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はじめまして、弁護士の松浦裕介と申します。弁護士登録後約20年にわたり、不動産オーナー様や不動産業者様からのご依頼をいただき、さまざまな事件に携わってきました。
弁護士の書く解説記事というと法律や裁判例の堅苦しい解説が中心となりがちですが、ここでは私が実際に経験した「生の事件」に基づいて、ストーリー仕立てで問題の発生から解決までの流れをご紹介していきたいと思います。
なお、事案の特定を防ぐため、一部事実関係を変更したり、複数の事案を組み合わせたりしている部分があることをご了承ください。
初回の本記事では、サブリース業者から驚きの賃料減額請求を受けたオーナーさんの事例をご紹介します。サブリースの減額請求に対してどう行動すればよいのか、基本の考え方を押さえていきましょう。
理想的に見えた事業計画
東京・港区の一等地にある約100坪の土地。そこに建つ築30年の瀟洒(しょうしゃ)な戸建て住宅に住む田中さん(仮名)のもとには、昼夜を問わずひっきりなしに飛び込み営業がやってくる。
先祖代々受け継がれてきたこの土地を守ることが使命であると父から教わってきた田中さんは、売却の話には全く耳を貸さなかった。
しかし、上がり続ける固定資産税の負担や、子供たちが相続した後のことを考えると、今のまま家を維持していくのは難しいのではないか…。
そう考えて、「まずは話だけなら」と重い腰を上げ、特に熱心に営業をかけてきた数社の提案を聞くことにした。
そのうちの1社であるA社の提案は次の通り。
今の家を取り壊してA社の施工で4階建ての低層高級マンションを建て、最上階の1部屋に田中さん一家が居住し、その他の全居室をA社の子会社であるB社が借り受けてサブリースするというプランであった。
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A社の建築コストは他社に比べ高額ではあったが、B社とのマスターリース契約の賃料は他社の提案よりもはるかに高額であり、建築費用の返済原資を確保したうえで十分な利益を確保できるように見えた。
なにより、国内では知らない人はいないであろう超大手のA社が建築をし、その100%子会社であるB社がサブリースをしてくれる。それであれば将来の不安もないだろうと考え、田中さんは両社との契約に踏み切った。
建築費用調達のための融資はあっさりと通り、設計・建築も滞りなく進んで、新築特有の香り漂うマンションで田中さん一家の新生活が始まった。
突然の賃料減額請求
ところが、サブリース開始から1年が過ぎたころ、B社から内容証明郵便が届いた。
タイトルは「賃料減額請求通知書」。本文には何やら難しい文言が並んでいるが、「来月末の支払分から、マスターリース賃料を現在の50%に減額する」という趣旨であることがかろうじて理解できた。
50%?半額?それでは月々の返済にも到底足りない。一体こんなことが許されるのか…。
頭が真っ白になっていた田中さんの電話が鳴った。相手はB社の担当者で、「すぐに伺ってご説明したい」とのことだった。
田中さんは、建築前にA社とB社が作成した資料の山を納戸の奥から引っ張り出してきて準備した。美辞麗句が並んだ立派な資料も、今では見るだけでもイライラしてくる。打ち合わせ前に目を通す気にはとてもなれなかった。
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その日の夜、田中さん宅にやってきたB社の担当者は、「1部屋20万円でも全室がすぐに埋まると想定していたが、17万円に下げても6割程度しか埋まっていない。当社の収入が想定の半分程度で大幅な逆ザヤなので、賃料を半分にしてもらえと上司にきつく言われた」と申し訳なさそうに説明した。
普段は温厚な田中さんだが、つい頭に血が上った。
