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  • 【管理员的访谈室】NO.04-专访鱼丰:“漫画是思想”
    妄想文库-管理员酱
    2025年08月08日 19:22
    收录于文集
    【管理员的访谈室】 · 4篇

    专访鱼丰:“漫画是思想” 

    联合采访:妄想文库、名作之壁吧视频组、橙心社

    采访企划:二爷、卫康

    统筹:二爷、破瓶子

    采访大纲:红茶泡海苔

    协力:塔塔君

    翻译:Liar君

    校对:村人C

    编辑:韦静筠

     

    鱼丰,日本知名新生代漫画家。

    鱼丰以思想性的漫画震撼了业界,其画风写实粗粝却充满精神张力。成名作《地。-关于地球的运动-》斩获了包括2022第26届「手冢治虫文化赏」漫画大奖、第14回「漫画大赏」第2名、第54回「星云赏」漫画部门获奖等多个重量级奖项,并且是「手冢治虫文化赏」最年轻的获奖者。另一部作品《百米。》则曾获《周刊少年Magazine》新人漫画奖 ,并入选安纳西国际动漫电影节,同名改编剧场版动画预计2025年上映。

     

    本次采访由华文天下提供协助,在此妄想文库华文天下表示感谢!

     

    ——鱼丰老师您好,很荣幸能采访您。首先请对中国粉丝们打个招呼吧。

    鱼丰:我的作品能被海外读者用日语以外的语言读到,这让我感到非常荣幸。

    中国有着悠久的历史、传统以及文化、生活方式,如果能让大家发现一些引起共鸣的事物,那我就很高兴了。

     

     

    ——您的作品《地。-关于地球的运动-》在2022年简体中文版正式出版,去年改编的动画也在BiliBili上播出了,都收获了大量的好评。您的故事感动了无数中国读者和观众,很多粉丝也对《地。》创作背后的故事非常感兴趣。请问《地。》这部作品的创作契机是什么?您又是如何构思这部作品的?

    鱼丰:我对知性与暴力的关联性很感兴趣。

    在现代视角下看似有着鸿沟的这项二元对立,实则存在着紧密的关系。

    那么二者之间本质的差距究竟是什么呢?这便是我想要通过这部作品来传达的核心。

    ——在您的前作《百米。》中,您把跑步隐喻成自己画漫画这件事。请问《地。》中的角色坚持认为地球运动本身蕴含着美,并为证实这种美而赴汤蹈火,是否也可以看作是您对漫画创作的隐喻?

    鱼丰:我是个对自己比较纵容的人,所以没办法像作品里的角色那样自制,为了达成某个目标而赌上一切,但我心里还是很向往的。

    另外,第1部是发现创意的人;

    第2部是编辑创意的人;

    第3部是出版创意的人——

    这样的结构,各自的故事也隐喻了漫画的创作过程。

     

     

    ——《地。》的主要角色明明是追求真理的理性之人,但在表达自己的理想时又极具煽动性,甚至有着一种宗教般的极端与疯狂。角色身上的这种理性和疯狂之间的矛盾所呈现出的二象性我觉得很有趣,您怎么看到这种矛盾?您认为自己是偏理性还是偏感性的人?

    鱼丰:我是个易怒的人,尤其当系统(比如电脑的指令或是电车延误)没法正常运作的时候,我特别容易意气用事。

    这是我作为一个人不够成熟的地方,也是我想要改进的地方。

    ——近年有一种说法,认为“SF”中的“S”不仅是“Science(科学)”,也是“Speculative(思辨)”。老师的作品中充满了这种思辨意味,在《地。》里对科学史、宗教史进行内省式探讨的结构深刻动人。您一直非常关注现代思想等领域,也曾就读于哲学系。请问,您最初对这类思想产生兴趣的契机是什么?

