横浜市の化学機械メーカー「大川原化工機」の大川原正明社長など幹部3人は5年前、軍事転用が可能な機械を不正に輸出したとして逮捕・起訴されましたが、その後、起訴が取り消され、無実が明らかになりました。
社長などは「違法な捜査で苦痛を受けた」として訴えを起こし、東京高等裁判所はことし5月、警視庁公安部と東京地検の捜査の違法性を認めて都と国にあわせて1億6600万円余りの賠償を命じ、この判決が確定しました。
これを受けて、警視庁は副総監をトップとする検証チームを立ち上げて一連の捜査の問題点について検証を進め、その結果をまとめた報告書を7日公表しました。
今回の事件の捜査は警視庁公安部外事1課の管理官ら2人が中心になっていたということですが、報告書では、この2人が積極的に捜査を進める中、捜査員からの慎重な意見に耳を傾けようとせず、捜査方針を再考する機会が失われていたと指摘しています。
さらに、公安部長ら幹部への捜査状況の報告が形骸化し、実質的な捜査指揮が存在しなかったとしたうえで、「捜査の指揮系統が本来発揮すべき機能を果たさず、大きな過ちにつながった」と結論づけています。
大川原化工機えん罪 警視庁公安歴代幹部ら19人処分・処分相当
横浜市の「大川原化工機」の社長など3人が逮捕され、その後、無実が明らかになったえん罪事件で、警視庁は7日、「公安部長ら捜査の指揮系統が本来発揮すべき機能を果たさず、大きな過ちにつながった」などとする内容の検証結果を公表しました。
また、警察当局は退職者を含む警視庁公安部の歴代の幹部らあわせて19人を処分、または処分相当としました。
警視庁の検証結果【詳しく】
検証結果を受けて、迫田裕治警視総監は7日に異例の記者会見を開き「捜査の基本を欠き、真摯(しんし)に反省しています。逮捕された3人の方々や捜査対象となった会社の関係者の方々に多大なご心労、ご負担をおかけしたことについて、改めて深くおわび申し上げます」と述べて謝罪しました。
処分・処分相当の詳細は
警察当局は7日、3人が逮捕された当時に公安部長を務めていた近藤知尚氏を「警察庁長官訓戒」相当とするなど、退職者を含む警視庁公安部の歴代の幹部らあわせて19人を処分、または処分相当としました。
公安部長と参事官2人、それに公安総務課長のいわゆる「四役」を務めた幹部は10人に上っていて、3人が逮捕された当時に公安部長を務めていた近藤知尚氏は「警察庁長官訓戒」相当、参事官を務めていた中島寛氏は「警察庁長官官房長注意」としました。
強制捜査に乗り出すおよそ2か月前まで公安部長を務めた元幹部を警察庁の「口頭厳重注意」相当としています。
歴代の外事1課長4人も対象となっていて、このうち逮捕当時の課長だった名倉圭一氏は「警視総監訓戒」相当、ほかの3人は「警視総監注意」相当、「警務部長注意」相当などとなっています。
現場の捜査の中心を担っていた外事1課の管理官と係長の2人については、減給1か月の懲戒処分相当としました。
また、取り調べを担当した捜査員3人も処分の対象となり、このうち大川原化工機の取締役だった島田さんを担当した捜査員は「警務部長訓戒」としました。
警視庁は今後、再発防止に向けて、重要事件については公安部長が取りしきる捜査会議を導入するほか、公安総務課に捜査の監督・指導を行う部署を新たに設けるなどの対策を実施するとしています。
19人のうち、10人はすでに退職しているため処分はできませんが、減給1か月の懲戒処分相当となった2人は、減給にあたる額を自主返納したいと話しているということです。
大川原化工機えん罪事件とは?経緯と問題点【Q&A】
警察庁 不正輸出事件捜査で録音録画を全国警察に指示へ
最高検察庁が検証結果を公表
大川原社長「ギリギリ及第点」 検証結果公表を受け会見
検証結果のポイントは? 警視庁担当が解説
Q.今回の検証結果のポイントは
A.捜査指揮という組織のマネジメントに大きな問題があったと認めた点。このえん罪事件をめぐる民事裁判では、警視庁側は一貫して捜査の違法性を否定し、3人の捜査員が当時の捜査運営に批判的な証言をした時も「壮大な虚構が作り上げられた」などと反論していた。しかし、捜査の違法性を認定した2審の判決が確定したことを受けて、警視庁の検証チームは判決の内容に沿う形で問題点を洗い出し、えん罪を生んだ背景には公安部長ら当時の幹部による捜査指揮が機能していなかったことがあると結論づけた。当時の幹部の1人は検証チームの聞き取りに対し、「判決で指摘された捜査の問題点について、当時は認識していなかった」と話したという。検証結果を受けて、報告書では「反省事項を職員1人ひとりが深く胸に刻み、公安部全体の捜査指揮能力の向上につなげていかなければならない」としている。
Q.具体的な再発防止策は?
