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瓦解に向かう〝聖域〟──広陵高校へのSNS告発が揺るがす、高校野球の「伝統」と「メディア利権」

松谷創一郎ジャーナリスト
2021年3月、阪神甲子園球写真:アフロ

SNS告発が導いた「辞退」

 8月10日、夏の甲子園2回戦を前に広島・広陵高校が出場辞退を発表した。SNSで批判の声が収まらないことを受けての決断だった。2005年には、夏の甲子園に出場が決まっていた高知・明徳義塾高校が、暴力問題と喫煙の発覚により大会2日前に出場を自粛したケースがあったが、大会出場中の辞退ははじめてのことだ。

 今回の騒動は、タイミングが悪かった側面もあるが、広陵高校側の対応が後手に回った結果とも言える。以下、事実関係を整理して今回の問題を考えていこう。

食い違う事実関係と別の事案

 問題が表面化したのは、7月23日のことだ。広陵高校の元生徒の保護者とされる人物が、SNS(Instagram)で告発をした。

 それは、今年1月に当時1年生の生徒がカップラーメンを食べたことを理由に、10人以上の2年生(現3年生)に正座をさせられ、100発を超える殴る蹴るの暴力を受けたという内容だった。その後、生徒は一時行方不明になって警察にも捜索届けが出されたとされる。

 保護者は、野球部監督による隠蔽工作があったとも批判する。コーチ3人が同席する場で、「高野連に報告した方がいいんか?」、「2年生の対外試合なくなってもいいんか?」と生徒は恫喝されたという。そして約束された安全対策(食事時間を分ける等)が履行されず、高野連への報告書にも虚偽が記載されていたと指摘する。結果、被害生徒は3月に転校を余儀なくされた。

 一方、広陵高校の主張する事実は異なる。6日、広陵高校は暴力事案が4人の生徒のみによるものであり、他生徒の暴力や監督・コーチの隠蔽など新たな事実は確認されなかったと主張した。また2月にこの事案を日本高等学校野球連盟(高野連)に報告して「厳重注意」もなされ、加害生徒4人の出場自粛もなされていたという。

 両者はともに暴力事案の存在自体は認めているが、その規模や程度、そして監督・コーチの隠蔽工作について、決定的な認識の相違がある。

 そして、これとはべつの暴力事案の疑惑も発覚した。2023年に元部員が監督とコーチ、一部の部員から暴力・暴言を受けたとの告発があり、広陵高校は7月から第三者委員会が調査を行っていた。これもFacebookで保護者と思しき人物が実名で告発し、事態が明るみに出た。

 不可解なのは、この件が高野連と広陵高校から発表されたのが、7日の第1試合が終わった翌日だったことだ。第三者委員会の調査は7月から始まっていたが、高野連はそれを把握していなかったと見られる。状況的に、SNSの告発を受けて慌てて公表したように見える。

後手に回った広陵高校

 ここまでをまとめると、今回の広陵高校の暴力事案は2025年と2023年の2件があり、前者では暴力事案はあったものの被害者と広陵高校でその内容に食い違いが見られ、後者は現在調査中ということになる。今後の焦点は、このふたつの事案に監督やコーチがどの程度関与していたのかどうかということだ。

 この両者の事案について、SNSでは被害者側の言い分を信じて断定的に語る向きが少なくない。だが2025年事案については、広陵高校が一部事実を否定している以上は、現状は十分な慎重さが必要ではある。しかし、被害者が警察に被害届を出し、それが受理されている事実はやはり重い。すでに刑事事件として捜査される段階に入っていたにもかかわらず、広陵高校は自主的に発表することもなく甲子園に出場していた。

 本来の規定では、厳重注意処分については高野連が公表しないことになっている。しかし高校側が自主的に発表して出場を自粛したり、あるいはメディア報道によって発覚したりするケースは少なくない。だが、広陵高校に関してはいずれもなされていなかった。告発というかたちで表沙汰になってはじめて、問題の存在が明らかになった。

 今回問題が大きくなったのは、このように広陵高校の発表が後手に回ったからでもある。少なくともSNSで告発されるのは、被害者や被害を訴える当事者との対話が成立していなかったからだ。それらは、組織としてのガバナンス不全が疑われても仕方ない状況でもあるだろう。

不祥事が隠蔽されやすい組織構造

 高野連による「厳重注意」について過去の報道を調査すると、過去15年で約70件が確認できる。このなかには2011年の青森山田高校における傷害致死事件や、2022年の愛媛・聖カタリナ学園高校の集団暴行事案(後に退学した加害者側の生徒が学校を訴えている)も含まれる。

 ただ、前述したとおり「厳重注意」は公表されないので、あくまでもこれは報道ベースのものだ。実際はもっと多いと考えられる。またそもそも問題とならなかった(暗数化している)不祥事も少なくないはずだ。なぜなら、そこには告発しにくい構造的な問題があるからだ。

 不祥事を把握して処分を下すのは高野連だが、この組織は野球部を持つ高校によって構成される。広島県高野連も、広陵高校の校長が副会長を務めていた(8月10日に辞任)。つまり、問題事案を起こした高校が、自分が一員である高野連に問題を通達するという構造である。よって、たとえば生徒が高野連に被害を訴えたとしても、その告発を第三者的に判断できる組織でもない。

 つまり、そこでは不祥事が隠蔽されやすい構造が温存されているのである。SNSでの告発は、被害を訴えるひとが学校や高野連を信頼していないからこそ生じたものだ。

 