    鱼丰:契机是当我自觉到“人终有一死”这件事的时候。

    有人说,大多数人一般在4、5岁左右就会认知死亡,而我直到高中才察觉到这点,

    因为有了浅薄的知识与自我意识,反而会更加胡思乱想。

    只不过,正如海德格尔所说,正因为人类能够“预先领受死亡”,才充满了无限的潜能。

    虽然我现在还无法完全积极地看待死亡,但能够以思辨的方式从内在改变对现实的认知,这也何尝不是人类所拥有的伟大能力呢。

    换言之,哲学能够改变世界。

    正是这份确信,让我热爱哲学,并始终对哲学的力量抱有期待。

     

     

    ——您曾在大学攻读哲学,然后在第二年退学,这段经历非常富有个性且带着一丝传奇的色彩。我们很想知道这两年的哲学研究为您的漫画创作带来了怎样的影响?

    鱼丰:我当年并不是一个很认真的学生,很少去大学出席听课,更多时候是一个人窝在家里看书。

    即使如此,在大学时遇到的朋友仍是无可替代的存在,他们总能理所当然地和我聊着对我来说是完全陌生的世界,我很憧憬他们那种很潇洒自在的感觉,给了我极其积极的影响。

    和他们的相遇,以及对“未知即是趣事”的经验(即便我不一定能跟上他们的议论),也成了我创作的根基。

     

     

    ——刚才有问到您对哲学思考的缘起,也了解了哲学对您漫画创作的影响,接下来想向您请教:在您看来,“思想”与“漫画”之间究竟是什么样的关系?二者又是如何相互作用、彼此影响的?

    鱼丰:漫画是思想。

    所有的角色都承载着这些思想的片段。

    思想会直接影响漫画,漫画也会反哺思想。

    为什么这么说?因为故事这一范畴,有着超越访谈的思想潜力。

    这就像是整体论(Holism),并不是所有能被拆解的部分的总和叫做整体,而是在将所有部分相加之后,会显现出某种超越部分总和的剩余。

    或许这个剩余就是灵韵,而灵韵的达成,相比纯粹的哲学论文,艺术无疑是更加适合的载体。

    (当然,从这层意义上来说,往往有些思想书籍本身就是艺术。反而,有些标榜着艺术的作品,却可能沦为徒有其表的访谈录。)

    ——《地。》在开篇有意利用“科学革命=进步 vs 反动”的刻板印象作为叙事诡计,在高潮处给读者带来强烈反转,最后又通过一个狂热科学家的角色彻底瓦解了这一印象。本作对启蒙叙事的反讽基调,让人联想到近年来流行的“黑暗启蒙”、“辉格史观批判”等视角。请问您怎么看待漫画与“大众启蒙”之间的关系?在创作中又是如何与这种关系相处并表达的?

    鱼丰:这是个极其重要且复杂的问题。

    我至今仍未找到答案。

    我二十岁出头时,每当被问及类似的问题,我总会回答,“我只为自己创作故事,他人作何感想与我无关”。这种态度确实提现了我作为一名作家的诚实,但另一方面,当我把自己的想法具象化并出版面世的时候,我也着实希望能够给他人带来冲击。

    也就是说,在年近三十的时候,我才终于无法逃避“作品总是蕴含着启蒙”这一事实。

    那么,如果作品的面世必然是一种启蒙行为,此时随之而来的质问自然就是,“你想启蒙什么?”

    这个回答或许很奇怪,但我希望“自己的作品,能为长生不老技术的发展做出贡献”。

    为了长生不老的启蒙,我比较重视这一点。

    为什么是长生不老呢?

    对于这个主题,在这里深入解释的话会过于冗长,就此打住。(在将来,我想我会以这个主题创作一部漫画。)

     

     

    ——《地。》中最让人印象深刻的是始终弥漫的那种孤独感。尤其是支持地动说的主人公们,总是处于与学术交流和沟通相隔甚远的孤立状态;相对而言,支持天动说的人们则处在一个共同体式的知识生产体系里。请问您是如何理解这种“孤独”与“缺乏交流”的情感,并将其融入到作品之中的?

