「友愛朝報」の記事(5月19日付)に、一人の男がベッドに横たわっている写真とともに、見出しが「監獄から病院へ」とある。男は、インタビューに答えている。
「私は、もうかれこれ34年間、高血圧症を患っている。糖尿病でもあるし、先週金曜日に、血糖値が危険な状態になったので、監獄を出されてここに来ることになった。」
タペ・ドーという名前の囚人は、監獄から病院に移されたのだ。監獄とは、ここで「マカ」とよばれているアビジャン刑務所(MACA:Maison d'Arret et Correction d'Abidjan)のことである。彼によると、監獄での生活は、囚人どうしの団結だけが頼りだ。互いのところにきた食事の差し入れを、分かち合う。
「それが監獄というところだ。そして、たくさん考え事をする。精神的な強さが、常に必要だ。」
私は、「マカ」の中を、2度ほど訪れたことがある。その体験は強烈で、このブログにはとても書けなかった。定員1500人のところに、5千人以上が収容されている。そして、国からの運営予算は滞り、生活環境の維持はおろか、囚人への食事も極端に足りない状態にある、といえば、ある程度は想像がつくであろう。私が「マカ」を訪ねたときにも、タペ・ドーは、建物のどこかにいたはずである。
「監獄で病気を治療するというのは、お金が無いから、大変な困難なのだ。医者に払う、1万5千フラン(3千円)が出せない。あれ以来、私たちの銀行口座は、凍結されてしまったからね。」
そして、彼の周りにあれほどいた著名人たちも、監獄に彼を訪れようとはしなかった。彼に面会にやって来るだけで、自分も逮捕されて監獄入りになると、懸念されていたからだ。彼と関係があるということだけで、共謀者と見做されかねなかった。
「監獄というのは、まだ生きている人間を投げ込む墓場だね。自分が国のためにやってきた仕事には、後悔はないよ。でも、人生は失われた。人生には、思いもよらない展開がある。突然目隠しをされ、しばらく歩けといわれ、目隠しを取られたら、とんでもないところにいるようなものだ。結局、人生の道筋は、神様が引いている。神様が、この人の道筋は監獄に引かれる、と決めれば、人間にはどうしようもない。」
この哀れな囚人タペ・ドーについて、今を去る6年前、2004年ごろに書かれた記述がある。報道記者キャロル・オフの著作「Bitter Chocolate」(邦訳:「チョコレートの真実」)は、カカオ生産をめぐる問題について書かれた本である。そのなかに、こう述べられている。
「コーヒー・カカオ基金(BCC)の代表、ルシアン・タペ・ドーは、カカオ・コネクション屈指の実力者だ。オフィスの待合室には、問題を抱えた人々が詰めかけ、タペ・ドーが姿を見せると、一斉にはじかれたように立ち上がる。・・・・・タペ・ドーもカカオ・コネクションの再編から利益を得た大金持ちの一人だ。BCCは、中でも最も実態の不明瞭な機関だ。一応、コートジボワールの最も重要な輸出品の管理にあたることになっている。地元の人々は彼のことを、教育のない「ブッシュマン」だと言うが、抜け目無く用心深い、やり手のブッシュマンだ。アフリカのナショナリズムの情熱が、どのような目的のためにでも操れるということを、彼は示している。」
その「大金持ち」の彼が、いったいどういう訳で、医者に払うお金にも事欠くような悲惨な状態にいるのだろう。彼は、2008年6月に逮捕された。もうかれこれ2年を、監獄で過ごしている。彼の容疑は公金横領である。しかし、この2年間、裁判などの司法手続きは全く取られず、監獄に放ったらかしにされている。そして、タペ・ドーのように、公金横領の容疑で2年前に拘束され、「マカ」に投げ込まれて、そのまま放ったらかしにされている人々は、全部で23人にのぼる。
名前を挙げてみる。
(1) コーヒー・カカオ基金(BCC:la Bourse du Café-Cacao)関係者4名
タペ・ドー・ルシアン(総裁)、タノ・カシ・カディオ(事務局長)、メンサー・ビビアン・マニャン(経理部長)、ボル・ソフィ・ローラ・アデーレ
(2) コーヒー・カカオ生産者活動開発促進基金(FDPCC:Le Fonds de Développement et de Promotion des activités des Producteurs de Café et Cacao)関係者3名
アンリ・アマズー(総裁)、テオフィレ・クアシ(事務局長)、オボジ・アメナン・ロジーヌ(経理部長)
(3) コーヒー・カカオ規制管理基金(FRC:Le Fonds de Régulation et de Contrôle)関係者3名
アンジェリーヌ・キリ(総裁)、クアク・フィルマン(事務局長)、クアシ・ドウリ・プロスパー
