Vol.544「山尾しおり選挙運動」
【今週のお知らせ】
※「ゴーマニズム宣言」…愛子天皇の実現のために、老いたわしやが、おいたわしやながら、山尾しおり氏の「選挙運動」に協力した。ゴー宣DOJOに集う公論サポーター有志もよく尽力してくれた。結果は残念なものだったが、ここから見えてきたこと、ここから始まることは限りなくある。このような戦いができたことは、我々の誇りである。そもそも今回、わしらが山尾しおり氏の選挙に全面協力したのは、「義侠心」からだった。選挙運動を通してわかったこと、さらには結果から考える今後の戦い方まで、徹底分析しよう!
※泉美木蘭の「トンデモ見聞録」…久々の再開!「持統天皇烈伝」!近江朝廷・大友皇子を討つべく挙兵した大海人皇子一行は大和の吉野を出発、道中、大海人を慕う豪族や役人らを続々と引き入れ、軍勢を拡大。知らせを受けて近江を抜け出した大海人の息子・高市皇子、大津皇子も合流して、東国のほぼすべてを掌握。息子・高市皇子を不破の軍司令官に任命し、さららと小さな子供たちを桑名(三重県桑名市)に残して、ついに近江朝廷への殴り込みを開始する。一方、決して安全とは言えない桑名で、我が子・草壁皇子のほか、幼い子供と侍女たちを従えて、大海人が近江を制圧する時を待つさらら。その胸中には、複雑な思いが渦巻いていた…。
※よしりんが読者からの質問に直接回答「Q&Aコーナー」…2時間超の映画を観てもトイレに行くことを堪えられる?「教習員と生徒が狭い車内で会話するから」という理由で、コロナ対策を継続している自動車学校が多いとのこと、これはもう永遠に続くの?アナログ(手紙など)は今も手段として有効だと思う?ハルク・ホーガン氏の思い出は?福岡に帰省して、一番変わったと思う街の雰囲気は何?参政党は、カルトではないとしたら、党首を中心とした「小王国」なのでは?揚げているタコ焼きはタコ焼きと認められる?…等々、よしりんの回答や如何に!?
1. ゴーマニズム宣言・第573回「山尾しおり選挙運動」
愛子天皇の実現のために、老いたわしやが、おいたわしやながら、山尾しおり氏の「選挙運動」に協力した。ゴー宣DOJOに集う公論サポーター有志もよく尽力してくれた。
結果は残念なものだったが、ここから見えてきたこと、ここから始まることは限りなくある。このような戦いができたことは、我々の誇りである。
そもそも今回、わしらが山尾しおり氏の選挙に全面協力したのは、「義侠心」からだった。
政界を引退し、一民間人「菅野志桜里」として活動していた山尾氏に政界復帰を促し、参院選への出馬を要請したのは国民民主党代表・玉木雄一郎であり、これには山尾氏も相当に逡巡したはずだが、そこを玉木は「三顧の礼」で迎えたはずだった。
当然ながら、山尾氏の8年も前の不倫スキャンダルなんか百も承知で、今さらその件に関してどんな非難があろうとも山尾氏を守る覚悟があった上で玉木は要請したのだろうと、誰もが思ったはずだ。そもそも不倫だったら玉木の方がつい最近やったばかりなのだから。
わしは以前から、皇統男系固執派の玉木なんか大嫌いだったのだが、それでも山尾氏の国政復帰が第一と考え、耐え難きを耐え、応援することにした。そしてこの時点から、公論サポーターたちは山尾氏と玉木が並んだチラシをポスティングしたり、ポスターを貼ったりしていた。
その後の経緯は今さら繰り返したくもないが、ネット依存症でXの評価しか見ていなかった玉木は、出馬要請からわずか1か月半、「出馬会見」の翌日に山尾氏をポイ捨てした。あまりにも非道な話だが、普通ならこれで話はおしまいになるところだったのだ。
ところが山尾氏はこれで泣き寝入りせず、いったん立ち消えになった参院選に、全く個人で出馬すると表明した。
そうはいっても、政党の後ろ盾がない、完全に個人の無所属というのは大変なことである。
山尾氏は2017年の衆議院選挙に臨んだ際も民進党(当時)を離党して無所属での立候補だったが、この時はそれまで2期連続当選していた愛知7区で築いた地盤があった上に、民進党が対抗馬を立てず、共産党も同区への候補擁立を見送ったために当選できた。だが、それもわずか834票差という辛勝だったのである。無所属の立候補というのは、それほど過酷なものなのだ。
