goo blog サービス終了のお知らせ 

渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

「脱力」について ~二輪走行技譚~

2025年08月08日 | open



二輪の走行技術論で極めて
重要な身体用法に「脱力」
がある。
これは、深化させて考察す
ると、日本の伝統古武術や
楽器の奏法の要諦に極めて
類似性がある事が見えてく
る。
古来、日本の武人たちに武
芸だけでなく舞いや音曲に
おける楽器奏法をも体得す
しとする風潮があったの
も、
その深淵部分で同軸の
技術
的核が存在している事
を武
人の先達たちは知って
いたからだ
ろう。





人間は脱力して睡眠する時、
手は自然に丸くなる。
ピンと指を全指伸ばし切っ
たまま睡眠する人類はいな
い。
それがごく自然の状態に肉
体が構造的に構成されてい
るからだ。

二輪車の走行時にもその人
間の肉体の原理を最大限に
なぞって、その自然さを阻
害しないようにして二輪に
乗る。
それは背骨の使い方や各指
の使い方においてその用法
が導入される。
他のスポーツや武道、楽器
の奏法においても同様だ。
指を伸ばし切ったままでピ
アノはじめありとあらゆる
楽器は演奏などできない。
それは「迅速で俊敏な運動
には力を入れて伸ばす行為
は適合しない」からである。

オートバイの乗車時の操作
操縦においても、背骨だけ
でなく、手の指の使い方も
実は使用方法の核は楽器や
武術の武器保持方法と全く
同じ身体用法が実行される。


形状さえも、二輪運転操作
の時の手と武術の刀剣使用
の際の手のカタチは似て来
る。
究極というか、基本中の基
本を深化させて行くとそう
なる。

ただし、スポーツプレー時
や楽器演奏時や二輪運転時
にお
ける「脱力」とは、人
間の
睡眠状態時のような総
脱力
ではなく、要所要所で
部分
的な身体の部位に力を
入れ
る事により初めて必要
な身体部分の
脱力が可能と
なる。

上半身をリラックスして脱
力したり、肩や肘や腕や手
の力を抜くには、下半身は
ピシッと押え所は押さえて
下肢を安定させて初めて上
半身全体が脱力リラックス
できる。ソファに座って寛
いでいる時のような全体的
な身体のリラックスではな

い。緊張と弛緩を部位によ
って使い分けるのだ。
ここ、最大の重要ポイント。

なお、レーシングライディ
ングの世界でよく言われる
「抜重」というのは「脱力」
とは
別な技法なので、こち
らは折
をみて別な機会にカ
ラクリを説明する。

概略を述べると、「抜重」と
は、サーキットの直線で300
km/hを出していて第一コー
ナーが迫る時に上体を起こ
してからフルブレーキング
して一気に短距離で旋回可
能な120km/h程まで減速さ
せた時、ほぼハンドルに荷

重や加重させずにステアの
自由舵角を阻害させないよ
うな運転技法の事をいう。
上半身硬直直立載りなどし
ていては一切、絶対にそう
したレーシングライドなど
は物理的に不可能になる。

しかし、この原理は実は
低速度の公道走行において
も全く同じ現象が発生する。
ゆえに、「抜重」は「脱力」
と共に極めて重要な安全を
確保する技法であるのだが、
一般的なライディングコー
チの場面ではどこもライダ
ーにそれを教えたりはして
いない。
端的にいえば、法規制速度
の範疇内でメリハリのある
加速
と減速をしている状態
にお
いても、抜重は非常に
大切
な安全運転の技法の核
を占
めている。
ただ、別な表現では世の中
では先人から後進に伝達は
されている。

それは「ガチガチになるな」
とか「力を抜け」とか「上
体をもっとリラックスさせ
て」とか。
しかし、やり方の具体的な
方法はあまり伝えない。
それは無理がある。
これらは四肢のう
ち下半身
できっちりとマシ
ンをホー
ルドしておらず、
睡眠状態
のような脱力をさ
せていて
は実現不可能だ、という事
をまだ未知、不知の人に伝
えないと。知る事は一時の
恥でもないが、知らぬは一

