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コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

悪魔は詳細に潜む(2)

2010-09-30 | Weblog
どうも、ただ資金が足りないというだけでなくて、選挙準備の作業を進めていく態勢にも目途が立っていない、という深刻な事態である。以前から、ドイツの事業体(GTZ)が作業を請負うという意思を示してきていて、ドイツ大使などもその根回しに動いていた。ところが、この土壇場になって、いや土壇場になってしまったので責任が取れないといって、そのドイツ事業体は手を引いた。選挙管理委員会は、窮地に立たされている。

ところが世の中は、捨てる神あり、拾う神ありである。ドイツ事業体が手を引いたと知って、手を挙げた事業体がある。事業体というと語弊があるかもしれない。「国連プロジェクト・サービス機関(UNOPS)」という、国連の一機関である。「UNOPS」は、他の国連機関や国などから仕事を請負う、という仕事をしている、一風変わった国際機関である。そして、具体的な事業、開発計画などの管理・運営を専門に行っている。委託元の要望に応じて、事業計画の策定、事業の実施管理、専門家の派遣、研修事業、物資調達などを行う、「何でも屋」の国際機関である。

私が、この「UNOPS」の仕事ぶりを知ったのは、コソボの家屋修復計画であった。あの時は、トラック何千台分という建築資材の調達を、「UNOPS」に委託した。そうしたら、「UNOPS」は、まるで御用聞きが味噌醤油を届けるように、あのコソボの難渋の地に、膨大な量の木材や煉瓦や瓦を、トラックを連ねて運んできた。コソボから帰って、東京で軍縮課長をしているときにも、「UNOPS」の機動力を活用したことがある。アフガニスタン復興支援の一環で、対人地雷除去のプロジェクトを任されたときに、この国際機関に事業計画の策定や実施を手伝ってもらった。

コートジボワールでも、その「UNOPS」が登場してくるとは思わなかった。「UNOPS」は、私の前にいきなり現れた。「GTZ」が手を引いたなら、自分たちにこの事業をやらせてほしい。「UNOPS」は、アビジャンに事務所を新たに開設したうえで、手早くも実施計画策定のための事前調査に取り掛かっていた。日本が資金を出しそうだと、おそらく選挙管理委員会あたりで聞きつけて、私のところに説明に現れたのである。「UNOPS」は、私に言った。リベリアやギニアなどの選挙の実施に実績がある。その選挙実施態勢を、コートジボワールに運び込むだけの話だ。時間が迫っているけれど、自分たちに任せてもらえば、やり上げて見せる。

私は、「UNOPS」という実施機関の目途を得て、意を強くした。実施についての手の内を固めた上で、次に欧州連合(EU)の代表部に、EU大使を訪ねた。
「きわめて率直に申し上げましょう。この土壇場のひと押しに、日本は資金を出してもいい。しかし、日本の資金だけでは足りない。日本だけが出すというのも偏っていて変ではないか、と本国に言われるかもしれない。だから、EUと組みたいのです。日・EU合同で、この最後の選挙支援を打ち出したいと考えます。」
私はそう告げた。

EU大使は、慎重ながらも好意的であった。私はその場で、EUはいくらまで出せるのか、使途にどういう制約があるのか、などについて尋ねた。EU側も、私と同じように、ここ一番で資金が必要ならば、それを支援して、大統領選挙を実現したいと考えていた。ただし、これまで渡した資金について、使い方には満足していない。だから、ふたたび選挙支援の資金提供をするというなら、新しい枠組みできちんと提供したい。私は、「UNOPS」に委託する案を中心にして、時間も限られているので、一気呵成にその枠組みを決めよう、と提案した。私が音頭をとる。

そういう根回しを行っておいてから、私は4者会談を主催した。4者というのは、私、EU大使、バカヨコ選挙管理委員長、チョイ国連代表の4人である。彼らとそれぞれの補佐役の人々を、9月23日、公邸に昼食に招いた。

「今日は社交辞令なしに、物事を動かす算段を相談しましょう。委員長からは、選挙準備の実施態勢について、資金の手当てが必要とお聞きしている。日本もEUも、それに応じて資金を出す用意はあるが、有効に資金が使われるか、日程通りに物事が進むか、必要な政府内部の手続きが取られるのか、そうした心配があります。」
私はそう切り出して、用意してあった一枚紙を配った。紙には、資金手当てを必要とする事項を縦に列挙し、横に金額と実施日程を書きこんである。

議論をこちらの都合に合わせて進めるためには、まず紙を配る。相手がこちらの考え方どおりに頭を整理するように、促す必要があるからだ。私は、紙にあやふやな項目立てや数字を書き込んでおいた。そうすると、まず選挙管理委員長の補佐の人が紙を見ながら、要処理項目について、ここはこう書き直すべきだ、ここに書かれている金額はこう訂正するべきだ、といった指摘を始めた。よしよし、これで正確な情報が判明した。人は、教えてくれといってもなかなか教えないが、間違いを見ると正したくなる。

選挙の投票に向けた準備というのは、現場ではどういう話なのか、私にはよく分らない。私だけでない。おそらく、組織の最高責任者だとかえって、現場の事情が分らないことが多い。しかし、今日の昼食会では、まさにそれぞれの組織の長に、現場で何が問題になる可能性があるのかについて、正確に認識してもらったうえで、必要な決断を行わなければならない。だから、私は現場を知る補佐の人々にも来てもらった。投票はどのように行われるのか。選挙管理委員会は、末端ではどう動くのか。国連には何ができて、何ができないのか。その場で議論しながら、間違いや思い込みを訂正していく。

この昼食検討会は、問題についての正確な認識を分かち合うことには役立ったであろう。そして、
(1)投票に至るまでの準備態勢構築を、選挙管理委員会が「UNOPS」に委託する、
(2)日本とEUとが共同して、必要な資金を提供する、
という枠組みに、おおよその合意ができた。そのために、早急に費用の見積もりを精査し、資金計画を立てることになった。バカヨコ選挙管理委員長は、必要な政府部内での手続きを図るとともに、今回の選挙では最後の詰めのところで日本とEUが共同して後押しをした、ということを、しっかり宣伝すると約束した。

ひとまず成功だ。デザートを出して、あとコーヒーを出す段取りになった。チョイ代表はコーヒーは飲まず、もう次の会合があるので、失礼すると言った。私は、チョイ代表だけを、玄関まで見送りに出た。チョイ代表は、別れ際に、私の肩に手をかけて言った。
「よく纏めてくれた。ありがとう。」
私も、選挙実施の当事者の一人になったような気分である。

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