A.検証報告書の中で、警視庁は今後、適切な捜査指揮を担保するため、公安部長が取りしきる捜査会議を導入するほか、捜査の監督や指導を行う部署を新たに設けるなどの対策を進めるとしている。逮捕された3人のうち、会社の顧問を務めていた相嶋静夫さんは無実が明らかになる前に亡くなった。こうした事実と今回の検証結果を重く受け止め、えん罪を生まない組織に改革できるのか。真に実効性のある取り組みが求められている。
当時を知る警視庁関係者「なぜ こうした処分か疑問」
当時の捜査状況を知る警視庁の関係者がNHKの取材に応じました。
まず、警察当局の処分の内容については「処分は当然のことだが、人が亡くなっているのに、最も重くて『減給』という処分で相嶋さんの遺族が納得するのか。2審で認められた事実に忠実であるならば、なぜ、こうした処分になるのか疑問だ。うその調書を取ったり逮捕した人を欺いたりするような行為は刑事罰が相当であり、より重い処分が必要だったのではないか」とコメントしました。
また、公安部の捜査について裁判で「ねつ造ですね」などとした現職の警察官3人の証言について、警視庁側が「壮大な虚構だ」と主張していたことについては「今回、撤回したのは結構なことだが、裁判に出廷した警察官らの証言をどこまで事実と認めているのか。上層部の管理不足と部下の過失で丸く収めようとするなら話が違う」としています。
そして、警視庁の再発防止策については「公安部長が直接、捜査を指揮することで今回のようなえん罪事件を防げるかは疑問だ。経済産業省との関係では部長レベルの話し合いによって事件化したはずで、今回の事件は部長レベルが『全く知らなかった』事件ではない。この程度の再発防止策で終わるなら第三者の目を入れた再検証が必要になるのではないか」と指摘しました。
一方、不正輸出事件の一部について取り調べの録音・録画を実施する方針については「唯一、評価できる。警視庁はやりたがらなかった仕組みだが違法な捜査を抑止するには一定程度、効果があるだろう」とコメントしています。
元警察庁キャリア「報告なくわからないでは捜査指揮官と言えず」
警視庁公安部で捜査指揮を執った経験がある元警察庁キャリアで京都産業大学の田村正博客員教授は、警視庁の検証で捜査の指揮系統が機能せず、幹部への報告が形骸化していたと結論付けたことについて、「今回の事件は公安部長が指揮官であったのに部長にきちんとした報告がなかったことは問題で、部長の側も、捜査の問題点となり得ることをみずから知る努力をしなくてはならなかった。『細かい報告がないからわからない』では捜査指揮官とは言えない」と指摘しています。
また、公安部長に参事官と公安総務課長を加えた「四役」が捜査指揮をしていない状況だったとした検証内容については、「捜査指揮は一般的な組織運営とは異なり限られた人がすべての責任をもって判断するべきで、『四役』という曖昧な位置づけで責任を論じるべきではない。上位の幹部を含めて調査したことは評価できるが、部長の捜査指揮がどうあるべきだったのか、検証ではもっと突っ込んだ考察が必要だったのではないか」と指摘しました。
そのうえで、再発防止策として、部長が取りしきり四役や担当課長らが集まる「部長捜査会議」を導入することについて、「多数の人間が関与すれば捜査指揮の形骸化が改善されるわけではない。メンバー全員がみずからの責任で指揮に当たる覚悟を共通理解とすることが必要だ」として、現場の捜査員だけでなく公安部長ら幹部についても捜査の基本を学び直す研修の機会を設けるべきだと指摘しました。
また、警察庁が不正輸出事件の捜査のあり方を見直し、経済産業省と緊密な連絡・調整を行うことについては、「法令解釈が焦点となるような事件では、警察庁が主管省庁とのやり取りに関与するべきで、妥当な見直しだといえる。捜査結果が全国的な先例となることも想定して警察庁としても詰めの議論を行うことは当然の責任だ」と話していました。
田村客員教授は「警察には捜査権という重い権限が与えられているが、公共の秩序の維持という重要な任務があると同時に、相手の人権に対する重大な制限を伴うものでもある。その責任を常に重く受け止め、信頼回復に当たってほしい」と話していました。
東京地方裁判所は保釈の運用を変更
この事件では、保釈の運用のあり方を問う声が上がりました。
こうした中、東京地方裁判所では裁判官が当番制で保釈の可否を判断していた従来の運用を変更し、一部の事件について担当する裁判官を固定する取り組みを進めていて、適切な判断につなげたいとしています。
