マスメディアの信頼回復と市民の役割
透明性の欠如による腐敗
マスメディアに透明性向上を求めるのは至難の業である。彼らは透明性のなさで商売をしてきたのだから。
彼らにしか得られない、秘密の情報源からニュースが生まれるかのように今まで装ってきた。制作過程はブラックボックスで、事実を曲げて都合よくでっちあげることは日常茶飯事であり、彼らはそれを「演出」というのだった。だが、SNS時代はそういったまやかしが通用しない。マスメディアに騙された人間がSNSで当事者発信したり、誤った情報をみなで検証したりすることが可能なので、隠し通すことはできないのだ。
にもかかわらず、透明性や説明責任を求められると、彼らは報道の自由を盾にして拒む。報道の自由は、わたしたちの知る権利にこたえるためにメディアに与えられている特権なのに、不正を隠す手段になってしまっている。
このようにしてマスメディアが体面を保とうとすればするほど、世間の人々の不信感は増すし、組織内部も腐っていく。危機感があっても変われない。衰退の一途である。
衰退を食い止めるには社会的な信頼を取り戻すしかないのだが、その努力を大手メディア各社が本気でしているようには見えない。信頼できるメディアを目指すとか、情報の参照点になるとか、掛け声だけは立派だけれど、具体的にどうするのかが見えてこない。
検証を通じて責任を引き受けること
彼らが何を言っても真剣味がないのは当然で、いままでの誤報・虚報・不祥事の徹底検証をしないからだ。検証をしないのは、過ちを認めて責任を引き受けるのを避けるためだろう。たとえ訂正・謝罪がなされたとしても、原因究明と責任の所在の明確化をしないのなら、それは謝罪ではなく反省でもない。何か問題が発生するたびに「再発防止策」なるものを打ち出すが、検証もせずにまともな再発防止策が立てられるはずもない。だから同じ過ちを何度でも永遠に繰り返すのだ。
性懲りもなく誤報・虚報を出し続け、捏造や歪曲を日常的に繰り返している相手を、どうやって信頼せよというのか。視聴者、市民、国民に信頼の押し売りをするのではなく、信頼に足る報道姿勢を整えることが筋ではないのか。
マスメディアはSNSの情報をちゃっかり利用しつつ、フェイクだデマだと貶めて政府による規制の片棒を担ごうとするが、まずは自らの虚偽・欺瞞と向き合うべきである。今までの誤報、虚報、虚偽、捏造をすべて洗い出して原因と責任の所在を究明し、原因を取り除き、責任者を処分する……再発防止策を専門家を交えて作る……など、当たり前のことをすればいい。大手メディア各社が検証過程とその結果を包み隠さず公開すれば、マスコミ不信はかなり和らぐだろう。不信の解消は業績不振の緩和にもつながる。
ただ、大手メディアはきわめて閉鎖的な業界・組織であるから、透明性の向上に向けた自助努力は期待できない。自浄作用が働きにくい業界には、外からの圧力が必要だ。しかし、旧ジャニーズ事務所問題のように海外メディアの報道をきっかけに問題が表面化しても、その後の対応が業界内でうやむやにされてしまっては意味がない。
市民が果たすべき役割
鍵は私たちが握っている。いまや受信者にとどまらず発信者でもある市井の人々が。
一人ひとりが受け身の消費者ではなく主体的な当事者として、マスメディアの腐敗と衰退を社会問題として捉えること。うっぷん晴らしの「マスゴミ叩き」ではなく、妥当性あるマスコミ批判を展開すること。社会においてマスメディアはどのような役割を果たすべきなのか、文字通りの意味での「媒介者」のあり方を考えること。国家権力と市民の間をつなぐ存在としてのメディアはどうあるべきかを考え、問いかけていくことが必要なのだと思う。
わたしたちは自分にふさわしい質のメディアしか得られないのかもしれない。よりよいメディアを求めるのであれば、自らも利害関係者としてマスメディアの問題に主体的に関わっていかねばならない。メディア不信/不振はメディアだけの問題ではなく、社会全体の課題なのである。
(注)私の知る限り、テレビ番組での誤報・虚報の検証をまともにやっている事例は、「セシウムさん」事件を起こした東海テレビ以外にない。彼らは検証番組を作って誤報と向き合った。
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