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煉獄さんぽ 〜鬼滅の刃 煉獄杏寿郎さんの出身地を巡ってみた〜

鬼滅の刃では、炭治郎と煉獄さんが一等好きです。

そして推しの解像度を上げるために、聖地巡礼をするのも好き。そのため先日はパートナーと一緒に、煉獄さんの出身地・世田谷区桜新町近辺をぶらりお散歩して参りました。

煉獄さんの出身地と時代

公式ガイドブックによると、煉獄さんの出身地は東京府荏原郡駒澤村(世田谷、桜新町)。年齢は20歳。誕生日は5月10日。

藤襲山で戦った手鬼と一話炭治郎の発言から、物語開始は大正2年(1913年)新暦1月後半〜2月上旬と推測。そこから煉獄さんの生年が明治28〜29年(1894〜95年)、没年が大正4年(1915年)と仮定します。無惨を倒したのが翌年大正5年(1916年)ではないかと考えているのですが、その後に彼らが繋いだ世界の余韻も含め、明治28年(1894)年〜大正12年(1923年)あたりに思いを馳せることにしました。

まず駒沢村(駒澤村)の呼称は明治22年〜大正12年までのものです。場所はざっくり以下、青いラインの範囲。そのうち現在の世田谷区桜新町となると、赤いラインの範囲になるので、かなり狭まります。

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しかし桜新町は住宅地なので、観光という点で巡るのは少々難しい。そのため煉獄さんが生きていた時代にあった神社仏閣、参考資料になるものを見たい、煉獄さんが生きていた近辺で美味しいものを食べたいという視点で道筋を検討しました。

余談ですが、江戸時代の旅人は「男十里に女九里」と言われるほど。男性はフルマラソンのようなスピードで一日に約40Km歩いたと言いますが、生活圏内や移動範囲と言うのはどのくらいの範囲だったのでしょうね。

そう考えると“煉獄家近辺”の判断が悩ましかったのですが、徒歩1時間圏内であれば“出身地の近く”と言えるのでは。そんな意図で、地図が全く読めない私に代わり、パートナーがこの日のルートを決定しております。

世田谷区代官屋敷・世田谷区郷土資料館

まずは東急世田谷線上町駅を下車。そこから徒歩数分の距離にある世田谷区代官屋敷と郷土資料館へ向かいました。このふたつは同じ敷地内にあり、両方とも入場料無料で入ることが出来ます。

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代官屋敷は住宅の保存のために解体修理をされているそうですが、内蔵は大正12年に建て替えられたもの。今回の趣旨からは外れますが、代官屋敷は立派な茅葺きの屋根に深みのある色の縁側、草木の生い茂った庭園は趣がありますね。

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郷土資料館は二階建てで、一階は本や映像といった資料の閲覧が出来るコーナー、二階が展示になっております。二階の展示は原始古代・中世・近世と分かれており、お目当ての大正時代前後のものとしては、区画の変遷や玉川電気鉄道についての資料が多くありました。

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そもそもは農村地帯であった世田谷。それが明治末期以降、交通網の整備や耕地整理・区画整理と共に宅地化が進み、戦後の急速な人口増加によって住宅都市へと変貌を遂げます。

玉川電気鉄道が開通したのが明治40年(1907年)のことで、この通称玉電の開通後に、旅客誘致のために遊園地やプールが作られ、電力供給事業や住宅地の分譲など沿線の開発が進みました。

煉獄家があると思しき現在の桜新町付近にも、かつては新町という駅がありました。煉獄さんは、物心つく頃から路面電車の走る町で暮らしていたのですね。玉電の開業当時の運賃は1区3銭(当時のコーヒー1杯、そば1杯と同じ値段)だそうで、当時の物価としてはかなり高額の電車賃を惜しみ歩く人の方が多かったとか。煉獄さんも頻繁に電車に乗っていたということはないかもしれませんが、幼い頃にはまだ健勝であった母親と一緒に玉電に乗り、多摩川沿岸まで行楽に行った。そんな穏やかで幸せな思い出があるかもしれません。

