最近、新しい一万円札の顔として、渋沢栄一の名前を聞かない日はありませんよね。「近代日本経済の父」として知られていますが、実はある大学と非常に深い関わりがあったことは、あまり知られていないかもしれません。
その大学が、二松学舎大学です。
僕も最近その事実を知り、大学が自らの歴史をどう未来に繋げていこうとしているのか、その取り組みがとても興味深いと感じました。今日は、二松学舎と渋沢栄一の繋がりと、その歴史を大学の「強み」へと変えた元学長・中山政義氏の戦略について、僕が知って感じたことを整理してみたいと思います。
そもそも、二松学舎と渋沢栄一の繋がりとは?
まず、二松学舎大学と渋沢栄一にどんな関係があったのか、ポイントをまとめてみます。
<主なポイント>
- 二松学舎が経営危機に陥った際、三代目の舎長に就任して救ったのが渋沢栄一だった。
- 創立者の三島中洲が説いた「道義と利益の両立」という考えが、渋沢栄一の『論語と算盤』の精神と深く共鳴していた。
- 元学長の中山政義氏が、この歴史的な繋がりを大学のアイデンティティの中核に据え、積極的に発信する戦略を主導した。
単にお金を出した支援者、というだけでなく、思想的なレベルで深いつながりがあった、というのが重要な点なんですね。
この話を知って感じたこと
1. 「歴史」を「強み」に変える戦略がすごい
大学に歴史があるのは当たり前ですが、その歴史を現代の「強み」として、戦略的に打ち出している点に、まず感心しました。
特に、渋沢栄一が新しいお札の顔になるという、社会的な関心が高まる絶好のタイミングを捉え、元学長の中山氏が先頭に立ってこの歴史的遺産に光を当てた。これは本当に見事な戦略だと思います。大学の広報誌で大々的に特集を組んだり、シンポジウムを開いたり。ただ「うちの大学は渋沢栄一と関係があるんですよ」と言うだけでなく、学内外を巻き込んで大きなムーブメントにしようという強い意志を感じました。
2. 思想のシンクロが、物語を面白くしている
そして何より面白いと感じたのが、創立者・三島中洲と渋沢栄一の思想が、まるで示し合わせたかのように一致している点です。
創立者が「道義と利益は両立すべきだ」と説き、その危機を救ったのが「道徳と経済は一つであるべきだ(論語と算盤)」と考える渋沢栄一だった。この事実は、二松学舎大学の教育の根底に、「倫理観に基づいた実践力」を重視する精神が、創立以来ずっと流れていることの証明のように思えます。
SDGsや企業の社会的責任が叫ばれる現代において、この『論語と算盤』の精神は、ますます重要になっています。140年以上前からその精神が根付いているというのは、他大学にはない、本当にユニークで価値あるアイデンティティですよね。
3. 大学の「顔」をつくることの重要性
一連の取り組みは、大学の「ブランディング」という視点からも、非常に巧みだと感じました。
数多くの大学がある中で、「どんな人材を育てる大学なのか」という「顔」をはっきりとさせることは、すごく重要です。「二松学舎は、『論語と算盤』の精神を受け継ぎ、社会に貢献できる人材を育てる大学です」という旗を鮮明に掲げることで、学生は誇りを持ち、受験生はここで学ぶ意義を見出すことができる。
中山氏がやろうとしたのは、まさにこの大学の「顔」を、歴史という確かな根拠をもって社会に示し、未来への羅針盤にすることだったんだな、と理解しました。
まとめ
今回、二松学舎大学と渋沢栄一の物語を知って、大学にとって「伝統」とは、ただ大切に保管しておくものではなく、未来を創造するための力強いエンジンになり得るのだと、改めて感じました。
中山政義氏が蒔いたこの種が、二松学舎大学という土壌で、これからどんな豊かな実りをもたらすのか。とても楽しみです。
そして、教育が目指すべきは、単なる知識の習得だけでなく、社会でどう生きるかという「哲学」を育むことなのかもしれない。そんな根本的な問いを、改めて考えるきっかけをもらいました。