異物混入アカデミア!   作:伊良部ビガロ

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第8話 雄英体育祭 その5

 昼休みを終えて最終種目の発表となった。

 どのステージでも最終戦は種目こそ違えどサシでのトーナメントが通例であり、これまでの競技を勝ち抜いてきた猛者たちによる熱い戦いは、雄英体育祭において最も盛り上がる瞬間だ。

 

「いよいよ、毎年テレビで見ていた舞台に……!」

「去年もトーナメントだっけ?」

「毎年ルールは違うけどサシでやってたな。去年はスポーツチャンバラしてたはず……だよな、海原パイセン」

 

 瀬呂の問いかけに昨年を思い出す。

 去年は既にA組の参加者が少なかったのでサポート科や普通科の生徒とぶつかることも多かったが、鎧袖一触だった。

 一回戦では左右の指の間に三本ずつ、口に一本咥えて大立ち回りを披露したが、その俺よりもインパクトを残したB組の生徒の姿は今でも覚えている。

 ちなみに決勝は竹刀を忘れて三刀流にとどめた。

 

「せやね。ボクは一回戦では七刀流奥義『ナカイスタイル』で挑んだんやけど……一回戦の相手は忘れもせんかった。今でもボクの心に残っとるよ」

「え!? パイセンにそんなふうに思わせるくらい強い相手がいたの!?」

「漢らしい戦いぶりをしてたんだろうな……目に浮かぶぜ!」

 

 去年一回戦でぶつかった当時の生徒の名前は『織田(シキタ)長長(ナガナガ)』という炎を操る生徒だったが、風格は並みのプロを凌駕していた。

 彼は七本の竹刀を構えたオレに対して一本の竹刀を無造作に垂らして個性を使った。

 

火炎属性付与(エンチャント・ファイア)

 

 とか言いながら自分に火をつけた織田の姿は実に面白かった。当然そのまま大火傷を負い、敗退したが、オレは心底しびれたよ。

 

「どんな人? 今も二年生!? ねぇっ、教えてよ、教えて~!」

 

 芦戸の質問に答える前に壇上のミッドナイト先生に呼ばれて一位チームのオレたちは壇上に上がった。

 

「というわけで抽選開始! 一位のチームから順番にくじを引いて行って頂戴!」

「雄英なのにこういうところだけやたらアナログやなぁ」

「余計なこと言わないの」

 

 一位チームから順にくじを引いていく。

 原作では確か緑谷が……轟に対して何かを訴えかけて、そしてなんか悩みを晴らすような展開だったはず。

 腋臭の悩みを緑谷が? どうやって? いやそもそも轟は本当に腋臭なのか?

 全然思い出せない。

 まぁ違ったら違ったで、オレはやりたいようにやればいいだけだ。

 

 ――どうせ、異物の混じった世界なのだから。

 

「さぁ抽選結果は……こちら!!」

 

 

 

【抽選結果】

・第一試合

 緑谷出久VS心操人使

 

・第二試合

 轟焦凍VS瀬呂範太

 

・第三試合

 海原大海VS切島鋭児郎

 

・第四試合

 飯田天哉VS発目明

 

・第五試合

 芦戸三奈VS尾白猿夫

 

・第六試合

 常闇踏陰VS八百万百

 

・第七試合

 上鳴電気VS砂藤力道

 

・第八試合

 爆豪勝己VS麗日お茶子

 

 

 

 オレの相手は”硬化”の個性を持つ漢気溢れるヒーローを目指す、赤髪のシャンクスならぬ赤髪の切島だった。

 振り向くと視線が合う。切島は人懐っこい笑みを浮かべて右手を差し出してきた。

 

「パイセンが相手か。よろしくな! 漢らしく正々堂々勝負だ!」

「切島クン相手やと遠慮せんでもよさそうやね。ボクも少しだけ本気、見せたるわ」

 

