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不可逆な関係について


この文章は僕自身と、その広義の恋人であるところの「彼」、そしてその不可逆で、透明で、密閉された関係性に対する記録と考察である。






僕の絵のアカウントをずっと見ている人は知っていると思うのだが、僕は最近絵が描けていない。

もちろん興味が立体に移ったというのはあるのだが、そもそも何故興味が立体に移ったのかという話だ。

以前までの僕の絵は、キャラクターにしろ背景にしろ、大体は設定や世界観、あるいは何らかの映像や断片的なストーリーを作り、その一部を切り取るという方法で絵を描いていた。

2024年に入ってからはさらにそのやり方が加速した。

その頃の僕は、脳が暇な時間のほとんどでキャラクターをなぞり、会話やシチュエーションを空想し、ピンタレストを漁って構図を考えていた。

そういったことをするのは僕にとってとても楽しく、だから2024年は、ここ最近で一番良い年だったように思う。

しかし2025年8月現在、僕はある理由でそういった頭の使い方ができなくなっており、そしてそれでも何か生み出し続けるために僕は立体造形を選んだ。

立体はよかった。ただ無心で手を動かしていればいつの間にか完成していた。

僕はその立体物の身体性を好むのにくわえ、同時に、頭を使う作業を避けてもいた。

何故創作に対して頭を使えなくなったのか。

その原因は明白だった。

僕の人生において、僕の脳のリソースの大半を食ってしまう存在が現れたからだ。

脳のリソースとも言えるし、気力と言っても、空想に耽ってる時間そのものと言っても良いのだが、何かそういった、「内面のエネルギー」といえそうなものが一人の人間の存在によって枯渇してしまい、そして順当に僕は絵が描けなくなっていた。

僕はこのままではいけなかった。

人間にリソースが食われている状態というのは健全ではないと思っているし、僕は僕の存在価値のためにも、あるいは僕の絵を見てくれる人のためにも、絵を描く必要があった。

僕はこのような状態になってもなお、時間経過によっていつか絵が描けるようになるかもしれないという希望的観測を持っていたのだが、そうこうしている内に4ヶ月経過してしまい、このままではまずいかもしれないと思い始めた。

今まではキャラクターについて考えていた時間で僕は「彼」に関わることを考えていた。そして疲れ切って天井を眺めた。

そしてふと、いままではキャラクターたちをあらかた考え尽くし、それをだいたい絵にできたら満足し、その世界については考えるのをやめていたことを思い出した。

僕はもう「彼」についてはあらかた考え尽くしているはずだった。

それを作品にして僕から切り離すということをしていなかったからこそ、延々と脳のリソースを食われ続けていたのだ、ということに思い至った。

絵にしても良かったのだが、なんとなくモデルのいる人物を描くというのは僕の美学(?)に反する気がしたので文にすることにした。

この文章はそういった、作品化によって僕の内面から「彼」に関することを切り離すという意図の試みで、だからあんまり綺麗に着地していない上に、やたらと長く、しかもあまり役に立つようなものでは無いのだが、だれかに読んでもらうことに意味があると考えているので公開する。

定義されていない関係性があること。

それによって精神を変容させざるをえなくなった僕という存在。

そして彼について。



文中の「彼」は実在人物ではあるのだが、僕の解釈が過剰に加わっているため、"実際の" 彼とは異なっているということを先にことわっておく。

また、「僕」の身体性は女性で、だからこの文章は同性愛的文脈にあるわけではないことも一応ことわっておく。





僕が彼に初めて会ったのは2023年の秋、とあるイベントの撤収作業の時である。

人が大勢いるなかで、所在なさげに立ち尽くしている彼を認識した瞬間に、ある種一目ぼれに近いような「見つけた」感があった。彼が帰ってしまう前になんとしてでも話しかけなければならないと思った。

彼は全身黒をまとって、影そのもののようだった。ひざ下まであるロングコートに、真っ黒な、耳が隠れる長さの髪。しかしそれだけでは説明がつかないほどの、光を吸収する雰囲気が彼にはあった。

同時にどこかヒト型の妖精のような浮世離れ感があった。

しかし今思うとそれらは実際、誰でも惹き付けられてしまうような特殊な類の魅力ではなく、単に僕の回路が直感的に強く反応しただけのことだった。

僕はたくさん人がいる場に来るといつも、何か面白そうな人がいないか探してしまう。

これは僕が無意識的に行っている、大昔からの癖で、でも実際に誰かを「見つけた」のはこれが初めてだった。

そしてそのあとの懇親会で話しかけたのだが、その時のことを当時の僕がDiscordに書いていたのでそのスクショをここに載せておく。

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「いつも一方的に見てる絵師」というのが彼のことである。
専科というのは大規模なDiscordサーバーの名前で、その頃僕はいつもそこに入り浸り、知り合いには見せられないような書き込みを繰り返していた。


