890 クマさん、報告する
男は妖刀の力に負けないように森の中に入ったと言う。
そして、襲ってくる魔物を斬っていったと言う。
あの頭と胴体が離れていたウルフだね。
「凄い切れ味だった。こんな刀があるのが信じられなかった」
だから、誰もが欲しがり、争いが起きた。
わたしだって、そんな剣があったら、欲しいと思う。
強い武器を手に入れたいと思うのはゲーマーとしては当たり前の考えだ。
「その切れ味を試している内に、どれだけ斬れるのかと快楽にも似た感情が湧き出て来た。そんなことを思う自分が恐ろしかった」
でも、その妖刀の誘惑に逆らったから、人が襲われずに済んだ。
「嬢ちゃんが止めてくれなかったら、大変なことになっていた。感謝する」
真面目に礼を言われると、気恥ずかしい。
「確認だけど、穴に落とされたあとのことは覚えている?」
「卑怯、卑劣、殺す、そんな感情が流れてきた」
もしかして、魔法で攻撃したことで恨まれている?
「妖刀が手から離れなかったら、俺は嬢ちゃんを憎み、斬っていた」
カガリさんが言っていた意思との強さがないと取り込まれる。
まあ、だからと言って、簡単に斬られるつもりはないけど。
「俺はラカン、冒険者だ」
「わたしはユナ。わたしも冒険者だよ」
「冒険者……」
男はわたしを見る。
「この格好については、なにも聞かないで」
聞きたそうな顔をしていたので、最初に止めておく。
「……ああ、分かった」
ラカンさんは尋ねたそうな顔をしていたけど、頷いてくれた。
「それで、俺は街に帰りたいんだが、どっちに行けばいい? 妖刀の
力に逆らい、適当に歩いたせいで、方角が分からない」
ラカンさんは周囲を見る。
周囲は木々に囲まれていて森の出口は分からない。なにより、森深くだ。
わたしもスキルの地図がなかったら、森の出口は分からない。
クマ装備があるからジャンプしたり、土魔法で階段を作ったりして、確認はできるけど、クマの地図は便利だ。
「ちゃんと、城まで送り届けるから大丈夫だよ」
「城?」
ラカンさんは不思議そうな顔をする。
「悪いけど、城で詳しい話を聞くことになると思うから」
「どうしてだ? 嬢ちゃんに話しただろう」
「そんなことを言われても、わたしにはどうにもできないよ」
妖刀を持っていた人をわたしの判断で解放することはできない。
実はラカンさんが噓を吐いていて、妖刀を盗んだ犯人の可能性もある。
まあ、話した感じ、嘘は吐いていないと思うけど、その判断をわたし1人でするわけにはいかない。
1人で行動しているなら、自分の判断でしても、自分だけの責任になる。
でも、今回は1人で動いていない。
シノブ、カガリさん、サタケさん、他にも多くの人が関わっている。
だから、ここで、さよならってわけにはいかない。
「今の話が本当なら、咎められることはないと思うよ。逆に感謝されるんじゃない? でも、それでも逃げるというなら」
わたしはくまゆるとくまきゅうに視線を送る。
すると、くまゆるとくまきゅうはゆっくりとラカンさんに近づく。
「分かった。行くから」
ラカンさんは怖がるように後ずさりする。
「それじゃ、くまゆるに乗って」
わたしは土魔法で作った手錠を外しながら言う。
「そのクマに乗るのか?」
ラカンさんは引き攣った顔で、くまゆるとくまきゅうを見る。
まあ、自分を食おうとしたクマに乗れと言っているんだから、そういう顔をするよね。
強ばった顔をしたラカンさんをくまゆるに乗せ、わたしはくまきゅうに乗って、森を抜け出す。
「助かる」
ラカンさんは、わたしが渡してあげたおにぎりを食べている。
なんでも、妖刀を握っている間は空腹感はなかったそうだけど。
妖刀が離れるとお腹が空いたそうだ。
妖刀の力で空腹感が満たされていたとか?