 右手を握り返すオレ。

 切島が強く握ってきたので、仕返しのようにギリギリと手を握りつぶさんばかりに力を込めた。

 

「流石パイセン……! とんでもねー握力してんじゃねえか……!」

「おおきに。個性を使わなくともこれだけ力があるのは流石やね、切島クン」

 

 切島は脂汗を浮かべながら笑みを浮かべ、オレは変わらず目を細めたまま涼しい顔で受け流す。こんなものはただのじゃれ合いのようなもの。

 彼の個性は攻防一体だが、特に耐久力については折り紙付きの性能を持っている。

 防御力が高いということは、それだけオレも本気で攻撃ができるということ。

 またまたオレの”最強”っぷりをこの世界に見せつけてやろうかな、なんてニマニマしながら肩を回す。

 ここから決勝トーナメント、というわけではなく、あくまでこれは体育祭。

 予選敗退した生徒たちも含めたレクリエーションも開催されており、それぞれ笑いながら楽しむ者、熱心に取り組むものなど、様々だった。

 個性を使うことはできるから、レクリエーション競技でも活躍すればヒーローの目に留まることもある。

 そういう意味では本気でやる意味がある催しだ。

 ちなみに、決勝進出した十六名のレクリエーションへの参加は自由だ。息抜きしてもよし、休憩してもよし。

 オレは遊びに来た彼女たちと過ごしてから、決勝トーナメントまでの時間をつぶした。

 

『さぁいよいよ待ちに待った最終種目! 泣いても笑ってもこれが最後、いよいよ決勝トーナメントの始まりだぁぁーーっ!!』

 

 プレゼントマイク先生の絶叫に観客は歓声で答える。雄英体育祭の会場は物理的に振動を帯びて、ボルテージは最高潮だ。

 

『ルールは至ってシンプル! 相手を場外に落とす、または行動不能にすれば勝ちだ! あとは降参させるかだ!

 個性アリ、なんでもアリの残虐ファイトが行われる! もちろん命に関わるようなのはクソだ!

 ヒーローの拳はヴィランを捕らえるために振るわれるのだ!』

「なんや、なんでもアリちゃうやん」

「海原お前……なにするつもりだったんだよ……!?」

 

 峰田の震える声にニヤニヤしていると、第一試合の入場者を観客が迎え入れた。

 観客の熱気をさらに煽るべく、プレゼントマイク先生の声が響き渡る。

 

『第一試合! 成績のわりになんだその顔! 緑谷出久! そしてごめん、ここまで目立った活躍なし、普通科心操人使!』

「海原パイセンはこの戦い、どう見る?」

「ん?」

 

 尾白が座席の後ろから尋ねてきた。

 緑谷と心操のことを二人とも詳しく知っているオレだからこそ聞いたのだろう。

 

「んー、“個性”が決まるかどうかやね」

「やっぱり心操の洗脳か?」

「せやね」

 

 心操の個性は“洗脳”であり、初見殺しの要素が強いために対策をとれるかどうかが対決の肝となる。

 そしてここまで心操は個性を発動する機会は見せていない。

 第二種目でも轟から鉢巻を奪い取った一瞬しか使っていないため、緑谷も心操の個性はまったく把握できていないだろう。

 だが逆に、個性以外の身体能力の部分では緑谷が勝つ。

 ヒーロー科での授業やトレーニングを数ヶ月経た差は大きい。

 心操は緑谷が思わず返事してしまうような言葉をかけること、緑谷は声をかけられる前に心操を倒せるかどうかだが勝負の分かれ目となる。

 

『それじゃいくぜぇーっ! スタート!』

「緑谷出久……だったか。俺が普通科だからって手加減するなよ」

「……! もちろん、正々堂ど――」

 

 いったーッ!!

