選挙の準備のために必要な資金を、日本と欧州連合(EU)が出す、という枠組みを決めてから、私はたいへん忙しくなった。まず、いろいろと資金の必要について、頻繁に相談を受けるようになった。その副産物として、たくさんの情報が入ってくる。何がどう動き、何がどう動いていないか、私によく知らせておかないと、日本は動いてくれない。だから、皆が情報を持ってくるのである。何であれ情報は、資金を出せばこそ、集まってくるものだ。
とにかく、あと3週間しかない日数の中で、進めなければならない準備があまりにたくさんある。一番重要なのが、身分証と選挙人票を、国民に配布する作業である。身分証と選挙人票は、2008年9月以来、全国国民が身分認定のための登録を行い、その結果、コートジボワール国民として認定された人々に発給される。そこで登録された身分認定のデータをもとに、身分証と選挙人票が欧州で印刷されて、はるばる運ばれてきた。これを全国の国民に配布しなければ、投票を行うことができない。その数、身分証と選挙人票それぞれ570万枚ずつ。これを全国1万6千ヶ所の投票所まで運んで、その地区の人々に一人ずつ交付する。たいへんな作業だ。
身分認定の登録を行った人々は、それぞれ仮登録証を発行されている。人々は、その仮登録証を、投票所まで持ってくれば、身分証と選挙人票が引き換えに公布される、という仕組みである。でも、言うほど簡単ではない。ほんとうに正しい仮登録証であるかどうか、偽造でないか確認しなければならない。それに、あちこちで「俺が代わりに受け取って来てやる」と言って、仮登録証を預かって、身分証と選挙人票を横取りしようとする輩が出て来る可能性がある。奪った他人の選挙人票で、勝手な投票をされては困る。だから、全国1万6千ヶ所の投票所で、選挙要員が厳正かつ公正な手続きに沿って、配布を行う必要がある。
その手続きや、配布の要領を、まず選挙要員に研修しなければならない。それから、彼ら選挙要員に研修を施したら、直ちに全国1万6千ヶ所の投票所に、派遣しなければならない。そのための資金が、大至急必要だ。私のところに相談がきた。話を聞いて、内容を精査し、総額4億2千万フラン(約8400万円)を日本の資金から出すことになった。日本が出す以上は、コートジボワールの人々に、日本の協力で手元に身分証と選挙人票が届いたのだ、ということを、よく知ってもらう必要がある。
10月6日に、身分証と選挙人票の配布が開始されることになった。私は、式典か何かないのか、と聞いた。配布開始の式典があれば、私が出席して、このたびは日本のお金で配布が進むことになったのだ、と押し掛けでもいいから演説をぶってやろう。ところが、もうそんな式典などをしている余裕はなく、一日も早く、身分証と選挙人票の配布を進めなければならない、という。それはそうだろう。でも、何か日本の貢献を印象付けることをしなければ。それで、ここは選挙管理委員会も配慮してくれて、アビジャンの投票所を一つ選んで、そこで身分証と選挙人票が配布されているさまを私が視察する、そして、私がその場で記者会見して説明する、という段取りになった。
さて、演説を用意し、その投票所に行く用意を整えていたら、当日(10月7日)の直前になって、予定変更になった。別の投票所に、ソロ首相が視察に訪れる。そこに一緒に来てほしいという。ソロ首相が視察というなら、私が視察するよりはずっと記事になるだろう。そこで、ソロ首相がこれは日本の貢献であるということを、記者に説明してくれればいいのだ。私は、変更された予定に従って、その投票所に乗り込んだ。
投票所は、ある学校の教室を借用したものであり、投票所の外には、すでに大勢の人々が列を作って並んでいた。中に入ると、狭い部屋に机を並べて、一人ずつ呼びこんで、仮登録証と引き換えに、身分証と選挙人票を手渡す流れ作業になっていた。それを眺めていると、とつぜん騒がしくなり、ソロ首相が到着した。バカヨコ選挙管理委員長を従えている。ソロ首相は、私の顔を見てやぁと挨拶したあと、訝しそうである。なぜ、日本大使がこんなところにいるの。