「たった1年前に、この賃料を決めたのはそちらじゃないですか! それに、『建物が古くなれば賃料の改定はあるかもしれないけど、それはだいぶ先の話だ』と言ってたじゃないですか…。ほら、契約書にも『当初5年間は賃料の改定は行わないものとする』って書いてありますよ!」
すると、担当者の態度は一変。田中さんを小馬鹿にしたような態度で、こう言い放った。
「田中さん、『借地借家法』って知ってます? 賃料を改定しないって契約は、法律で無効なんですよ」
突然振りかざされた5文字熟語に、田中さんは完全に気勢をそがれた。
「私はおたくが作った事業計画を信じて、何億も借金してるんですよ。破産しろ、首を吊れというんですか…」
すると担当者はまた態度を一変させ、田中さんの目を真っ直ぐに見つめてこう言った。
「田中さん、申し訳ありません。確かに事業計画を作った責任は私にあります。私に3日ください。賃料は3割減、今の70%。これなら返済は足りるでしょう。この条件で、全力で上司を説得してきます。ダメなら私が会社を辞める覚悟です。説得できたらすぐに合意書を結びましょう!」
確かに、今の70%なら返済額と同程度にはなる。諸経費を考えれば赤字だが、銀行への返済ができれば一応は生活していける。半額にされるくらいならその方が良いのか…。
田中さんは踏ん切りがつかず、「私だけで決められることではないので、息子と話をしてみます」と答え、3日後の夜に再度の面談が設定された。
弁護士からの思いもよらぬアドバイス
田中さんは長男に事の顛末を相談したが、どこか他人事のような様子。「破産するかもしれないんだぞ! お前に土地が残せないかもしれないんだぞ!」と畳みかけると、長男は渋々ながら小学校からの同級生である不動産会社の2代目社長に相談した。
結果、顧問の弁護士を紹介してもらえることになり、幸い担当者との面談予定日の前日に弁護士とのアポイントが取れた。
弁護士は田中さんの話を聞き、契約書を確認したのち、以下のようなアドバイスをした。
<弁護士からのアドバイス>
・借地借家法の規定や過去の裁判例より、「5年間は賃料を改定しない」という特約があっても、普通借家契約の場合にはいつでも賃料減額請求ができてしまう。
・ただし、実際に賃料減額が認められるかは全く別の問題。賃貸継続中の物件の賃料改定では、直近で賃料を改定した時と現在との経済情勢の変動が重視される。よって、契約開始からたった1年で50%や30%の減額が認められることはほぼあり得ない。
・B社が提示した賃料を前提に田中さんがA社への建築コストを負担したこと、A社とB社が共同して事業計画を作成して田中さんに営業をかけたこと、B社がA社の完全子会社であることといった点も、賃料減額を否定する材料として考慮される。
・よって、賃料を70%に減額する合意をすることはお勧めしない。B社にはこれまで通りの賃料支払いを求め、支払いをしてこない場合や、調停を起こされた場合はまた相談いただきたい。
田中さんは弁護士のアドバイスに従い、B社の担当者に電話で連絡して翌日の面談をキャンセルした。また、B社宛に賃料の減額に応じない旨の手紙を内容証明郵便で送った。
恐怖!? 裁判所からの呼出状
その後B社の担当者からの連絡はなく、B社からは従前どおりの賃料が支払われていた。
ひょっとして、諦めてくれたのか? そう思い始めた約3カ月後、郵便局員がインターホンを鳴らした。
出てみれば「特別送達です」という。Googleで検索してみると、裁判所から訴訟関係人などに重要な書類を送達する際に、郵便局員が直接手渡し、受領の証明を求める特別な郵便取扱方法らしい。
封筒には「東京簡易裁判所」と書いてある。封を開けると、「調停申立書」という書類といくつかの証拠に加え、調停期日の呼び出し状、調停に出席するかどうかなどの回答書が入っている。
「調停を申し立てられるかもしれない」と弁護士から聞いてはいたが、人生で初めて裁判所から家に書類が届くと、やはり冷静ではいられない。
しかも呼出状に書かれた調停の日時にはどうしても外せない用事がある。どうしたものか…。田中さんは再び弁護士に連絡し、以下のアドバイスを得た。
