地理的にあまりにも近い近隣関係にあることから、日韓両国の間に歴史上さまざまな軋轢を産みながら今日を迎えている。抜き差しならぬ両国関係にも見えるが、この問題に気鋭の研究者が角度を変えて論じる講義を聴いた。
楽しみにしていた「北大スラブ研公開講座」だが、スケジュールが合わなく受講できない回が続きイライラしていたが、この回(5月19日 第4回講座)ようやく2回目の受講が叶った。
この回は講座のテーマは「海を越え響き渡るアリランの唄 : 越境する人たちの物語」と題して、北大大学院政策連携研究部の池直美講師が務めた。

※ 講師を務めた池氏です。話す日本語は日本人と違わない流暢だったのが印象的でした。
池氏のフルネームは、池 炫周 直美(ちー ひょんじゅう なおみ)といって、在日韓国二世の両親がカナダに移住し、そこで生まれ育った「韓国系カナダ人」というのが彼女自身の立ち位置である。
彼女の専門は「東アジア現代政治」ということだが、そこには彼女自身のアイデンティティに因るところが大きいようにも思う。
彼女は日韓両国で、講座等で話をする機会があるという。その際、日本では「なぜ韓国は日本を嫌うのか?」と聞かれ、韓国では「なぜ日本は韓国のことをいじめるのか?」と聞かれ、回答に窮するという。
というのも、長い歴史の中で日韓両国は「国家間」の問題としては解決しなければならない諸問題を抱えているが、「人」として見たときにはまったく異なった模様が見えてくるとして、日本と朝鮮半島の境界を行き来した人たちを追い続けながら、この問題について考えたという。
まず、池氏は「日本に滞在するコリア」に触れた。
「在日コリアン」という場合、韓国籍を持つ在日韓国人と、北朝鮮とは国交がないため北朝鮮国籍が得られず事実上無国籍となっていて、特別永住者として暮らす在日朝鮮人がいるという。韓国から渡ってきて日本国籍を取得し帰化した人たちは定義上は在日コリアンに含まないそうだ。
講座では、これら韓国から日本に渡ってきた人たちの過去の映像、そして今の暮らしを提示した。過去の映像からは、日本に渡ってきた韓国人たちが経済的に厳しい状況下での生活を強いられていたことを写し出した。
しかし、現在は韓国人としてのアイデンティティを失わぬよう故国の文化も継承しつつ、日常は日本人と同様の生活をしていることを大阪・生野のコリアタウン、札幌の朝鮮人学校の様子を写し出すことによって強調した。

※ 大阪・生野のコリアタウンの入口に立つ大門です。

※ コリアンフェスティバルで韓国の民族舞踊を踊る人たち?
一方、「韓国に残っている『日本』」として、韓国慶尚北道慶州市にある「ナザレ園」が紹介された。ナザレ園は、韓国に渡っていた日本人女性たちの中で戦後日本に身元引受人がいないため帰国できなかった人たちを収容した施設で、現在はそのまま養老施設となっているところである。現在、7名が入所しているとのことだが、この施設は日本の社会福祉法人と韓国の老人福祉協会の方たちの尽力によって設立・運営しているとのことだった。

※ 韓国・慶州市にある「ナザレ園」の建物です。
また、慶州市の近くの浦項(ぽはん)という港町には植民地時代に多くの日本人漁師やその家族が居住していたということだが、今現在もその当時の建物が保存され有効に活用されていることを写し出してくれた。

