甲子園取材の裏で「美談探しに疲弊」「球児からセクハラ」 記者5人が語る「聖地」の不都合な真実
●消費される球児 歪んだシステムの末端で
──選手だけでなく、記者自身も追い詰められるのですね。 記者D:全国紙では、地方支局に配属された新人記者が高校野球担当になるのが"お約束"です。僕もそうでしたが、中にはCさんのように、野球のルールすら知らないまま現場に放り出される記者もいる。 記者C:本当に辛かったです。野球部のマネジャーだった同期に頭を下げて、プロ野球観戦に付き合ってルールを教えてもらったり、スコアの付け方を習ったり…。もちろん、それらの費用は自腹です。なぜ、こんな思いをしてまで野球を取材しなきゃいけないのか。他のスポーツにも素晴らしい大会はたくさんあるのに、野球だけが異常に手厚く報じられる現状には、ずっと疑問を感じています。 記者D:取材の難しさもあります。高校球児って、まだ表現が幼い子が多いんです。質問しても「気持ちで打ちました」みたいな、ふんわりした答えしか返ってこない。そこからどう具体的な話を引き出すか、半ば強引に"物語"を組み立てる技術を訓練させられているような感覚でした。 記者E:強豪校のプロ注目選手とかは、もうメディア対応に慣れすぎてて愛想がなかったり(笑)。逆に距離を詰められなくて困りました。だから自分でアンケートシートを作って配ったりもしたんですが、まあ、あんまり書いてくれませんでしたね。
●書けなかった「不祥事の芽」 報道と教育の狭間で
──最後に、今の高校野球報道に対して思うことをお聞かせください。 記者D:担当校を取材する中で、主力選手が突然試合に出なくなったことがありました。他の選手に話を聞くと、どうも何か不祥事を"やらかした"らしい、と。でも、学校側は何も言わないし、裏付けがまったく取れずに何も書けなかったんです。最近、強豪校での暴力事案などが表に出るようになりましたが、あのとき書けなかった一件も、そうした問題の氷山の一角だったのかもしれない、と思います。 記者B:メディアが学校や連盟と一体化しすぎている側面は、間違いなくありますよね。それが結果的に、不都合な真実への"忖度"や"見て見ぬふり"につながっているのかもしれません。 記者C:そもそも論として、やはり「なぜ野球だけがここまで特別なのか」という問いに立ち返るべきです。この過剰な報道合戦が、選手を追い詰め、記者を疲弊させ、時に歪んだヒーロー像や感動ポルノを生み出している。一度立ち止まって、高校スポーツ報道のあり方そのものを見直す時期に来ているのではないでしょうか。 記者A:高校野球は「ビジネス」の色が濃すぎると感じます。インターハイや国体など他競技の全国大会では入場料を取らないのに、高校野球は地方大会ですら入場料をとりますし、地元で開かれた国体でも高校野球だけが有料でした。甲子園に関して言えば、主催は大手新聞社。こうしたお金の流れが、報道のあり方を歪ませているのではないかと感じます。 ──華やかな甲子園のイメージとはかけ離れた、過酷で、時に矛盾を抱えた取材現場の実態が浮き彫りになりました。高校野球という巨大なコンテンツとどう向き合うべきか、メディア自身のあり方が問われているのかもしれません。
弁護士ドットコムニュース編集部