goo blog サービス終了のお知らせ 

コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

異議申立ての実情

2010-05-28 | Weblog

大統領選挙を行うために、まず完成させなければならないのが、選挙人名簿である。名簿作りとは、誰に投票権があるのかを確定する作業である。全国で有権者登録の作業を行い、その情報を審査して、「暫定版」選挙人名簿までは出来あがった。これを「確定版」選挙人名簿にしなければならない。そのためには、「暫定版」に掲載された情報について、「異議申立て」の手続きがある。

「異議申立て」の手続きが、昨年12月に始まり、今年1月に締め切られたところで、選挙管理委員会の「詐欺事件」が起こった。これは選挙人名簿の信頼性を問う問題であった。話は、マンベ前選挙管理委員長の更迭から、ソロ内閣の改造まで拡大した。政治の混乱がようやく収まり、バカヨコ新委員長のもとで、選挙管理委員会がようやく動き出した。選挙人名簿の「確定」にむけて、「異議申立て」を再開し、あと2週間継続する、ということになった。

それで5月17日に「異議申立て」が再開された。5月末までの2週間の間、申立てを受け付け、審査を行うと告示された。その期間に、自分の名前が「暫定版」に載っていないではないか、とか、彼の名前が載っているのはおかしいではないか、という人々からの申立てを受ける場所が、各地に設けられている。私は、その現場を見に行くことにした。

出かけたのは、アビジャン市内のアボボ(Abobo)地区の選挙管理事務所である。来る大統領選挙と続けて行われるはずの国会議員選挙のために、この地区選挙管理委員会は、事務所として市内の一軒家を借りている。

訪れると、地区選挙管理委員長のダアさんが一人で迎えてくれた。ここで審査員たちが作業をしているはずなのに、事務室はがらんとして、留守番のおばさんしかいない。
「急に本部から、給料の支払いがある、と連絡があったのです。5ヶ月ぶりにですよ。それで、皆とんで行ったのです。」
ダア委員長は済まなそうに言う。審査の現場に立ち会おうと思っていた私は、がっかりだ。

「異議申立て」の審査委員会(la Comité de Réclamation)は、10人で構成されている。選挙管理委員会(CEI:la Commission électorale indépendante)から4人、身分認定局(ONI:l'Office national d'identification)から2人、国立統計局(INS:l'Institut National de la Statistique)から2人、身分証監査委員会(CNSI:la Commission nationale de supervision de l'identification )から2人と、それぞれの選挙関係の組織から任命されている。そして、地区で名簿を見た人々から出された「異議申立て」申請について、一件一件、委員全員が合同で審査する。

有権者登録を行った人のうち、前回2000年の選挙の際に作られた選挙人名簿に名前がなかったり、コートジボワール人であることを証明する文書が不十分だったり、あるいは近隣国に照会したらそちらの国籍を持っていることが判明したりした人々は、「灰色名簿」に名前が掲載される。「灰色名簿」の人で、自分はコートジボワール人のはずなのに、と「異議申立て」をして来る人には、例えば親の国籍証明など、新たな証拠を提示させる。そうした証拠文書が、十分な根拠となるかどうか、ここで審査するのだ。合格すれば、その人の名前は「白色名簿」に移される。

自分の名前が、合格者の「白色名簿」にちゃんと載っているか、あるいは証拠不十分の「灰色名簿」のほうに載っているかは、とても重要な分かれ目である。このアボボ地区の人々は、一人一人が、自分の目でそれを確認しなければならない。そのために、名簿は公示されているという。その公示場所を見たいですね、と頼んだ。いいですよ、この近くの小学校に公示場所があるので、一緒に見に行きましょう、とダア委員長。

市街を数百メートルほど移動したら、小学校があった。敷地に入って行ったけれど、名簿が掲示されているはずの場所には、何もない。これは変ですね、とダア委員長も首をかしげて、学校の用務員室を訪れた。机に向かって執務している用務員長にむかって、委員長は、名簿の公示はどうなっているのだ、と詰問した。