なので、おにぎりを出してあげると、くまゆるの上でおにぎりを食べている。
ラカンさんは満足そうだったけど、ご飯粒を背中に落とされたくまゆるは怒っていた。
わたしたちは街に戻ってくると、そのまま城に行き、サタケさんにラカンさんを引き渡す。
門番にわたしのことが伝わっていたのか、すんなりとサタケさんを呼び出すことができた。
そして、簡単に出来事を話す
「その男が妖刀を」
「拾っただけだよ」
一応、擁護はしておく。
「詳しい話は聞いたけど、サタケさんのほうでも事情聴取は必要かなと思って」
「ああ、助かる。今は少しでも情報は必要だからな」
わたしたちは近くの空き部屋で話をすることになった。
「それで、おまえさんが妖刀を拾ったのか」
「はい。妖刀に対抗したんですが、抑えきれず」
「いや、人がいるところに向かわずに行ってくれたことに感謝する」
「俺も、人は斬りたくなかったので」
それで、魔物を斬っていた。
「それで詳しい話を聞かせてくれ」
「…………」
わたしとラカンさんは説明する。
「それで、逃げられちゃった。ごめん」
「妖刀が空を飛んで逃げたと」
「嘘は吐いていないよ。本当に飛んで行ったんだから。サタケさんも、妖刀が逃げる情報はなかったの?」
「逃げるというか、近くにいる人の手に渡るとは聞いていたが」
それが飛ぶとは知らなかったみたいだ。
「妖刀は幾度なく、現れる。海に捨てても、土の中に埋めても、刻が経てば、人の手に戻ってくると言われている。それが、まさか空を飛んで逃げるとは俺も思わなかった」
カガリさんたちもそんなことを言っていたね。海に捨てても人の手に渡ったのも、空を飛んで人がいる場所に戻ってきたのかもしれない。
「そうなると、またどこかに落ちているってこと?」
「そうなるな」
「ごめん」
わたしが魔法なんかで戦ったから。
「妖刀が現れるのは数十年にあるかどうかだ。過去の妖刀についても、詳しく分かっていないことの方が多い。これで、言い伝え通りに強い意志によって、妖刀に認められないといけない」
意志が弱ければ、妖刀の命じられるままに。
卑怯な方法で勝てば、逃げられる。
考えれば考えるほど、ムカついてくるんだけど。
自分の土俵以外は許さないってことだ。
いいだろう。
絶対に、叩き潰すよ。
「それで、このラカンを見つけた人物は誰だ? その人物からも話が聞きたいんだが」
わたしはカガリさんのことはお茶を濁す感じで説明をした。
「えっと、それは……」
カガリさんのことって、話してもいいのか分からなかったためだ。
カガリさんのことは機密扱いになっている。
そもそも、カガリさんのことって、どこまで知られているんだろうか。
カガリさんはサタケさんのことは知らなかったみたいだし。
「サクラの知り合いだよ」
黙っているわけにもいかないので、曖昧に答える。
もし、サタケさんがカガリさんのことを知っていれば、サクラもそのことを知っているはずだ。
判断はサクラに任せることにした。
「サクラ様の?」
「うん、偶然に情報が入ってきたみたい」
「そうか、なら、そのあたりのことは後でサクラ様に確認しよう」
ラカンさんは解放されることになったけど、ギルドカードなどの確認はされていた。
あとのことはサタケさんに任せ、わたしはサクラのところに帰る。
「戻ったよ」
「ユナ様、お帰りなさい」
サクラが出迎えてくれる。
「それで、カガリ様の刀は?」
「無事に手に入れることができたよ」
カガリさんの刀は無事に手にいれることができて、別れて、森に行ったことを話す。
「カガリさんが見つけた妖刀だけど、逃しちゃった」
わたしは妖刀の件を、サクラに話す。
「そうだったのですね。刀が空を飛んで」
「飛んで、逃げるとは思わなかったよ」
「わたしもです。刀って空を飛ぶんですね」
普通は飛ばないと思うよ。妖刀だからだよ。
「もし、カガリさんが来たら、逃がしちゃったことを伝えておいて」
「分かりました」
「それで、カガリさんのことなんだけど」
わたしは妖刀を持っていたラカンさんをサタケさんに引き渡したことを話し、その情報源のことを聞かれ、サクラの知り合いから聞いたってことにしたことを伝える。