今回のえん罪事件で、大川原社長と島田さんは保釈が認められるまでおよそ11か月にわたって勾留され、相嶋さんは保釈が認められず、勾留中に見つかったがんで亡くなりました。
3人の保釈請求はあわせて20回にのぼり、弁護側が不服を申し立てたものをあわせると、23人の裁判官が関与していました。
こうした中、東京地方裁判所では、令状部に所属するおよそ10人の裁判官が持ち回りで保釈の可否を判断していた運用を変更し、去年4月から一部の事件について、担当する裁判官を固定する取り組みを始めました。
対象としているのは、裁判の前に争点を絞り込む「公判前整理手続き」が行われる、裁判員裁判の事件や大型の経済事件などです。担当者を固定することで、被告に証拠を隠すおそれがあるかどうかなど、保釈の可否の判断に必要な事情を継続的に把握できるということで、適切な判断につなげたいとしています。
また、東京地裁では刑事裁判官が勉強会を開き、保釈の可否の判断について議論を重ねているということです。
がんでも閉じ込められ…無実だった技術者の死
裁判では捜査の違法性を認める
民事裁判の2審の判決で東京高等裁判所は、3人を逮捕した警視庁公安部の判断について「合理的な根拠が欠けていた」と指摘し、捜査の違法性を認めました。
追加捜査せず 輸出規制の解釈も“相当でない”
「噴霧乾燥器」は、経済産業省の省令で「機械の内部を滅菌または殺菌できるもの」が輸出規制の対象とされています。
これについて警視庁公安部は、熱で内部を温める方法により、省令で挙げられている細菌のうち、1種類でも死滅させればよいと解釈しました。
この解釈を前提に、機械の内部が殺菌できる温度に達するかどうかを確かめる実験などを行い、輸出規制の対象にあたると結論づけて3人を逮捕しました。
警視庁公安部のこうした判断について東京高等裁判所は、大川原化工機の幹部などから実験で調べた場所以外にも温度が上がりにくい場所がある可能性を指摘されていたにもかかわらず、追加の捜査を行わなかった点を挙げ、「合理的な根拠が欠けていた」と指摘しました。
また、輸出規制の要件をめぐる公安部の解釈についても、「1種類の微生物でも死滅させることができれば足りるとするのは省令の趣旨に合わない」などと指摘し、「相当ではなかった」としています。
そのうえで「通常要求される追加捜査を実施していれば、輸出規制の対象にあたらない証拠を得ることができた。それに加えて、経済産業省の担当部署から解釈の問題点について指摘を受けながら再考することなく逮捕に踏み切った点において、判断に基本的な問題があった」として捜査の違法性を認めました。
取り調べも“違法との評価免れない”
判決では、警視庁公安部の取り調べについても厳しく指摘しています。
元取締役の島田順司さんに対する逮捕前の任意の取り調べについて、東京高等裁判所は、担当の警察官が犯罪が成立するか否かのポイントとなる輸出規制の要件についての解釈をあえて誤解させたとしたうえで、「重要な弁解を封じて調書に記載せず、犯罪事実を認めるかのような供述内容に誘導したもので、違法との評価を免れない」と指摘しました。
さらに逮捕後の取り調べでも、「弁解録取書」という調書を作成する際に島田さんの指摘に沿って修正したように装い、実際には別の内容の調書を見せて署名させたと認定。
そのうえで「欺くような方法で捜査機関の見立てに沿った内容の調書に署名させたもので、島田さんの自由な意思決定を阻害した」と厳しく指摘しました。
検察の起訴も違法と認める
東京高等裁判所は、検察が起訴したことについても違法だったと認めました。
大川原化工機の「噴霧乾燥器」には温度が上がりにくい場所があるとする会社側の指摘について検察も報告を受けていたとしたうえで、「警視庁公安部の実験結果に疑問を抱かせる指摘であり、有罪の立証のためには検証することが当然に必要だった。通常要求される捜査をしていれば輸出規制の対象にあたらない証拠を得ることができたといえ、有罪と認められる嫌疑があるとした検察の判断は合理的な根拠を欠いていた」としました。
また、輸出規制の要件をめぐる警視庁公安部の解釈についても、検察が会社側から国際的な合意と異なるとして疑問を伝えられていたことなどを挙げ、「およそ不合理だったとまでは言えないとしても、その解釈を続けることには疑念が残る。これを前提に起訴するかどうかについては、慎重に判断するのが適切だった」と指摘しました。