ちなみにこの玉川電気鉄道は昭和44年(1969年)に廃止になっておりますが、当時運行していた路面電車には、現在も明治村で乗車することが出来ます。

また、博物館一階では一部資料の購入をすることが出来ました。

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参考に資料を二冊、それと明治14年(1881年)と昭和4年(1929年)の地図を購入。冊子の中身は社会生活・衣食生活・生業・学校・年中行事・信仰など、項目ごとに分かれており、明治〜昭和初期の人々の生活が具体的に見えてきます。またぴたり合致する年代のものはありませんでしたが、地図からは当時の煉獄家周辺の景色を推測することが出来そうです。
自宅に帰り、明治14年の(1881年)新町付近を色分けしてみたものがこちら。

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大山街道に沿って住宅が立ち並び、住宅の裏手には畑が、その背後には更に広く雑木林が続いております。近代化の進んだ大正時代。しかし都心部を離れると、まだまだこうした長閑な情景が広がっていたことを実感しました。

浄光寺

郷土資料館の次に向かった先は、代官屋敷のほど近くにある浄光寺へ。こちらは文安元年(1444年)開基という歴史ある寺院で、墓地には世田谷領の代官を務めた大場家累代のお墓があります。

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なお寛政8年(1796年)の建立時に茅茸だった本堂の屋根は、昭和28年(1953年)に瓦葺に変え今日に至ります。大正時代とは姿を変えておりますが、長くここにある歴史的な建物のひとつです。

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境内は住宅地にありながら豊かな木々に囲まれ、特に本堂に向かって右側にある銀杏は大きくどっしりとした佇まい。良く晴れたこの日には、きらきらしく映りました。

久富稲荷神社

その後、浄光寺を出て南の方面に向かって歩くと、20分程で特徴的な参道に出会いました。

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表通りから二百七十坪に及ぶ長い参道は左右を住宅に挟まれ、家々の合間、いくつもの鳥居をくぐった先に、ようやく社殿が見えます。

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こちらの久富稲荷神社は古くから氏神様として敬われてきたそうで、煉獄家最寄りの神社の可能性が高いと思い訪れました。この日も境内には七五三のお参りをされている家族がいらっしゃって、皆さんでお写真を撮る姿は和やかなものです。

大正時代に行われていた催しを確認することは出来ませんでしたが、現在のお祭りは10月22日。その日は参道にお店も出て、賑やかに行われるそうです。その他に初詣、節分、初牛をはじめ各行事があり、そういった四季折々に、煉獄さんもこの場所を訪れたかもしれません。千寿郎くんが物心つく頃には母がなかったと言いますから、煉獄さんが父や母に代わり千寿郎くんを縁日に連れて行ってあげたかもしれませんね。


岡本民家園

久富稲荷神社を出まして、次の目的地までは歩いて40分程。しかしここで時間が切迫し、徒歩では施設の入館時間に間に合わなくなってしまったため、急遽タクシーで向かいました。

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坂道の多い道を車で走り15分。到着した岡本民家園は江戸後期の典型的な農家の家屋を再現したもので、室内には囲炉裏があり、土間に入ると先程まで火を炊いていた名残で燻煙の香りがしました。土間には竈があり、外に排水が出来る仕様や、炊事場の作りが細かに分かります。

時代的に少々大正期より以前のものにはなりますが、大正前期の農村地ではこういった家屋がまだまだ見られたのではないかと思い、足を運びました。
平時ならばここで昔ながらの生活や風習を体験出来る行事があるのですが、現在は感染症拡大防止のために開催中止になっていたことが残念です。

岡本静嘉堂文庫美術館

岡本民家園を出ると急勾配の階段があり、その階段を登りきったところで、岡本静嘉堂文庫美術館の裏側に出ました。岡本民家園の方に教えて頂いた最短ルートです。
岡本静嘉堂文庫美術館には常設展示がなく、企画展のみ。この日は現在開催中の展覧会「能を巡る美の世界」を見るために訪れました。

煉獄さんのご趣味である「能や歌舞伎、相撲観戦」の一端に触れてみたい思っていた矢先の、嬉しい巡り合わせです。

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そうはいっても、今までに一度も能舞台を観たことがない私に、今回の展示は少々敷居が高い。そう身構えましたが、実際には喜怒哀楽の如何とも言い難い能面をまじまじと見るのは面白く、またそれらを守る面袋の織り柄、螺鈿と金貝で文字が描かれている箪笥の美しいこと。精巧な技術を間近に見るのことの出来る展示は、素人目にも素晴らしかったです。特に身の丈よりも大きな刺繍画は、糸の一本一本の流れまでも見られる距離感で、大変な迫力がありました。

