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Vol.9 新しい日の誕生/2814 〈今のところnoteでまだ誰もレビューしていない名盤たち〉

新しい日の誕生(2015) 2814

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 2814はVaporwaveのニューエイジ・アンビエント方面を担うプロジェクトであり、それ故に匿名性が高く音源以外の情報はほとんどない...というわけでもなく、全然身元は割れている。t e l e p a t h テレパシー能力者Hong Kong Expressという二人のアーティストによるプロジェクトだ。Vaporwaveの最盛期である2012年からちょうど10年経った今、当時シーンの真ん中にいたアーティストたちの匿名性は最早保たれていないし(そもそも彼ら自身が匿名であることをアイデンティティとしていたわけでもないけど)今更その蒸気の中に顔を潜せ、とも思わない。ただ、未だにVaporwaveのアーティストがインタビューに出ているのを見るとギョッとしてしまう。

 僕が思い当たる中で最も完結かつ平易なVaporwave解説がニコ動のこれ。今やYoutubeその他多くの動画投稿&生配信アプリに追い抜かれ、実質ネットからケツを蹴られたこのサイトに優れたVaporwaveのレビューが投稿されているのは、Vaporwaveが示唆する「資本主義の亡骸」の概念にうってつけだと思う。現に、2022年にニコ動を見る際に一切のノスタルジーを感じず完全にフレッシュなものとして受容するのは、今や相当難しいのでは?


 Vaporwaveは思想方面から語られることが多くて、ユリイカでVaporwave特集が組まれるほどに研究対象として注目されている。しかしこれらの議論では、往々にしてその音楽的な面白さは語られていない。正確には音楽自体について語るのが後回しにされていて、思想の面で延々と議論が行われていると捉えるのが正しいのか。むしろ、捨てられたミューザック未満の産業廃棄物に「チョップド&スクリュー」という劇薬を投与させて、本人の意思とは無関係に蘇らせたような音楽にいけしゃあしゃあと陶酔するような構図そのものが、思想の面からすれば滑稽で無粋なものなのかもしれない。


 Vaporwaveの最大の長所であり死んだ原因はそこにあって、Vaporwaveが音楽的に面白すぎたのが長期的にはよろしくなかったのだと思う。ただアティチュードが興味深いだけの実験作品だったら、その精神性は(精神性と呼べるほど高尚なものが宿っていないのは置いといて)細々と保たれてはいただろう。しかし悲しいかな、Vaporwaveは踊れる。札幌コンテンポラリーは郊外の閑散としたショッピングモールを想起させるけど、それ以上に強烈なファンクネスが潜んでいる。また、Vaporwaveは癒される。先に挙げたt e l e p a t h テレパシー能力者は80年代の天気予報の音声をダルダルにしたようでゾンビのうめき声の合唱みたいだけど、昼寝の睡眠導入を促すBGMとしてこれ以上ないほどマッチする。


 のちにVaporwaveのファンクネスはFuture Funkに受け継がれ、その先の国産シティポップ・リバイバルまで影響を及ぼし続けた。そしてVaporwaveのアンビエンスは、単純なサンプリングのチョップド&スクリューというフォーマットを飛び出した秀作を幾つも呼び込んだ。その中でも最高峰の作品が「新しい日の誕生」である。



 ここには露悪的なサンプリングも、狂躁的なループもない。輪郭のないシンセサイザーが終始鳴らされ続け、その上で人々のうめき声が過度にリバーブをかけたドラムマシンと「絡み合うことなく」響いている。揺らぎ続ける音像が想起させるのは、蒸気そのものだ。M1冒頭のピアノの旋律はらせん階段を下るようで、下界は雲海に遮られてよく見えない。まぁ、見えたところでしょうもない欲望にまみれた摩天楼が口を開けてるだけなんだけど。


 ネオン街の中を目的もなく歩くときに、僕の頭の中ではこれに似た音が鳴っている。人間の欲望がパンパンに詰め込まれた色街の熱にのぼせ上って、いよいよ意識が遠のきそうになる。そんな時にこの音楽はとてつもなくフィットする。サイバーパンク的な近未来の情景を思い浮かべてるはずなのにどこか懐かしくて、それでいて暖かい。故郷とはかけ離れたうわつ浮いた街並みが、匿名性によって担保された自由な街であることに気づいた時から、この音は鳴り出している。


 Vaporwaveが想起させるノスタルジーは、大量消費社会への皮肉に塗れた反省だけでなく、胎内回帰に近い安らぎすらも、僕たちにもたらしてくれる。「新しい日の誕生」は生暖かい産湯のようで、大量消費社会を鋭く貶すのではなく、ふわりと包み込むことによって癒す。そこには肯定も否定もない。しかし時の流れは残酷で、いつまでも暖かい水の中に浸かってはいられない。終わりがないような顔をしている街こそが、何よりも終わりを象徴している。そんな現実をぼやかしてくれるのがVaporwaveであり、「新しい日の誕生」なのだ。



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Vol.9 新しい日の誕生/2814 〈今のところnoteでまだ誰もレビューしていない名盤たち〉|しろみけさん
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