ジャニーズ問題との共通点

 これまでもたびたび問題視されてきた高校野球の構造は、実はジャニーズ事務所の問題とも共通するところが多い。

 極めて独特な閉鎖環境において、判断能力の乏しい未成年者が中心とされ、彼らによる大きな利益を生み出すイベントにメディア企業が根深く関与し、それゆえ報道機関が適切な批判を加えられなくなり、問題のある状況が温存され続ける──こうした点が同じだ。

 そこでもっとも問題があるのは、メインコンテンツである野球が台なしになっていることだ。

 そもそも野球という競技は、プロ野球の優勝チームの勝率も6割程度であり、その勝ち負けは投手の出来に大きく左右される。高校野球のトーナメント制は、チーム力を正確に測れず、有力投手が連投して故障しやすくなる問題はこれまで幾度も指摘されてきた(「夏の甲子園“投手ぶっ壊しコロシアム”の解体方法」2018年8月21日)。

 高野連は、今春から正式に「1人の投手が1週間に500球以下」という投球制限を設けたが、これ自体が無茶苦茶だ。日本のプロ野球では中6日で多くとも120球程度、メジャーリーグでも中4日で100球程度が上限だ。上限が異常だ。

 MLBはUSA Baseballと連携して、高校生年齢における「Pitch Smart」というガイドラインを設けている。15~16歳は1日95球以内、17~18歳は105球以内と定め、ともに5日間以上の休息が必要とされている(MLB ''Guidelines for Youth and Adolescent Pitchers'')。これはスポーツ医学に基づいたガイドラインだ。しかし日本の高校野球は、こうした知見を10年以上にわたって無視し続けている。

MLB ''Guidelines for Youth and Adolescent Pitchers''より。
MLB ''Guidelines for Youth and Adolescent Pitchers''より。

 その理由はいくつかあると考えられる。ひとつは、高野連にまともなスポーツ医学の専門家がいない可能性だ。次に、こうしたガイドラインを導入すると地方も含めて大会が運営できなくなること。そしてこの甲子園利権に複数のメディア企業が関与しているために、問題化されにくいことなどがあげられるだろう。とくに重大な問題はこの3つ目だ。

メディア利権による問題の温存

 高校野球に必要なのは真っ当なスポーツに変えていくことだ。だが、長く続いてきた「伝統」とビジネス的な事情、そして「教育の一環」というタテマエがそれを妨げる。結果、スポーツとしては時代遅れで、教育としてはデタラメな状態が温存されてきた。

 筆者を含むプロ野球ファンが必ずしも高校野球ファンであるとは限らないのは、こうした文化としての野球の雑な扱いにある。そしてこのデタラメな制度こそが、高校生たちを苛烈な競争に駆り立て、強いストレス下に置く。さまざまな不祥事の問題の根は実はここにある。

 しかし、夏の甲子園は朝日新聞社が、春は毎日新聞社が主催し、NHKが全試合を放送する。朝日放送や毎日放送も助成金を出している。これによって、日本の有力なジャーナリズム機関が問題提起しにくい状況にある。ジャニーズ事務所問題のときも声をあげた〝芸能記者〟は少なかったが、それと同じで大きな利権構造がメディアの追及を阻んでいる。

 高校野球の問題は暴力事案だけではない。たとえば今年の夏の甲子園では、「暑さ対策」でも欺瞞性が見られた。

 今回、注目されたのは開会式が夕方になったことだ。これは、試合を午前と午後の2部制にしたことの派生によるものだ。これについて朝日新聞は、「開会式は暑熱対策の一環として史上初の夕方開催となる午後4時に始まった」(2025年8月5日)と、NHKも「開会式は暑さ対策の一環として史上初めて夕方に実施」(同)と報じた。

 しかし、これは事実と異なる。甲子園の近くの神戸市の気温を調べると、朝より夕方の方が気温が高いことは明らかだからだ。実際に今年は、昨年よりも暑い中で開会式は行われた。

気象庁の記録をもとに筆者作成。
気象庁の記録をもとに筆者作成。

 にもかかわらず開会式の夕方開催は、「暑さ対策」と報じられた。実際のところは、2部制にしたために、夜に試合を行う学校の生徒の待機時間を短くするためだった。そのために、夕方の炎天下のなかにプラカード担当も含め出場全選手を立たせるリスクを増やしたのである。


 場当たり的な施策をやって、大手の報道機関がウソを用いてそれを正当化していく。甲子園は「聖域」などではなく、ただの不浄の空間だ。

朝日新聞社の人権デューデリジェンスは?

 もはや高校野球や甲子園大会の制度疲労は限界に達しつつある。今回の問題もその状況で起きたことだ。異常な空間を温存すれば、そこでは不祥事がかならず起きる。

 しかしジャニーズ事務所の問題とフジテレビの問題もあり、日本社会の状況は変わった。「嫌なことがあったら声をあげていいんだ」と多くのひとが気づいた。今回の被害者やその親たちは、そうした日本社会の変化を見てきたはずだ。

 夏の甲子園の主催者である朝日新聞社に求められるのは、高野連のステークホルダーとして適切に人権デューデリジェンス(人権監査)を行使し、そしてジャーナリズムとして切り込むことだ。ジャニーズ問題ではもっとも積極的な報道機関だからこそ、それが可能でもあるはずだ。

 高校野球という「聖域」に、いまこそメスを入れるべきときが来ている。若者たちの人権と健康を守ることは、スポーツの価値=文化を守ることでもある。それができないなら、高校野球に未来はない。

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ありがとうございます。
ジャーナリスト

Matsutani Soichiro/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。現在、朝日新聞論壇委員、NHKラジオ『Nらじ』にレギュラー出演中。著書に『ギャルと不思議ちゃん論』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』、『文化社会学の視座』、『どこか〈問題化〉される若者たち』など。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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