投票日まで、あと数日を残すまでになった。街の中は、選挙で盛り上がってきている。大使館の周辺でも、各候補者の支持者たちが集団をつくって気勢をあげている。皆、元気いっぱいで騒々しい。しかし、乱暴なことは見受けられない。新聞によると、地方では事務所が荒されたり、小競り合いで怪我をする人が出たりしているようだ。それでも、大規模な衝突事件があるのではないか、と心配していた私にとっては、皆平和な選挙を心がけているという、嬉しい驚きである。
さて、チョイ代表による説明会があった翌日(10月28日)、米国大使が私のほか数名の大使を朝食に誘った。情報を交換し、考え方をすり合わせておくためである。まず、米国大使が口火を切る。
(米国大使)「昨日の会合で、日本大使が指摘した問題は、とても深刻だと私も考える。選挙管理委員会が選挙結果を正式発表するのが、11月3日になるという問題ですよ。投票終了後、3日間も宙ぶらりんの状態が続くというのは、これは危険だ。」
(私)「この話、最初に決めていたとおり「シルス社」の通信システムを使うということに、落ち着いたはずではなかったですか。米国大使、あなたがソロ首相に働きかけて。」
(米国大使)「私もそう思っていましたよ。ところが、一夜明けたらまた結論が変わっている。ベディエ候補の民主党は、バグボ大統領側によほどの不信感があるということです。」
ベディエ候補は、昨夜行われるはずだったテレビ放送の「有権者に語る」も、ボイコットしてしまった。テレビ局もバグボ大統領の影響が強いので、公正な対談が期待できないという理由である。
(私)「昨日のチョイ代表の説明では、正式発表のためには、選挙結果を調書にしたものをアビジャンまで届けるということしたよね。それも段階を追って。現実には、3日間どころかいつまで経っても選挙結果が全部集まらない、だから正式発表できないという事態になることを、私は恐れています。手順の最初の段階、つまり投票所から開票結果を地方選挙管理委員会に届ける、というところを考えてみてください。夜8時に調書を書きあげて、昼間でも穴だらけ水溜りだらけで走行困難な未舗装道路を、真っ暗な夜中に走って運ぶわけです。一つの地方選挙管理委員会あたり、投票所を50~60ヶ所抱えている。そういう遠隔地の投票所で、なかなか調書が届かないという場合もあるでしょう。全部調書が揃わないと、地方選挙管理委員会での集計ができず、つまり調書ができあがらない。どこか1ヶ所でも事故があると、その段階で伝達作業が止まってしまう。」
(米国大使)「その一方で、開票結果の情報は携帯電話などでとびかって、さまざまな数字が得票結果として流布されますよ。それで勝手に勝利宣言をし、街に支持者を繰り出して大騒ぎをする候補者や政治勢力が出てきたら、収拾がつかなくなる。その一方で、得票の数字がある程度出ているなかで、3日間いやそれ以上の日数、選挙結果が正式に出るのを待て、というのはかなり無理がある。」
(カナダ大使)「最悪に備えて、でも最善を期待して行動する、ということですかね。今の選挙活動の様子を見ていたら、予想していた以上に平穏でしょう。非公式の数字でも、ある程度の勝ち負けがはっきりすれば、皆がそれで納得するということも考えられるのではないですか。だから、選挙管理委員会としての正式発表が出る前であっても、もう11月1日の朝には、テレビや新聞などで、大方の「趨勢」が誰の目にも明らかなら、それを認めたらどうでしょうかね。」
(米国大使)「そういう「趨勢」というような予断を、選挙管理員会は口にできないでしょう。では誰がその役割を果たすか。中立の立場にいるソロ首相でしょうか。」
(私)「そうした段階でこそ、チョイ代表が役割を果たすべきだと思います。国連は、選挙結果を認証する立場にありますし、したがって開票結果の調書も、複写を1枚ずつ入手することになっていますから、選挙管理委員会の正式発表以前にでも、開票結果について講評することができるはずです。」
(カナダ大使)「問題は、「趨勢」が必ずしも明らかでない場合、とくに2位と3位の候補者が競り合っている時、決選投票進出の権利をどちらが獲得するのか、不透明なまま時間がすぎる場合です。」
(私)「その場合は、もう言い続けるしかない。選挙管理委員会の正式発表を待て、と。そして、正式発表がある前に、勝った勝ったと騒ぎ出す候補者がいたら、それは間違いであると断固として言う。それができるのは、国連であり、国際社会ではないですか。」