「カガリさんのことって、どこまで話していいのか分からなかったから、ごめん」
「そのあたりのことは、わたしも詳しくは分からないんですよね。叔父様は一部の者は知っていると言ってましたが、その一部の者が、誰なのか、わたしも全ては把握してません」
「そうなんだ」
「申し訳ありません。でも、部隊長ならカガリ様のことを知っていてもおかしくはありません。ただ、問題は島にカガリ様がいたことを知っていたとしても、現在のことは知らない者のほうが多いと思います」
だよね。
カガリさんは、ひっそりと、あの大きな温泉付きの屋敷で暮らしている。
「面倒なことを押し付けてごめん」
「いえ、カガリ様のことを気遣ってくれたことです。もし、尋ねられましたら、上手に誤魔化しておきます」
頼りになる。
「ありがとう」
「それで、ユナ様はこれからどうするのですか?」
妖刀の場所は分からないし、わたしに情報収集はできない。
探知スキルも妖刀を発見することはできない。
もしかして、やることがない?
正確にはできることがない。
「う〜ん、サクラは何をしているの?」
「わたしは書庫で過去に妖刀に関する書物がないか、確認していました」
書庫で確認か。
ちょっと面白いかも。
実際問題、手伝うと言ったけど、今のわたしにできることがない。
「わたしも、一緒にいい? もし、貴重な資料だから、見たらダメならいいけど」
「大丈夫です。ただ、昔の文字で書かれているので、読めないかもしれませんが」
なんでも、昔は和の国の文字があったけど、徐々に世界共通の文字が使われるようになって、昔の文字が使われないようになったそうだ。
「サクラは読めるんだ」
「はい、それが巫女としての役目の一つですから」
わたしはサクラの許可をもらい、一緒に書庫に向かう。
サタケさんに報告して、サクラのところにもどってきました。
※くまクマ熊ベアーコミカライズ外伝4巻が8月1日に発売されました。
よろしくお願いします。店舗特典などは活動報告にてよろしくお願いします。
※くまクマ熊ベアー10周年です。
原作イラストの029先生、コミカライズ担当のせるげい先生。外伝担当の滝沢リネン先生がコメントとイラストをいただきました。
よかったら、可愛いので見ていただければと思います。
リンク先は活動報告やX(旧Twitter)で確認していただければと思います。
※PRISMA WING様よりユナのフィギュアの予約受付中ですが、お店によっては締め切りが始まっているみたいです。購入を考えている方がいましたら、忘れずにしていただければと思います。
※祝PASH!ブックス10周年
くまクマ熊ベアー発売元であるPASH!ブックスが10周年を迎え、いろいろなキャンペーンが行われています。
詳しいことは「PASH!ブックス&文庫 編集部」の(旧Twitter)でお願いします。
※投稿日は4日ごとの22時前後に投稿させていただきます。(できなかったらすみません)
※休みをいただく場合はあとがきに、急遽、投稿ができない場合はX(旧Twitter)で連絡させていただきます。(できなかったらすみません)
※PASH UP!neoにて「くまクマ熊ベアー」コミカライズ公開中(ニコニコ漫画、ピッコマでも掲載中)
※PASH UP!neoにて「くまクマ熊ベアー」外伝公開中(ニコニコ漫画、ピッコマでも掲載中)
お時間がありましたら、コミカライズもよろしくお願いします。
【くまクマ熊ベアー発売予定】
書籍21巻 2025年2月7日発売しました。(次巻、22巻、作業中)
コミカライズ13巻 2025年6月6日に発売しました。(次巻14巻、発売日未定)
コミカライズ外伝 4巻 2025年8月1日発売しました。(次巻5巻、発売日未定)
文庫版12巻 2025年6月6日発売しました。(次巻13巻、発売日未定)
※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせさせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。