(4) コーヒー・カカオ生産組合保証基金(FGCCC:Fonds de Garantie des Coopératives Café et Cacao)関係者3名
ジャック・マングア・コフィ・サラカ(総裁)、ジャンクロード・バイユ・バニヨン(事務局長)、アルフレッド・ニャコ・ソクリ
(5) ニューヨーク・チョコ菓子会社(NYCCC:New York chocolate and confections compagny)関係者3名
ルイ・オケニ・オケニ(社長)、ジャンクロード・アモン(取締役)、ガブリエレ・ヤレ・アブレ
(6)農村開発整備社(SAREM:Société d'aménagement rural d'équipement et de mécanisation)関係者2名
ダニエル・アボ・アクパンデ、サヘ・クアディオ
(7)その他
イブリーヌ・アカ(COCO SERVICE、SGETAB支配人)、クラ・バニー・ブレーズ(SIFCA事務次長)、ムッサ・バド(FOREXI)、ディブ・トー・ランベール(FDPCC)、スアンガ・コフィ・サラカ(SIMATP)
全員コーヒー・カカオ事業の関係者、それも多くは最高幹部たちではないか。コーヒー・カカオ生産に関係するほとんどの公的機関の幹部が、「公金横領」の疑いで一網打尽に逮捕されたという、大事件だったのだ。コートジボワールの基幹産業である、コーヒー・カカオ生産で起こった、これだけの規模の汚職事件。そして、2年経つのに、ろくに裁判手続きさえとらずに、逮捕した幹部を監獄に放置していること。そして、彼ら幹部はみな社会に影響力があった人々のはずなのに、国民も報道も、このような目に逢っている彼らをまるで見捨てたまま、忘れ去ってしまっているように見えること。何もかも、私には驚きである。
そして何より、そういう酷い目にあっているタペ・ドー自身が、自分は裁判手続きも取られないまま放置されている、このようなことは人権無視だ、という口ぶりではない。もちろん容疑者の身で、新聞取材にそういう答えはできないという事情があるかもしれない。でも、インタビューの終わりに、監獄の方がこの病院よりいい、というようなことさえ言っている。とにかく変だ。不可解なことがあったら、探ってみたくなるのが私の性分である。少し背景を調べてみよう、と思った。
(続く)
「私は、もうかれこれ34年間、高血圧症を患っている。糖尿病でもあるし、先週金曜日に、血糖値が危険な状態になったので、監獄を出されてここに来ることになった。」
タペ・ドーという名前の囚人は、監獄から病院に移されたのだ。監獄とは、ここで「マカ」とよばれているアビジャン刑務所(MACA:Maison d'Arret et Correction d'Abidjan)のことである。彼によると、監獄での生活は、囚人どうしの団結だけが頼りだ。互いのところにきた食事の差し入れを、分かち合う。
「それが監獄というところだ。そして、たくさん考え事をする。精神的な強さが、常に必要だ。」
私は、「マカ」の中を、2度ほど訪れたことがある。その体験は強烈で、このブログにはとても書けなかった。定員1500人のところに、5千人以上が収容されている。そして、国からの運営予算は滞り、生活環境の維持はおろか、囚人への食事も極端に足りない状態にある、といえば、ある程度は想像がつくであろう。私が「マカ」を訪ねたときにも、タペ・ドーは、建物のどこかにいたはずである。
「監獄で病気を治療するというのは、お金が無いから、大変な困難なのだ。医者に払う、1万5千フラン(3千円)が出せない。あれ以来、私たちの銀行口座は、凍結されてしまったからね。」
そして、彼の周りにあれほどいた著名人たちも、監獄に彼を訪れようとはしなかった。彼に面会にやって来るだけで、自分も逮捕されて監獄入りになると、懸念されていたからだ。彼と関係があるということだけで、共謀者と見做されかねなかった。
「監獄というのは、まだ生きている人間を投げ込む墓場だね。自分が国のためにやってきた仕事には、後悔はないよ。でも、人生は失われた。人生には、思いもよらない展開がある。突然目隠しをされ、しばらく歩けといわれ、目隠しを取られたら、とんでもないところにいるようなものだ。結局、人生の道筋は、神様が引いている。神様が、この人の道筋は監獄に引かれる、と決めれば、人間にはどうしようもない。」
この哀れな囚人タペ・ドーについて、今を去る6年前、2004年ごろに書かれた記述がある。報道記者キャロル・オフの著作「Bitter Chocolate」(邦訳:「チョコレートの真実」)は、カカオ生産をめぐる問題について書かれた本である。そのなかに、こう述べられている。