    鱼丰:非常感谢,这个提问的视角我非常喜欢。

    在这部作品里,我想要描绘的是“学院体制外(形成体制之前)的知性”。那种流淌在地下与坊间的知性。

    当代社会已经形成了一种规程(Protocol)认为:知识是一种应当被禁锢在教室里,经过公开讨论与量化评估在民主的环境中所培育的东西。

    这固然是人类文明的一项伟大成就,但另一方面,其他形态的知性却很少有机会得以描绘。

    我始终相信,还存在着在地下室里独自研究着那些难以量化、近似黑魔术般的知识领域。

    换言之,那是一种“孤独的研究”。

    即便对当事者来说是孤独的,但只要他将思想付诸于文字,世界必然会向其敞开大门,并邀请下一位探求之人。

    这部作品想要描绘的,正是在这推崇“即时连接”的时代里,仍有着那些跨越漫长时光的研究与文化传承。

    ——作中对地动说“传承”的描绘,宛如漂流瓶在历史的海洋中漂泊,将学说传递给下一代,这种知识的传递方式与其说它是科学,不如说更像带着阴谋论的色彩。您的另一部作品《ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ》也是以阴谋论为主题。您对“阴谋论”这一题材产生兴趣的契机是什么?

    鱼丰:您的见解十分犀利。

    正如您所言,这部作品里的“地动说研究”与其说是学术研究,也可以视作一种阴谋论式的独立探求,以及受其启发的恐怖组织。

    将零零碎碎的信息串联成线使其变得可以理解

    这正是这部作品的“地动说”,也是下一部作品的“阴谋论”,更是我(我们)这些作家进行创作行为的本身。

    在《地。》这部作品中,我将那股狂热以相对容易被大众接受的形式描绘了出来。

    因此下一部作品,我想尝试当主人公沉迷于易遭排斥的阴谋论时,读者与我自己将经历怎样的阅读体验呢?

    这就是我创作第三部作品《FACT》的契机。

    ——在以阴谋论手法描绘科学史或宗教史的作品里,乌贝托·埃科的《玫瑰之名》以及更大众化的《达·芬奇密码》等,都是非常有代表性的例子;这些作品中,符号解读、谜题破解和推理解谜往往构成其阴谋论结构的核心。请问您是如何设计自身作品的“阴谋论式结构”的?

    鱼丰:这些作品里的“推理解迷”本质上都是阴谋论的结构,这点毋庸置疑。(而且我认为,人类对知识的操弄总是会陷入这一结构之中。)

    但与此同时,当我们思考阴谋论“者”时,除了结构(系统)本身,我更希望聚焦究竟是怎样的“情感”在翻涌。

    我认为这里面充斥着“不安”“寂寞”与“屈辱”。

     

     

    ——刚才问了您如何设计作品里的“阴谋论结构”,接下来想请教:漫画这种媒介所特有的图像与文字结合的表现方式,在展现阴谋论式叙事结构时,会产生怎样的作用?您认为其中有哪些优势或限制?

    鱼丰:在这一点上,我始终相信漫画是有希望的。

    这不局限于“阴谋论”,任何信息的渗透都更适合“持续”这一形式

    (即不给读者思考的余地)

    而漫画是一个有着对话框、分格、单页、跨页这些“切断”节点的媒介。

    从平台的角度上来看,或许不利于盈利,但却是一个利于激发人们思考的形式。

    从另一方面来说,如果想让读者沉迷在信息的海洋里,或许像条漫这种让读者沉浸在永无止境的绘卷中的媒介会更加有效。

    (当然这其实也是很有趣的一件事)

    ——您在之前的采访有说过“通常大家会避免‘这句台词明显是作者在说话'的情况,但我认为这正是创作与阅读的意义所在。”【原文:このセリフ、『作者が喋っているじゃん』というのは一般的には敬遠されがちだと思うんですけど、それこそが作品を描く意味、読者が読む意味だと思っています】,在《地。》中,作为读者明显能感受到角色经常在替作者说话,台词的格局超越了角色所处的时代,您会担心这种做法会破坏作品的世界吗?如何解释这种创作和阅读的意义?

    鱼丰:倒不如说,我反而想在这“破坏”上赌一把。

    这一字一句,有着台词所无法呈现所的说服力,让人感觉到是作者在向读者传递什么。

    读者与作者正是在此相遇。

    这便是阅读他人制作的虚构故事的妙趣所在。

     

     

    ——2022年,《地》获得了“手冢治虫文化奖”漫画大奖,您也成为了该奖最年轻的获得者,当时的心情如何?您也有过写不好故事、画不出漫画的瓶颈期,漫画无法出版成单行本的苦恼经历,从初出茅庐到大奖获奖,这一路走来有着怎样的感想?