この時の僕について後から彼に聞いたのだが、「横転していた」「面白いひとだと思った」という評価だった。

僕はというと彼の声があまりにも小さくてその場の音楽にほとんどかき消されてしまっており、意思疎通が図れたのかどうかさえ不明で、なんの手ごたえもなかった。

しかしいずれまた話しかけよう、と思った。気長に関係構築すれば良いと。





現在の彼は……僕の「広義の恋人」である。


その出会いの少しあと、2024年2月あたりから僕らはDiscordで作業通話を積み重ねていた。

先ほど書いたファーストコンタクト以降、僕は彼に話しかける機会を虎視眈々と伺っていた。

そこに彼がちょうど彼の個人サーバーで作業通話を募集しているタイミングがあり、そこに滑り込んだのである。

そこからの成り行きは自然だった。

彼は相槌すらままならないレベルの、自分からは何も話し始めることがない口下手であったが、僕は今までの人生経験で得た、「無口な人間を喋らせる」というスキルによって彼と喋り倒した。

僕は過去にこちらの話に少しも反応してくれない人を好きになったり、相槌の代わりにアイコンタクトで聞いていることを示すような人と恋人同然の関係になったりしたのだが、それにより相手が無反応でもべらべら喋ったり、笑ったりできるという特殊能力を身につけていた。

そして、彼のように生まれてからずっと静かに生きてきた人間は、そうやって自分の前で勝手に賑やかにやっている人間を見たことがない。

だからそれだけで大抵の無口は少しずつ僕に対して口を開いてくれるのだった。

喋り始めてすぐの頃の彼は何かとすぐ自虐に走った。
自虐以外の手札を持っていないのかも知れなかった。

大学の話をすればいつの間にか「自分は頭が悪い」という話になり、創作の話をすれば「自分には創造性が無い」という話になっていた。

そのうち僕は自虐の気配を察知できるようになり、その度にやんわりと会話を軌道修正した。僕の前でだけは自虐はしてほしくなかった。

彼が心底楽しげに自己否定を繰り返すのは、なんとなく見ていられなかった。

その代わり僕らは根底では肯定しあっているような、しかし同調はし合わないような距離感で雑談をし続けた。

僕らはすぐに仲良くなったが、新幹線で会うような距離感に住んでいたためそう気軽には会えなかった。

それに作業通話をするというのは彼を誘うのにかなり良い口実で、だから会話を繰り返すことになるのは必然だった。

普通は雑談は、お互いのことをよく知るための助走か、あるいは単に間を埋めるための暇つぶしであることが多いように思う。

しかし僕らの場合は異なっていた。

雑談こそが関係性の中核であった。




彼とは話始めた直後から、お互い同士でだけ言語が通じるような感覚があった。僕と同じ言語を使っている人間に初めて会ったのだ。

近況、過去、思想、普段からこういうことを考えている、こういうことがあってこう思った、そういった話をひたすらすることができた。

週2で夜にDiscordで集まり、ひたすら喋り倒して明け方に解散する。

このことを人に言うと、「何をそんなに喋ることがあるのか」と度々聞かれた。

しかし僕らにも何を喋っているのかはよくわからなかった。

彼は僕の前でだけはやたらと饒舌になっていた。

そして僕はもとから誰に対してもべらべら喋れる方だったが、それでも彼の前では余計に、最大限に言語を駆使したいみたいな謎の欲求がでて、一番”素”に近い流暢さで喋ることができるのだった。

彼との雑談は共感でも議論でもなく、まさしく情報交換であった。

お互いの内面に潜り合い、そこで見えたものについて聞き合うような会話を繰り返した。

彼の話には必ずしも共感できるとは限らなかったし、むしろ話せば話すほど、人格構成の違いは浮き彫りになっていった。

でも僕はそれらの話を、どこか自分の知識欲を満たすような気持ちで聞くことができて、自分自身に関しても同じようにそうやって彼に聞き取ってもらうことができた。

彼はよく、僕の問いかけを聞いた後、平気で10分以上黙り込んだ。

僕はそのあいだ絵を描きながら、彼が思考の海から何か釣り上げるのを待っている。

しばらく経つと彼は躊躇うように何度も短く息継ぎをする。

彼のマイクがその微かな音を拾うと僕は、彼が何か言おうとしているのがわかって、少しだけ耳を傾けた。

彼はその後ゆっくりと話し始める時もあれば、何も言わずまた黙り込むこともあった。

そういう時は彼の思いついた言葉は彼の中のフィルターを突破できなかったということだった。僕はそんな彼をよく茶化して、何を言おうとしたのか聞きたがったが、たいてい教えてはくれなかった。

