悪魔は詳細に潜む(the devil is in the details)と言う。物事を企画するとき、全体の筋立ては立派に計画してあっても、具体的に動かすための個別の項目の詰めがおざなりだと、それが原因で、結局はその企画は失敗する。そのことを戒めた言葉である。
大統領選挙を10月31日に行う、という筋立てに従って、大枠のところは着実に進んでいる。選挙に向かう政治的な意思は確認され、選挙人名簿は確定し認証された。10月14日に、公式に選挙運動が開始されるという、日程も明らかにされた。しかし、この日程を支えるために、必要な裏の段取りがある。この段取りがうまく進まないならば、やはり選挙ができないということになりかねない。
その問題は、しばらく前からこちらでも話題にされていたし、バグボ大統領自身が、「協議継続枠組」の後の記者会見で、まだ「実際的な、物理的な問題」が障害になる可能性を示唆している。バグボ大統領は、国民への身分証・選挙人証の配布、投票用紙などの書類の投票所への送付、などの具体的な点を挙げて、この問題を提起している。悪魔が潜んでいそうな「詳細」が、まだまだある。
調べたところでは、これから投票日までに、次のような作業をこなしていかなければならない。これらのどれかでも動かないと、選挙への障害となる。
(1)身分証の全国国民への配布
(2)選挙人証の全国有権者への配布
(3)投票箱その他の選挙用資機材の、投票所(計1万6千ヶ所)への輸送
(4)選挙前々日の、投票用紙他の選挙書類の、投票所への配送
(5)各投票所での選挙事務要員(計6万人)の募集・確保
(6)選挙事務要員への研修・訓練
日本だったら、全国市町村の役場において、選挙事務などはもう手慣れたものである。決められた小学校などの投票所に、いつもどおりの人員体制をつくって、当日に選挙を実施するだけの話である。しかし、コートジボワールでは、もう過去10年選挙が行われていない。その10年の間に、南北が分断される事態を経験し、いまだに全国の地方行政組織が、機能回復したとはとてもいえない状態のままになっている。
そういうなかで、全国1万6千ヶ所以上の投票所の一つ一つに対して、当日に厳正な投票ができるように準備をしなければならない。それらの投票所の多くは、未舗装で車もろくに通れないような道を、ぬかるみと格闘しながら進んでいった先の村にある。それに日本だったら、全国の市町村の役場が、神経を張り詰めて準備に向かうのだろう。しかし、ここコートジボワールでは、物事が予定通りには進まないことのほうが当たり前になっている。そしてこの国の文化では、予定通りに進まなくても、誰も責任を問われない。
これら実務的な作業が、残り40日ほどの限られた日数のうちに、順調に進むかどうかは予断を許さない。せっかく、10月31日という日取りにむけて政治的な決着がつき、あとは一気に選挙に進めば10年来の危機を脱することができるというのに、準備の手配がうまく進まないというような理由で選挙ができなくなるというのでは、歴史的な機会を逃すことになる。
そのようにして、コートジボワールの将来を憂える気持ちもやまやまあるのであるが、私はもう少し功利的に考えている。「必要な時の友が真の友」と言うではないか。あと少しのところで問題が生じて困っているコートジボワールを、日本が助けたらどうだろうか。つまり、この緊急の選挙準備の必要にあって、このバグボ大統領までが心配をしている、選挙準備の「ひと押し」を、日本が押すのである。あと数十日という限られた期間に、まとまった資金を動員できるのは、日本と欧州連合(EU)だけのようである。EUのほうは、年度初めに割当てた予算額がある。日本も、先に割当てた資金で、投票箱などの選挙機材を買ったあとの残高があり、それをすぐに動員できるし、さらに資金を追加捻出する算段もある。
私は、根回しを試みた。まず訪れたのは、バカヨコ選挙管理委員長のところである。選挙管理委員長に私は言った。委員長のご提案で行った投票箱の供与式は、大統領選挙への意気込みを示すことになり、たいへん効果的であったと思います。委員長があの日付を選んで、報道関係者に注目されるように式典を行われた手腕に、敬服いたします。
「いやあ、敬服し感謝するのは、私どものほうですよ。日本には、選挙実施に不可欠な投票箱を供与するという、とても重要な協力を行っていただいた。そのおかげで、コートジボワールは選挙に進むことができるのです。このことには、国民を代表して、感謝の言葉をお伝えしたいと考えます。」