    鱼丰:一方面,我认为自己得到了幸运女神的眷顾。

    而另一方面,我也有着这份自信,我能很傲慢地说,“这个奖项必然是属于我的!”

    但无论如何,有一点是毋庸置疑的,

    那就是读者成就了我获得了这个奖项,

    我发誓,我哪怕是一秒钟也没有忘记过读者!

    ——您说过受到过《寄生兽》《暗金丑岛君》《乒乓》《赌博默示录》《亚人》等漫画的影响,能聊聊这些漫画对您的影响是怎么体现在您的漫画创作中的吗?以及还有哪些书籍、影视作品影响了您的创作?

    鱼丰:如何展现真实感。

    这些作品虽然看上去十分尖端、前卫,却也都成了畅销大作。

    从这可看出,我必须要发自内心地去信任漫画读者的审美眼光。

    因此,如果作品卖的不好,也把责任推到读者身上,只可能是自己没有百分百输出作品的魅力。

    能让我以这份心态进行创作的,正是得益于这些作品的存在,以及他们在商业上的成功。

     

    ——从您的首部作品《パンチライン》,到《百米。》和《地。》,直至去年完结的《ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ》,您所创作的诸多漫画它们的题材都截然不同,您是怎么构思每部新作的?接下来您还想挑战怎样的题材呢?

    鱼丰:当新闻里的宏大社会与朋友间的私人圈子,开始讨论起同一个问题时,

    这个“问题”往往兼具了普遍性与时代性,我就会想要把这个“具有强度的问题”画成漫画。

    接下来想要挑战的题材是

    衣、食、住这三个题材。

    每个题材都计划创作三部作品。

    另外,我也想要画“亚洲式的权力更迭系统”。

     

    ——最后再向粉丝们说几句吧。

    鱼丰:感谢大家阅读我的作品!!

    我会以画出有趣的作品为目标继续努力的,恳请各位读者继续支持!

     

     

    © 2025 Uoto/SHOGAKUKAN

     

     

    日文原文:

    ——魚豊先生こんにちは、この度インタビューさせていただいてとても光栄です。まずは中国のファンの皆さんにご挨拶をお願いいたします。

    魚豊:母国以外の言語で読んでいただけることは大変光栄で嬉しいです

    中国の豊かな歴史と伝統、そして文化、その生活様式の中でもなにか響くものがあると嬉しいです

     

    ——先生の作品『チ。-地球の運動について-』は2022年に簡体字版が正式に出版され、昨年はアニメ化作品もBiliBiliで配信され、たくさんの好評を得ました。この物語は多くの中国の読者や視聴者の心を打ちました。ファンの皆さんも、『チ。』の創作背景に非常に興味を持っています。この作品を描こうと思ったきっかけは何ですか?また、どのように構想を練っていったのでしょうか?

    魚豊:知性と暴力の関係性について興味がありました

    それは現代から見るとギャップのある二項対立のように見えて、実はとても密接なものだと気づきました。

    ではその差はなんなのか?それが本作を通して考えたかった要点でした

     

    ——前作『ひゃくえむ。』では、走ることを自分が漫画を描く行為の比喩として描かれていました。『チ。』の登場人物たちは、「地球が動いている」という事実そのものに美を感じ、それを証明するために命を懸けますが、これは漫画創作に対する先生ご自身の姿勢を投影したものとも受け取れます。このような解釈は可能でしょうか?

    魚豊:自分は自分に対して甘い人間なので、作中登場人物達のようにストイックに何かに賭ける事はできませんが、憧れはあります

    また、1部はアイデアを見つける人

    2部はそれを編集する人

    3部はそれを出版する人、

    と、それぞれの物語が漫画を制作することのメタファーにもなっています

     

     

    ——『チ。』の主要な登場人物たちは真理を追い求める理性的な人物である一方、自らの理想を語る時には非常に扇動的で、時に宗教的な過激さや狂気すら感じさせます。この「理性」と「狂気」のあいだにある矛盾や二面性がとても興味深いと感じました。先生ご自身はこの矛盾をどのように捉えていますか?また、ご自身は理性的な人間だと思いますか?それとも感情的な人間だと思いますか?

