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圭佑と女神の配信劇

作者:ゴミ(41)
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第4話 覚醒の王

 
前書き
尻から謎の汁が垂れて止まりません。介護してくれる助士大募集だで。 

 
 エラーで配信が切れ、静寂が訪れる。俺は、今しがた唇に触れた玲奈の柔らかい感触と、モニターに表示された天文学的な同接数に、完全に思考が停止していた。

「……どういうつもりだ?」やっとのことで絞り出した声は、自分でも驚くほど冷たく響いた。

「俺みたいな男と絡んで、炎上したいのか!? あんたまで、俺みたいに不幸になりたいのか!?」

 俺が受けた心の傷が、膿のように溢れ出す。人間なんて信じられるものか。

 玲奈は、潤んだ瞳で俺を見つめ返すと、少し怒ったように言った。

「……勝手なこと言わないでよ。神谷さんがアイドルプロデュースするって言うから、嫉妬しただけよ……責任、取ってよね?」

「……帰らせてもらう。世話になったな」

 その言葉の真意を測りかねた俺は、自らの不器用な優しさを、拒絶という刃に変えて、彼女と、この甘すぎる城から逃げ出そうとした。



 決意して玄関の扉を開ける。

 その先に、彼女が立っているとは、思いもせずに。



「お姉ちゃん! 配信見てたよ!? ズルいっ!」



 鬼の形相で仁王立ちしていたのは、学校帰りの莉愛だった。彼女は、ぷんすかと頬を膨らませ、俺と姉を交互に睨みつける。

「モデルの撮影、早く終わらせてタクシーで飛んできたんだから!」

「お姉ちゃんがキスでKくんを落す気なら、私は手料理で胃袋を掴むから! お姉ちゃん、昔から料理だけは壊滅的にヘタなんだからねっ!」

 そのあまりに子供っぽい宣戦布告に、玲奈は「そ、そんなことは…」と狼狽えている。

 修羅場の真ん中で呆然と立ち尽くす俺の、その緊張感をぶち壊すように、

 ぐぅぅぅぅぅ…。

 俺の腹の音が、情けなく響き渡った。



 その音に、張り詰めていた空気がふ、と緩む。莉愛がぷっと噴き出し、涙を拭いながら笑った。

「…そっか。お腹空いてるんだ。任せて!」

 彼女はキッチンに駆け込むと、冷凍庫から取り出した市販のハンバーグを焼き始め、その上に完璧な半熟の目玉焼きを乗せ、特製だというデミグラスソースをたっぷりとかけた。「はい、お待たせ! 私の愛情たっぷり、手作りハンバーグだよ!」と、満面の笑みで差し出す。



 その、温かいハンバーグを前にした瞬間、俺の目から、訳もわからず涙が溢れ出した。止まらない。

「え、どうしたの? Kくん?」莉愛が慌てて俺の顔を覗き込む。

「……莉愛の優しさが、身に沁みたのかしら」隣で見ていた玲奈の瞳も、潤んでいた。

「……ありがとう」

 俺は、嗚咽交じりに、それだけを言うのが精一杯だった。

「もー、口開けて、Kくん」

 莉愛はハンバーグを小さく切り分けると、俺の口元に持っていく。

 俺が素直に口を開けて食べると、肉汁とデミグラスソースの優しい味が口いっぱいに広がった。

「……美味い」

「でしょ! だから、男でしょ? もう泣かないの!」

 莉愛は、そう言って俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。



 食事の後、未成年である莉愛は家に帰る時間になった。執事の車が迎えに来るまで、俺たちは三人で玄関ホールで待機する。やがて現れた黒塗りのセダンに乗り込む直前、莉愛は俺の前に立つと、背伸びをして、俺の唇にチュッと軽いキスをした。

