トーゴでは、いつもどおりウングボ首相に会った。ウングボ首相は、3年前まで国連開発計画(UNDP)のアフリカ局長だった人である。国際感覚を熟知しているということはもちろん、開発問題の専門家だから、私としてはいろいろ話がしやすい。それで、政治の次は経済であり、ビジネス環境の整備による貿易・投資の促進が重要な課題である、とりわけ汚職追放に尽力する必要がある、というような話も、もちろんウングボ首相にもする。
そうすると、ウングボ首相は応える。
「汚職追放は、麻薬追放と同じようなわけにはいかないのです。」
はあ、どうしてですか。
「麻薬なら、撲滅すべきは麻薬の流通だとはっきりしている。麻薬を取り押さえ、麻薬商人を捕まえて、麻薬の流通・使用を根絶していけばいい。ところが汚職を撲滅するといっても、社会の仕組みの至るところに浸透しているので、簡単ではない。」
「たとえば、汚職を摘発して、贈収賄の容疑者を捕まえたとします。でも、裁判官に汚職があれば、罪を免れてしまう。そもそもトーゴでは、まずは裁判所に十分な態勢を整えて、司法が正しく機能するようにしなければならない。司法のルール化、透明性向上を図るところから始める必要があります。司法制度の強化のため、政府は自らの予算で、裁判所にようやくコンピューターを導入したところなのです。」
長年なおざりにされていた諸制度を、きちんと建て直して機能するようにする。そういうところから、一歩一歩進めていかなければならない。その努力を地道に行っている、とウングボ首相は言う。
「ビジネス環境の整備が重要ということは、政府として強く認識しています。すでに世界銀行から、「国際金融公社(IFC)」を通じた助言を得ています。つい先日も、調査団が来たところです。IFCの提言に基づき、いろいろな施策を実践に移しています。」
そして、ウングボ首相は少し得意気に言った。
「今年(2010年)の「ドゥーイング・ビジネス」のランキングで、トーゴは160位になったのです。2007年に165位だったところから、5位ほど順位が上がりました。努力に成果が出始めている証拠なので、たいへん意を強くしています。」
「ドゥーイング・ビジネス」というのは、世界銀行が毎年発表している報告書であり、ビジネス環境の良さについて、世界中の国・地域に順位を付けている。その国で起業活動をする際に、政府の規制や、社会的な制約要因などがどれだけあるか、つまりビジネスがしやすいかどうかについて、評価を出している。1位はシンガポール、2位は香港と続き、日本は18位になる。それで、ウングボ首相が、意を強くしているといっても、全部で183ヶ国中の165位から160位に上がったというだけではないか。余りにささやかな喜びである。
さて、トーゴの出張から帰ってきたら、コートジボワールのアポ・ヤツェ商業相から式典に出てほしいという招待がきていた。何の式典か、というと、コートジボワールにおいて商売をする人々の便宜を図り、そのルールを明確にしていくために、啓蒙用の小冊子を作り、さらにインターネットのサイトを立ち上げることにした。それがこのたび完成したので、紹介する式典であるという。
こういう大臣が出席する式典は、何だか内容が分からなくても、日本とぜんぜん関わりがなくても、出席するようにしている。今回も、出かけてみると予想通り、他の大使館はだいたい商務アタシェが来ていて、大使が来ているのは私だけ。アポ・ヤツェ商業相はたいへん喜んでくれて、私は客席の中で一番上席に座る。
今回できあがった小冊子について、前面の大画面で説明が始まる。「商売における権利と義務」と題された冊子である。説明者が、これはコートジボワールの商慣習が乱れてはいけないので、商業省としてきちんと啓蒙するために、一般商売人向けに印刷したのだ、と述べる。
「商売人の義務」という項目には、いろいろな義務が並んでいる。
「・販売を意味なく拒否すること、原価割れの販売をすること、(卸売り業者が)小売価格を強制すること、領収書の発行を拒否すること、などはやっていはいけません。
・価格や販売条件を、商品にきちんと明記しなければいけません。
・商品の仕入れにあたっては、必ず領収書を得なければなりません。卸売りにあたっては、必ず領収書を発行しなければなりません。
・きちんと認定された重量計を用いること。買い手には正しい量の商品を渡すこと。重量計に工作してはいけません。
・商品の性質、効能、内容物などについて、買い手を誤魔化してはいけません。商品名や、数、製品番号などを書き換えたり、偽造したりしてはいけません。劣化した商品を、そのまま売ってはいけません。」
やってはいけません、ということは、やっているということなのだ。気をつけよう。
