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【21日間大阪拘置所にて勾留された話】 息子との約束 『ママと悪者が来たら守ってくれる?』 『もうお友達と離れたりしない?』 『パパとばぁばとずっといれる?』 勾留される前日息子が言いました。 『ママはなぎちゃんの気持ち分かってくれるかな』 『勇気出してママにお引越ししたくない気持ちも伝える』 『なぎちゃんヒーローだから』 昨年度から息子を巡り監護権を、 裁判所で争っていました。 昨年7月に妻から子どもを連れ去られ、 その後8月にわけあってこちらで保護、 警察署と病院からの指示もありました。 相談記録やその当時の動画などもあり、 詳細については今後おってご説明します。 大阪家庭裁判所での尋問期日では、 こちらから僕と祖母で子供を見ていた記録、 育児ノート10数冊を提出しましたが、 妻へは誘導するような質問、 僕にはその事柄はいつ起きたのか、 『◯月◯日で答えなさい』 それに答えられないと怒鳴られるような、 圧倒的出来レース極まりないものでした。 僕の祖母が息子のお昼作ってくれた、 お味噌汁でさえも、 『お母さんがお味噌汁も作ってお弁当にしていたんですよね?』と、 笑いかける始末。 僕には終始冷たい様子でした。 そのまま出来レースは続き、 強制執行などもありましたが、 1回目 自宅不在 それにも関わらず、 『自宅から逃亡しているので危険』 と虚偽の報告がなされ、 2回目 子どもが拒否 『父親が妨害した』 とまた虚偽の報告でした。 そのまま人身保護請求に進みましたが、 子どもの体調が優れず期日が延期、 そして別期日に子どもを連れていく際、 子どもがパニックになり救急搬送、 そこで病院からは、 『2〜3日今日から入院してください』 と言われ入院の準備をしていました。 そして祖父が入院の荷物を、 病院まで持ってきてくれたので、 少しの間院内で代わりにみてもらい、 僕がかかりつけの先生へ電話をしようと、 病院の外にでた瞬間に、 検察官6人に囲まれ裁判所へ、 勾引されました。 そこで待っていたのは、 ニヤける裁判官でした。 『言いたいことはありますか?』 というのでこれまでの話をしたところ、 『もういいかな?勾留で』 と言い放ち笑いながら伝えられました。 息子はそこから病室へ検査があるからと、 祖父と離されてしまい、 児童相談所の方が祖父のもとに現れ、 『ここからはお孫さんとは会えません』 と伝えたそうです。 息子は発達障害をかかえています。 環境の変化に対してすごく敏感で、 相当恐かったと思います。 その後、21日後勾留が終わり、 児童相談所にも確認をとりました。 息子は児童相談所にいる間、 21日間1時間おきに『パパの話』を、 していて泣き疲れて寝ることもあったと。 そして、妻への引き渡しを行う際、 『ママ嘘つかない?もう嘘つかない?』 と同じ言葉を終始言っていたそうで、 児相職員の方は嘘とはなにか、 子どもがなぜ怯えているかについては、 一才質問をせず引き渡したそうです。 相手の弁護士に関しては、 妻の言うこと100%信じているのか、 それとも戦略なのか定かではないですが、 ここまでこれまで面倒を見てきた、 僕含め僕の親族などに対しても、 攻撃的な書面で虚偽の主張を繰り返してきたこと、 1番は息子を傷つけたこと許す気はありません。 弁護士名、裁判官名、実名でまた投稿していきます。 ヒステリックな文面含め公開したいと思います。 これは僕が息子との約束を果たす物語です。