現実に裏切られる分析
元「幹部自衛官」で、今は小説家として人気を博している数多久遠氏は、クルスク侵攻には、「将来の交渉における領土交換を目指したものである可能性が高い」と、岩田氏と同じ政治的効果への期待を表明した。
数多氏は、岩田氏同様に、直近では停戦の機運が遠のいて、戦争継続の見込みが高まったことを、そのこと自体が良いこととして、ウクライナに有利な結果として評価した。
数多氏は、さらに具体的なウクライナの利益も列挙した。たとえば、スジャ占領は、ロシア国内の補給路を分断するうえで意味が大きい、と強調した。なぜなら「ロシアは、クルスクからスジャを経由してベルゴロドに向かっていた鉄道輸送が不可能にな」ったからだという。しかし数多氏自身が、「ベルゴロドには別方向からも鉄道が延びているため、完全に補給が途絶えたわけではありません」というように、なぜスジャがそこまで補給路として重要なのかは、不明である。クルスクから直接ベルゴロドに向かう鉄道路もある。
数多氏は、「東部での戦闘では、ウクライナ軍の苦境が伝えられていたため、これらの地域では、多少なりとも戦力バランスが好転するでしょう」と予言していたが、これも過去1カ月の現実には裏切られている。数多氏は、「戦線の拡大による局地的な戦力バランスの改善は、大きな戦略変更としてウクライナ側を利することでしょう」と総括しているのだが、なぜ戦線を拡大するとウクライナが有利になるのかという理由は、せいぜい、拡大前の時期が辛かったから(変えたい)、といった程度の論拠である。
あとはアメリカがこれを機会に兵器使用の制限を緩和してくれれば、ウクライナにメリットがある、という点にこだわっている。だが果たしてクルスクを侵攻すると、欧米諸国は要請に答えたくなる、と言うのは、合理的な推論だろうか。そもそも、より本質的には、武器使用制限の緩和は、戦局を完全にひっくり返すほどの決定的な意味を持っているのか? クルスク侵攻でウクライナ軍の損失は、その過大な期待を考えれば、合理的だと本当に言えるのか? という問いがある。欧米諸国が要請に応じることを願うということと、クルスク侵攻作戦の合理性が確証されていると主張することとは、別次元の事柄である。