートアイテムのプレゼンテーションの場だった。
『こちらのバランサーにこれだけの機能がついて総重量は六キロ! まだ試作段階の機能もあるためさらなるコンパクト化及びコストカットもできるようになる予定です!』
サポート科の生徒にとって大切なのは戦う能力よりもサポートアイテムを開発する力をアピールすること。
サポート会社の人間の戦いとはヒーローの活動を大きく助けるアイテムを生み出すことなのだ。
だがしかし。
「プレゼンテーション通り越して通販番組みたいやな」
「飯田くん、多分騙されたんだ……発目さんに何か真面目なことを言われて……」
「あの人すごいあけすけやったもんね……」
緑谷と麗日は確か同じチームを組んで騎馬戦を戦っていたはずだが、その僅かな交流で今起きているプレゼンテーションのために飯田を騙すこともやりかねない認識に至ったあたり、かなりの変人らしい。
「サポートアイテムか……ウチもなにかアイテム身につけた方がいいんかな……」
「麗日さん……やっぱり無重力の個性を考えたらワイヤー系のものがあるとそれを使って攻撃に転用できるし移動にもいけるだろうからいいんじゃないかな!」
「えっ、あっ、うん、確かにそうかも! ありがとうデクくん! 流石やね!」
「あああああいやいやいや、ボクの発想というよりビルボードチャートには載っていないけど地元密着型のストリングスヒーロー『ミユキ』の戦い方や移動方法を流用しただけで全然僕の知識なんて誰でも知ってるようなことを言っただけで全然」
「イチャついとんなぁ、お二人さん」
「ええっ、そういうアレとちゃうよっ」
「ううう海原さんも何言ってるんですかだいたいボクのヒーローの話はネットにありふれているような情報で昔から糸やワイヤーを使うヒーローは多くいたしボクがたまたま少し知ってただけでむしろ調べていったらすぐに麗日さんなら簡単にたどり着けたっていうか」
相変わらずのナード……というよりギークな感じな気もするが、緑谷のブツブツ喋るのをラジオに観客席下のステージの様子を見ていた。
十分ほど経過してようやく話し終えたのか、発目は線の外に自ら足を踏み出して場外となった。
「あ、えっと……発目さん場外。よって一回戦の勝者は飯田くん」
「よくも騙したなァァァァッ!」
「フッ」
試合には飯田が勝ったがある意味勝負で勝ったのは発目だった。
自分の個性や素質をアピールできなかった飯田と、好き放題やった発目。どう見ても印象に残るのは発目の方だ。
二回戦ではその力をアピールするべく奮戦するつもりだろうが次の相手はオレだ。
どんな対策を打ってくるか楽しみだ。
第五試合の芦戸と尾白の対戦カードは正統派といえる戦いぶりだった。
尻尾による近接戦闘に持ち込みたい尾白と、近づけさせたくないために溶解液で牽制する芦戸の駆け引きを固唾を飲んで見守る観客。
隙をついて尾白が接近を果たしたかと思えば、芦戸はその攻撃を躱して見事なカウンターを披露した。
それからは芦戸のペースとなり、最終的に芦戸の勝利で終わった。
第六試合は常闇と八百万の戦いとなったが、これは常闇の圧勝という結果に終わった。
攻防一体で速度にも優れるダークシャドウを前に、八百万は盾での防御を選ぶが、汎用性が高い代わりに道具を創り出す時間が必要な個性“創造”では対処が遅れていた。
最終的には押し出される形で常闇が勝利した。
第七試合は上鳴電気と砂藤力道の戦いは、笑えるくらいの泥仕合となった。
遠距離攻撃手段を持たない砂藤に対して上鳴は容赦なく放電で先制攻撃を放つが、砂藤力道はシュガードープの個性でコンクリートの地面を捲り上げ、そこに篭もることで電撃を軽減。
耐え抜いた結果、上鳴は個性のデメリットで脳がショートしアホ面を曝していた。
しかし砂藤も耐え抜いている間に個性の制限時間に到達し、個性の反動でボーッとしていた。