    魚豊:自分は怒りっぽい人間なので、特にシステム(コンピュータのオーダーや電車など)が上手くワークしていない時に、とても感情的になってしまいます

    これは人間的に未熟な点なので改善したいです

     

    ——近年、「SF」の“S”を「Science」ではなく「Speculative」と解釈する見方が広まっています。先生の作品にはまさに思弁的な色彩が強く表れており、『チ。』においても科学史・宗教史を内省的に問い直す構造が際立っています。先生は現代思想などへの関心が非常に深く、以前には哲学科で学ばれていたとお聞きしました。そうした思想的なものへの興味を持たれるきっかけは何だったのでしょうか。

    魚豊:きっかけは、やはり、「いつか死ぬ」という事を自覚した時だと思います

    人の話を聞くと、死に気づくのは4.5歳のタイミングであることが多いと知りましたが

    自分の場合、その気付きが高校生の時に訪れてしまい、ヘタに自意識や知識があった分、より拗らせて考えてしました。

    ただ、ハイデガーの言うように我々人間は「死を先取り」出来るからこその可能性に満ち溢れています。

    今は完全にポジティブに捉えることはできませんが、それこそスペキュレイティブに、内的に現実の認識を変えていけるのも人間の持つ大きな力だと思います。

    つまり、哲学には世界を変えられます。

    その確信があるので、哲学が大好きですし、その働きに常に期待しています

     

     

    ——先生は大学で哲学を専攻され、2年目で中退されたと伺いました。この経歴は非常に個性的で、どこか伝説的な印象すらあります。この2年間の哲学の学びは、先生の漫画創作にどのような影響を与えたのでしょうか?

    魚豊:不真面目な生徒だったので、大学はあまり授業に通わず、どちらかというと家で1人で本を読むことが多かったです。

    それでも、大学時代に出会った友人はかけがえのないもので、自分の全くおよび知らない世界の話を次々と前提の様に話す様に「カッコいい!」と憧れ、とてもポジティブな影響を受けました。

    この様な出会い、また、知らない事は面白い事である(たとえ議論について行けなくても)

    という経験が自分の創作の基盤にあります。

     

     

    ——先程、先生が哲学的思索への関心を持つに至った経緯や、哲学が漫画創作に与えた影響についてお伺いしました。そこで改めてお聞きしたいのですが、先生にとって「思想」と「漫画」は具体的にどのような関係にあるとお考えでしょうか。両者はどのように相互に作用し、影響し合っているのでしょうか。

    魚豊:漫画は思想です。

    全てのキャラクターがその一端を担っています。

    思想は漫画に直接に影響を与えますが、漫画も思想に影響を与えます。

    なぜなら、物語という範囲には、インタビューを超えた思想の可能性があるからです。

    それはホーリズムのようなもので、全体は、部分の総和に分割できるものではなく、全てを足した時に、部分の総和を超えた何か余剰分が立ち現れます。

    それこそがおそらくアウラであり、その成立を達成するには、単なる思想的文章より、芸術の方が適切なフォーマットだと思います

    (勿論、その意味において、思想書が芸術である事も往々にありえます。また、芸術と銘打ってるものが、まったく芸術的ではなく、ただのインタビューになってしまっていることもしばしば)

     

     

    ——『チ。』は序盤において、「進歩VS反動」という科学革命のステレオタイプを物語の仕掛けとして逆手に取り、クライマックスで読者に衝撃の反転をもたらします。さらに、マッド・サイエンティストを終盤に置くとこで、そのステレオタイプを徹底的に崩した。啓蒙的物語へのアイロニカルな視点は本作の基調とも言えますが、これは近年流行の「暗黒啓蒙」、「ホイッグ史観批判」などを思わせるのです。先生は漫画と「大衆への啓蒙」の関係をどのように考え、またどのように向き合われているのでしょうか。

    魚豊:これは非常に重要かつ複雑な問題です。

    僕はまだその答えを出せていません。

    20代前半までは、同様の質問をされた際「自分は自分のために物語を描いていて、他人がどう思うかは預かり知らない」と答えていました。それは自分の中で作家的正直さではあるのですが、同時に、やはり自分の考えを形にして世に出版している時点で、何か他人にインパクトを与えたいと思っているのも事実です。

    つまり、20代後半に入り、いよいよ作品とは常に啓蒙的であると言う事実から逃れられなくなってきたのです。

    では作品発表は常に啓蒙的であるとしたなら、その際、「何を啓蒙したいか?」という問いが突きつけられるのは言うまでもありません。

    妙な回答になるかもしれませんが、私はここに対して「自分の作品が、不老不死技術の発展に寄与できればいい」と思います。

    不老不死の為の啓蒙、というものを重んじたいと思っています。

    では何故不老不死か?

