女性初のプロ棋士を目指す里見香奈女流五冠(30)が18日、大阪市の関西将棋会館での棋士編入試験五番勝負第1局で徳田拳士四段(24)に127手で敗れた。後手の里見女流五冠は得意の中飛車で対抗したが、今期12勝1敗で勝率1位(0.923)と好調の徳田四段には及ばなかった。棋士編入試験は新四段の棋士5人と戦い、3勝すれば合格となる。第2局は9月22日に東京都渋谷区の将棋会館で行われ、4月にプロ入りした岡部怜央四段(23)が対戦相手となる。
終局後、里見女流五冠は「駒損になって苦しかった」と敗戦の弁。「注目していただけるのはすごく嬉しい。こういった大きな舞台で指せることはなかなかないので、次局以降もしっかり準備して挑みたいです」と話した。一方の徳田四段は、「最後までよくわからなかった。1局目なので先後もわからず準備するのは難しかった。目の前の対局を一生懸命やりながら、今日に向けて少しずつ備えていました」と振り返り、「こうした注目局を経験ができて光栄でした」とコメントした。
里見は15日、大阪・関西将棋会館での第48期棋王戦挑戦者決定トーナメントの初戦で、後手の阿久津主税八段に142手で敗れ、こちらも女性棋士としての本戦初勝利とはならなかった。中盤、歩切れで苦しむ中で差を広げられた里見は、終盤は粘って盛り返したが、A級在籍2期の阿久津を逆転するには至らなかった。「よくなった局面もありましたが、そこであせり過ぎた」と残念がり、「課題も見つかったので修正できるよう頑張りたい」と収穫も感じ取った。
編入試験は、普段の対局と比べて別の緊張感があるだろうが、女性ということで何かと話題を集めながら、道を切り開いてきた里見の功績は誰もが認めるところ。小学生時代から郷里の島根県出雲市から広島の将棋大会で、大人たちに交じって腕を磨いていたが、「男性棋士と対等に勝負をしたい」というのが里見の本来の夢であった。師匠である森けい二九段(76)はこのように語っている。「私が初めて里見香奈と出会ったのはちょうど20年前の2002年7月13日のことでした」。
「翌日に公式戦の日本シリーズ(JT杯)広島大会があり、私は解説の仕事で広島入りしていました。この日は恒例のこども将棋大会が開かれ、私は審判長として会場に詰めていたのです」。小学生以下の将棋大会としては全国最大規模で知られる『テーブルマークこども大会』の会場を回っていた森九段は、男の子で埋め尽くされた会場で、小さな女の子がひとり将棋盤に向かっているのを目にとめた。「彼女は歯を食いしばって泣かない。その表情が非常に印象に残りました」。
「指し手を見ていたのですがかなり強い。当時でアマチュア2級くらいはありましたね。地方の女の子でそこまで上達しているのは珍しい。1手指すごとにちらっと相手をにらむんですね。羽生さんにちょっと似ているなと思いました」。ベスト4まで勝ち上がった里見は当時10歳、小学5年生だった。準決勝や決勝で負けた子どもは、悔しくて泣き出してしまうのが普通でした。ところが、表彰式でも彼女は歯を食いしばって泣かない。その表情が非常に印象に残りましたね」。
風貌からして大人しそうに見える里見だが、闘志を露わにするというより、内に秘めるタイプであるのが分かるエピソードである。広島での出会いから1年後、将棋連盟の職員から森九段に連絡があった。「サトミという女の子が弟子になりたいと言っています、と。一瞬誰だろうと思いましたが、お父さんからも電話をいただいて広島で将棋を指していた女の子のことを思い出しました。島根県の出雲市にお住まいということで、大阪の関西将棋会館で会うことになりました」。
「とにかく1局、指してみましょう」。森の提案で、里見と森は平手で盤に向かい合った。地元の強豪である父が祈るような気持ちで見守るなか、少女は初手、ためらいなく中央の歩に手を伸ばした。里見が現在でもエース戦法としている「中飛車」だった。対局開始から数分後に森九段は、「分かりました。ここで指し掛けにしましょう」と、中盤の入り口で将棋を中断し、里見の弟子入りを決めた。「彼女は呆気にとられた顔をしていましたが、力を見るのが目的ですから…」。
奨励会の6級を受験するには少し棋力が足りないと判断した森は、下部組織の女流育成会に入ることを提案した。女流育成会とは、2009年まで存在した将棋連盟の女流棋士育成機関。そこで一定の成績を残して2級になれば女流棋士として認められる。里見の希望は「奨励会」だったが、もっとも下位の6級受験でも「アマチュア四段の実力が必要」と言われる奨励会をいったん回避し、女流棋士の道を選択した。たとえ本人の希望が奨励会であっても、本人は棋力の客観的判断ができない。
そのためにプロの目が必要で、当時の里見にはアマ四段の力はなかったことになる。里見が女流育成会に初めて参加した2003年の後期、9勝1敗で一位の成績を収めて昇級点を獲得、続く2004年前期においでも9勝2敗と一位となり、規定によって里見はわずか1年で女流棋士(2級)となったもののあくまでも女流枠であって、里見自身の目的は違っていた。その後里見は奨励会に入会し、女性として初めて三段リーグにまで上り詰めるも、2018年2月、年齢制限規約により退会した。
その後、男性棋士相手に目覚ましい活躍を見せた里見は、棋士編入試験の資格を得ることになった。女流棋士枠から正規の棋士となるチャンスを得た里見は、悩んだ末に、「挑戦すること」の重要さを悟り、試験を受けることとなった。「男性棋士と対等に戦いたい」と口に出せるのは、他の女流棋士の中で里見をおいていない。それは彼女の対局姿にも表れている。女流棋士の中にはミニで対局する棋士もいるが、里見はパンツ姿で対局に臨むことが多い。それには理由がある。
里見は対局中にあぐらに組む。女性があぐらに組んではいけない規則はないが、公式対局において、あぐらに組む女流棋士を里見以外に見たことがない。おそらく里見にはあぐらで何が悪いとの意識があるのだろう。例えば清水さん、西山さん、伊藤さんをはじめとする女流棋士があぐらで対局する姿を想像できるだろうか?が、里見はなぜかあぐらが似合っている。偏見かも知れぬが、里見のあぐらには何ら違和感もなければ不自然さもない、女性らしさという差別言葉も無用である。
里見には女性特有の“見られる”意識が希薄だからではなかろうか。だからあぐらを組む。彼女以外の女流棋士であぐらに組む勇気(?)あるものはいないだろう。里見は女流棋士であるより、棋士でありたい気持ちが強い。だから、里見を応援したい。里見は男性棋士と対等に戦える力も意識も備えている。であるがゆえに、里見には是非とも棋士になって、大いにあぐらで対局して欲しい。が、唯一の懸念といえば、女性のあぐらは構造的にホコリが入りはしないかと…。