おはようございます、ポスト田イット乃です。
ちょっとした巡り合わせで、YouTuberかほさんの登山日記の開聞岳編を拝見しました。
https://youtu.be/9qItETp-TfA?si=4TxbJTO3f8Vi-ONH
開聞岳のうんちくをテキパキ解説し、自撮り棒が壊れるトラブルやファンとの交流などを動画にされているかほさん。最後の桜島フェリーのうどんの話にほっこりしました。いい動画のお仕事をされています。
さて、私も鹿児島の開聞岳は14年ほど前に行ったことがあります。冒険気分を駆り立てるうら寂しい登山口、ほどほどに整備された中腹、だんだん険しくなってくる山頂付近、極めつけの岩のハシゴ。懐かしい気持ちになりました。25歳の私は人生で一番メンヘラだった頃でした。
開聞岳は海が見えるとても素敵な山で、夏の開聞岳周辺のドライブは沿道に花が咲き乱れる正に楽園。ヘルシーランド露天風呂「たまて箱温泉」(👆🏻写真)は開聞岳が見える温泉で開放的で最高(⚠️2025年4月まで改修工事中)。そんな経験をしてもなお、夜には「だめだ、死にたい」と訴えて同行のカレシ(現夫)になだめられていました。19歳で一人暮らしを初めて22歳のときには月10万円の実家からの仕送りを止めて、配達バイトで生計を立てながら大学の卒業を目指す暮らしをしていました。
そもそもが本の虫なので、肉体労働には慣れておらずおそらく大学のときには十字靭帯がかなり傷ついていたのだと思います。常に膝が痛い20代、身体の悪い自分には勉強しかないなどという決心も付かず、実家に戻っても父親は難病だし妹もまだ留学中の大学生。夢もあったし遊びたいし。生活する難しさに大分メンタルがやられていました。将来が不透明で後ろだてがない辛さで、せっかくの旅行が楽しめません。
車の中でカレシと長い時間を話し合ってとにかく死なないことにして、宿に戻って寝ました。翌日は私の祖母の家に泊まります。90歳を少し過ぎた祖母は伯父近居の一人暮らし、敷地が広いので敷地内の一室に布団を借りて近所の温泉に入り、祖母の作った夕飯を食べました。普通にもてなされていましたが、この時祖母は90歳過ぎていたのです。
祖母はお茶を入れてくれました。塩を入れ始めました。私とカレシ2人にそのお茶をすすめて、私たちは飲みました。美味しくないお茶でした。カレシと目を見合せて、「これは…鹿児島の風習ですか?」とカレシは聞きました。小さい頃から大阪ー鹿児島間をよく往復していた私も経験したことがありません。「武家の婚姻の儀よぅ😁。」は!?相手は90歳なので、不意打ちで何さらしとんじゃなど言えるはずありません。
とにかく祖母がカレシを、婚約者ほどに思ってくれた気持ちを嬉しく受け止めました。それからも死にたい夜は沢山あったし、エゲツない喧嘩もカレシ(現夫)と沢山してきました。高齢でもなお私たちの後ろだてとして私たちの関係を祝福してくれた祖母のお陰でまだ2人で住んでいます。私の祖母はそこから10年と少し生き延びて3人の子どもにも会わせることができました。
山の地形は大切な人との思い出を呼び起こします、YouTuberかほさんにも感謝を。
お読み下さりありがとうございました。