 心操は緑谷のことをオレに聞かなかった。緑谷もオレに心操のことを聞きに来なかった。

 だからこの質問と結果は心操が考えて出したものだ。

 恐らく心操は緑谷を観察して、どういう性格かを把握し、あえて普通の挨拶を投げかけた。

 

「うわ、緑谷完全に引っかかった! 強い衝撃があると解けると心操は言ってたけど……」

「タイマンで衝撃なんてあるわけないよな……たまたま転ぶとかしないと」

 

 心操の個性を知る尾白と砂藤が唸る。

 二人とも心操とぶつかるとしたら決勝戦となるが、もしも対戦した時を想像して、返事をしない難しさを感じているようだった。

 

「まぁ、普通の個性(、、、、、)なら為す術無しやね」

 

 オレみたいに無効化できる術を持っていないとこうして封殺されるだろう。

 

「そのまま振り返って場外まで歩け」

『ああーっ!? 緑谷棒立ち、からのジュージュンッ! 心操の個性か!?』

『つくづくあの入試は非合理的だ』

 

 そこからイレイザーによる心操の個性の解説が始まった。

 仮想敵であるロボの撃破数が合否に関わる試験内容のため、どうしても合格しやすいのは物理攻撃能力を持つ受験者だ。

 心操の対人戦で活きる個性ではポイントを大きく稼ぐことはかなり難しい。

 ちなみに個性“透明”の葉隠透も入試で不利だったのではと気になり、以前聞いたところ「あのロボット、赤外線とかセンサーが全然ないみたいで、あたしのこと見えてなかったんだよね〜。だから鉄パイプでフルボッコにした! といってもヴィランポイントは稼げなかったんだけど、レスキューポイントを多く稼いだおかげで合格できたよ」とのこと。

 

「このまま心操の勝ちか!?」

「デクくん……!」

 

 切島の驚く声と、麗日の不安そうな声。

 A組メンバーたちの様々な感情が混じる視線の中、緑谷はただトボトボと力なく場外へ向けて敗北への行進を続けていた。

 誰もがこのまま負けると思っているだろう、プロヒーローたちも心操の個性の強力さに舌を巻いている。

 

「ま……緑谷クンがこんなところで負けるわけあらへん」

 

 願望ではなく確信だった。

 薄く微笑み、呟いたそのとき、スタジアムに突風が吹き荒れた。

 風が止み、砂埃が晴れたその中には、バトルステージのラインぎりぎりで踏みとどまり、荒い呼吸を繰り返す緑谷出久が姿を見せた。

 彼の左手の指が赤黒く腫れて、歪んでいる。間違いなく骨が折れていた。

 まだオレはOFAを本気で使い、体を壊す瞬間を見ていないが、その傷は暴発による衝撃で生まれたものだとすぐにわかった。

 プレゼントマイク先生が驚愕に声を上げる。

 

『緑谷出久踏みとどまったァーッ!! 個性効いてたんじゃねえのか、でもとにかく留まった!!』

「せやろな」

 

 物語の記憶を朧気ながら覚えていたからなのか、主人公だからか、OFAだからか、オレにはわからない。

 別に心操に負けて欲しいと思っているわけでも、緑谷に勝って欲しいと願っているわけでも、当然ない。

 ただ、今の自分――海原大海が感じる“渇き”を満たす切っ掛けになるのは、緑谷出久だろうという薄い直感が心の奥底で光っていた。

 

「お前も海原と同じ、無効化にできる個性か!?」

「っ――!!」

 

 緑谷は堪えた。

 まさかあの一回で発動条件のタネに気がついたのか? だとしたらその観察眼は流石という他なく、心操も洗脳を破られた時点で勝負あったかと思うが、目を凝らすと緑谷は目を瞑っていた。

 

「視線を合わせるか、声に対する返事か、絞りきれんかったんやな。その二択まで当てずっぽうでも絞った時点ですごいわ」

「でも緑谷、目を瞑ってちゃいくら心操が普通科でも勝ち目ねえだろ!?」

「せやな……峰田クンは目を瞑ったまま個性を当てられる?」

「無理に決まってるだろ、オイラだったら闇雲に投げるしかねえよ……」

「なら、緑谷クンも闇雲にやるかもなァ」

 

 緑谷が目を瞑り、さらに両腕で顔を隠しながら心操へ向けて突進する。

 その姿に心操は焦りを見せた。

 

「恵まれた個性だな! おあつらえ向きの個性を持ってる奴は行きたい場所に行けて羨ましいよ!」

 

 答えがかえってくることはない。

 その場から動かず個性の発動を狙う心操、その姿にオレは悪手を打っていることを指摘した。

 

「心操クン、焦りすぎや。緑谷クンが目を閉じて向かってきていることに気がついてあらへん。

 冷静だったら躱して距離をとれば、振り出しに戻ったんになァ」

 

 ようやく緑谷の突進の意図に気がついた時には、心操は既に体当たりを受けていた。

 ただの体当たりではなく、OFAを5パーセントながら発揮した突進は緑谷の体格からは有り得ないほどの突破力を携えていた。それを堪える能力は、心操にはない。

 

「ぐっ、クソッ……! がはっ……!?」

 

 突進がモロに入り、肺から空気が押し出される。

 そうなれば言葉を発することは人間の構造上不可能であり、そして言葉を放てない心操に反撃の手段は皆無だった。

 緑谷の肩が心操に突き刺さり、バトルステージをごろごろと転がり、そして線の外へ転げ落ちた。

 

「心操くん場外! 勝者、緑谷出久くん!」

 

 ミッドナイト先生の判定の声が響き、遅れて歓声が上がった。

 第二種目で大金星を挙げた普通科の生徒が、再度ヒーロー科の生徒をあわやというところまで追い詰めた健闘。

 それを、すんでのところで躱し、最後は一か八かの戦法でギリギリの勝利を掴み取った緑谷の勇気。

 炎や氷、電気が迸る派手な戦いではなかったものの、戦いの高度な駆け引きを感じ取った観客たちは両者の戦いぶりを称える声をあげた。

 オレにとっても面白い戦いだった。

 

『初戦から見事なバトルを披露した二人にクラップユアハンズ!!』

「心操くん!」

 

 緑谷が大の字で仰向けに倒れる心操に近づいた。

 本来、個性を持たず、ヒーローになる権利もなかったはずの彼にとって心操の言葉は胸に刺さっただろう。

 自分が無個性であるということを伝えて、気持ちはわかるよと話したいだろうに、それはできない。

 しかし緑谷はその難しく、処理しきれないであろう感情を顔に出しながらも、心操に手を差し伸べた。

 オレの位置から見える心操の顔は、晴れ晴れとしていた。

 

「緑谷……負けたよ。お前、ヒーローになりたいのか?」

「うん――」

 

 洗脳が決まる。

 石のように固まる緑谷に笑みを浮かべながら心操は起き上がった。

 

「俺の個性“洗脳”は相手を自分の命令に従わせる。その条件は、俺の問いかけに返事をすることだ」

「――はっ!? あ……今……」

 

 倒れていたから心操の視線は緑谷に向けられていなかった。答え合わせということだろうか。

 心操は自分の個性を皮肉った。

 

「ヴィランみたいだろ」

「ううん!! すごい個性だよ……人質解放とか、ヴィランの無力化にすごい役立つ個性じゃないか!」

「……ほんと、ヒーロー科はそういうやつばっかなのな」

 

 その言葉を聞いて、心操は背を向けた。

 何かを確かめるような声音で、噛み締めるように呟いてから、ステージを降りる。

 その足取りは重くとも、確かに力強く地面を踏みしめていた。

 

