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コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

画面から消えた大統領

2010-12-05 | Weblog
昨日(12月3日)の深夜零時に、突如テレビ画面に「国家儀典局」という文字が出た。その文字だけを背景に、告知が読み上げられた。
「憲法院は、12月4日正午より、大統領府においてバグボ大統領の宣誓式を行います。」
いよいよ来た。そして、以下の人々に出席を求めると並べる中に、「外交団の代表」と入った。つまり、大使たちに出席が求められた。でも大丈夫。私が宣誓式に出席しないということは、本省とも相談して、了解を取ってある。

ところで、私は昨日夜9時に、各国大使たちと意見交換の会合を開こうとしたのだけれど、何人かの大使が、安全に気をつけて夜はじっとしていよう、ということだった。だから、私はその会合は、今日(12月4日)の午前11時半にしよう、と言って、皆に案内を出した。

その午前11時半というのは、バグボ大統領宣誓式の始まるわずか30分前である。もし、各国大使として宣誓式に出席するということなら、私の会合には来ることができない。何だか、各国大使に踏み絵を踏ませるようで、悪いなあと思いながら、朝になって出欠確認の電話をした。そうしたら、皆が宣誓式には出席するはずがない、と答えたので安心だ。

それで、各国大使が集まって来たのが、午前11時半過ぎ。傍らにテレビを点けながら、情報を交換する。バグボ大統領が宣誓式をするならばこちらもと、ウワタラ候補も大統領就任の宣誓式を、どこか別の場所でするのだ、という話である。しかも、これまでバグボ大統領のもとで首相をしていたソロ首相は、ウワタラ候補の味方について、ウワタラ「大統領」のもとで引き続き首相をやるという情報である。やれやれ、これから、二人の大統領、二つの政府ができるのだ。

これは厄介な話だ。というのは、これから外交活動の相手として、どちらの大統領を正しい大統領と考えればいいのか、どちらの政府と付き合えばいいのか、そういう問題を抱えて行くことになる。米国とフランスは、それぞれオバマ大統領とサルコジ大統領が、「ウワタラ候補、当選おめでとう」と述べているから、立場は明らかである。ウワタラ候補が正しい大統領、ということなのだ。でも、憲法院の前で宣誓式を行ったバグボ大統領のほうが、憲法手続きの上では、「正しい大統領」という議論もある。

それだけではない。ウワタラ「大統領」といっても、各省庁も、警察も軍も、予算も官僚も、何もない。あるのは、北部の圧倒的支持、国連の選挙結果へのお墨付き、そして国際社会からの共感、これだけである。しかも、私たちはアビジャンで活動しているわけだから、ふだんから付き合いのある人々は、かなりの部分がバグボ大統領側の人々である。そして、どの大使館も在留の同胞を抱えているので、その人々の安全を考えたり、その人々のビジネス上の利益を考えたり、いろいろと思い悩むところである。

さて、会合を終えて、大使たちがそれぞれお帰りになったところで、宣誓式が始まった。さすがバグボ大統領、宣誓式開始も予定を1時間半近く遅れている。もちろんテレビ中継である。私の一番の関心は、大使のうち誰が出席しているかである。欧米諸国やアジア諸国は出ていないはずだ。一方、アフリカ諸国も、アフリカ連合(AU)が「事態を憂慮する」と言っているので出てこないとは思うが、周辺国にとってはバグボ大統領との関係もあって、欠席するというのは難しいかもれない。

そう思ってよくテレビ画面を見る。外交団からも出席がありますといって、画面に顔が映される。目を凝らして見ても、レバノン大使とアンゴラ大使だけである。他には来ていない。周辺国の大使も、出席していない。コートジボワールでは、レバノン人商人が大勢活動しているし、アンゴラもバグボ政権と密接な関係を持ってきたから、やむを得ないのだろう。それ以外の大使は、外交団の団結を保ったというところである。

