畳の匂いと天井のシミと、ごつい毛の生えた手を見て、しばらく何も考えられなかった。
でもおじさんのだけどスマホはあるし、Wi-Fiもある。
「あ、元のアカウント…」って思いついて、パスワード入れたら普通にログインできた。
おじさん顔をスマホのカメラで撮って、「事故でこうなりました…」ってキャプションつけて投稿した。
元気だった頃のかわいい自分の写真をコピペして。
すぐコメントがついた。
みんなが助けてくれる!わーい!
『垢乗っ取り?通報しました』 『きっしょ』 『お前のような女がいるか』
あたしを推してたアイコンがひどいこといってる。
胸の奥が急にぎゅーっとつかまれたみたいになって、息が変になった。
目から涙が勝手に出てきて、鼻もつんとして、あたしの中の空気がぜんぶ押し出されるみたいに
「うああああ…!」って声が出た。
泣き声がひとりでに大きくなって、声帯の奥がヒリヒリして、息を吸うたびに喉の奥が詰まる。
苦しい、でも止まらない。 涙と鼻水で顔はべたべた、呼吸はバラバラ、心臓はドクドク暴れてる。
泣き疲れて、ぐしゃぐしゃの顔で鏡を見た。
頬は真っ赤で、鼻はテカって、青ヒゲは浮き出て、目は腫れぼったくて、 そこにいたのは惨めで見た目サイアクのおじさんだった。
「このままじゃまずい」と思った。
でも何がまずいのかはわからない。
ただ、誰かに助けてもらわなきゃって気分になって、頭に浮かんだのは配信時代に一番推してくれてたおじさん。
ーーnuka他先生。
たしか名前はnukadoko他殺っていうらしい?
えっちなゲームをつくってて、社長もしてるから金はある。
SNSでは変な絡みをしてきたり、やたら長文送ってきたり、正直ちょっと気持ち悪いけど、いざという時は頼れる人…だと思う。
会社はたまたま近所だった。
あたしはすぐに走り出した!
身体がぶよぶよ重くて走りづらいけど、頑張って走った!
会社のフロアに入ったところの扉を開いて「nuka他先生に会いたいです!!」とお願いしたら、 中から社員さん?が数人ひょこっと顔を出して、みんな同じ困った顔をしてる。
その視線が肌に刺さってくる。 完全に「やべえのが来た」って雰囲気。
あたしってやばいのかな?
だって、かわいい女の子が来ているのにそんなことある?
あ、でも今はおじさんか…。
おじさんが急にやってくると困るのかな?
そんなことを考えていると、奥から足音がして、 サンダルのペタペタって音と一緒に、サーフボードを小脇に抱えたおじさんが現れた。
腹はちょっと出てる。 髪は風で乱れてる。 でも、その瞬間、あたしの目には救いの船が見えたみたいに感じた。
喉の奥がきゅっとなって、胸の中がふわっと温かくなって、変なドキドキがする。
「…ファンの人?ダメだよ、勝手に入ってこられても」
深夜のネット通話で聞いた声!
やっぱり!nuka他先生だ!
感情が噴き出して、走り寄って泣きながらしがみついた。
先生のTシャツの胸のあたりに顔を押しつけたら、柔らかいお腹とサーフボードの固さが同時に当たって、とってもに安心した。
涙と鼻水がどんどん染みこんでいくのがわかるけど、もうどうでもいい。
「…君、まさか、そうなのか」
ぎゅっと抱きしめ返してきた。
耳元で、先生の低くて落ち着いた声が落ちてくる。
かっこいい……。
「君も転生してしまったのか。……メンヘラおじさんに」