さて、次にインターネットの説明である。画面にホームページが出てきた。説明者が、カーソルを動かして、いろいろな部分に掲載されている内容を広げていく。ここからは、商業関係の法規や手続き規則がダウンロードできます、こちらでは、商業省の組織図と、商業上の問題が生じたときの相談窓口の電話番号が一覧になっています、と説明が続く。
そして、最後のページには、コートジボワールで売られている主な商品と、現在の標準価格が並んだ一覧表が出てくる。トマト1キロいくら、米1キロいくら、砂糖1キロいくら、と並んでいる。
「今回の計画で、計画開発省からコンピューター50台の供与を受けました。それを使って、市場価格を随時入力し、一般消費者・ビジネス関係者が、売買を行うときの参考にできるようにしようと考えています。」
と説明がある。これは、私も普段の買い物の参考に使えて、便利そうだ。会場に詰めている、ビジネス関係の人々からも歓声が上がる。アドレスはこちらです、と説明があり、皆が手帳にメモする。
最後に、アポ・ヤツェ商業相が、締めくくりの挨拶に立つ。
「日本大使が来ておられます。日本には、ビジネスの面で日ごろから協力をいただいています。」
とくに日ごろから協力などしていないけれど、こうやって出席すると、私の顔を立ててそう言ってくれているのだ。
「本日ご紹介したような努力を、商業省としては引き続き進めていきます。商業とビジネスが進むためには、透明性と公平性が確保されていることが大切です。こうした努力により、コートジボワールも、「ドゥーイング・ビジネス」において、もう少し名誉ある順位を獲得できればと、考えます。」
おっと、またここでも、「ドゥーイング・ビジネス」が登場した。そして名誉ある云々と言っていたけれど、いったいコートジボワールは「ドゥーイング・ビジネス」で何位なのだろう。私は大使館に戻ってから、調べてみたのである。そうしたら、何と169位、トーゴよりも評価が低い。たしかにこれでは「名誉ある順位」とはいえない。ついでに、私のもう一つの兼轄国であるニジェールを調べたら、173位である。なるほど、トーゴが160位になったといって、ウングボ首相が嬉しそうにしていたのも、よく分かる。
さらに、商業省のホームページを早速試してみた。先ほど見たのと同じ画面が出てきた。どうも現実のホームページは、まだデータがそろっていないようで、あの標準価格表の画面を開いても、残念ながらまだ入力されていない。先ほどの式典で見せられたのは、展示用の例だったようである。これから入力が進むことを期待しよう。そして、こうした地道な努力を経て、ビジネスへの透明性を少しでも高めて、コートジボワールが169位から脱することを期待することとしよう。
<ドゥーイングビジネス順位>
そうすると、ウングボ首相は応える。
「汚職追放は、麻薬追放と同じようなわけにはいかないのです。」
はあ、どうしてですか。
「麻薬なら、撲滅すべきは麻薬の流通だとはっきりしている。麻薬を取り押さえ、麻薬商人を捕まえて、麻薬の流通・使用を根絶していけばいい。ところが汚職を撲滅するといっても、社会の仕組みの至るところに浸透しているので、簡単ではない。」
「たとえば、汚職を摘発して、贈収賄の容疑者を捕まえたとします。でも、裁判官に汚職があれば、罪を免れてしまう。そもそもトーゴでは、まずは裁判所に十分な態勢を整えて、司法が正しく機能するようにしなければならない。司法のルール化、透明性向上を図るところから始める必要があります。司法制度の強化のため、政府は自らの予算で、裁判所にようやくコンピューターを導入したところなのです。」
長年なおざりにされていた諸制度を、きちんと建て直して機能するようにする。そういうところから、一歩一歩進めていかなければならない。その努力を地道に行っている、とウングボ首相は言う。
「ビジネス環境の整備が重要ということは、政府として強く認識しています。すでに世界銀行から、「国際金融公社(IFC)」を通じた助言を得ています。つい先日も、調査団が来たところです。IFCの提言に基づき、いろいろな施策を実践に移しています。」
そして、ウングボ首相は少し得意気に言った。
「今年(2010年)の「ドゥーイング・ビジネス」のランキングで、トーゴは160位になったのです。2007年に165位だったところから、5位ほど順位が上がりました。努力に成果が出始めている証拠なので、たいへん意を強くしています。」
「ドゥーイング・ビジネス」というのは、世界銀行が毎年発表している報告書であり、ビジネス環境の良さについて、世界中の国・地域に順位を付けている。その国で起業活動をする際に、政府の規制や、社会的な制約要因などがどれだけあるか、つまりビジネスがしやすいかどうかについて、評価を出している。1位はシンガポール、2位は香港と続き、日本は18位になる。それで、ウングボ首相が、意を強くしているといっても、全部で183ヶ国中の165位から160位に上がったというだけではないか。余りにささやかな喜びである。