結果、お互いアホとバカになってふらふらで殴り合い、というかぺちぺちと力なく叩きあい続け、最終的に制限時間で引き分けになる。
休憩を挟んで腕相撲で対決し、そこは砂藤の素の腕力で上鳴をねじ伏せた。ある意味盛り上がった試合だった。
第八試合。爆豪と麗日の対戦カードは一悶着があった。
奇襲じみた先制攻撃で爆豪を無重力にして無力化を図った麗日に対して爆豪は慌てることなく、見てから反応して奇襲を爆破で返した。
奇襲が通じなかった麗日は繰り返し突撃を繰り返す。自棄になって突撃を繰り返すが爆豪にはまるで通用しない。
次第に痛々しい傷を作る麗日への同情的な雰囲気がスタジアムを包んだ。
そして観戦するプロヒーローの一人が「実力差があるならいたぶらずに場外に押し出せよ!」と野次を飛ばした。
その声に便乗して爆豪への非難が立て続けに叫ばれる。
しかしそれをマイクを奪い取った相澤先生が「爆豪は油断していないからこそあのような対応をしている、そもそも麗日が無闇に突撃してるように見えてるならヒーローやめろ」と庇った。
その直後、麗日が無重力の個性を解除した。
無謀な攻撃を繰り返しているように見えて、実は瓦礫を浮かして空中に武器を蓄えていたのだ。
大量の瓦礫が降り注ぎ、爆豪が回避か防御か、対処する隙をついて麗日が手を伸ばす。
しかし爆豪は一撃で瓦礫の流星群を粉砕。
麗日の起死回生の策は正面から打ち破られた。
麗日は諦めずに突進するが、そのまま体力の限界を迎えて失神し、ダウン。
爆豪の勝利となった。
特にオレから言うことなし。緑谷が個性をブツブツ分析し続けるのをクラスの皆と聞いていただけだった。
そして二回戦を迎える。二回戦は緑谷と轟の対決だ。
確かここで轟焦凍にとって大きな転換点を迎える、対戦カードだったと記憶している。
「緑谷クン、次は二回戦やね」
「海原さん……うん、僕の方が実力的には劣っていると思う……でも、もう引け目なんて感じないよ。
僕が来た! そして、勝つ!」
「ええ顔やん。自信もついたようやね」
凛々しく宣言をする緑谷出久の顔は戦う雄の顔だ。
確か、原作での勝敗は轟が勝利していたはずだが、原作の時の緑谷よりも今の緑谷の方が強い。
前評判では圧倒的に轟焦凍が勝利すると予想している観客がほとんどだろう。
だがオレは、緑谷が勝つと予想したい。
なけなしの資金も、海外のブックメーカーが提供した雄英体育祭の賭けで、緑谷の勝利に賭けた。
「負けたらボクの夕飯がもやしになるんや。勝ってくれんと困るで」
「なんの話……?」
「ジョーダンやで。ただ……次勝って、ボクも勝ち上がれば、対決することになる。
楽しみにしとるで、ヒーロー」
ニヤリと笑うと、緑谷は力強く頷いた。
頑張れよ、オレのヒーローよ。
まだ
バトルフェイス緑谷なので遅刻です。
次回予告
海原「切島クンは硬化したら『アレ』もカチカチになるん?」
切島「もちろんなるぜ! すげえカチカチだ!」
芦戸「ちょっ……ちょっと切島とパイセン何話してんのさー!」
八百万「このような場所で……その、はしたないですわ……」
海原「うん? お二人も気になるん? なら触らせてもらえばええんちゃう?」
切島「そうなのか? いいぜ、触ってみろよ!」
芦戸「はあっ!? ちょっ、は、はぁっ!?」
八百万「え、あの、その、え、お、男の、方の、や、やっ……えっと……」
海原「それにしてもカチカチやな……髪の毛までカチカチなら、攻撃に使えそうやん」
切島「だろ? まぁ普段もワックスで固めてるんだけどな」
芦戸「髪の毛……?」
八百万「あっ、そう、でしたか……髪の毛……そう、ですわよね……」
峰田「次回、『第10話 雄英体育祭 その7』 なぁ二人とも……何を想像したんだ……? オイラに言ってみろよ……ほら……言うてみぃ……おぼふ!!」
蛙吹「いけないわ峰田ちゃん」