さすが、前外相である。こちらの立場をしっかり立ててくれ、そつがない。
どうでしょうか、委員長のご指導力で、今度こそ大統領選挙が実施できると思うのですが、と話を向ける。
「私たち選挙管理委員会では、10月31日に選挙が実施されると確信しています。何より、3人の政治当事者(バグボ大統領、ベディエ元大統領、ウワタラ元首相)と、ソロ首相の4人が、この日取りで選挙を実施することに強い政治的意思を示していることが、その裏付けです。」
もう、選挙への障害は無いということでしょうか。
「残っているのは、現場の作業のみです。そして、この大詰めの現場の作業に、大きな心配があります。つまり、いくつかの作業について、資金の目途が立っていないのです。投票用紙などの選挙関連文書の印刷など、ある程度の選挙関連予算は、国家予算で賄うことになっており、その支払いも始まったのです。しかし、いくつかの作業については、予算がない。」
どういう作業ですか。
「選挙資機材の搬送です。それから、投票所に詰めて選挙事務を行う係員を、これから採用し、研修させなければなりません。その2つの作業については、資金の問題があります。」
だいたい、事前に調べたとおりの問題があることが、選挙の総責任者の発言によって裏付けられた。
「日本から、この残された作業について、追加的な財政支援をご検討いただければ、たいへん助かるのですが。」
やはり、バカヨコ委員長は日本の資金に期待をしている。
バカヨコ委員長は、さらに内情に踏み込んだ説明をする。
「選挙資機材の投票所への搬送については、これまでドイツの事業体(GTZ)が請負うという意思を表明していたのです。ところが、コートジボワール側がなかなか日取りを決めないでいるうちに、こんな日数が限られてしまっては搬送を完了させる自信がない、と言って、GTZは手を引いてしまった。そういうことで、実情として困っているのです。」
資金だけでなく、これらの作業をどの事業者に請負わせるか、さえもまだ決まっていないようだ。しかもこの事業は、ドイツの几帳面な基準から見れば、すでに困難と判断される水域にまで来てしまっているようである。ドイツも見放したほどの悪魔を、私に退治できるだろうか。
(続く)
大統領選挙を10月31日に行う、という筋立てに従って、大枠のところは着実に進んでいる。選挙に向かう政治的な意思は確認され、選挙人名簿は確定し認証された。10月14日に、公式に選挙運動が開始されるという、日程も明らかにされた。しかし、この日程を支えるために、必要な裏の段取りがある。この段取りがうまく進まないならば、やはり選挙ができないということになりかねない。
その問題は、しばらく前からこちらでも話題にされていたし、バグボ大統領自身が、「協議継続枠組」の後の記者会見で、まだ「実際的な、物理的な問題」が障害になる可能性を示唆している。バグボ大統領は、国民への身分証・選挙人証の配布、投票用紙などの書類の投票所への送付、などの具体的な点を挙げて、この問題を提起している。悪魔が潜んでいそうな「詳細」が、まだまだある。
調べたところでは、これから投票日までに、次のような作業をこなしていかなければならない。これらのどれかでも動かないと、選挙への障害となる。
(1)身分証の全国国民への配布
(2)選挙人証の全国有権者への配布
(3)投票箱その他の選挙用資機材の、投票所(計1万6千ヶ所)への輸送
(4)選挙前々日の、投票用紙他の選挙書類の、投票所への配送
(5)各投票所での選挙事務要員(計6万人)の募集・確保
(6)選挙事務要員への研修・訓練
日本だったら、全国市町村の役場において、選挙事務などはもう手慣れたものである。決められた小学校などの投票所に、いつもどおりの人員体制をつくって、当日に選挙を実施するだけの話である。しかし、コートジボワールでは、もう過去10年選挙が行われていない。その10年の間に、南北が分断される事態を経験し、いまだに全国の地方行政組織が、機能回復したとはとてもいえない状態のままになっている。
そういうなかで、全国1万6千ヶ所以上の投票所の一つ一つに対して、当日に厳正な投票ができるように準備をしなければならない。それらの投票所の多くは、未舗装で車もろくに通れないような道を、ぬかるみと格闘しながら進んでいった先の村にある。それに日本だったら、全国の市町村の役場が、神経を張り詰めて準備に向かうのだろう。しかし、ここコートジボワールでは、物事が予定通りには進まないことのほうが当たり前になっている。そしてこの国の文化では、予定通りに進まなくても、誰も責任を問われない。