「コーヒー・カカオ基金(BCC)の代表、ルシアン・タペ・ドーは、カカオ・コネクション屈指の実力者だ。オフィスの待合室には、問題を抱えた人々が詰めかけ、タペ・ドーが姿を見せると、一斉にはじかれたように立ち上がる。・・・・・タペ・ドーもカカオ・コネクションの再編から利益を得た大金持ちの一人だ。BCCは、中でも最も実態の不明瞭な機関だ。一応、コートジボワールの最も重要な輸出品の管理にあたることになっている。地元の人々は彼のことを、教育のない「ブッシュマン」だと言うが、抜け目無く用心深い、やり手のブッシュマンだ。アフリカのナショナリズムの情熱が、どのような目的のためにでも操れるということを、彼は示している。」
その「大金持ち」の彼が、いったいどういう訳で、医者に払うお金にも事欠くような悲惨な状態にいるのだろう。彼は、2008年6月に逮捕された。もうかれこれ2年を、監獄で過ごしている。彼の容疑は公金横領である。しかし、この2年間、裁判などの司法手続きは全く取られず、監獄に放ったらかしにされている。そして、タペ・ドーのように、公金横領の容疑で2年前に拘束され、「マカ」に投げ込まれて、そのまま放ったらかしにされている人々は、全部で23人にのぼる。
名前を挙げてみる。
(1) コーヒー・カカオ基金(BCC:la Bourse du Café-Cacao)関係者4名
タペ・ドー・ルシアン(総裁)、タノ・カシ・カディオ(事務局長)、メンサー・ビビアン・マニャン(経理部長)、ボル・ソフィ・ローラ・アデーレ
(2) コーヒー・カカオ生産者活動開発促進基金(FDPCC:Le Fonds de Développement et de Promotion des activités des Producteurs de Café et Cacao)関係者3名
アンリ・アマズー(総裁)、テオフィレ・クアシ(事務局長)、オボジ・アメナン・ロジーヌ(経理部長)
(3) コーヒー・カカオ規制管理基金(FRC:Le Fonds de Régulation et de Contrôle)関係者3名
アンジェリーヌ・キリ(総裁)、クアク・フィルマン(事務局長)、クアシ・ドウリ・プロスパー
(4) コーヒー・カカオ生産組合保証基金(FGCCC:Fonds de Garantie des Coopératives Café et Cacao)関係者3名
ジャック・マングア・コフィ・サラカ(総裁)、ジャンクロード・バイユ・バニヨン(事務局長)、アルフレッド・ニャコ・ソクリ
(5) ニューヨーク・チョコ菓子会社(NYCCC:New York chocolate and confections compagny)関係者3名
ルイ・オケニ・オケニ(社長)、ジャンクロード・アモン(取締役)、ガブリエレ・ヤレ・アブレ
(6)農村開発整備社(SAREM:Société d'aménagement rural d'équipement et de mécanisation)関係者2名
ダニエル・アボ・アクパンデ、サヘ・クアディオ
(7)その他
イブリーヌ・アカ(COCO SERVICE、SGETAB支配人)、クラ・バニー・ブレーズ(SIFCA事務次長)、ムッサ・バド(FOREXI)、ディブ・トー・ランベール(FDPCC)、スアンガ・コフィ・サラカ(SIMATP)
全員コーヒー・カカオ事業の関係者、それも多くは最高幹部たちではないか。コーヒー・カカオ生産に関係するほとんどの公的機関の幹部が、「公金横領」の疑いで一網打尽に逮捕されたという、大事件だったのだ。コートジボワールの基幹産業である、コーヒー・カカオ生産で起こった、これだけの規模の汚職事件。そして、2年経つのに、ろくに裁判手続きさえとらずに、逮捕した幹部を監獄に放置していること。そして、彼ら幹部はみな社会に影響力があった人々のはずなのに、国民も報道も、このような目に逢っている彼らをまるで見捨てたまま、忘れ去ってしまっているように見えること。何もかも、私には驚きである。
そして何より、そういう酷い目にあっているタペ・ドー自身が、自分は裁判手続きも取られないまま放置されている、このようなことは人権無視だ、という口ぶりではない。もちろん容疑者の身で、新聞取材にそういう答えはできないという事情があるかもしれない。でも、インタビューの終わりに、監獄の方がこの病院よりいい、というようなことさえ言っている。とにかく変だ。不可解なことがあったら、探ってみたくなるのが私の性分である。少し背景を調べてみよう、と思った。
(続く)
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