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菊池のぶひろの議会だより

日本共産党 桜川市議会議員 菊池のぶひろの活動報告です

参政党躍進が意味するものは 民主的営みの欠乏 ー倉橋耕平(創価大学准教授)

2025年08月07日 14時03分37秒 | 地方政治
 今日の東京新聞は、「参政党躍進が意味するものは 民主的営みの欠乏」の見だしで、倉橋耕平氏(創価大学准教授)が書いています。少し長くなりますが紹介します。

参政党躍進が意味するものは 
 民主的営みの欠乏 
 倉橋耕平(創価大学准教授)

 参院選における参政党の躍進が連日メディアの話題をさらっている。かれらは何者でどういう志向性の持ち主なのか。参政党の発表しているものを見る限り、党のイデオロギーは「極右」であり、選挙結果を見る限り特定の誰かを代表しているのではなく「まんべんなく」多くの票を集めた。「彼/彼女ら」をいち早く特定して自分から切り離して安心したいという欲望がこれらの問いを加速させているかの様だ。

 「反人権的」すぐそばに

 つまり参政党への過剰な言及は「反人権的」な思想を持つ他者が私たちのすぐそばにいるかも知れないという緊張の裏返しなのではないか。
 これまで右派イデオドロギーを持つひとはが自民党に投票しても、自民党の派閥やアジェンダは広いため、投票者のイデオロギー自体が目立つことはなかっただろう。
 しかし、参政党は自民党議員でも大々的に言えなかった「非国民」「国家主義」「核武装」といったワードや外国人を排斥する「日本人ファースト」言説を選挙戦に掲げた。自民党の極右部分を切り出したかのような政党であり、これを直接支持するか、極右思想には興味はなくともそれを許容してしまえるひとたちが、私たちのそばにこんなにもいたことが炙り出されたのだ。

 この十数年間、私たちが「父がネットウヨ」問題を諦めてきた。離れて住む親のことだから触れずに済ませてきたということもあるだろう。しかし、今回の参政党の得票数の多さは、ちちどころではないかもしれないころまできたということもきた感がある。

 自分のパートナーが、兄弟姉妹が、子どもが、教え子が支持していたら・・。実際、選挙期間中、Xに流れる女性たちの投稿が気になった。夫が参政党の動画を見ていることに戦慄する、という内容のものだ。とはいえ、相手は逆張りの無敵論法(反自民、反左翼、反メディア、反人権、反ぎグローバリズム)ゆえに、何を言っても取り合ってくれそうもない。

 私が考えてみたいのは、この参院議選が私たちにもたらした、親密な、隣の人が参政党なる言説を支持しているという緊張感、不安、恐怖についてである。 
 参政党の掲げる「正義」は、公的領域におけるそれである。それを熱望する心性に、私的領域における正義が抜け落ちている、ということが先の投稿が示していることだ。私の知人から聞いたケースにもそういうことがあった。
 スマホで参政党候補者が写る画面を見続ける夫にたいし、このままではパートナシップが危ないことを告げ、選挙後に話し合ったという。夫は落ち込みつつも、子どもへの影響を心配する妻の言葉を受け、SNSから離れることにしたという。隣にいる人がどういう思いを抱いているのか、その想像力をもたないまま公的領域の「正義」だけを追求していたというわけである。

 私的領域の正義こそ

 過激な主張をする新興生徒が受け入れられると、その原因は民主主義の暴走にある、と受け止められがちである。しかし、実態は逆ではないか。つまり「民主的な営みの乏しさ」こそ、今回 の事態を許してしまったのではないか。
 ゲッペルスが「冗談だ」と皮肉ったように、ナチスのファシズムは民主主義を武器として生まれた。プロテスト活動や政治運動に精をだすことも重要だ。しかし、ハードルは高い。私たちが足元から抵抗できるのは、自分の身近な新満圏や私的領域の正義をどう達成するかを考え、民主的な営みを絶やさないことだ。今回このことを改めて学んだ気がする。

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