遠くからミノタウロスの遠吠えが聴こえてくる9階層で、都市最強である猛者オッタルもまた叫び、そして
「オオオッ!」
「甘い」
都市唯一であるLv.7の力と敏捷のステイタスから放たれる神速の横薙ぎを、ミストは軽々と見切って紙一重で避ける。避けられることを想定していたオッタルは、繋げるようにして身体を回転させて大剣を振るい、ミストを頭から真っ二つにしようとするが。
「直線的過ぎるな」
ミストが左手に持つ盾によって軽々と弾かれ体勢を崩したオッタルは、そのままの勢いで後ろに倒れ込み、ダンジョンの床に座り込む。続けざまにミストの蹴りが繰り出され、オッタルは恥も外聞もなくそのまま床を転がって避ける。
既に幾度となく繰り返されてきた動きに、オッタルは内心の疑問を押し留めたまま立ち向かう。
ミストが見せている盾による弾きは、狭間の地においてパリィと呼ばれる戦技である。敵の攻撃を的確に見切り、その力を逸らすことで相手の体勢を崩させる。それは使用者の筋力ではなく、圧倒的なまでの戦闘経験と巧みな技術から繰り出される基本にして必殺の戦技である。本来ならば、体勢を崩した無防備な相手に対して致命の一撃を叩き込むことこそパリィの基本ではあるが、ミストはオッタルに対して高みを見せる方法として使用し続けていた。
「己の神を守りたいのだろう? ならば戦い方に手段を選ぶな。勝ち方に綺麗も汚いも存在しない……そこにあるのは己が勝ったという事実だけだ」
「オオオオオオオオオッ!」
嵐のように、という例えすらも生温いオッタルの連撃を前に、ミストは冷徹な表情のまま全てを捌く。横薙ぎを避け、切り上げを見送り、縦切りを弾く。連撃を途中で無理やり中断させられたオッタルは勢いのまま背中まで地面に倒れ込み、ミストの追撃として繰り出された蹴りを脇腹に受けて壁際まで転がり、壁を背にしたままゆっくりと立ち上がった。
オッタルの中に、既に猛者としてのプライドなど存在しない。ただ格上の相手がまだまだ未熟な自分に対して手荒な特訓を付けてくれている程度の認識しか、今のオッタルには存在しない。だからこそ、オッタルは自らの魔法を使うこともなくただミストへと立ち向かっていく。
「力だけか?」
「ぐぅッ!? まだ、だッ!」
全力を以って大剣を振り下ろせば、ミストの持つ小さな鉄の盾程度など容易く切断できるだけの力を、オッタルは持っている。ミストと同じ大剣で同じように打ち合えば、必ず押し勝てるだけの膂力をオッタルは持っている。耐久力も敏捷性も、オッタルの方が上を行っている。にもかかわらず、オッタルはミストに対して手も足も出ていない。
(これが)
拮抗するように打ち合う大剣と盾の音に対して、結果は誰が見ても圧倒的なものである。オッタルが最強であると信じていたスコットですら、目の前の光景に対して言葉も出ない。武器の性能などでは済まされない、圧倒的なまでの戦闘能力の差。それを痛感しているはずのオッタルは、普段の仏頂面を崩して獰猛な笑みを浮かべていた。
(これが高みか!)
ダンジョンの床に罅が入る程踏み込んで振るわれた本気の一撃は、他の攻撃と何も変わらずにただ弾かれる。ただ圧倒されただけの戦いに、オッタルは満足そうな顔をしながら迫る拳を頬に受けてダンジョンの壁に激突して、意識を失った。
「武人……か。私にはできない生き方だ」
ダンジョンの壁に激突したまま動かなくなったオッタルに視線を向けながら、ミストは自らの拳を見つめた。Lv.7冒険者の耐久を持つオッタルを殴り飛ばした右手が少し痺れているのを感じながら、通路の奥から走ってくる冒険者たちに目を向けた。
「これは」
「げッ!?【ロキ・ファミリア】かよ!?」
「ほう……【剣姫】か」
腕に小人族の女性を抱きしめたままやってきたアイズ・ヴァレンシュタインを見て、ミストはミノタウロスと戦っている少年を思い出した。女神フレイヤの差し金によって白髪の少年──ベル・クラネルに危険が及んでいることを知っているミストは、アイズがベルを救うために走ってきたことを理解していた。
オッタルが9階層にいることは、ベルに与えた試練を見届ける為であると思っていたミストだが、彼はすぐにやってくる上級冒険者の助けを防ぐためにいたのか、と考えたミストは少し迷ってから長牙を抜いた。
「なにをっ!?」
「くだらん問答はいらん。猛者のしたかったことは私の方でさせてもらう」
オッタルがしようとしていたことが、ベル・クラネルとミノタウロスの戦いに水を差されないことなのだとしたら、それはミストとしても願ったりである。今すぐにアイズがベルの元に辿り着けば、彼はきっと流されてしまうだろう。希望もない戦いの中で立ち上がり続けるほど、今のベルは強くはない。
ベル・クラネル救援へと向かっていたアイズの行く手を阻む黒い鎧の敵は、見たこともない長刀を振るいながら、アイズを後ろへと追いやっていく。片手に瀕死のリリルカ・アーデを抱えながら戦えるような相手ではなく、アイズは唇を噛みながら大きく後ろに後退した。
「【
リリルカを地面にゆっくりと下ろしたアイズは、愛剣デスペレートを構えて