「倉庫に仕舞ってあります。」
仕舞っておいてはいけないじゃないか。公示して、人々が見やすいようにしなければ。
「でも、外に出したら、誰かが持って行って、無くなってしまう。一日中、見張っているわけにはいかないしね。だいたい、うちの小学校を勝手に公示場所に決めておいて、公示の管理をする費用も人手も、何も手当しないんだから。それで、管理責任はお前だと言われても、困るよ。」
用務員長は、怒っている。

まあまあ、と用務員長をなだめて、倉庫から名簿を出してもらった。名簿はベニヤ板に並べて貼り付けられている。地区で登録が行われた、一人一人の名前と写真と登録番号が一覧してある。そのベニヤ板が十数枚ある。確かに、これを毎日、倉庫から出したり入れたりするのは、人手のかかるちょっとした作業労働だろう。その手当がないといって怒る気持ちもわかる。名簿には「白色名簿」と「灰色名簿」と両方あって、「灰色名簿」にだけ大きく斜め線が入っている。ところが、その名簿が、かなり破り取られている。ちゃんと保管されていないのか。

用務員長に聞いたら、また口を尖らせた。
「ほら、このとおり、名簿を公示などしようものなら、こんな有様になるんだ。自分の名前が載っていないといって、怒って破り始める。あるいは、自分の嫌いな人間の名前が載っている名簿を、破り捨てるのだ。そういう連中がたくさんいる。だから、大事に倉庫にしまっておかなければ、と言っているのだ。」
確かにね、とダア委員長が言う。ベニヤ板だって、ここの人々にとってはとても高価なものだから、盗まれて自宅の屋根葺きに使われたりしてしまった地区もあるのですよ、と教えてくれる。

でも大丈夫、と委員長。破られても、ちゃんと替りがあるのです、と言う。小学校から選挙管理事務所に戻って、委員長の執務室の戸棚を開けた。戸棚には、段ボールに入った封筒が、重ねられて入っている。国連(UNOCI)の封印があるから、国連によって届けられたもののようだ。ダア委員長は、一つの封筒の封を切った。中から、「灰色名簿」の新品が出てきた。
「今回の異議申立ての再開にあたって、再び送られてきたものですよ。」
改めてベニヤ板に貼って、古いものと取り換えないのですか、と聞いたら、ベニヤ板も糊も、買うお金がないのだという。

このように、選挙人名簿は大事に倉庫に仕舞われ、新しく送られてきた名簿も、資金不足のため棚に眠ったままで、「異議申立て」の期間は過ぎようとしている。中央で、選挙手続きについて机の上でいろいろ考え、指示を出したつもりでも、現場の実情は理論通りには進んでいない。

「異議申立て」の手続きは終わった、と宣言しても、いや名簿さえ見ていないと言いだす人々が、全国各地で出て来るだろう。そうしたら、選挙管理委員会は、確かに不十分なところがあったので、さらに何週間か期間を延ばす、と言うのだろう。やれやれ、まだ先はだいぶん長いようである。

 アボボ地区の選挙管理委員会事務所
普通の住宅を借り上げたもの

 事務所の中
委員たちは給料を受取りに行って不在

 ダア選挙管理委員長が説明してくれる。

 事務室の外で、異議申立て申請の順番を待つ人々
若い人が多い

 小学校の一部が、暫定選挙人名簿の公示場所に指定されている。
名簿は倉庫に仕舞ってあったのを、持ってきて貰った。

 白色名簿(コートジボワール人と認定された人々のリスト)

 白色名簿には斜め線は入っていない。

 これは灰色名簿(コートジボワール人である証拠が不十分な人々)
大きく斜め線が入っている。

 名簿はびりびり破られている。

 白色名簿も破られている。

 管理しろと言われても出来ない、と言う学校の用務員さん

 国連(UNOCI)から届けられた名簿
まだ段ボール箱にそのまま仕舞ってある。

 封を開けたら出てきた、灰色名簿の新品


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。