こういう議論を重ねて、朝食会は散会した。議論をしながら、私はチョイ代表がしっかりと役目を認識することが大事だ、と改めて思った。昨日の説明会では、何だかチョイ代表は楽観的な答えをしていた。チョイ代表は、開票結果は事実上明らかになるのだから、それに反する勝利宣言をする政治勢力はありえない、というようなことを言っていた。でも、事態はそんなに生易しくないだろう。ここのところをチョイ代表に念を押しておかなければならない。
そして都合のいいことに、その日の昼食を、私はチョイ代表と一緒にすることになっていた。他に、米国大使、カナダ大使など、6人ほどの主要大使とだけ昼食を囲んで、じっくり話をしようという段取りであった。つまり、朝食会の議論を、今度はチョイ代表と一緒にできるのだ。
昼食会の冒頭、チョイ代表が言う。
(チョイ代表)「開票結果の正式発表が、11月3日にまでずれ込むことになって、私はほんとうに心配しています。いったい3日間を、どういうかたちで乗り切るのか。10月31日の夜にでも、もういろいろな情報が飛び交いはじめる中で、歪曲した開票結果を故意に流し、勝利宣言をする政治勢力があるかもしれない。それにどう対応するのか、その知恵があれば、お聞きしたいのです。」
そうだったのだ。チョイ代表はちゃんと問題の重要性を分っていた。昨日の説明会で、私の質問を楽観的にうけ流したのは、そんな重要な話を、おおぜいの前でするべきではないと考えたからなのだ。
私と米国大使とカナダ大使は、朝食会で一回頭の整理をしているので、さっそくいろいろな観点から起こりうる可能性をとりあげて、チョイ代表の前に論点を整理した。開票結果が概ね分った段階で、歪曲された情報を排除するために、選挙管理委員会の正式発表にさきがけて、国連が開票結果の「趨勢」なりとも公言できないのか。あるいは、候補者の間に不規則な動きがでてきた時、国連としてその是非について声明を出せないのか。
(チョイ代表)「開票結果についての国連の権限は、法的には「認証(certification)」だけなのです。つまり、正式発表が出されたあとにしか行動できない。かつては、コートジボワールの国連代表には、「認証」と「裁定(arbitrage)」の両方の権限があった。しかし、ワガドゥグ合意後に改めて国連の任務が規定された時、その「裁定」については、仲介者であるコンパオレ大統領に委ねられたのです。」
(私)「ところが、今回の選挙が一番危うくなる可能性が、その正式発表の前の3日間にある、というわけですね。でも「認証」としての行為はできなくても、少なくとも不規則な事態が起こり始めた時、国連の安全保障理事会の関心事として、チョイ代表が介入できるのではないですか。そして、ソロ首相とも連携し、「裁定」がコンパオレ大統領にあるというならコンパオレ大統領とも連携して、事態を正していくということでしょう。」
そうしたら、米国大使が唐突に言いだした。
(米国大使)「さっそく今日からでも、国連のウエブサイトを立ち上げておくのです。そして、国連側が入手する開票結果調書を、ひとつひとつ丁寧に貼りつけていくのです。2万枚の調書を、整理番号とともに順に貼りつけるのです。そこにある数字が、誰の目にも明らかになるように。透明性の確保が、とても重要だと思います。」
そして、米国は、選挙運動についての不規則事案について、その情報を共有するウエブサイトを立ち上げ、誰にでもアクセスできるように用意している、と皆にサイトのアドレスを紹介した。
ああ、何と能天気な意見だろう。テレビや報道などで、開票結果の数字がどんどん流布される中で、今さらウエッブサイトだろうか。インターネットは万能だと考える、米国人特有の思考の罠に陥っているのではないか。ドイツ大使も同じ感想を持ったようだ。
(ドイツ大使)「いったい、どれだけのコートジボワール人が、インターネットを見ているのでしょう。あまり有効な方法とは思えないですが。」
(米国大使)「国連として、この数字を正式なものとして得ていると、公に知らせることに意味があるのです。」
私は、米国大使の提案に若干いらいらしながら、チョイ代表が頭を整理するのをお手伝いしたいと思った。
そこで手を挙げて言った。