ちなみに今回のメインの展示であった能面の基本型は約60種、今日では二百数十種もあるといわれ、殆どの場合は役専用の面はなく、演目によって種類が決められているそうです。その他、曲や進行、話の構成にもいくつかのパターンがあるそうで、能舞台を観る前には事前にストーリーを確認しておくとより深く楽しめるとのこと。

能といえば戦国以降は豊臣、徳川と長く武家に保護され発展した文化。その一方で、庶民の間でも愛され、また明治期には一般の人々も楽しめる芸能として盛り返したと聞きます。大正時代の人々にとって、能とはどのくらい身近なものであったのか。その距離感が分かりかねるのですが、私的には煉獄さんのご趣味のラインナップは、煉獄さんの教養や情緒、育ちの良さを感じる要素のひとつです。


多摩川河川敷

さて、岡本静嘉堂文庫美術館を出ると、すぐ目の前には異国情緒溢れる洋館が。今回は裏口から入ってしまいましたが、そもそも美術館は岡本静嘉堂緑地の中にある建物のひとつで、隣に建つ岡本静嘉堂文庫は日本および東洋の古典籍などを収蔵する専門図書館です。

周辺は都会の一角とは思えないほどにうっそうと木々が茂る岡本静嘉堂緑地。そんな豊かな自然を背に住宅地をゆるり歩くと、今度は徒歩20分程で多摩川の河川敷に行き当たります。煉獄さんに思いを巡らせながら巡る、今回の“煉獄さんぽ”の終着点です。

現在の二子玉川駅南側にあたる多摩川沿いは、大正時代には料亭の立ち並ぶ歓楽街。主だった料亭がそれぞれで何艘かの屋形船を持っており、客の前で鮎などの川魚を取って振る舞ったそうです。水深のある岸辺に浮かぶ納涼船に、浅瀬で水遊びを楽しむ人たち。そんな夏の賑わいを写した昭和初期の写真も残っており、多摩川がいかに大人から子供まで多くの人々が集まった憩いの場であったかを見て取れます。
今も夕方の河川敷には多くの人があり、そして遠目には富士山を臨むことが出来ました。

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日が暮れる時間でも、鬼を恐れることなく過ごすことが出来る現代。おそらく今も昔も変わらぬであろう多摩川と富士山と夕焼けという景色を眺め、煉獄さんが繋いだ世界にいるという実感を得たところで、今回の逍遥を終えたいと思います。お疲れ様でした。

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オマケの世田谷モグモグ美食話

道中で美味しいものを食べることも、散歩の醍醐味。そういったわけで、この日食べたものをいくつかご紹介させて下さい。

①手作り台湾肉包 鹿港
http://www.lu-gang.net/

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上町から代官屋敷に向かう途中にある、手作り台湾肉包のお店。テイクアウト専門店ですが、公式サイトからは通販も出来ます。
私は肉まんと、カレー肉まん、冬瓜茶を頂いたのですが、特筆すべきは皮のふわふわとした食感と甘さ。中の具がシンプルな優しいお味なこともあって、パクパクと食べられます。うまい!

②砂の岬
http://www.sunanomisaki.com/

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浄光寺から久富稲荷神社に向かう途中にある、インド料理のお店。蔦に覆われた外観で、中はカウンター席とテーブル席がふたつ。小さく可愛らしい店内には大きな刺繍のワッペンでお店の名前が掛けられており、独特な雰囲気あるお店です。
この日の日替わりカレーはラム肉のキーマカレーで、カリフラワーのクートゥー、ボリヤルなど、風味豊かなミールスを楽しみました。うまい!うまい!

③CINNABON
https://www.jrff.co.jp/cinnabon/

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多摩川河川敷からほど近く。二子玉川駅直結二子玉川ライズ内にある、シナモンロール専門店です。たっぷりのシナモンペーストとクリームチーズフロスティングでコーティングされたシナボンクラシックは、一日の散歩で消費したはずのカロリーを一瞬で取り戻す魔のスイーツ。うまい!うまい!うまい!

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