ひとたび言語で通じ合えることが分かってしまうと、双子がお互いにだけわかる言葉で話しだすように僕らの意思疎通は先鋭化していき、雑談は徐々に閉じていった。そして当然それと同時に関係性も密閉されていった。

言語でお互いを交換しすぎて、いつのまにか僕は彼の内面を高精度に理解するようになっていた。自分自身のことも、同じくらい高精度で理解されているという確信もあった。

それらはもう、他の人では到底代替できるものではなかった。




「広義の恋人」になったのは大体そういった理由からだった。

これから先も永遠に雑談し続けるための契約。それが広義の恋人の大体の内訳だ。

言語でつながり合っている僕らは、当然の成り行きとしてお互いを深く理解し、前提条件抜きで話せることが増え、その結果、深層の一部を共有しあっていると言っても良いほどに、内面の深いところでつながり合った。

僕らは僕らの関係を、作業通話相手から広義の恋人へと定義しなおした。

週2の作業通話を始めてから、気づけば1年と少し、2025年の春になっていた。

その1年と少しのあいだ、僕らはたまに現実で会って会話をしたこともある。

僕らは遠方に住んでいたが、何かと理由を付けて会いに行った。

雨の中牧場に行って遠くの牛を眺め、雨の中彫刻の森に行って彫刻を眺めた。金沢に行き、いわきに行き、仙台に行き、東京に行った。

対面の彼は通話よりも無口だった。

穏やかな、それでいて真っ暗な目で僕と、その背後にある風景を眺めていた。

そして重たそうなカメラを構えてひらひらと動いては、いつの間にか僕の視界から消え、僕が慌てて彼のことを探すと、たいてい僕のすぐ後ろにいた。

僕はそういった彼の存在をどうにか残しておきたくて彼の写真を撮るようになった。

写真は特にやったことがあるわけではなかった。自分は風景の写真を撮るということにはそこまで興味を持てなかったからだ。

しかし人物写真は別だった。どんな風景も人が入るだけで急に完成されるように僕には思えた。

お下がりでもらった初代GRで僕は彼の瞬間を切り取った。

彼は最初のうちはカメラを向けられると硬直していたが、徐々にほどけていき、僕以外の誰も見たことが無いであろう笑顔の写真も増えていった。

対面で会い、帰った直後は、僕は実際に会った彼と通話の彼が頭の中で上手く結びつかないような気持ちになった。そして、しばらく経つと彼はまた「写真の彼」と「通話の彼」に分離していった。

これほどに対話を重ね、お互いのことを知り合ってもなお、僕らが会った回数はほんの10回程度に過ぎない。


僕らのような、精神だけに酷く偏った、そして甘いニュアンスの少ない関係性には、今のところ一般的な名前はついていなかった。

これを恋愛と呼ぶべきなのかどうかもわからない。呼んでも良いとは思っているが、少なくとも、僕が知っている恋愛(僕は過去に人を好きになったことが何度もある)とはかなり趣きが異なっているように思える。

そんなに知りもしないクラスメイトに向けていた一方的な関心、ただ好きな人がいた方が楽しいからという理由で自分にかける暗示、優しくしてくれる人に対する、ずっといて欲しいという気持ち、そして自分と深層の一部を共有している代替不可能な存在に向ける感情、これらがすべて「恋愛」という言葉に内包できるとしたら、恋愛というものはどれだけ広い概念なんだろう。

僕らの関係は、恋愛と呼ぶには少し透明すぎるようだった。

少なくとも僕は彼に対して、一過性であることが自分でもわかるような刹那的な熱量も、見つめ合うだけで得られるときめき成分も希薄だ。

その代わり、彼の存在がただ自分の内面に組み込まれているという確信だけがあった。

これは本当に取り返しがつかないことだった。

僕は徐々に自分が不安定になっていくのを感じていた。




些細なことで不安症状が出るようになり、それが彼とは全く関係ない事柄にまで波及した。

あらゆることが心配になってたびたび動悸が止まらなくなった。眠りが浅くなり、複雑な夢を見るようになった。

そして元から持っていた希死念慮にたびたび飲まれるようになっていた。

絵は自然と描けなくなった。

それが4ヶ月前、2025年の春あたりからの僕の状態である。

彼がもはや自分にとって「作業通話相手」以上の存在であると自覚し、それを認めた時からだった。

しかし皮肉なようだがそのような状態が加速するのと同時に、さらに彼との仲は取り返しのつかないものになっていった。

僕は彼と喋っている間だけ自分が呼吸できるように感じた。

彼の内面には深海があり、僕は本来的にはそこに生息すべき生物だったのだ。

以前は何食わぬ顔で陸の空気を吸っていたが、穏やかで、冷たくて、能動的に吸わずとも流れ込んでくるような水中呼吸の楽さを知ってしまったらもう陸に戻ることは苦痛となってしまうのだった。

深く潜るにつれて、地上の時間経過は歪んでいった。

通話の週2ペースもだんだんと崩れ、明け方までと決めていた時間も、「午前中」と言えるような時間まで雪崩れ込むようになった。

作業の片手間だったはずの雑談がいつの間にか作業時間も睡眠時間も食い潰し、10時間近く喋り通しになることもあった。

陸上での呼吸ができなくなるにつれて、僕の不安定さは増した。

僕は過去に、一週間前まで僕に対して好き好き言っていた人間から「どうでもよくなりました」とだけ言われて関係が終わったり、恋人同然だった人間と音信不通になったり、人並み程度かそれ以上には他者から見放されるという経験をしてきていた。

当然僕自身も何らかの心変わりによってこの関係を手放したいと思うことが未来永劫ないとは言えない。

それに、そういうことが起こらないとしても、結局人はいつかは死ぬのだ。

僕はそういうことを無視して他者と根底を共有できるほど頭がお花畑では無かった。

彼が何らかの理由でいなくなった瞬間に自己が崩壊してしまう、そういった関係性は僕にとって健全ではないのだった。

僕は情緒不安定になるたび彼に泣きついた。

精神がやられると僕は酒に手が伸び、病みツイをし、ChatGPTに話しかけて自力で落ち着こうとし、それでもダメな時は彼にDMを送った。

どれだけ情緒が崩れていても、彼のぬるま湯のようなふにゃふにゃした声を聞くと、常に自分のことを呼んでいる希死念慮が少しかき消され、現世にいるべき理由を自覚した。

意外にも彼はこちらの不安定さに引きずられてめちゃくちゃになることも、僕を拒絶することもなかった。

そういった意味では、表向き僕が彼のことを引っ張っているようで、実際には精神面での主導権は彼が持っていた。

彼の内面の広い余白は、僕がどれだけ感情と自分自身を注いでも完全に埋まってしまうということがないようだった。

彼には元から内面に虚無の空間があり、そこに僕の存在が入り込んでしまった。

つまり同時に、彼もまた僕に依存していた。

彼は僕の全てをすでに飲み込んでしまっていた。依存によって当然生じるであろう不安定さは、彼の深海に閉じ込められてしまい、僕の目に触れることはなかったが、時折り浮かび上がってきては一瞬だけ姿を見せた。

僕が彼との関係を、作業通話相手から広義の恋人へと定義し直さなくてはならないと決意したのも、彼のそういった深海魚を目にしたからだった。

広義の恋人になるほんの少し前……あの時彼が画面の向こうで泥酔しながら僕に、「死別しましょう」と言うまでは、僕はまだ、この関係を何事も無かったかのように畳むこともできるはずだと考えていた。
それは冗談では済まされないような声だった。彼の中にはもう僕とは死別以外の別れ方は用意されていないのだと気づいた時、僕はただの雑談相手とここまで取り返しがつかなくなることがあるのかと、いや、ただの雑談相手と言える次元をいつの間にかはるかに過ぎていたのだと愕然とした。

僕らは愛を囁き合ったことなど無かったし、お互いの価値を確かめ合ったことすら無かった。

表向きは十分「友達」として他所に説明できるほどに整っていた。しかしそれで片付けるには、僕らはお互いのことを理解しすぎたということだった。

この件がきっかけで僕は、関係性について再度考え、広義の恋人として彼と契約を結ぶことを決めたのである。

彼は僕の存在を「救済」だと思っていると言った。
彼が僕について言及する時、出てくるのは決まって「存在価値」だの「幸福」だの「人生の意味」だのおおよそ普通の恋愛では無いような、それどころか他者に向けて良いものではないような、そういった言葉ばかりだった。

僕がいつかいなくなることが不安ではないのかと無いのかと聞くと、彼はいつも言葉を濁して黙り込んだ。おそらくそういった事柄は直視してはいけないことになっているのだった。

なぜ彼がそこまで僕に入れ込んでいるのか、その理由は僕にもよくわからなかった、というか今もわからないままだ。

とにかく僕と彼は内面の深い部分を共有しあい、容易には分離できなくなっていた。

この関係は恋人関係といいつつ身体性は伴っておらず、お互いを束縛し合うようなわかりやすい執着もなかった。

そして、これは、まさしく僕の理想の関係性であるはずだった。




僕がかつて描いていた創作のキャラクターは、たいてい二人組だった。

僕は創作の中に、自分の理想の関係性を見出していた。

その条件は、「不可欠性」「対等性」「永続性」ということだ。

相手がいないと自分が、全てが成立しないという不可欠性。どちらか一方に力関係や入れ込み度合いが偏っていてはいけないという対等性、そしてその関係が永遠に続くものであるという保証。

僕は創作のキャラクターたちに寿命というものを定義しなかった。

彼らは不老不死か、あるいはいずれ死ぬとしても死後の世界で再会することが確約されていた。

彼らは死んだあと、夕暮れの海で再会するのだ。

二人が永遠であることが僕の中では絶対条件であった。

しかし僕らは不老不死ではない。そして死後の世界なんて存在しないのだ。

僕らは創作の二人組になることはできなかった。どこまで行っても現実の二人組だった。

僕は不可欠性も対等性も、永続性無しには健全な形では成立し得ないのだということに気がついた。

そして僕らが現実に生きている以上、永続なんてものは存在しなかった。

そのことに気づいてしまったからこそ僕の精神はおかしくなったのだ。いずれ来る死別、そしてもしかしたらそのはるか前に何らかの形で関係が破綻することもあるという事実。
これらは不可欠性と対等性を保持したまま直視するには、あまりにも救いが無い事実だった。

僕が考えていた理想の関係性というのは、あくまで創作の、架空の世界にしか存在し得ないものだった。それらは完全な球体みたいに、頭の中で考えることはできても実際に存在することはできなかった……。






この文章を書き始める前、僕が考えていたのはここまでだ。

彼と僕、そしてその関係性を文章として作品化することで僕自身から切り離すという試みは、すでに概ね成功していた。

僕は驚くほど冷静に、ひとりの創作者の目で僕自身と彼を見ていた。

しかし一方で僕自身の不安定さや、この関係の閉鎖性、どこまで行ってもお互いに酸素を供給しあうような閉じ切った脆さについて、何らかの解決策を見出したわけでなかった。

だから冒頭に書いた通り、この文章を何か役に立つ教訓が得られるような形に着地させるということはできない。

ただ書く中で僕が気づいたことがある。この関係性、永続ではない、不完全な関係性が、創作の二人組よりも価値があるとしたら、それはなんなのか。


それは彼が、そして僕が実在しているということだ。


僕が通話を立ち上げてから2秒で彼が来て、いくらなんでも早すぎると笑い合ったとき、
午前4時に「うわっ、もうこんな時間!?」と白々しく言い合ったとき、
夜が明けて彼のマイクに鳥がぴよぴよさえずる声が入りだしたとき、
僕が彼の前で酒を浴びながら、自分には価値が無いと泣いていたとき、
待ち合わせ場所で地図を見ていたらいつの間にか彼が無言で背後にいたとき、
大浴場の外のベンチで文庫本を読みながら僕を待っている彼を見たとき、
アーケードを歩きながら彼の手に触れたとき、

彼は確かに実在していた。

そして僕も実在していた。

僕らの関係は架空のものではなかった。僕らの関係は現実だった。

だから僕らの関係は理想そのものの美しさになることはできない。こんな関係はどう考えても脆く、往々にして長続きするような類のものではない。

しかし僕らは実在しているというただ一点において、創作の関係よりも価値があるのだった。

僕は彼にのめりこみ、精神をめちゃくちゃにし、過去にはたしかに持っていたはずの創作の世界を手放した。その代わりに得たものは、関係性が実在しているという事実そのものだった。

僕は他者の深海に触れ、根底でつながり合うことの幸福と、取り返しのつかない破滅を自身に内包するということについて知った。


僕には祈ることしかできない。

この関係が永遠でありますように。なんら変わることのない日々が無限に続いていきますように。

そしてこの文章の中の彼と僕は、ある意味で創作の永遠さを手に入れているのだった。

そのことに気が付いた僕は少し救われたような気持ちになって、また彼を通話に誘おうと思った。


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不可逆な関係について|空論/秒
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