「恥ずかしい戦いはしないでくれよ、緑谷」

「あ、あっ、うん――」

「普通俺と話すときは皆身構えるんだけどな。そんなんじゃすぐに足元すくわれるぞ。

 俺も足りないところだらけなのはよくわかった……でも、いつかお前らヒーロー科のところに、すぐに追いついてやるからな」

 

 すぐに洗脳にかかった緑谷に苦笑いを浮かべてから、心操はバトルステージを去っていった。

 多分、きっと、いつか心操はヒーロー科に辿り着き、ヒーローになれるだろうな、とオレは思った。

 

 

 

 第二試合の轟と瀬呂の対戦が始まる頃、オレは控え室にいた。

 精神統一するほどのこともなく、かといってウォーミングアップも、息抜きも不要だ。

 

「相手は切島か。あの硬化の個性は汎用性が高いが、今の時点じゃちょっと……いやかなり役者不足だな」

 

 誰もいない控え室だから関西弁キャラを取り繕う必要も無い。

 椅子の上でだらけて、半ばねそべるような姿勢のまま時間を潰していると、控え室の扉がノックされた。

 

「どぞ」

「よう」

「心操クンやないか。お疲れさん」

「ああ……負けたよ。個性決まったのにな」

「せやな。でも実力はアピールできたんちゃう? プロヒーローたちも実戦経験の差を考えたら健闘した思とるやろ」

「だといいな……海原は緊張してないのか?」

 

 笑いつつ心操が椅子を引き出し、反対向きに座る。

 ヒネたところを見せつつもやはり男子高校生、その仕草は他のヒーロー科の生徒たちと分けるものは何も無かった。

 

「せえへん、せえへん。すぐ勝って終わりや」

「……対戦相手、A組の奴だろ? そんなに弱いのか」

「ちゃうちゃう、ボクが強いだけや」

「羨ましいなその自信……なぁ、海原」

「うん?」

「……体育祭が終わったら、暇なときでいいから、ヒーローになるために必要な技術を教えてくれないか? 放課後とかに」

「ええよ」

「忙しいのはわかってる。もちろん相澤先生やブラド先生にも頼むからお前に負担は……っていいのかよ」

「体育祭前も緑谷クンをボコボコにシバキながら鍛えてたから今更一人増えたところで変わらへん。もちろん、先生にも聞いた方がええけど」

「なんだ、緑谷はお前の弟子か」

「弟子というほどのもんやない」

 

 けらけらと笑ったとき、地響きが控え室を襲った。

 

「なんだ!?」

「これは……」

 

 狼狽する心操。まるで巨大な物体が近くに着弾したかのような轟音だが、オレは大量の水分がスタジアムを満たしていることに気がついた。

 間違いなく轟焦凍の氷結だろう。しかし、誰もが言葉を失う氷塊の規模をあらかじめ知っていたとしても、実感してみると口角が自然と釣り上がる。

 

「轟クンやね」

「轟って……あのエンデヴァーの息子か。洗脳するためとはいえ、際どいこと言っちまったな……」

「復讐されるで。夜道に気をつけなアカンよ」

「やめろ」

 

 恐らく轟は瀬呂に勝ったのだろう。となると、次はオレの試合の番だ。

 席を立ち、軽く伸びをして、散歩に行く時と変わらない足取りで控え室を出る。

 

「心操クンはヒーローになりたいやろ? ……ボクを見て、心折ったらアカンで」

「勝手に言ってろ。……頑張れよ」

 

 心操へ、背中を向けたまま手のひらをひらひらと振った。

 

『さぁさぁ第三試合も注目だ! 漢一筋ド根性! 切島鋭児郎』

「おっしゃあ!」

『出場するのはアリなのか!? 昨年雄英体育祭優勝者、海原大海が満を持して登場!!』

「どもども」

 

 姿を現すと割れんばかりに響く大歓声がオレを迎えた。誰もがオレの名を叫び、手を振り、そして戦いに期待している。

 流石雄英体育祭、昨年優勝者という肩書きは留年生という不名誉なレッテルすら押し流すらしい。

 もちろん、留年したのが怪我が原因というのが少しづつ知れ渡っているのもあるか。

 