生の恥というものは世の中
よくある。知らない事は恥
ずかしくはない。知ろうと
するならば。
一番恥ずかしいのは、知ろ
うとせず、「これでいいんだ」
と勝手な出鱈目をやり続け
て物理的かつ精神的な失敗
を繰り返す事だ。自分を振
り返らないので、自分が踏
み外した足の着地点の失敗
を見極められない。走路に
おいても然り。

分かり易い身体機能の例
を紹介しよう。
足を肩の幅に開いて直立し、
ごく
自然に上体を前傾させ
てから前屈し、手を床に

けるようとする。

爪先は外に向けて開かず真
っ直ぐに前に
向けて。バイ
クの運転のように。

そして、そこから上体を斜
め45度の角度まで起こして
停止して保持する。

この時、足裏に一切力を入
れずにそれをやるのと、足
の指で床をひっかくように
軽く力を入れて下半身を安
定させるのでは、まったく
前屈と上半身起立の運動に
安定度の違いが発生する事
が判るだ
ろう。

二輪の運転というものはそ
うした身体の使い方をする。
これは日本の剣法などでも
全く同じで、足はただベタッ
と床や地面に載せているだ
けでなく、足裏と足の指で
床や地面を使って下半身を
安定させる身体用法を使う。
それにより上半身が柔軟で
縦横無尽に動く武芸の武技
が如何なく発揮できる。
また、武技の場合にはこれ
にステップが加わって来る。
それを日本武芸では「体転」
と呼んでいる。
下半身の絶妙な使い方(例
えば膝の「抜き」等)を使
用して瞬時に身体を移動変
化変転させる。決して「居
つき」
を発生させない。
対敵戦闘においては「居つ
き=死」であるからだ。
実は二輪もこの日本の武技
と極めて共通点が多い。
固まっての居つきは二輪走
行では死に直結しているケ
ースが極めて濃厚だからだ。

二輪運転走行時の安全を確保
するためにも、上半身は脱力
させましょう。
その為には下半身を最大限に
効果的に使用する。
その使用方法は物理的に理に
適った方法で正しく使用す
る。
どんな二輪車も、ステップは
ただの「足置き」「足載せ」
ではありません。
そこ、とても大切。

あと、ここ30年ほど依頼の最
近のオートバイは、メーカー
がわざわざステップの内側の
車体にプレートを設置させて
くれています。
これが何のためにあるのか。
それを使用していない人があ
まりにも多い。
それは「間違った乗り方」を
しているからです。
カカトの内側、くるぶしの下
で軽くそのプレートを押すよ
うに締めるだけで、二輪車の
走行時の安定度はまるで別物
になる。あくまでも爪先は前
(やや内側に向ける心持ちで
初めて真っ直ぐ前を向く)に
向けて。

「ご安全に」という明らか
に日本語として誤った表現
を無頓着に使う人が雨後
筍の如く今蔓延しているよ

うに、正しい二輪の乗車走
法もかつての30~40年前頃
の日本の二輪黄金時代より
比較にならない程に現代で
は認識レベルそのものが全
体層としては低下している
時代です。それが世相の実
態。進化ではなく低下であ
り人智の退化。

二輪車の走行は漫然と適当
にやっていたら本当に危険
です。二輪車自体も運転者
が生身さらけだしなので危
険な乗り物に属するが、運
転者自身が認識段階で不適
切で出鱈目な野放図の無頓
着になっていたら、危険度
は倍増する。
「お気をつけて」「安全運転
で」と人に声をかける気持
ちはどなたもお持ちだが、
そうした人の心の声を無駄
にしない
為にも、自分の身
と他の人々
の身は運転者自
身が守るように
しましょう。

その為には、「トロトロと速
度を落としさえすれば安全」
という根底的に誤った認識
はキッパリと捨て「的確に、
適切に、迅速に、円滑に」
を心がけだけなく実体の伴
う効力を見せる形で実行す
る事が必要になってきます。
「あ~。楽しいなぁ~」だ
けで二輪車を走らせている
と、いつかそのうちドッカ
ーン!やガッシャーン!が
やって来ます。
そうした心持ちだけで二輪
に跨って走らせると、危険
度は倍増します。


お気を付けください。
どうか、安全運転で。


 
 


この記事についてブログを書く
« オートバイの運転フォーム ... | トップ |