
(撮影:今井康一)
ジーエヌアイグループ(2160、以下GNI)はちょっと不思議な会社だ。社長は中国系で、英語は堪能ながら日本語はほとんど話せない。日本に本社があり東証マザーズに上場しているが、創薬の要である研究開発、製造共に中国で行っている。2014年からは初の自社開発薬「アイスーリュイ」を中国で販売開始した。
社名の由来は、ジーン・ネットワーク・インクの頭文字、GNI。01年にアメリカで設立された会社だ。社名のとおり、遺伝子ネットワーク解析技術を基盤とするバイオベンチャーだが、創業者は今では残っていない。ベンチャーの成長過程によくあるフェーズの変化による舵取り役の交代ではない。
現在の社長、イン・ルオ氏自身もバイオサイエンスのPh.D.(博士号)を持つ研究者で、GNIが02年から共同研究を始めた上海ジェノミクス(SG社、現在はGNIの子会社で研究開発拠点)の創業社長だ。
ルオ社長は中国・北京生まれ。中国の大学を卒業した後アメリカに渡り、Ph.D.を取得した。その後いくつかのアメリカのベンチャーで経験を積んだ後、自ら上海で起業した。
GNIが日本での上場を選んだワケ
GNIが日本に進出したのは、アメリカでの遺伝子解析ブームが終わり「次は日本でブームが来る」と当時の経営陣が判断したからだ。03年に米国本社の資産を、子会社である日本法人に移管し、米国法人は解散するという形を取った。ただ、案に相違して日本でのブームが盛り上がりに欠けたまま終わってしまい、07年の上場時には、調達資金が想定を大幅に下回る8億円にしかならなかった。このため、人件費をはじめとする研究開発コストが高い日本での開発をあきらめ、中国のSG社に集中することにしたという。
バイオベンチャーへの逆風だけでなく、上場翌年にはリーマンショックが起こり、資本市場が大荒れに荒れた。GNIもご多分に漏れず経営危機に陥り、創業メンバーが次々に離脱。その中であえて火中の栗を拾ったのがルオ社長だった。08年には福岡研究所と米国の拠点を閉鎖するなどのリストラを断行し、経営の立て直しを図った。その後も予定していた工場用地が中国政府の用地政策で買えなくなるなどの試練もあった。そこで、それまで取引があり12%出資していた北京コンチネントへの出資を51%に引き上げて傘下に収め、製造拠点の自前化を図った。
14年2月には、特発性肺線維症治療薬「アイスーリュイ」の中国本土での発売にこぎ着ける。特発性肺線維症は、中国で患者数50万人を超えるといわれている。にもかかわらず、これまで中国では治療薬が販売されていなかった。それだけに期待は大きかったが、いかんせん知名度がない。患者への宣伝活動とともに医師への情報提供も同時に進めなければならず、浸透に時間がかかっている。それでも、大都市を手始めに知名度は着実に上がってきているという。
14年にスイスの製薬大手・ロシュが、米国でアイスーリュイと同じ特発性肺線維症治療薬を開発したインターミューン社を約83億ドルで買収している。インターミューン社のピークセールスは10億ドル(約1200億円)。GNIについても、「中国の物価や人口で換算すると6分の1くらいの企業価値はあるはず」とルオ社長は笑う。
「アイスーリュイ」が効果を生むしくみ
現在、中国では、アイスーリュイは保険適用を受けていないため、経済的に買えない患者も多い。その救済のため、中国の医療支援基金であるベスーン基金とともに、患者の助成プログラムも始動させる。
臓器の組織が傷つくとコラーゲンなどの繊維によって修復されるが、繰り返し傷ができると修復された部分がぶ厚く堅くなって血管も萎縮するため、酸素や栄養が行き渡らなくなり、最終的には臓器の機能が失われてしまう。線維症とはそういった病気の総称だ。アイスーリュイの治療対象となる特発性肺線維症とは、原因はわからないが、肺の組織が線維化する病気で、肺胞隔壁が硬くなるため呼吸が徐々に困難になる。発症後5年後には50%が死亡するという、極めて重篤な病気なのだ。線維化は、肺と同じように肝臓や腎臓にも起こる。
アイスーリュイは、物質名をピルフェニドンといい、国内では塩野義製薬がピレスパ錠として2008年に発売している。もともとは1970年代に米国で抗炎症剤として開発されたものだ。TGFーβという繊維芽細胞増殖因子やコラーゲンの産生を抑制する働きがあり、それによって組織の線維化を防ぐ仕組みだ。
出資先の米ベンチャーとともに米国でも治験開始
アイスーリュイに続くGNIのパイプラインは、まずはアイスーリュイの適応拡大だ。放射線性肺炎は臨床3相を控えて、現在はパイロットスタディを行っているところ。その後、糖尿病腎症や間質性肺疾患も控えている。安全性は特発性肺線維症の治験で確認されているので、有効性を確認する臨床3相からの開始となる可能性がある。次世代線維症治療薬として期待されているF351は、米国、カナダ、日本で国際特許を取っている。先進性もあり付加価値が高いと見られる。肝線維症では臨床2相を中国で準備中だが、並行して、今年1月に7億円(35%)出資したアメリカのアイリシス社とともに米国での治験開始も検討している。適応拡大として慢性腎不全が前臨床段階にある。
アイリシス社は、米国での治験コンサル、製剤、製造許可を持っており、米国再上陸を目指すGNIにとって力強い味方になる。一方、ASEAN地域への進出を狙うアイリシス社にとっても、GNIは頼りになる助っ人だ。
ニッチ分野の医薬品開発にも着手
こういった大きな柱のほかに、東光薬品が日本で販売している急性前骨髄球性白血病治療薬「タミバロテン」の中国への輸入販売のため申請準備や、台湾のジェネファーム社と提携して皮膚浸透性の高いフォームタイプの医薬品など比較的ニッチな開発にも着手している。
ルオ社長のファーストネーム、「楹(イン)」は、日本の当用漢字にはないが、古建築で建物の正面を支える太くて丸い柱の意味を持つ。家を支える子になってほしいという親の願いが込められているという。
とはいえ、「ビッグマウス(大口たたき)にはなりたくない。着実に成果を出していくことが大切」と、ルオ社長はあくまでも堅実な姿勢を崩さない。
(GNIの今後の成長戦略を聞いたルオ社長へのインタビューは、25日配信の後編にて公開予定)