(私)「3つの原則で、行動するべきです。第一に、選挙管理委員会の発表が正式なのだから、あくまでもそれを待つべきだ、と言い続けること。第二に、得票数については選挙管理員会の専管事項であり国連があれこれ言えないとしても、勝手に勝利宣言をする候補者が出た時には、それは認められないと断固拒否はできること。第三に、得票数の勝負によらないで、街に人々を繰り出させて趨勢を決めようとし、あるいは非民主的手段に訴えるような動きには、安全保障理事会の代表としての行動をとること。」
そして昼食会を終え、私は大使館への帰途につきながら、議論を主導してとりまとめ、国連にしっかりした役割を求めたことに、かなり得意な気持ちであった。ところが午後に執務をし、夕刻に書類を片付けているうちに、はっと気が付いた。よく考えてみると、私の考えこそ、たいへん大きな思考の罠に陥っている可能性がある。私は居ても立ってもいられなくなった。チョイ代表が、私の発言のせいで、誤った考えに導かれてはいけない。私は、すぐにチョイ代表に電話をした。緊急に会って話したい。チョイ代表は、自宅にいるので来てください、それで車を飛ばして、夜7時にチョイ代表の自宅に着いた。
(私)「昼食会での議論です。私はあれから考えて、チョイ代表を誤らせかねない発言をしたと気付きました。2点あります。まず、勝手に勝利宣言をする候補者を断固拒否すべき、と述べた点です。これは、その主張の法的な正しさにかかわらず、事実上国連がどちらかの候補者に肩入れしているということになるので、慎重に避けなければならない。つまり、やはり建前として、誰が当選したと考えるかは、コートジボワールの主権事項なのです。国連がこの点に介入すると、悪くすると国連の中立性が損なわれ、もっと悪くすると2006年に起こったように、非難された候補者の支持者から、国連が目の敵にされることになりかねなません。」
(チョイ代表)「その危険は、よく認識しています。国連として、事実上、政治的な意味を持つ行為、どこかの政治勢力を利したり害したりしてしまう行為は、絶対に避けなければならない。当日、どのように事態が推移するのか、慎重に見極めながら、発言するつもりなので、ご安心ください。」
(私)「もう一点は、これは議論の前提をはじめから疑うような問題です。つまり、これまで信じていたことを、信じられるかと疑う話です。これまで、選挙管理委員会の発表する数字が、唯一絶対の真実の数字なのだ、という了解だったですよね。だから、その発表まで待てと。でも、選挙管理委員会がほんとうに正しい数字を作れるのでしょうか。」
(チョイ代表)「なるほど、選挙管理委員会といえども政治的な影響下にある。今度の「シルス社」の件でも分るとおり、野党の影響が強いですからね。中立的な判断ができるとは限らない、そういうことはありえますね。」
(私)「いや、選挙管理委員会自身が、歪曲した数字をでっちあげるだろう、というつもりはないのです。でも、調書を順番に下から上げて、得票を加算していくという方法だと、その過程で歪曲が入りかねないということです。例えば「1」は簡単に「4」や「7」になる。「2」は「8」に書きかえられる。中央に集められる過程で、複数の数字が乱立し、どれが正しい結果なのか分らなくなる。そういうことがありうるということです。アビジャンまで届かない調書も、出てくるかもしれない。」
(チョイ代表)「その挙句に、選挙管理委員会が間違った調書や、不十分な数字に基づいた「最終結果」を発表してしまったら、国連としてそれを認証するもできない。たいへん困難なことになりますね。では、どうすればいい。」
(私)「ここは、米国大使が出した提案が、唯一の解決です。国連は、選挙管理委員会とは別に、開票結果調書を1部ずつ手にすることができる。真の数字を知りうる、唯一の公正・中立な機関なのです。だから、それをウエブサイトを使って几帳面に公にさらす。そうして、選挙管理委員会が公式に発表するべき「正しい数字」を、先に作ってしまうのです。」
チョイ代表は、よく分かった、やってみよう、と言った。私はひとまず安心した。チョイ代表は別れ際にありがとうと言った。こういうときこそ、連帯精神がいちばん嬉しいものだ。一生懸命に考えているのは、あなただけではない。実はそのことを示したくて、こんな夜にチョイ代表の家に押しかけたのだと、そこで我ながらに気づいた。
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