※ 浦項の街に残る日本家屋をカフェとして利用している建物だそうです。
さて、池氏は講義の最後に朝鮮を代表する民謡「アリラン」の歌詞を提示して終えた。その意味するところは何か? 講義のテーマも「海を越えて響き渡るアリランの唄」である。このことについて、池氏は直截的には語らなかったと記憶している。彼女は講義の最後にこの唄を配することで何を言いたかったのだろうか?
彼女が提示した「アリラン」の歌詞である。
アリラン アリラン アラリよ、アリラン峠を越えて行く
私を捨てて行かれる方は、十里も行けずに足が痛む。
アリラン アリラン アラリよ、アリラン峠を越えて行く
青い空には小さな星も多く、我々の胸には夢の多い。
アリラン アリラン アラリよ、アリラン峠を越えて行く
あそこのあの山が白頭山なんだね、冬至師走でも花ばかり咲く。
楽しみにしていた「北大スラブ研公開講座」だが、スケジュールが合わなく受講できない回が続きイライラしていたが、この回(5月19日 第4回講座)ようやく2回目の受講が叶った。
この回は講座のテーマは「海を越え響き渡るアリランの唄 : 越境する人たちの物語」と題して、北大大学院政策連携研究部の池直美講師が務めた。
※ 講師を務めた池氏です。話す日本語は日本人と違わない流暢だったのが印象的でした。
池氏のフルネームは、池 炫周 直美(ちー ひょんじゅう なおみ)といって、在日韓国二世の両親がカナダに移住し、そこで生まれ育った「韓国系カナダ人」というのが彼女自身の立ち位置である。
彼女の専門は「東アジア現代政治」ということだが、そこには彼女自身のアイデンティティに因るところが大きいようにも思う。
彼女は日韓両国で、講座等で話をする機会があるという。その際、日本では「なぜ韓国は日本を嫌うのか?」と聞かれ、韓国では「なぜ日本は韓国のことをいじめるのか?」と聞かれ、回答に窮するという。
というのも、長い歴史の中で日韓両国は「国家間」の問題としては解決しなければならない諸問題を抱えているが、「人」として見たときにはまったく異なった模様が見えてくるとして、日本と朝鮮半島の境界を行き来した人たちを追い続けながら、この問題について考えたという。
まず、池氏は「日本に滞在するコリア」に触れた。
「在日コリアン」という場合、韓国籍を持つ在日韓国人と、北朝鮮とは国交がないため北朝鮮国籍が得られず事実上無国籍となっていて、特別永住者として暮らす在日朝鮮人がいるという。韓国から渡ってきて日本国籍を取得し帰化した人たちは定義上は在日コリアンに含まないそうだ。
講座では、これら韓国から日本に渡ってきた人たちの過去の映像、そして今の暮らしを提示した。過去の映像からは、日本に渡ってきた韓国人たちが経済的に厳しい状況下での生活を強いられていたことを写し出した。
しかし、現在は韓国人としてのアイデンティティを失わぬよう故国の文化も継承しつつ、日常は日本人と同様の生活をしていることを大阪・生野のコリアタウン、札幌の朝鮮人学校の様子を写し出すことによって強調した。
※ 大阪・生野のコリアタウンの入口に立つ大門です。
※ コリアンフェスティバルで韓国の民族舞踊を踊る人たち?
一方、「韓国に残っている『日本』」として、韓国慶尚北道慶州市にある「ナザレ園」が紹介された。ナザレ園は、韓国に渡っていた日本人女性たちの中で戦後日本に身元引受人がいないため帰国できなかった人たちを収容した施設で、現在はそのまま養老施設となっているところである。現在、7名が入所しているとのことだが、この施設は日本の社会福祉法人と韓国の老人福祉協会の方たちの尽力によって設立・運営しているとのことだった。
※ 韓国・慶州市にある「ナザレ園」の建物です。
また、慶州市の近くの浦項(ぽはん)という港町には植民地時代に多くの日本人漁師やその家族が居住していたということだが、今現在もその当時の建物が保存され有効に活用されていることを写し出してくれた。
※ 浦項の街に残る日本家屋をカフェとして利用している建物だそうです。
さて、池氏は講義の最後に朝鮮を代表する民謡「アリラン」の歌詞を提示して終えた。その意味するところは何か? 講義のテーマも「海を越えて響き渡るアリランの唄」である。このことについて、池氏は直截的には語らなかったと記憶している。彼女は講義の最後にこの唄を配することで何を言いたかったのだろうか?
彼女が提示した「アリラン」の歌詞である。
アリラン アリラン アラリよ、アリラン峠を越えて行く
私を捨てて行かれる方は、十里も行けずに足が痛む。
アリラン アリラン アラリよ、アリラン峠を越えて行く
青い空には小さな星も多く、我々の胸には夢の多い。
アリラン アリラン アラリよ、アリラン峠を越えて行く
あそこのあの山が白頭山なんだね、冬至師走でも花ばかり咲く。