瀬戸内海の離島を回って健康診断や医療相談に当たる国内唯一の巡回診療船「済生丸」。「海をわたる病院」として親しまれ、テレビドラマのモデルにもなった。身近に医療機関がなく、高齢者の多い離島の島民にとってはかけがえのない存在だが、島民の減少などを背景に厳しい運営が続いている。燃料高騰も重くのしかかる中、設備更新もままならず、約10年後には船体の更新時期を迎える。「命をつなぐ船」の先行きは視界不良だ。
「ありがたみ分かった」
午前7時に岡山県倉敷市を出発した済生丸は約80分かけて同県笠岡市の離島「大飛島」に到着。待っていた島民が早速、船に乗り込んできた。この日の受診者は高齢の男女8人。受け付けを済ませると、胸部X線検査や採血、心電図、血圧測定などの検診を受けた。
受診した山河菊野さん(76)は昨年の検診で要精密検査の判定を受け、本土の病院での再検査で大腸に良性ポリープが見つかり切除したといい、「早期発見できてよかった。済生丸のありがたみがよく分かった」。
山本吉太郎さん(70)は「病院嫌いだが、済生丸は島に来てくれ、さまざまな検査がまとめて受けられる」と喜ぶ。
済生丸で20年以上検診を行う医師の池田修二さん(70)は「本土の病院で定期健診を受けるとなると1日がかりで高齢者には大変。自分が診察した島民が長生きしていると聞くとうれしい」と顔をほころばせた。
済生丸は医学生や看護学生にとって地域医療や予防医学の研修の場にもなっている。この日は岡山済生会看護専門学校の3年生6人が実習として参加し、身長体重や血圧の測定介助を担当した。
学生の一人、平井花果さん(21)は「大きな病院がない地域で暮らす人たちにとっての検診の大切さを実感した」。自身も在校時代に実習を受けたという引率者の仕田原裕子さんは「島民の健康をどのように守ろうとしているかを実地で学んでほしい」と話した。
進む人口減少と高齢化
700余りの島が点在する瀬戸内海。岡山、広島、香川、愛媛の有人島84島のうち医療機関がある島は40に満たず、ほとんどが「無医島」だ。
済生丸は僻地(へきち)医療が社会的な課題になっていた昭和36年、岡山済生会総合病院(岡山市)の大和人士院長(当時)が「瀬戸内海の島々の高齢化や過疎化は50年後の日本の縮図。無医島の人々に医療の光を」と発案し、翌年から運航を開始した。
平成26年に就航した現在の4代目の済生丸は全長33メートル、総トン数180トンながら2基のエンジンと2つのスクリューを有し小回りがきく。高齢者が多いため通路は車いすが通れる広さにしてエレベーターも設置。中規模病院並みの診療機能を備えている。
年に約60島を巡回し、診療や健康診断、婦人科検診などを行う。運航開始から今年3月までの受診者数は延べ約63万人にのぼる。だが、瀬戸大橋やしまなみ海道の開通により済生丸を取り巻く環境も変化。瀬戸内海の島々と本土とでは交通や医療、福祉、生活環境などに格差があり、若者の流出などによる人口減少や高齢化が進んでいる。
診療対象の島々の人口は平成26~令和5年度の10年間で約2万1千人から1万5千人と約3割減少し、延べ受診者数も約9100人から半分以下に落ち込み、6年度は4047人にとどまった。
診療収入は維持費の1割弱
済生丸事業(瀬戸内海巡回診療事業)は平成23年度から岡山、広島、香川、愛媛の4県の済生会支部が共同で運営。各県の済生会病院が持ち回りで医師やスタッフを派遣している。国や県から補助金も出ているものの、病院の経営環境悪化に加え、近年の燃料高騰などもあり、事業の維持が厳しくなっている。診療収入は年間維持費の1割弱の約1千万円程度にすぎず資金不足から検査機器の更新は難しい状況だ。
今年12月からは3種類のX線検査機器の更新と載せ替え工事が予定されており、更新費用の一部3千万円をクラウドファンディングで募っている。
瀬戸内海巡回診療事業推進事務所の担当者は「受診回数が減ったからやめていいものではない」としつつも、「恩恵を受けるのは島の利用者だけという事業をどれだけ理解していただけるのか」と不安を口にする。
約6億6千万円かけて建造した4代目は約10年後に更新時期を迎える。資金難のため2年に就航した3代目は耐用年数を大幅に超えながら25年まで引退できず、一時は廃止も検討されただけに、島民らは「今後どうなるのか」と気をもんでいる。(和田基宏)
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