    ここに対して、込み入って説明すると長くなりすぎるので、今回は割愛します(いつか、それをテーマに漫画を書きたいと思います)

     

     

    ——『チ。』でもっとも強く印象に残るのは、常に漂う「孤独感」です。特に地動説に立つ主人公たちは、学問的な交流やコミュニケーションとはほど遠い孤立した状況に置かれており、対照的に天動説側は共同体的に知識を生産し合う体制が描かれています。先生は、この「孤独」と「ディスコミュニケーション」という感情をどのように捉え、また、どのように作品に落とし込んでいるのでしょうか。

    魚豊:ありがとうございます。

    とても嬉しい視点の質問です。

    私は本作で「アカデミア以外(以前)の知性」というものを描きたかったです。

    それはアンダーグラウンドでストリートな知性です。

    現代では、知的なものは教室に閉じ込められ、オープンに議論され、量的に評価され、民主的に育まれていくものであるというプロトコルが形成されていると思います。

    それは人類の一つの圧倒的な達成だと思いますが、同時に、それ以外の知性が描かれる機会が少ないと思っていました。

    もっと地下室の独自研究や質的な、黒魔術的な知的領域も存在すると思っていました。

    言い換えれば、それは「孤独な研究」です。

    しかし、その当人が孤独でも、何かを書き残すという行為は、絶対に世界に開かれ、次の誰かを招待します。

    リアルタイムな繋がりが重視されがちな現代で、長いタイムスケールを持った研究の引き継ぎやカルチャーも存在することを描きたかったのが本作です。

     

     

    ——作中では、地動説の「伝承」がまさに漂流瓶のように歴史の海を漂い、学説を次代へと運ぶ孤独な作業として描かれています。こうした知の継承の在り方は、科学というよりも陰謀論めいた色彩を帯びていると言えます。先生の作品『FACT』も陰謀論をテーマに据えていますが、そもそも「陰謀論」というテーマに興味を抱かれたきっかけは何だったのでしょうか。

    魚豊:鋭いご指摘です。

    まさにおっしゃる通り、本作の「地動説研究」はアカデミックな研究というより、陰謀論的独自の研究と、それに触発されたテロ集団

    という見方ができると思います。

    バラバラな情報に筋立てをして理解可能にする

    これこそ本作の地動説であり、次回作の陰謀論であり、また、私(我々)作家が行なっている創作行為そのものなのです。

    チ。ではそれを比較的人々が受け入れやすい形でその熱狂を描きました。

    だから次は、比較的拒絶しやすい陰謀論に傾倒する主人公の物語を描いた時、読者や自分はどのような読書体験をするのだろうか?

    というのが3作目のFACTを描いたきっかけでした

     

     

    ——陰謀論を用いて科学史や宗教史を描く作品として、ウンベルト・エーコの『薔薇の名前』のような代表的な作品や、より大衆的なものであれば『ダ・ヴィンチ・コード』などが挙げられます。これらの物語では、記号の解釈や謎解きやミステリーが陰謀論の核を成していますが、先生はご自身の作品の中でどのように「陰謀論的構造」を設計しているのでしょうか。

    魚豊:それらの作品における「ミステリ」が陰謀論の構造である事は疑いようのない事実だとおもいます。(そしてそれは、人間の知的操作は常にそのような構造に巻き込まれるものだと思っています)

    ただ同時に、陰謀論"者"を考えた時には、構造(システム)以外に、そこでどのような"感情"が渦巻いているかも注目したいポイントです。

    私はここに「不安」「寂しさ」「屈辱」があると思います

     

     

    ——先程、先生がご自身の作品における「陰謀論構造」の設計方法をお伺いしました。そのうえで、漫画というメディア特有の表現手段が陰謀論的な物語構造を描く上でどう作用するのか、どのような利点や制約があるとお考えかについてお聞かせください。