「……これで、おあいこだね、お姉ちゃん」

 悪戯っぽく笑い、彼女は車に乗り込んでいった。



 翌朝、玲奈も大学へ行き、俺は一人で豪邸に残された。

 俺はスマホを取り出し、ゲリラ配信を開始する。

「よう、お前ら。昨日の続きだ。今日は、この城のルームツアーでもするか。このシルバーのカードキーがあれば、昨日開かなかった部屋も入れるらしい」

 俺はシルバーのカードキーをかざし、昨日開かなかった部屋のドアを次々と開けていく。トレーニングジム、プール、そして、巨大なスクリーンが設置されたシアタールーム。

「うおっ、マジかよ! ここで映画見たりゲームとかしたら、最高だろ……!」

 庶民的な俺のリアクションに、『K、完全に成り上がったなw』『ここでホラゲ実況してほしい!』とコメント欄が沸く。その熱狂に、俺はすっかり舞い上がっていた。

「いいな、それ! この大画面でやったら、絶対面白いよな!」

 俺は配信に夢中になるあまり、手にしていたスマホとシルバーカードキーを、無造作にシアタールームのテーブルの上に置いた。

 その時、玄関のチャイムが鳴った。

「ん、誰か来たみてえだ。悪い、一旦……」

 言いかけた瞬間、配信画面がフリーズし、ブツッと音を立てて暗転した。電波障害か、何かのエラーだろう。



 配信を止め、玄関に向かうと、そこには昨日注文した機材を運んできた業者たちが立っていた。

「スタジオはこちらでよろしかったでしょうか?」

「ああ、こっちだ」

 俺は業者をスタジオルームへと案内するが、そのドアが開かない。ポケットを探るが、シルバーカードキーが見当たらない。

(どこに置いたんだっけ? ……そうだ、さっきのシアタールームか! でも、業者を待たせるわけにはいかないし…)

 困惑する業者を前に、俺が途方に暮れていると、ふと、ポケットの中のもう一つのカードキーの存在を思い出した。莉愛がくれた、ピンクゴールドのカードキー。

(ダメ元でやってみるか…)

 それをドアのパネルにかざすと、カチリ、という電子音と共に、重厚な扉が静かに開いた。



 午後、俺たちは桐島弁護士の事務所を訪れていた。広々としたオフィスで、桐島はノートパソコンの画面を俺たちに見せる。そこには、俺のチャンネルのコメント欄や、SNSのリプライ、掲示板の書き込みが、びっしりと表示されていた。

「神谷さんへの誹謗中傷に関する発信者情報開示請求は、すでに着手しています。ご自宅に届いた葉書なども、筆跡鑑定や指紋検出を行い、犯人を特定します」

「桐島、どれくらいかかりそう?」

 玲奈が冷静に尋ねる。

「三ヶ月と言いたいところですが…二ヶ月でなんとかします」

「もっと早くできないの?」

 莉愛が、もどかしそうに口を挟む。

「お嬢様、これが限界です」

 桐島は、静かに答えた。

(この時が来たんだな……)