バグボ大統領は、憲法院長から大そうな勲章を授与された。これで大統領に任命されたということなのだろう。そして、国旗の前に出て、宣誓を行う。
「コートジボワール国民の前において、憲法を誠実に守り、市民の自由と人権を護り、国家の最高利益に基づく義務を果たしていくことを、厳かに誓います。もし、私がこの宣誓を破るようなことがあれば、人々が私から信任を取り下げ、法が厳格に私に適用されることを覚悟します。」

引き続いて、バグボ新「大統領」は、国民に向けての最初の演説を行った。
「長い長距離走の終わりにあたり、しかし、まだ片付ける仕事があります。共和国と民主主義の建設は、困難な仕事で、まだ道半ばだということです。共和国とは、誰にも機会が与えられるということです。階級の上の人もいなければ、下の人もいない。誰も排除されない。共和国では、社会が重んじられ、そして誰もが迎えられます。共和国とは、非宗教であり、価値の増進であり、平等である。」

「しかし、共和国が強くあるためには、民主主義に土台を置かなければならないのです。それは難しいが、アフリカでそれを実現しなければならないのです。私には分ります。なぜアフリカで危機が多いのかを。人々が法を守らないからなのです。手続きを守らないからなのです。法と手続きのない国は、強くなれません。誰もが好き勝手をする国が、強くなることはありえません。」
さて、いつもながら、バグボ大統領は大事なことを、うまく表現する。ほんとうに、言っているとおりに、ちゃんと法と手続きを守ってくれていれば、一層立派な大統領と言えるのであるが。

「ここ数日、選挙管理委員会が機能不全に陥りました。それは、選挙管理委員会を、政治的な機関に作ったからなのです。だから、選挙の最後の最後になって、委員会の委員たちが、政治の目で物事を判断するようになってしまった。あくまでも行政の目で、選挙を進めなければならないのに、政治の目になったのです。これを是正しなければいけません。」

「それに、選挙管理委員会が出す結果は、暫定結果です。しかし、権威ある機関が出す結果が、本当の結果なのです。憲法院こそが、その権威を持っている。そして、私たちは不服申し立ての手続きに従った。憲法院が判断するのを、静かに待ったのです。おそらく、暫定結果などというものが出されるという方式にしたのが、混乱のもとだったのかも知れません。憲法院だけが選挙結果を宣言できる、というかたちに、改正することも考えられます。」

「それぞれの国が、互いに尊厳を認めるということが大切です。私は相手の尊厳を認めるが、それは相手が私の尊厳を認めるからだ。ここ数日、私は重大な内政干渉を目の当たりにしています。お互いを尊重する関係に戻らなければ。私たちは誰にも、この国に来て支配してくれと言ったことはないはずです。選挙結果の発表は、国の主権行為なのです。主権を侵されるという理由から、英国は国教会を作り、またフランスはナポレオンが自分で戴冠して、バチカン市国と関係を断ったという歴史があります。コートジボワールの主権は、決して侵されてはなりません。」

バグボ「大統領」は拍手で演説を終えた。しかし、その宣誓式には、どこを探してもソロ首相の姿はなかった。そして、レバノンとアンゴラの大使を除いて、全ての大使がボイコットしていた。バグボ「大統領」は、歓声のうちに、画面から消えた。それからしばらくして、インターネットのニュースなどに、ウワタラ候補もアビジャンのどこかで、大統領として宣誓式を行った、というニュースが流れた。朝の大使会合での情報のとおりである。ソロ首相が、ウワタラ「大統領」のもとで首相になったというところまで、そのままだった。いったい、二人の「大統領」が出てきて、これからどうなるのだろう。

中継番組が終わり、私はテレビの前を離れた。さて、それからしばらくして、私をおたおたさせる事態が生じたのである。

午後4時ごろになり、私はふたたびテレビの前に戻って来た。国営テレビは、朝からバグボ大統領の当選を聞いて、大喜びする群衆の様子や、憲法院の決定が正式であり、選挙管理委員会の発表には意味がないのだという議論や、バグボ大統領が全軍を掌握しているのだという報道ばかりが続いていた。とにかく、バグボ一色だった。

