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【完結】「先輩の妹じゃありません!」  作者: さき
第九章:――春――
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19:『待つ』の度合い

 


 俺の言葉に「待っていない」と苦笑交じりに珊瑚が訴える。

 そんな彼女に対し、俺は「返事は待ってるだろ」と白々しく苦笑をうかべて返した。

 何度も繰り返したやりとり。この応酬で少しでも彼女の気が晴れればと心の中で願う。


「返事を待ってるんだから、これは立派な『待つ』と言える」

「その積極性は待ってるうちに入りません」

「積極的って言うのは木戸のような奴のことを言うんだ」

「あれは積極的を通り越してストーカーですよ。……待ち続けた挙げ句にストーカー化なんてやめてくださいね」

「住所も把握してるし行動パターンもだいたい分かる。なるほど、出来なくも無いな」

「出来る出来ないの話じゃありません」


 冗談めかして珊瑚の話に乗っかれば、彼女がぴしゃりと拒絶してきた。

 もちろん俺の話が冗談だと分かったうえでの拒絶だ。現に表情には嫌悪の色は無く、「まったくもう」と言い切る口調もわざとらしさが漂う。あえて白々しく、生意気な後輩らしく、俺の発言を咎めているのだ。

 冗談に冗談で返す、俺達らしい普段通りの会話。まるで見慣れた校内の一角、それこそ教室の窓越しに交わしている会話のようではないか。


 ……だけどやはり、珊瑚の声にはどことなく覇気がない。ふとした瞬間に見せる表情は苦しそうだ。

 そもそもこんな簡素な応酬だけで彼女の心が完全に晴れるとは到底思えない。


 それでも、たとえ少しだけでも彼女の心に落ち着きを与えたい。


 だからこそ掴んだままの手を改めるように強く握った。苦笑を浮かべていた珊瑚がはっと息を呑み、俺の手の中にある彼女の手が強張る。

 細くて、小さくて、そして少し冷たいこの手を、痛めないように気を使いながらそれでも強く握る。


「俺、待ってるから」

「健吾先輩……」


 改めて言い直した俺の言葉に、珊瑚が弱々しく俺の名前を呼んで返す。

 今の言葉は冗談交じりの末ではなく、俺の心からのものだと感じ取ったのだろう。頬は水族館の暗がりでも分かるほどに赤くなり、戸惑うように視線を泳がせる。


 振り払うでもなくそれでも弱々しく引こうとしている彼女の手の動きに気付き、俺は小さく息を吐くと、もう少し握っていたいという気持ちを押し留めてゆっくりと手を放した。

 珊瑚が己の手を、……ほんの数秒前まで俺の手に包まれていた己の手を胸元でギュウと握りしめる。困惑を隠しきれないその仕草に、俺は大袈裟に肩を竦めてみせた。


「確かに、俺は積極的すぎるかもな」

「……健吾先輩?」

「これは認めざるを得ない。うん、俺は積極的だ」


 わざとらしく大きく頷きながら断言すれば、困惑の表情を浮かべていた珊瑚がぱちんと目を瞬かせ……、次いでクスと小さく笑った。

「ようやく認めましたね」と悪戯っぽく告げてくる声色は先程より少しだけ明るく、安堵の色が混ざっているのが分かる。


 確かに積極的だけど、最後の最後でこうやって退いてしまう。ゆえにいまだこの距離だ。

 だけどそれを他でもない珊瑚が望んでいるのだから、もどかしいが仕方ない。これが惚れた弱味というものなのだろう。


「まぁ、積極的と認めたところで改める気はないんだけどな。そういうわけで、俺は待ってるから。あの時から、むしろあの時以上に妹のことを想って待ってるから」

「認めたからか更にぐいぐいくる……!」

「ところでその髪飾り似合ってるな。どうしたんだ?」

「さぁ覚えてません。きっとどこかで拾ったんです」


 しれっと珊瑚がしらを切り、それどころかそっぽを向いてしまう。

 その動きに合わせて彼女の髪が揺れる。……そこに飾られているのは、小さな花を並べた髪飾り。

 見間違えるわけがない。なにせそれを贈ったのは俺なのだから。

 それでもしらを切ろうとする珊瑚の分かりやすさに思わず笑みを零してしまう。そんな俺の態度に珊瑚が拗ねたような表情を浮かべ、はたと何かに気付いて腕時計へと視線を落とした。


「もうおばぁちゃん達のところに戻らなきゃ」

「……妹」

「本当ですよ。みんなでイルカのショーを見るから、時間までに戻ってくるように言われてるんです」


 説明し、珊瑚が特別展示エリアの出口へと視線をやる。

 そうして歩き出し……、だがその直後、ふと足を止めてこちらを振り返った。


 苦しそうな表情に戻っている。

 眉尻を下げ、目を細め、今にも泣き出しそうな表情。きっとつい数分前にここを通っていった二人のことを思いだしたのだろう。

 同じ場所で、同じ道を歩いているのに、珊瑚の隣には宗佐はいない。二人が来た道を辿る事でそれを実感させられたのだろう、細められた目が失恋の痛みを無言で訴える。

 そうして苦し気に閉じた唇を、ほんの少し開き……、


「……もう少しだけ」


 と、掠れるような声で、まるで懇願するように告げた。

 だがこちらの返事を聞くより先に、再び出口へと向き直ると足早に歩き出してしまった。



 珊瑚の後ろ姿が人込みに消えるのはあっという間で、それを見届け、俺は深く溜息を吐いて壁に背を預けた。

 なんとも言い難いもどかしい気持ちが胸をしめる。ここが自室で一人きりだったなら、きっとベッドに倒れ込んで枕に顔を突っ伏して唸り声をあげていただろう。

 それほどまでに今の俺の胸中には様々な思いがひしめき合っているのだ。


 彼女に一連のやり取りを見させてしまった不甲斐なさが募り、そこに今日もまた返事がなかったことへの焦燥感が加わる。

 それでいてほんの少し、これで何かが変わるのだろうという期待と、最後まで珊瑚の隣に居られたという安堵感が湧く。傷つく彼女の隣に立って抱くには身勝手すぎる感情だ。


 そしてなにより俺の胸中を複雑に搔き乱すのが、最後に珊瑚が口にした言葉……。


『……もう少しだけ』


 あの苦しそうな声を思い出し、俺は今日一番深く息を吐いた。



 宗佐が月見に告白し付き合うまでを見届けてもなお、『もう少しだけ』と口にする。

 はっきりとした失恋。その傷を抱いてもなお、今ここで終われないというのなら……。

 それはつまり、彼女は……。


「大丈夫、ちゃんと俺が隣で待ってるから」


 もうここには居ない珊瑚に告げて、俺はゆっくりとした足取りで特別展示を後にした。






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― 新着の感想 ―
[一言] 失恋してすぐにOKできないのは当然としても。あと少しがいつのことを指しているのだろう。 確か、大学入学を期にあの家出ると思ったけれど。はたしてそれまでにその時が来るのだろうか。
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