    魚豊:私はここにおいて、漫画には希望を持っています

    というのも、陰謀論に限らず、あらゆる情報の浸透には「常時接続」という形式が向いていると思います。

    (考える暇を与えない)

    ただ、漫画は吹き出し、コマ、ページ、見開きと何段階も「切断」のポイントがあるメディアです。

    それはプラットフォーマーからすると、利益を上げにくいかもしれませんが、人に考えを促すのには向いているフォーマットだと思います。

     

    逆に、読者を情報漬けにしたければ、ウェブトゥーンのような終わりのない絵巻の中に浸らせ続けるのが効果的だと思います

    (それはそれで面白いと思いますよ!)

     

     

    ——以前のインタビューで「このセリフ、『作者が喋っているじゃん』というのは一般的には敬遠されがちだと思うんですけど、それこそが作品を描く意味、読者が読む意味だと思っています」とおっしゃっていました。『チ。』を読んでいると、登場人物がしばしば作者の代弁をしているように感じられ、そのセリフのスケールは登場人物の時代背景を超えています。このような手法が作品の世界観を壊す可能性について、不安に感じたことはありますか?また、先生にとっての「創作」と「読むこと」の意義とは、どういうものなのでしょうか?

    魚豊:むしろ、その壊れに賭けてみたいというものがあります。

    その点において、そのワンセンテンスに、ただの会話ではあり得ない説得力が生まれ、読者に伝わる何かがあると思っています

    そこで読者は作者と出会うのです。

    それこそが人の作った物語を見る醍醐味だと思います。

     

    ——2022年、『チ。』は手塚治虫文化賞のマンガ大賞を受賞され、先生はこの賞の最年少受賞者となりました。受賞当時のお気持ちはいかがでしたか?物語がうまく描けなかったり、単行本が出せなかったりと、様々な壁にもぶつかってこられたと思います。デビューから大賞受賞まで、これまでの道のりを振り返って、どのような感想をお持ちですか?

    魚豊:とても幸運に恵まれたと思います

    ただ一方で自分に自信もあるので、「当然だぜ!」という傲慢さもあります。

    どちらにせよ言えるのは、読んでもらった読者のおかげ、という事

    これは絶対に紛れもない事実で、この事実を1秒も忘れた事はないと誓えます。

     

    ——先生は以前『寄生獣』『闇金ウシジマくん』『ピンポン』『賭博黙示録カイジ』『亜人』などの漫画から影響を受けたとお話しされていました。これらの作品は、どのようなかたちで先生の創作に影響を与えているのでしょうか?また、それ以外に影響を受けた本や映像作品があれば、ぜひ教えてください。

    魚豊:リアリティの出し方です。

    そしてそれらの作品はエッジでアバンギャルドに見えて、どれも大ヒットしています。

    ここにおいて、漫画読者の審美眼を心から信頼しています。

    ですから、もし売れなくてもそれは読者のせいではなく、自分が100%魅力を出力できなかっただけだ、という確信があります。

    そういう姿勢で創作ができるのは、これらの作品がある事、そしてそれが売れてることのおかげです。

     

    ——『パンチライン』から、『ひゃくえむ。』『チ。』、そして昨年完結した『ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ』に至るまで、先生の作品はどれも題材が大きく異なっています。先生は新しい作品を構想する際、どのようなプロセスでテーマを決めているのでしょうか?今後、挑戦してみたい題材やジャンルがあれば教えてください。

    魚豊:ニュースなどの大きな社会と

    プライベートな友達の小さな社会で、同じ問題について言及された時、

    その"問題"は普遍性と時代性を両立させた"強度のある問い"だと思うので、描いてみたくなります。

    今後挑戦してみたいジャンルは

    衣、食、住の三つです。

    それぞれ3本書こうと思います。

     

    また、「アジア的な権力移行のシステム」についても書きたいです

     

     

    ——最後にファンの皆さんに一言をお願いいたします。

    魚豊:読んでいただけてありがとうございます!!

    引き続き、面白い作品を目指し続けますので、是非とも末長くよろしくお願いします!

     

     

    © 2025 Uoto/SHOGAKUKAN

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