ところが、戻ってから見たテレビ番組は、それとはかなり違う。何だかお笑い番組のようなものを、しかも15分くらいごとに、同じものばかり繰り返している。気味が悪いくらいに、面白くない映像だ。これはおかしい。1時間ほどして、はたと思い当たった。情報を持っていそうな大使に電話をする。おかしいですよ、テレビが。バグボ大統領の映像を、一切報じなくなったのです。私は言った。

ほんとうだ、とその大使は言った。調べてみよう。私は彼に言った。国営テレビ局は厳重に国軍に守られています。だから、外から入りこんで乗っ取るわけにはいかないはずです。唯一あるとすれば・・・。

夕方6時になっても、テレビでは相変わらず、変なお笑い番組を流している。何かが起こっている。公邸から一歩も出ていないので、街の様子は分らない。何か街から音が聞こえて来るか、というとそうでもない。それでも、このテレビ番組は何かを予感させる。私の疑問は、だんだん確信に近付いてきた。おそらく、夜間外出禁止令が効力を発する夜7時になれば、ウワタラ「大統領」が突然画面に登場するのではないか。

夜7時前になって、そのお笑い番組が、討論番組のようなものに変わった。何だか難しい話をしているのを、一生懸命聞きとって見ると、やはりバグボ「大統領」の正統性について、お互いに語っている。あっ、と驚く。私の疑念は間違いであった。国営テレビ局が乗っ取られたり、軍が裏切ったりなどという話では、何もなかった。

どうして、バグボ「大統領」の宣誓式後に、テレビ番組が一変してしまったのだろうか。おそらく、バグボ「大統領」万歳の映像など流し続けると、テレビを見ている多くのウワタラ候補の支持者たちを、無用に刺激すると考えたのではないか。バグボ「大統領」としては、今けっして騒擾を起してはいけない。とにかく、平穏な日々が過ぎて、だんだん既成事実として自らの地位を固めていくというのが、方針であるはずだから。つまり、番組の様変わりは、人心安定のための作戦なのだ。

しかし、私はそれだけではないな、と思った。バグボ「大統領」に拍手を送っている人の中にも、ほんとうにこのような無理無手勝が通るだろうか、と思っている人がいるはずである。そうした人は、テレビ番組の変化から、私と同じ推測をして、私と同じく慌てたかもしれない。私には、情勢を追う上でそうした憶測をしてしまった、という反省だけで終わる話なのであるが、コートジボワールの人の中には、とくに政府要人のなかには、ぼろを出してしまった、という人もあるかもしれない。こういうところで、様々な落とし穴が開いているのである。

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5 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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Unknown (oxb)
2010-12-05 11:22:14
ブログ拝見しました。大変な状況のようですね。ところで今月末アビジャンに行くのですが、空港の閉鎖はいつまで続くのでしょうね。状況はまだまだ悪化する見込みなのでしょうか。
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Paix (Kenya Naritome)
2010-12-05 13:28:31
私も結婚式出席のため、22日アビジャン入り を予定しています。
2002年~2004年の滞在時のときも、大変な騒動でしたが、同じことを繰り返さないよう、切に平和的解決を祈っています。
また、大使や皆さんの安全・無事もお祈り申し上げます。
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ありがとうございます (Unknown)
2010-12-05 14:13:37
日々のご尽力、本当にありがとうございます。また、このようにお忙しい中で、現地の情勢を変わらずお伝え頂き、心から感謝いたします。
岡村大使のような方が、外交に携わっておられること、とても誇りに思います!

これまでの大使をはじめとする選挙への努力が反映され、現地の方にとって実りある解決に至りますように。
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Unknown (ダカール)
2010-12-05 16:29:31
大使、がんばってください!
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「とくダネ!」 (ぴな)
2010-12-06 08:07:31
今朝の「とくダネ!」(フジテレビ系)のオープニングで小倉キャスターがコートジボワールの大統領選挙に触れていました。「まだまだ、目が離せない・・・」って。
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