goo blog サービス終了のお知らせ 

コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

大統領に祝辞を届ける

2010-05-10 | Weblog
大統領宣誓式の翌日に、ニヤシンベ大統領への表敬訪問を要請してある。私は手元に、大統領の就任をお祝いする、天皇陛下からのお言葉を一通、鳩山総理からの書簡を一通、それぞれ携えている。これらを直接大統領にお渡しする、という使命なのだ。

一方で、前日以来これだけ世界各国からおおぜいの代表が来訪し、彼らもお祝いの言葉をそれぞれ携えているだろうから、表敬要請が大統領のもとに殺到しているだろう。また、宣誓式の翌日というのは、大統領の仕事の第一日目である。いろいろ公式行事が続くだろう。私の表敬訪問が実現するのは難しかろうと思われた。大統領への表敬訪問が実現しない時には、お祝いの書簡をどう伝達するべきか、考えておかなければならない。

しかし、心配無用であった。翌日の朝、宿舎でまだ顔を洗っていたら、大統領官邸に8時半に来てくれ、という連絡である。よかった、ニヤシンベ大統領に会える。いつもトーゴは、日本のことならば最優先で考えてくれるのだ。あと1時間だ。私は慌てて礼服に着替え、車で新大統領官邸に向かった。一日の執務の一番初めに、私に会うということになったようだ。

ニヤシンベ大統領は、いつものように笑顔と握手で私を迎えてくれる。同じ笑顔でも、いつもの儀礼臭さはなく、今日はずっと自然な笑顔である。明らかに、ここ1年以上前からの課題を終えて、選挙をやりおおせた安堵が、大統領の表情に滲み出ている。

「改めてお祝いを申し上げます。今日は、貴大統領の第二期目の、初日にあたるわけです。初日のお仕事のさらにその最初に、私とお会いいただき、たいへん光栄です。私がお伝えするお祝いは、日本国民からものもでもあります。そして、ここに天皇陛下からのお言葉と、鳩山総理からの祝辞をお伝えする次第です。」
私は、二つの封筒を大統領に手渡す。大統領は、陛下のお言葉、総理の祝辞と、順番に取り出して読んでから、横に置いた。
「たいへん暖かい祝辞をいただき、有難く思います。天皇陛下と総理に、くれぐれも宜しくとお伝えいただきたい。」
ニヤシンベ大統領は、そう私に告げた。

「日本には、勝って兜の緒を締めよ、という諺があります。勝利を収めたときこそ、油断せずにことを進めていかなければならない、という戒めです。今日の初日こそ、トーゴの発展と繁栄という、貴大統領にとっての目標にむけて、しっかりとした一歩を踏み出してください。」
私は、ニヤシンベ大統領がトーゴの国民の幸福のために働かれるにあたり、日本として支援をしていきたい、と述べる。そして国際社会においても、一緒に協力できることがある。北朝鮮に対する人権決議に、トーゴは協力してくれた。鯨や鮪の問題が生じたときも、トーゴは日本の味方をしてくれている。国際協力の分野で、日本とトーゴは手を携えていけるのだ、と話した。

ニヤシンベ大統領は、私に応える。
「日本は、めぼしい資源などが無いにもかかわらず、経済大国に発展しました。トーゴの発展には、お手本となる国です。」
いつものとおり、大統領の言葉に、日本への憧れを感じる。

「それで、そのお国の第一線企業であるトヨタのことです。トヨタほどの企業がいったいどうしてしまったのかと、ちょっと驚きですね。あれは、技術的問題ですか、経営上の問題ですか。」
大統領から、突然のご下問である。私は答える。やはり、ユーザーの声に対して迅速に反応できなかったという経営の問題でしょう。でも、トヨタ技術陣の水準は高いので、きっと信頼を回復できるものと期待しています。

と答えながら、これでは外交上の答弁でしかないな、と自分で感じる。せっかく大統領が、直接日本大使に見方を尋ねているのである。なるほどと思わせる回答が必要だ。
「私も、アビジャンで「RAV4」というトヨタの車を、私用車に使っているのです。」
私は、ちょっと砕けた調子で、饒舌にしゃべる。

「それで、自分で運転して思いますけれどね、全てがコンピューター制御なのです。何を計算しているのか、アクセルを踏んだ通りには加速しないし、少し踏み込むと、燃費の計算が表示されます。雨がぱらついただけで、ワイパーが動き出します。ちょっと、俺が運転手なんだぞ、勝手に考えるな、と言いたくなる。トヨタは、技術革新を信頼して、最新技術を取り入れるのに急いだあまり、運転する人のほうに、こんなにコンピューターに任せて大丈夫だろうか、と思わせてしまったのじゃないでしょうか。これは全くの私見ですけれど。」

ニヤシンベ大統領のほうも、大役を終えた後で気が晴れているのか、相槌を打ちながら聞いてくれている。私は、少し日頃考えていることを披露してみた。
「思うのですけれど、アフリカで大統領制というのは、難しい面がある。大統領制では、選挙で一人の人が選ばれて、その人が全ての権力を握る。英語で言うと「winner takes all」という制度です。ところがアフリカの伝統社会では、強い人はたくさん得るとしても、弱い人も幾分か得る。そのために、村などの集会で延々と議論するのです。こういう社会文化の中では、大統領選挙で負けたからといって、野党側の人々が何もかも得られないというのでは、たいへん不満が募ることになると思うのですよ。」

ニヤシンベ大統領は、私が何を言いたいのかは分かっている、といったふうで応えた。
「たしかに、大統領制というのはそういう面がありますね。しかしながら、トーゴの場合、半大統領制(semi-présidentiel)なのです。憲法上、議会の多数派が政府を形作る、つまり首相職を取るということですからね。大統領が絶対というわけではない。私は、選挙に勝った後も、政治の門戸を野党側に開いているのです。ただ、野党側が頑迷で、私の呼びかけに応えないのです。」

ニヤシンベ大統領と、政治制度について議論するのが目的ではない。ニヤシンベ大統領が野党との対話を通じて国民和解を進めることを、日本や国際社会が期待しているのだ、と分かってもらえればいい。そして、ニヤシンベ大統領は、米国で修士号を収めているだけのことがある、こちらから政治制度の議論を持ち出しても、的確に応じてきた。私はそれ以上深入りせず、当面はいろいろと政治の懸案が多いでしょう、またしばらくしたらロメを訪れますので、その時にはゆっくりお話ししたい、と述べて大統領のもとを辞去した。

その後で、バワラ開発相に会いに行ったら、バワラ開発相は、大統領が選挙後同じ大使と2度会談したということはない、と言う。まだ大統領との会談が果たせていない大使すらたくさんいるのに、さすが日本大使ですね。私は、それは日本への期待感と受け取りますよ、と応えた。期待感は、その夜のテレビ放送にも表れていた。大統領への私の表敬訪問がトップニュースになり、天皇陛下と鳩山総理の祝辞が、アナウンサーによって全文読み上げられた。私が届けた祝辞は、その日のうちに全国の国民に披露された。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。