昨日のYouTube動画(8.8新宿騒動 参政党は共産党告発の時機を窺っている)は、私が動画配信を開始して以来、最大数の視聴者が来ることになった。それだけ共産党が現在進んでいる方向性に憂慮している党員、支持者が多いということだろう。
党がこの方向に進んでいることは、異論に対する向き合い方が、言論には言論でということでなく、異論は組織的に排除するという点で、私の除名問題と通じる問題である。だから今後とも重視して論じていきたい。
昨日の動画とブログで、私は「昨年、参政党の国会議員を相手に安全保障論を講義してくれと頼まれ、丁寧にお断りして他の人を紹介した」と書いた。それに対して、「ここまで堕ちたか」という類いのコメントがあったのは、予想通りの反応で「してやったり」である。
私がそう書いたのは、主張していることの信ぴょう性を高めるためであり、私が参政党と通じていると思われれば思われるほど、信ぴょう性は高まっていくのである。だから、「ここまで堕ちたか」と書かれることで、「やっぱり参政党は共産党を告発する時機を窺っている」と思われ、動画とブログの内容は広がっていく。今回の動画の広がりは、こうした人々の努力の賜だ。だから、「ありがとう」というしかない。
ただし、関連してデマ情報が出てきているので、修正だけはしておきたい。私が参政党の依頼を断って別の人を紹介したと書いているわけだが、それを何の根拠もなく「筆坂秀世だ」と決めつけた人がいた。これは筆坂問題には詳しいが筆坂さんのことをよく理解していない人の言葉である。だって、率直な言い方をして悪いけれども、筆坂さんには国会議員を前に安全保障論を講義するだけの能力はないので、私が頼むはずもない。
私が頼んで引き受けてもらったのは、柳澤協二さんと伊勢﨑賢治さんである。それ以外に、税制問題でも大御所に依頼した。みなさんが引き受けてくれたのは、国会議員だから間違った知識で議員活動をしてほしくない、だから参政党のことは嫌いだけれども、それなりの意味はあると考えたからだろう。そういう努力をして国会議員の水準を少しでも高めることは、私は大事なことだと思うが、ある人々にとっては、参政党の議員に関しては発言自体を封じることが目標になっている。それって、どうなんだろうね。なお、昨年秋、突然総選挙になり、研修会そのものが中止されたので、これらの面々による実際に講義は行われていない。
また、SNSで孫崎享さんが告白しているところによると、孫崎さんにも依頼があったがスケジュールの関係で断ったということだ。参政党は本当に幅広い人と関係をもとうと努力しているように見える。政党として立派なことだ。
一方、その事実をもって「孫崎は参政党とつながっている」と批判する人はいないのに、私はつながっていると批判し、勝手な情報を活字にして発信する人がいる。ダブスタ極まれりというところだろう。
動画では本日からの3日間、志位さんのいわゆる赤本を論評します。










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なるほど。
ではなぜそうなるのでしょうか?
言論では対抗が無理と思っているのか、共産党の組織内が固まればそれでいいと思っているからなののでしょうか?
松竹伸幸さんや神谷貴行さんの問題はおそらく前者なのでしょうね。
それは裁判の経過を見てもわかります。
松竹さんには理論的に敵わない。
神谷さんなんかは単純に物知りで屁理屈を言うので面倒くさいと内田県委員長が思っただけなのかもしれません。
党員が演説妨害の実力行使に関わっていることやヘイトの挑発や決めつけをしていることについてはどうなのでしょうか?
最初は「反ヘイトで」組織内が固まればいいと思っていたのではないでしょうか?
小池晃書記長がヘイトの挑発をしただけの党員を自身のYoutubeチャンネルに呼んだところなどはそういう意図だと思います。
しかし、事態の推移はもっと複雑なような気がします。
SNS戦略室を作って、それが機能しているのかどうかはわかりませんが、SNSでのバズりについての対応に問題があります。
ナプキン問題はそれがバズると「ミソジニー」批判とまぜこぜにした。これは吉良よし子氏と小池書記長の会見とちょうど同じような時期だったのでそうしたのでしょう。これは党内のハラスメントの一環だった疑いも指摘されていますが。
8月8日の新宿駅東口のカオス事件は、ヘイト挑発をきちんと処理しないなかで起きた問題です。赤バラのポスターが広まって、それを広げた党員のSNSがバズったので対応に困っているのでしょう。
市民感覚からズレてしまっています。
これには当然、地方の議員や専従はクレームを言いますね。
それに対応できないのは、中央委員会の問題もあるのでしょう。
こういう時に党のトップが自著で『資本論』を広めるムーブメントを起こすと言う。委員長はそれを中央委員会の方針にしてしまう。
神奈川の参議院選挙区では、参政党議員に白鳥事件を問題にされていました。あれは50年代を象徴する事件でした。
50年問題について、分派が生まれ、地下活動で武装闘争方針を採ったから、分派はいけないのだという党史にしてしまっています。
党内の歴史修正主義の問題、これが一番深刻かもしれません。共産党が変化できないからです。
パトラとソクラ
2025-08-12 11:36:39
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