メディア不信が生む新たな信仰~陰謀論と巨大DPF
マスメディアが信じられないとなれば、信じる対象を他に求めることになる。何も信じずにいられるほど、人は強くない。
個人レベルでは、陰謀論に傾倒する人が増えていく。「マスコミは噓ばかり、ネットには真実がある」という見方を斜めの方向に推し進めていくと、ほぼ確実にそういう世界に行き着いて、帰ってこられなくなる。陰謀論は一種の信仰だから、脱け出すのは困難をきわめる。「脱洗脳」の手法を使ったりしないと、ダメかもしれない。
社会全体としては、マスメディアが形作っていた共通認識が薄れて、他者と話が通じにくくなる。局所的な小さいナラティブばかりになり、プチ教祖が大量発生。オンラインサロンの流行も「推し活」人気も、信じる対象~よりどころ~を求める気持ちから説明がつく。これらも一種の宗教だが、超越なき宗教、つまりカルト。こうして社会全体がカルト化していく。
社会的紐帯を維持するには何かしらの共同幻想が必要だけど、今さらどうしようもない。国家やマスメディア、伝統宗教など、大きな物語を紡ぎ出す装置は、再起動かけても元通りにはならない。たぶん誰のせいでもない。
その代わりに巨大DPF(デジタルプラットフォーマー)が大きな物語を解体して細かいナラティブにし、私たちに差し出す。それをおとなしく咀嚼する以外に、選択肢は残されていないようだ。
いまこの世界で超越があるとしたら、これら巨大DPFなのかもしれない。国を超え次元を超え時間を超えて偏在し、無限に増殖しようとする意志。私たち一人ひとりの「認知領域」にやすやすと入り込んで、養分を吸い上げていく透明な力。
あらゆるプレーヤーがいつの間にかDPFの手のひらで踊らされている。国家も例外ではなく、DPFに手綱をかけようとする試みは失敗に終わる。マスメディアはDPFを利用しようとして、とことん利用される。
場が広大すぎて、踊らされていることに気づかないプレーヤーもいるし、気づいてもそこから降りることはきわめて難しい。
いったい誰が抗えるというのか?世界を覆いつくすほど巨大化したこのデジタルの神に。
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