いかん、ソロ首相は、身分証と選挙人票の配布作業と日本との関係を聞いていないらしい。私はあわてて、ソロ首相に耳打ちする。
「あの、選挙管理委員会と相談して、日本がこの配布作業に資金を出したのです。」
ソロ首相は、あっそう、という顔をしただけ。藪から棒にそう言われても、すぐには理解できないのも仕方がない。ソロ首相は私の焦りをよそに、テレビカメラが映像を撮るなかで、配布作業の様子をていねいに視察している。
選挙要員の女性が、苦労を語る。
「この投票所に運び込まれたのは、5千人分ですが、昨日一日かかって、やっと150人分ほど配布できました。とにかく、身分証と選挙人票がABC順に並んでいないので、一人一人名前を聞いては、全部はじめから順にめくって、その人のものを探し出さなければならないのです。」
そんなのろのろ配っていたのでは、配り終えるのに2週間以上かかるではないか。私は、心の中で心配している。
さて、視察を終えて、ソロ首相が投票所の外に出てきた。集まっている報道関係者の前に立って、いよいよ記者会見である。
「皆さん、身分証と選挙人票の配布は、工程表では10月10日に開始となっているのが、今日はまだ10月7日です。関係者の努力で、予定より早く開始されました。まだ、いろいろ混乱があるようですが、やり方を手直しして、少しでも早く国民皆さんの手元に届くようにします。」
ソロ首相は、意気揚々と語っている。
「とにかく、投票期日までに、できるだけたくさんの人に届くよう、最大の努力をします。もし、投票期日までに届かなくても、投票にくればその場でお渡しするようにします。」
あれ、選挙法上では、投票日の8日前までには、選挙人票の配布が終わっていなければならないという条件が書いてあるのだけれど、この際それは柔軟に解釈しようというわけだ。
「そうだとしても、皆さん、できるだけ早く、身分証と選挙人票を受け取りに来てください。それから、これは私が言明します。この身分証と選挙人票は、国から無料で配布されるものです。いいですか、無料です。引き取りにあたって、お金を要求されることはありません。」
そうなのだ。引換料と交換だ、と言って、不正にお金を得ようとする輩が、必ずや出るのである。ソロ首相は、この国の末端でどういう悪習があるかをちゃんと知っていて、それを今から皆に注意している。
「ここに、日本大使がおられる。」
おう、こっちに来た。ちゃんと日本の貢献を説明してくれるみたいだ。
「日本大使も、こちらに来られて、配布作業が順調に進んでいる様子を目の当たりにして、安心されたでありましょう。」
それだけで、記者会見は終わった。日本から資金が出ているという話は、一言も紹介されずじまいだ。ソロ首相が車に向かい、報道陣の輪は解けた。私は、落胆というか調子を外された。手を上げて何か追加発言するような雰囲気でもない。つまりは、何もできなかった。
翌日の新聞には、ソロ首相の視察の様子が、一番大きな記事で出ている。私も写真に一緒に入り、また日本大使が視察に同行したという記述になっている。日本が選挙の実施に、強い関心を持っていることは、紙面から伺える。でも、どのように日本が関係しているのか、もちろん一行も言及がない。あれだけの資金を日本が出したのに、それがきちんと報道され、周知されなければ、意味がないではないか。私は、どうにか挽回策を講じなければならない。 建物の外で、身分証・選挙人票の交付を待つ人々
まず、身分証の交付
選挙係員から説明を聞くソロ首相
身分証はABC順に並んでいないので、探すのに時間がかかる。
やっと身分証を手にした。
これが身分証
次に選挙人票を交付する。
これも8枚ずつつながっているのを、探して渡す。
10月8日付「友愛朝報」
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