これら実務的な作業が、残り40日ほどの限られた日数のうちに、順調に進むかどうかは予断を許さない。せっかく、10月31日という日取りにむけて政治的な決着がつき、あとは一気に選挙に進めば10年来の危機を脱することができるというのに、準備の手配がうまく進まないというような理由で選挙ができなくなるというのでは、歴史的な機会を逃すことになる。
そのようにして、コートジボワールの将来を憂える気持ちもやまやまあるのであるが、私はもう少し功利的に考えている。「必要な時の友が真の友」と言うではないか。あと少しのところで問題が生じて困っているコートジボワールを、日本が助けたらどうだろうか。つまり、この緊急の選挙準備の必要にあって、このバグボ大統領までが心配をしている、選挙準備の「ひと押し」を、日本が押すのである。あと数十日という限られた期間に、まとまった資金を動員できるのは、日本と欧州連合(EU)だけのようである。EUのほうは、年度初めに割当てた予算額がある。日本も、先に割当てた資金で、投票箱などの選挙機材を買ったあとの残高があり、それをすぐに動員できるし、さらに資金を追加捻出する算段もある。
私は、根回しを試みた。まず訪れたのは、バカヨコ選挙管理委員長のところである。選挙管理委員長に私は言った。委員長のご提案で行った投票箱の供与式は、大統領選挙への意気込みを示すことになり、たいへん効果的であったと思います。委員長があの日付を選んで、報道関係者に注目されるように式典を行われた手腕に、敬服いたします。
「いやあ、敬服し感謝するのは、私どものほうですよ。日本には、選挙実施に不可欠な投票箱を供与するという、とても重要な協力を行っていただいた。そのおかげで、コートジボワールは選挙に進むことができるのです。このことには、国民を代表して、感謝の言葉をお伝えしたいと考えます。」
さすが、前外相である。こちらの立場をしっかり立ててくれ、そつがない。
どうでしょうか、委員長のご指導力で、今度こそ大統領選挙が実施できると思うのですが、と話を向ける。
「私たち選挙管理委員会では、10月31日に選挙が実施されると確信しています。何より、3人の政治当事者(バグボ大統領、ベディエ元大統領、ウワタラ元首相)と、ソロ首相の4人が、この日取りで選挙を実施することに強い政治的意思を示していることが、その裏付けです。」
もう、選挙への障害は無いということでしょうか。
「残っているのは、現場の作業のみです。そして、この大詰めの現場の作業に、大きな心配があります。つまり、いくつかの作業について、資金の目途が立っていないのです。投票用紙などの選挙関連文書の印刷など、ある程度の選挙関連予算は、国家予算で賄うことになっており、その支払いも始まったのです。しかし、いくつかの作業については、予算がない。」
どういう作業ですか。
「選挙資機材の搬送です。それから、投票所に詰めて選挙事務を行う係員を、これから採用し、研修させなければなりません。その2つの作業については、資金の問題があります。」
だいたい、事前に調べたとおりの問題があることが、選挙の総責任者の発言によって裏付けられた。
「日本から、この残された作業について、追加的な財政支援をご検討いただければ、たいへん助かるのですが。」
やはり、バカヨコ委員長は日本の資金に期待をしている。
バカヨコ委員長は、さらに内情に踏み込んだ説明をする。
「選挙資機材の投票所への搬送については、これまでドイツの事業体(GTZ)が請負うという意思を表明していたのです。ところが、コートジボワール側がなかなか日取りを決めないでいるうちに、こんな日数が限られてしまっては搬送を完了させる自信がない、と言って、GTZは手を引いてしまった。そういうことで、実情として困っているのです。」
資金だけでなく、これらの作業をどの事業者に請負わせるか、さえもまだ決まっていないようだ。しかもこの事業は、ドイツの几帳面な基準から見れば、すでに困難と判断される水域にまで来てしまっているようである。ドイツも見放したほどの悪魔を、私に退治できるだろうか。
(続く)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます