気候変動問題については、各国に温室効果ガスの削減義務を課した「京都議定書」を発展させて、新たな枠組み条約を作らなければならないという課題がある。ところが、昨年12月のコペンハーゲンでの首脳会議では、そうした検討をしようとして、各国の意見がまとまらなかった。「コペンハーゲン合意」が用意されたけれど、採択に至らなかったのである。今後、流れがどっちの方向に向かうのか、日本としては気が抜けない。その一方で、日本は、新たな枠組み条約が成立するのを待たず、「鳩山イニシアティブ」を打ち出して、気候変動問題に積極的な貢献策を打ち出している。
「鳩山イニシアティブ」とは、積極的に気候変動対策に取り組んでいる開発途上国や、気候変動の悪影響に脆弱な開発途上国に対して、おおむね150億ドルの支援を実施していく、というものである。こうした日本の積極的な政策に、アフリカ諸国の理解と支持を得ていきたい。そして気候変動問題の議論がこれから続いていくなかで、アフリカ諸国を日本の味方につけていきたい。そうした働きかけのために、格好の機会となるのが、来週5月の2-3日に、タンザニアのアルーシャで開催される「TICAD閣僚会合」である。だから、「気候変動対策」が議題の一つとしてあげられている。
さて、コートジボワールとの間では、「鳩山イニシアティブ」の一環として、先日「森林保全計画」への日本の支援が決定された。総額15億円の支援策である。だから、大使としては、この「TICAD閣僚会合」でこそ、しっかりコートジボワールが日本の政策や、具体的な取り組みを宣伝してくれることを期待している。いや、期待しているだけでは駄目だ。根回しをしなければ。
アルーシャに、コートジボワール代表団を率いるのは、カク・ジェルベ外相である。最近の内閣改造で、選挙管理委員長になったバカヨコ前外相の後を継いだ、新任の外相だ。根回しといっても、外相を外務省の執務室に訪ねていって話をするというのでは生ぬるい。ここはそれ、和食攻勢だ。それで、外相以下、代表団の8人全員を公邸に夕食に招いたのである。カク・ジェルベ外相は、今を去ること40年前に、若き外交官として東京に赴任していた。だから、和食はとても懐かしいはずである、と読んだ。
さて、代表団の面々とともに集まったカク・ジェルベ外相は、公邸に入るなり、日本だ、日本だと喜んでいる。薬師寺の塔や東京タワーの模型の前で、ここに行ったよと懐かしそうである。富士山の日本画の額がかかっている。そうそう、こういう風に富士山が見えるところに、山登りしたことがある。でも、一番美しい富士山は、新幹線から見る富士山だったよなあ。
「ちょうど私の任期の間に、大阪万博がありました。その頃は、コートジボワールは昇り調子の国だったから、立派なパビリオンを出しましたよ。」
そうそう、私は1970年の大阪万博のときに、小学校6年生だった。大阪が地元だから、万博には何回も通った。「象牙海岸館」は、白い象牙を縦に立てたような意匠だった。アフリカ諸国が、他の国々と合同で出展していた中で、コートジボワールは堂々と、独立した館であった。私も「象牙海岸館」を訪ねている。まさか40年後に、その国で日本大使を務めることになろうとは思いもしない。
食堂にご案内し、料理に移る。公邸料理人君に考えてもらった献立である。
<和菜盛り合わせ>鴨ロース、羊つくね、出汁巻、豆腐、野菜ゼリー寄せ、鮪カルパチョ風、魚南蛮漬、一口蕎麦
<寿司>鮪握り、鱈手毬、巻寿司、鯵押寿司
<天婦羅>海老、烏賊、白身魚、帆立
<和牛ステーキ>温野菜、ガーリックライス付け合せ
<甘味>氷菓、果物
まずは前菜を出す。外相は、さすがに北沢に3年間住んでいただけあって、箸を普通に使う。他の代表団の面々は、箸に戸惑っている。いつもながら、箸の使い方を講義する。そして、前菜の一品として蕎麦を付けてある。お猪口に入れた蕎麦を、箸で上手に食べながら、カク・ジェルベ外相が言う。
「東京にいるときには、蕎麦ばかり食べていたなあ。」
はあ、そんなに蕎麦がお好きですか。
「そう、電話で頼むとね、すぐに家まで届けてくれるんだ。」
それは、出前というやつですよ。
私は席で起立して、杯を上げる。ちょっと、乾杯の挨拶をさせてください。
「日本をよくご存じの外相閣下を、わが公邸にお呼びできて、大変光栄です。代表団の全員が、忙しい中に招待に応じてくださり、感謝します。」
そして私は、カク・ジェルベ外相と最初にお会いした時に、日本は大統領選挙がおこなわれるまでは、二国間の経済協力を本格的に始めることはできないけれども、国際社会における諸課題について、日本とコートジボワールが一緒に手を携えて取り組むことはできる、という話をしましたよね、と話す。
「環境問題というのは、まさにそうした、両国が共同で取り組める課題ではないでしょうか。実際に、コートジボワールが「コペンハーゲン合意」に早々と賛成を表明したことは、この合意を強く推進するべきと考えている日本には、たいへん心強いことでした。そして、つい先々週に、外相閣下とともに、「鳩山イニシアティブ」の一環として日本が行う「森林保全計画」の、交換公文に署名しました。そして、来週の「TICAD閣僚会合」では、気候変動対策が議題として取り上げられるわけです。これは、神の配剤です。」
いきなり、神様まで持ち出す。
「私は、外相閣下に、この神様がくれた巡り合わせに乗ってもらいたい。ぜひともわれわれが一緒に作ってきた「森林保全計画」を、今回の「TICAD閣僚会合」の場で、各国からの参加者全ての前で、誇ってもらいたいのであります。」
そう言って、私は一枚の紙を渡す。紙には、カク・ジェルベ外相が話してくれたらいいな、と私が考えている内容が、項目立てで列挙されている。
「いえ、これは単に覚え書きということで、もちろん発言は外相閣下のご自由ですけれど、私としては、こんなにいい機会はないと思うのです。私の代わりに外相閣下から、ぜひこの誇らしい計画、「鳩山イニシアティブ」の先駆けともいえるこの計画について、世間に広く紹介してほしいと考えるのです。」
そして私は、皆さんの出張と会議の成功を祈るといって、一緒に乾杯をした。
カク・ジェルベ外相は、応えて言う。
「もう発言の草稿は、素案を起案してきましたよ。「森林保全計画」の話は、すでに盛り込んであります。私としても、コートジボワールの例を宣伝するのに異存はありません。ぜひ、大使の言われた内容を、発言させてもらいましょう。」
そして、大使の言う内容はちゃんと入っているよな、と傍らの女性事務官に確認した。女性事務官は、頷いている。
これで問題の要点を、外相の頭に入れることができた。私はひとまず目的を達して安堵した。寿司、天婦羅と食事が進み、ワインもずいぶん入って、皆上機嫌になった。いやあ、出発の前日に既に皆でこれだけ盛り上がれて、団結ができた。大使にはたいへん良い夕食をしていただいた、と誰彼なく喜んでいる。あとは皆が、酔いが醒めたあとに、私の言ったことを覚えているかだ。でも大丈夫。口で述べただけでなく、紙に書いて渡してある。こうして、カク・ジェルベ外相を迎えての夕食会は、夜遅くまでさまざまな話題に花を咲かせたのである。
「鳩山イニシアティブ」とは、積極的に気候変動対策に取り組んでいる開発途上国や、気候変動の悪影響に脆弱な開発途上国に対して、おおむね150億ドルの支援を実施していく、というものである。こうした日本の積極的な政策に、アフリカ諸国の理解と支持を得ていきたい。そして気候変動問題の議論がこれから続いていくなかで、アフリカ諸国を日本の味方につけていきたい。そうした働きかけのために、格好の機会となるのが、来週5月の2-3日に、タンザニアのアルーシャで開催される「TICAD閣僚会合」である。だから、「気候変動対策」が議題の一つとしてあげられている。
さて、コートジボワールとの間では、「鳩山イニシアティブ」の一環として、先日「森林保全計画」への日本の支援が決定された。総額15億円の支援策である。だから、大使としては、この「TICAD閣僚会合」でこそ、しっかりコートジボワールが日本の政策や、具体的な取り組みを宣伝してくれることを期待している。いや、期待しているだけでは駄目だ。根回しをしなければ。
アルーシャに、コートジボワール代表団を率いるのは、カク・ジェルベ外相である。最近の内閣改造で、選挙管理委員長になったバカヨコ前外相の後を継いだ、新任の外相だ。根回しといっても、外相を外務省の執務室に訪ねていって話をするというのでは生ぬるい。ここはそれ、和食攻勢だ。それで、外相以下、代表団の8人全員を公邸に夕食に招いたのである。カク・ジェルベ外相は、今を去ること40年前に、若き外交官として東京に赴任していた。だから、和食はとても懐かしいはずである、と読んだ。
さて、代表団の面々とともに集まったカク・ジェルベ外相は、公邸に入るなり、日本だ、日本だと喜んでいる。薬師寺の塔や東京タワーの模型の前で、ここに行ったよと懐かしそうである。富士山の日本画の額がかかっている。そうそう、こういう風に富士山が見えるところに、山登りしたことがある。でも、一番美しい富士山は、新幹線から見る富士山だったよなあ。
「ちょうど私の任期の間に、大阪万博がありました。その頃は、コートジボワールは昇り調子の国だったから、立派なパビリオンを出しましたよ。」
そうそう、私は1970年の大阪万博のときに、小学校6年生だった。大阪が地元だから、万博には何回も通った。「象牙海岸館」は、白い象牙を縦に立てたような意匠だった。アフリカ諸国が、他の国々と合同で出展していた中で、コートジボワールは堂々と、独立した館であった。私も「象牙海岸館」を訪ねている。まさか40年後に、その国で日本大使を務めることになろうとは思いもしない。
食堂にご案内し、料理に移る。公邸料理人君に考えてもらった献立である。
<和菜盛り合わせ>鴨ロース、羊つくね、出汁巻、豆腐、野菜ゼリー寄せ、鮪カルパチョ風、魚南蛮漬、一口蕎麦
<寿司>鮪握り、鱈手毬、巻寿司、鯵押寿司
<天婦羅>海老、烏賊、白身魚、帆立
<和牛ステーキ>温野菜、ガーリックライス付け合せ
<甘味>氷菓、果物
まずは前菜を出す。外相は、さすがに北沢に3年間住んでいただけあって、箸を普通に使う。他の代表団の面々は、箸に戸惑っている。いつもながら、箸の使い方を講義する。そして、前菜の一品として蕎麦を付けてある。お猪口に入れた蕎麦を、箸で上手に食べながら、カク・ジェルベ外相が言う。
「東京にいるときには、蕎麦ばかり食べていたなあ。」
はあ、そんなに蕎麦がお好きですか。
「そう、電話で頼むとね、すぐに家まで届けてくれるんだ。」
それは、出前というやつですよ。
私は席で起立して、杯を上げる。ちょっと、乾杯の挨拶をさせてください。
「日本をよくご存じの外相閣下を、わが公邸にお呼びできて、大変光栄です。代表団の全員が、忙しい中に招待に応じてくださり、感謝します。」
そして私は、カク・ジェルベ外相と最初にお会いした時に、日本は大統領選挙がおこなわれるまでは、二国間の経済協力を本格的に始めることはできないけれども、国際社会における諸課題について、日本とコートジボワールが一緒に手を携えて取り組むことはできる、という話をしましたよね、と話す。
「環境問題というのは、まさにそうした、両国が共同で取り組める課題ではないでしょうか。実際に、コートジボワールが「コペンハーゲン合意」に早々と賛成を表明したことは、この合意を強く推進するべきと考えている日本には、たいへん心強いことでした。そして、つい先々週に、外相閣下とともに、「鳩山イニシアティブ」の一環として日本が行う「森林保全計画」の、交換公文に署名しました。そして、来週の「TICAD閣僚会合」では、気候変動対策が議題として取り上げられるわけです。これは、神の配剤です。」
いきなり、神様まで持ち出す。
「私は、外相閣下に、この神様がくれた巡り合わせに乗ってもらいたい。ぜひともわれわれが一緒に作ってきた「森林保全計画」を、今回の「TICAD閣僚会合」の場で、各国からの参加者全ての前で、誇ってもらいたいのであります。」
そう言って、私は一枚の紙を渡す。紙には、カク・ジェルベ外相が話してくれたらいいな、と私が考えている内容が、項目立てで列挙されている。
「いえ、これは単に覚え書きということで、もちろん発言は外相閣下のご自由ですけれど、私としては、こんなにいい機会はないと思うのです。私の代わりに外相閣下から、ぜひこの誇らしい計画、「鳩山イニシアティブ」の先駆けともいえるこの計画について、世間に広く紹介してほしいと考えるのです。」
そして私は、皆さんの出張と会議の成功を祈るといって、一緒に乾杯をした。
カク・ジェルベ外相は、応えて言う。
「もう発言の草稿は、素案を起案してきましたよ。「森林保全計画」の話は、すでに盛り込んであります。私としても、コートジボワールの例を宣伝するのに異存はありません。ぜひ、大使の言われた内容を、発言させてもらいましょう。」
そして、大使の言う内容はちゃんと入っているよな、と傍らの女性事務官に確認した。女性事務官は、頷いている。
これで問題の要点を、外相の頭に入れることができた。私はひとまず目的を達して安堵した。寿司、天婦羅と食事が進み、ワインもずいぶん入って、皆上機嫌になった。いやあ、出発の前日に既に皆でこれだけ盛り上がれて、団結ができた。大使にはたいへん良い夕食をしていただいた、と誰彼なく喜んでいる。あとは皆が、酔いが醒めたあとに、私の言ったことを覚えているかだ。でも大丈夫。口で述べただけでなく、紙に書いて渡してある。こうして、カク・ジェルベ外相を迎えての夕食会は、夜遅くまでさまざまな話題に花を咲かせたのである。
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