<弁護士からのアドバイス>
・調停は裁判とは違い、欠席したら敗訴するということはない。正当な理由なく欠席した場合の過料の規定はあるが、1回目の期日は裁判所が一方的に設定するので、日程の都合が合わないというのは正当な欠席理由になる。
・今回は調停に出席して積極的に話をする必要はないと考える。欠席する旨と調停で話し合いをする気は全くない旨の回答書を送って、調停は不成立で終了させてもよいのではないか。
・その場合、相手は次に訴訟を起こすのが通常の流れだが、訴訟で相手に勝ち目があるとは思わない。弁護士費用や不動産鑑定などのコストも考え、訴訟はやってこない可能性も高い。
・調停から対応を依頼を受けることもできるが、当然弁護士費用がかかる。調停は不成立にして、万一相手が訴訟を起こしてきたり、賃料を勝手に減額して支払ってきたりした場合には弁護士に委任するという対応が、田中さんにとって最も費用対効果が高いのではないか。
あっさりした結末
田中さんは弁護士のアドバイス通り、回答書を送り調停期日を欠席した。後日裁判所に電話で確認すると、調停は不成立で終了したとのことだった。
その後、B社からの訴訟提起は一向になく、賃料もマスターリース契約の記載通りに支払われ続けた。田中さんはアドバイスへの感謝と今後への備えのため、この弁護士と顧問契約を結ぶことにした。
◇
好立地の物件をお持ちのオーナー様には、数えきれないほどの業者が売却やマンション建築を持ちかけてくると思います。本件のように、建築からサブリースまでをトータルで提案してくる業者も多いでしょう。
不動産投資を検討されるオーナー様は、どうしても目先の利回りの数字に目を向けがちです。業者側もそれをわかっていますから、他社よりも少しでも高い利回りを提案して仕事を取ろうと必死です。
田中さんのケースでは、マスターリース賃料が近隣相場より明らかに高く設定されていました。B社が相場を見誤ったのでしょうか? 私はそうではないと考えています。
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見栄えのよい事業計画で田中さんを口説き落とし、まずは建築でA社に利益を落とす。そして賃貸を開始したら間もなくして賃料減額請求をし、銀行への返済が滞るかもしれないと脅えさせて減額に応じさせ、B社も儲けを出す。
最初からこのような青写真が描かれていたのではないでしょうか。また、A社とB社の手慣れた対応を見ると、実際にこのようなやり方で相当の成功例があったのではないかと推測します。
田中さんの場合は賃料3割減の提案に飛びつくことなく、息子さんに相談し、さらには弁護士に相談をしたために、適切な対処をして賃料収入を守ることができました。
不動産投資ではスピード感を求められることもあるでしょうが、立ち止まって考えるべきところではしっかり立ち止まること、自分に知識のない領域の問題については信頼できる相談相手を持っておくことが、成功の秘訣になるのではないかと思います。
まとめ
・普通借家契約のサブリースの場合には、契約書の特約にかかわらず、いつでも賃料減額請求自体はできてしまう。したがって、不自然に高い設定賃料に飛びついて業者を選定することは禁物。
・賃貸継続中の物件の賃料改定では、直近で賃料を改定した時と現在との経済情勢の変動が重視される。よって、短期間での大幅な減額は通常認められない。
・サブリース業者から賃料減額の調停を申し立てられることもあるが、調停は裁判とは違い欠席したら敗訴するということはない。焦らずに、のちの裁判まで見越して、どのような対応が戦略的にベストかを検討すべき。
・相手が訴訟を起こしてきた場合や、業者が一方的に賃料を減額して支払ってきたり、賃料の支払いが滞ったりした場合には、速やかに弁護士委任する必要がある。そうした事態になってから慌てることのないよう、相談できる相手を持っておくことが重要。
(松浦裕介)