ましてや今回は公示の2日前に急遽の出馬表明で、地盤も何もない。
そんな無謀な戦いに挑もうという女を応援しないのでは、男がすたるというものだった。
ところが実際やってみると、これが本当に大変だった。
今回の選挙は参議院で、これはさらに無所属候補には厳しかったのだ。
参院選には「選挙区」と「比例代表」の2つがあるが、「比例代表」は事実上、政党に所属していないと立候補できない。山尾氏は国民民主党の比例代表で出る予定だったが、無所属では「選挙区」に出るしかない。
そして「選挙区」といっても、参議院と衆議院では全然違う。衆議院は「小選挙区制」で、全国の選挙区の数は298。これに対して参議院は「中選挙区制」であり、選挙区は原則都道府県別で、合区があって現在は45しかない。
山尾氏は「東京選挙区」に挑んだが、これがいかに無謀かということは、「ポスター貼り」の一点だけでも明確だった。
衆院選の場合は先述の通り「小選挙区制」で、東京都内は全30区に分かれている。1区ごとのポスター掲示板の数は最小で270か所、最大でも859か所なので、その程度なら、ある程度の人手があればなんとかなる。
ところが参院選は東京23区・多摩地区・離島まで全て含めて1選挙区で、ポスター掲示板の数は約1万4000か所に及ぶのである!
衆議院の小選挙区制にも様々な弊害があることは承知しているが、少なくとも、選挙運動にかかる負担を軽減するために導入されたという意図だけは実感した。
ポスター掲示板という制度は戦後に始まったもので、それまではそれぞれの候補の陣営が目立つところに勝手に貼っていて、対立候補のポスターを剥がしてその上に貼ったり、さらに貼り返したりとポスター貼り自体が一つの抗争で、その結果、より多くのポスターを貼っている候補が有力と見られていたらしい。
だがそれではあまりにも弊害が大きいので、法の規制がつくられ、税金でポスター掲示板が設置され、選挙ポスターはそこ以外に貼ってはいけないし、勝手に剥がしてもいけないということになった。
それで、公金でポスター掲示板まで作ったのだから、そこに貼るのは候補者の陣営が自分でやるのが当然ということになっているわけだ。
そのため今でも、全ての掲示板に公示後すぐにポスターを貼れるのが有力候補であり、ここにポスターすら貼れないのは泡沫候補と見なされるようになっている。
ここから先は
¥ 250



購入者のコメント
54もくれんさんの方ですが、結果の話をしてしまいますが、
さららにとて、脅威なのは高市の方も同じなんだろうな、ということも思いました。
結局、この中で一番長生きしたのは、忍壁だったんだな、とも。
この時代にこそ、宮家があったら良かったのでは、という気がします。あるいは、大津皇子は光源氏にはなれなかったのかな、と。
(それとも「べらぼう」の一橋治済のようなやからが出てくるのでしょうか?よく描いてくれた、と感動しています)
ところで、大津の方が弟だったのでは、と思うのですが、あまりかわりはないか、1年差だったら。
こんな感じです。暑さで頭がぼ^としていますが…次号を期待します。
配信ありがとうございます。今週号も面白かったです。
ゴーマニズム宣言・第573回「山尾しおり選挙運動」拝読しました。
東京都民ではなく、選挙ではお役に立つことができず申し訳ないです。
愛子天皇実現の為、無所属の山尾さんを応援されたよしりんは男の中の男です!
「女性天皇」「憲法9条改正」という国家の土台を公約に掲げられた山尾さんが落選した一方で、自民党から出馬したソウル五輪競泳金メダリストで元スポーツ庁長官・鈴木大地氏が772,272票でトップ当選。
選挙期間中、政治については「これから勉強します」。
今井絵理子議員を連想させる、経歴と知名度ゆえに祭り上げられただけの人間が、知名度と組織票で余裕で当選してしまう日本の選挙の現実に、悲しくなります。
ですが、愛子天皇実現の為、落ち込んでいる場合ではありませんね!
泉美木蘭のトンデモ見聞録・第368回「持統天皇烈伝〈11〉さらら、桑名にて」拝読しました。
続きを楽しみにしていました。
木蘭さん作成「壬申の乱マップ」の、吉野宮から不破道への道筋に「うおぉぉぉ・・・・」と書かれているのに思いっきり吹き出してしまいました。