黒木瞳さん、初の慰霊登山 宝塚同期が犠牲、事故40年で決意 日航機墜落
時事通信配信
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主なヤフコメは?
- 黒木さんの登山は、心の整理をつけるためのものであり、話題作りではないと考えています
- 航空機事故の犠牲者や関係者に対する哀悼の意を表し、事故の記憶を風化させないための行動として意義があるという意見もあります
関連ワードは?
- 震災
- 慰霊碑
- 心の整理
コメント351件
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話題作りとかコメントしてる方もいるけど、それでもいいじゃないですか。黒木さんが登山に参加することでこうして大きく取り上げられる。事故が風化せず語り継がれるきっかけになる。あれだけの犠牲者を出した航空機事故のことを、一人でも多くの人が知るきっかけになれば、それもまた意味のあること。 個人的には、話題作りだけで登山しようなんて思うわけないと感じますがね。人の死を受け入れるにはそれだけ時間がかかるということ。ひょっとしてまだ受け入れられてないかもしれないが、年齢的なことも考えて登山された可能性もある。後悔の念とか、いろいろ複雑な思いがおありでしょう。 亡くなられたすべての方の御冥福をお祈りします。
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私は、震災で亡くなった友人の慰霊碑にまだ行けてないです。行かなきゃと思いながらも…15年があっという間に過ぎました。黒木さんも、仕事はもちろん、気持ちの整理や、登山というハードルもあって時間がたってしまったのかなと思います。音楽学校の同期は、家族のような存在と思いますので、話題作りとかそういうのはやめていただきたいですね。
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ここまでの地位があって、何を今更話題作りとか言ってる方はいったい何なの? 心の整理がついて、体力的なものがあって、やっとのことで登ってるんでしょ。 何を言ってもいいわけじゃないよね。
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若い頃に自分の事で必死過ぎたけど、歳を重ね、自分の人生を振り返るのと同時にあと何年生きれるのかな?と考えると、若い頃に取りこぼした事をやり直したくなったり、見つめ直したりする気持ちが最近わかるようになりました。 黒木さんもずっと心に引っかかりながら女優業をされており、今日はずっと心残りだった同期の友人との再会、近くに感じれて感慨深い日になられたのでは、と思います。
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昔、フジテレビのトークバラエティに黒木瞳がゲストで出た時、それまで笑い話多めの流れだった中、無くなった友人の話になった途端メイク崩れも鼻水も気にせずワンワン号泣してた。当時あの番組見た人や宝塚の仲間達は、黒木さんの話題作りとは思ってなかろう。 なんとかバースデーって番組。
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北原さん、黒木さんと一緒に関西の朝の情報番組にアシスタントとして、お二人で出ていたんですよね。1981年頃だったと思います。 今でこそ、黒木さんは芸能人としてテレビに出ていらっしゃいますが、当時はお二人共に、新進気鋭のタカラジェンヌとして出演していました。そしてお二人ともとてもすごい美人でした。 関西では、ある年代以上の人は、黒木瞳さんを見るときに、反射的に北原さんを思い出す方も多いのではないでしょうか。 北原さんが、この事故に遭われたと聞いた時には、結構ショックだったのを覚えています。 北原さんと共に、亡くなった520名の方々に改めてお悔やみ申し上げます。
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私も、病床の父が亡くなる直前に残したメモを、いまだに読めずにいます。 死というものに、こんなにも向かい合えないのかと、自分自身驚きでした。 ただただ怖い。死が目を逸らすことのできない距離に迫ってきて、それを認めて、受け入れるということが、こんなに難しいとは思いませんでした。 肉親だとどうしてもそうはいかないけど、友人だったら、どこか遠くで元気に生きてるって、そう思いたくて、そういうことにしていたのかもしれませんね。本当はきっと一緒に笑い合っている未来があったのだろうから。
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一瞬で命を落とす航空機事故は辛いです。 乗客はもちろんなのですが、機体を立て直そうと最後まで格闘した、高濱キャプテン、佐々木コーパイ、福田エンジニア(事故機は1974年受領の3マンクルー機)にも、哀悼の意を捧げたいです。
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当時私は大阪に住んでいたのですが、確か黒木さんは「おはよう朝日です、土曜日です」に出演されていたように記憶していますが違いましたかね。あの日、飛行機嫌いの東京の友人が新幹線で来て一緒に城崎の桂小五郎所縁の旅館(別館に)到着した時に日航ジャンボ機墜落のニュースに接して衝撃を受けたのを覚えています。宝塚にも苛めや訳の分からない不文律が沢山あったと聞きますが、音楽学校の同期となると仲間意識が人一倍強いのかも知れませんね。
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だいぶ前に御巣鷹山慰霊登山をした事があるが、この宝塚の方のは少し目立つところにあった記憶がある。 基本的に遺体が見つかったところに供養があるので、犠牲になられた方も大変気の毒だが、救難隊の方、その後の遺族の方、みんな大変と感じた。 自分たちができるのは安全な機械を作る事だが、身に染みてその義務は感じる。
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