 俺は、固唾を飲んで画面を見つめていた。

 桐島は、そんな俺の覚悟を見透かすように、真っ直ぐな目で告げた。

「神谷さん。……長い戦いになりますよ」



 事務所からの帰り道、莉愛が「話は決まり! じゃあ、次はプロデューサーの『見た目』でしょ!」とスマホを取り出し、タクシーを呼ぼうとする。

 俺は、そんな彼女の手を、静かに制した。

「莉愛。もう、逃げる必要はないだろ?」

 俺は、玲奈と莉愛に、それぞれ手を差し出す。

「三人で、仲良く手を繋いで歩こうぜ」

 俺のその言葉に、二人は顔を見合わせ、幸せそうに微笑んで、俺の手を握った。その様子を見ていたSPたちが、周囲に鋭い視線を配る。

「お嬢様を頼みます、神谷さん。我々が、全力でお守りします」



 向かったのは、都心の一等地に佇む高級ブランドのブティックだった。

「絶対こっちのストリート系が似合うって! Kくん、若返るよ!」

 莉愛が持ってきた服に、玲奈が眉をひそめる。

「いいえ、莉愛。神谷さんには、もっと落ち着いた、知的なスタイルの方がお似合いよ。こちらのテーラードジャケットなど、どうかしら」

「えー、お姉ちゃんのセンス、おじさんくさーい!」

「莉愛こそ、子供っぽいわよ」

 鏡の前で、俺を巡る二人のコーディネートバトルが始まった。その光景に戸惑っていると、莉愛が目を輝かせた。

「Kくん、モデルとかどうかな?」

「いいじゃない。うちの系列のモデル事務所に、マネージャーとして話を通しておくわ」

 玲奈が即座に同意する。

「……マジかよ」

 俺の呟きは、二人の熱狂にかき消された。

 その時、俺の口から、無意識に言葉がこぼれていた。

「…玲奈さん。その服も素敵ですが、あなたの本来の魅力を、少しだけ隠してしまっている気がします。貴女は、もっと…強くて、華やかな色が似合う。こういう…」

 俺が選んだ大胆なドレスに着替えた玲奈は、まるで「月」から「太陽」へと変貌したかのように、圧倒的なオーラを放ち始めた。

「莉愛も。その服も可愛いけど、君の元気さを活かすなら、もっとポップな色使いで、少しボーイッシュな要素を入れた方が、ギャップで可愛さが際立つと思う」

 俺のアドバイス通りに着替えた莉愛は、ただの美少女から、誰も敵わない「無敵のアイドル」へと昇華されていた。



 これまで俺がネットの世界で、何千、何万というコンテンツを見てきた経験。その膨大なデータが、俺の脳内で**「プロデュース能力」**として蓄積されていたのだ。俺は、この時初めて、自分の中に眠っていた「才能」の存在に気づいた。



「お姉ちゃん、Kくんすごい…!」

 莉愛は興奮した様子でスマホを取り出すと、変貌を遂げた俺たち三人の姿を撮影し、こう呟いてSNSに投稿した。

『新生Kスケ、爆誕! プロデューサーは、神でした。#KスケPの神コーデ』



 その投稿は、瞬く間に拡散された。

 数時間後には「#KスケPの神コーデ」がトレンド1位を獲得。ネットは「あの地味なKスケが!?」「隣の女、美人すぎだろ…」「このプロデューサー、本物か?」と、熱狂の渦に包まれていた。



 夜。リビングでは、玲奈がノートパソコンに向かい、驚異的な速さでキーボードを叩いていた。その隣で、俺と莉愛は固唾を飲んで画面を覗き込んでいる。

 カタカタカタ……ターン!

 小気味良い最後のエンターキーの音と共に、玲奈が静かに告げた。

「――できたわ」

 モニターに映し出されていたのは、洗練されたデザインと、俺たちの理念が完璧に表現された**「Kスケ『ガチ恋彼女オーディション』特設応募サイト」**だった。

「すげえ……」

「お姉ちゃん、さすが!」

 俺と莉愛は、思わず感嘆の声を漏らした。

 その時、莉愛のスマホが鳴った。

「あ、爺がお迎えに来たみたい。私、もう帰るね」

 莉愛は名残惜しそうに立ち上がると、俺に向かって悪戯っぽくウインクした。

「オーディションの報告、楽しみにしてるからね!」

 そう言い残し、彼女は上機嫌で玄関へと向かっていった。



 静かになったリビングで、俺は玲奈と二人、ノートパソコンの画面を見つめる。時計の針が、運命の0時を指そうとしていた。

 SNSの熱狂を背に、玲奈がサイトを公開する。



 その、直後だった。

 ピコン、と静かな通知音が響く。サイト公開と同時に、一件の応募通知が届いたのだ。

 その応募者のプロフィール画面を開いた玲奈が、息を呑んで俺にモニターを向けた。



【氏名】佐々木美月(みつき)

【応募動機】かつて私が犯した過ちを、償いたいです。もう一度、彼を信じさせてください。



 そこには、スーツ姿で控えめに微笑む、佐々木さんの顔写真があった。

 美月、か。

 俺は、もはや怯えるだけの被害者ではなかった。

 SNSの熱狂が、世間が、そして何より隣にいる女神たちが、俺に自信を与えてくれていた。



 俺は、プロデューサーとして、自らの「過去」と対峙する時が来たことを知った。

「…オーディションに、呼んでくれ」



 それは、怯えていた青年の言葉ではなかった。

 自らの物語の舵を、自分の手で握ると決めた、覚醒した王の第一声だった。 
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