「海原くーん!!」

「去年優勝の力を見せてくれーっ!」

「今年も優勝したらうちの事務所に来てくれ、というかサイドキックやってー!」

「切島ぁ! 去年の優勝者なんてぶっ倒せー!」

「大番狂わせ見せてくれよ!」

 

 応援の声だけでなく、番狂わせを期待する声もあり、切島は大歓声に押されて少し浮ついている。

 緊張とやる気で半々という感じ。

 

「切島クン。ええ勝負になるとええな(、、、、、、)

「それを言うなら良い勝負にしよう、だろ」

「いいや、合っとるで」

「……! 上等だぜ、パイセン!」

 

『レディー……スタートッ!!』

 

 プレゼントマイク先生のハイパーヴォイスが空気を揺らし、観客が湧き上がる。

 

「先手必勝ォ!」

 

 個性“硬化”で全身を棘のような硬い体質に変化させたまま切島は一直線に突っ走ってくる。

 小細工抜き、その身一つで挑む姿は泥臭く、そして漢らしい。

 

「でもそれは、いくらなんでも雑すぎひん?」

 

 手のひらに水を。

 渦巻き、満ち溢れ、とぐろを巻いて、振りぬいた右手から膨大な水流が噴き出した。

 

「“濁龍(だくりゅう)”」

 

 その名の通り龍を象った水の塊が、正面から切島を飲み込んだ。

 人は、僅か50cmという高さの津波ですら立っていられず、流されるという。

 それが文字通り人が飲み込まれるほどの水量ともなればなおのこと。硬くなろうと質量が増える訳では無いのなら、耐えることはできない。

 

『海原の圧倒的な瀑布が切島を飲み飲んだァーッ!! 第二試合の轟の氷結が荒々しさを感じさせるのに対して、海原の水流は洗練された美しさすら感じる技!

 勝負あったかー!?』

 

 大量の水が通り抜ける。

 水とともに場外に押し出されている切島――その光景が広がっていると思っていたが、現実はオレの予想を裏切った。

 

「全っ、然っ、効かねえっ!」

 

 まだ切島はバトルステージに残っていた。

 立ってはいない。

 四肢を硬化させ、地面に突き刺して固定していた。

 順番に引き抜いた切島の様子は明らかに手足が震えている。

 いくら固定していてもあの大質量を受け流すのではなく受け止めたのだから、疲労もかなりのものだろう。

 だが、大技を耐えきった切島には観客たちが大興奮の声を上げていた。

 

「個性に頼りきらずに耐えたな!」

「いい根性だ!!」

「そのままやっちまえ! 優勝者なんて関係ねえよ!」

「いけーっ、切島!」

 

 雰囲気が大番狂わせを期待し、歓声が切島に集まる。

 切島は濡れて萎れた髪を拭い、かきあげた。

 

「いくぜパイセン……覚悟しろよ!」

「ええやん。ええ勝負になりそうやね」

 

 駆け寄る切島にオレは笑みを浮かべて迎え撃った。

 




ヴィラン立てこもり事件があったので遅刻です。


次回予告
海原「最近自分の寝言が気になんねん。自分らは寝言多いん?」
切島「自分の寝言なんかわかんねえけど……マイク先生の寝言はヤバそうだな! うるさそう!」
緑谷「プレゼントマイクの寝言は過去に自分のラジオ番組の第67回で言及してるんだけど窓ガラスを共振で割るほどの高周波で出るらしくて普段より甲高い寝言が出るからそれを録音して配信したら同時接続者は過去最高レベルに集まったらしくて奇跡の歌声だとヴィランの心すら改心させるって逸話ができるくらいのことがあって」
海原「緑谷クンの寝言は想像つくな」
切島「だな」

峰田「次回、」
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