さて、トーゴの出張から帰ってきたら、コートジボワールのアポ・ヤツェ商業相から式典に出てほしいという招待がきていた。何の式典か、というと、コートジボワールにおいて商売をする人々の便宜を図り、そのルールを明確にしていくために、啓蒙用の小冊子を作り、さらにインターネットのサイトを立ち上げることにした。それがこのたび完成したので、紹介する式典であるという。
こういう大臣が出席する式典は、何だか内容が分からなくても、日本とぜんぜん関わりがなくても、出席するようにしている。今回も、出かけてみると予想通り、他の大使館はだいたい商務アタシェが来ていて、大使が来ているのは私だけ。アポ・ヤツェ商業相はたいへん喜んでくれて、私は客席の中で一番上席に座る。
今回できあがった小冊子について、前面の大画面で説明が始まる。「商売における権利と義務」と題された冊子である。説明者が、これはコートジボワールの商慣習が乱れてはいけないので、商業省としてきちんと啓蒙するために、一般商売人向けに印刷したのだ、と述べる。
「商売人の義務」という項目には、いろいろな義務が並んでいる。
「・販売を意味なく拒否すること、原価割れの販売をすること、(卸売り業者が)小売価格を強制すること、領収書の発行を拒否すること、などはやっていはいけません。
・価格や販売条件を、商品にきちんと明記しなければいけません。
・商品の仕入れにあたっては、必ず領収書を得なければなりません。卸売りにあたっては、必ず領収書を発行しなければなりません。
・きちんと認定された重量計を用いること。買い手には正しい量の商品を渡すこと。重量計に工作してはいけません。
・商品の性質、効能、内容物などについて、買い手を誤魔化してはいけません。商品名や、数、製品番号などを書き換えたり、偽造したりしてはいけません。劣化した商品を、そのまま売ってはいけません。」
やってはいけません、ということは、やっているということなのだ。気をつけよう。
さて、次にインターネットの説明である。画面にホームページが出てきた。説明者が、カーソルを動かして、いろいろな部分に掲載されている内容を広げていく。ここからは、商業関係の法規や手続き規則がダウンロードできます、こちらでは、商業省の組織図と、商業上の問題が生じたときの相談窓口の電話番号が一覧になっています、と説明が続く。
そして、最後のページには、コートジボワールで売られている主な商品と、現在の標準価格が並んだ一覧表が出てくる。トマト1キロいくら、米1キロいくら、砂糖1キロいくら、と並んでいる。
「今回の計画で、計画開発省からコンピューター50台の供与を受けました。それを使って、市場価格を随時入力し、一般消費者・ビジネス関係者が、売買を行うときの参考にできるようにしようと考えています。」
と説明がある。これは、私も普段の買い物の参考に使えて、便利そうだ。会場に詰めている、ビジネス関係の人々からも歓声が上がる。アドレスはこちらです、と説明があり、皆が手帳にメモする。
最後に、アポ・ヤツェ商業相が、締めくくりの挨拶に立つ。
「日本大使が来ておられます。日本には、ビジネスの面で日ごろから協力をいただいています。」
とくに日ごろから協力などしていないけれど、こうやって出席すると、私の顔を立ててそう言ってくれているのだ。
「本日ご紹介したような努力を、商業省としては引き続き進めていきます。商業とビジネスが進むためには、透明性と公平性が確保されていることが大切です。こうした努力により、コートジボワールも、「ドゥーイング・ビジネス」において、もう少し名誉ある順位を獲得できればと、考えます。」
おっと、またここでも、「ドゥーイング・ビジネス」が登場した。そして名誉ある云々と言っていたけれど、いったいコートジボワールは「ドゥーイング・ビジネス」で何位なのだろう。私は大使館に戻ってから、調べてみたのである。そうしたら、何と169位、トーゴよりも評価が低い。たしかにこれでは「名誉ある順位」とはいえない。ついでに、私のもう一つの兼轄国であるニジェールを調べたら、173位である。なるほど、トーゴが160位になったといって、ウングボ首相が嬉しそうにしていたのも、よく分かる。
さらに、商業省のホームページを早速試してみた。先ほど見たのと同じ画面が出てきた。どうも現実のホームページは、まだデータがそろっていないようで、あの標準価格表の画面を開いても、残念ながらまだ入力されていない。先ほどの式典で見せられたのは、展示用の例だったようである。これから入力が進むことを期待しよう。そして、こうした地道な努力を経て、ビジネスへの透明性を少しでも高めて、コートジボワールが169位から脱することを期待することとしよう。
<ドゥーイングビジネス順位>
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