ダンジョン9階層にてオラリオ最強の冒険者であるオッタルと相対したミストは、静かにその顔を見つめていた。一方、オッタルは目の前の人物など全く知ることはない。都市最強と呼ばれるオッタルにとって、顔に見覚えのない冒険者は全て有象無象でしかない。
「な、なんで【
背後で騒ぐスコットを全て無視したまま、ミストは冷静にオッタルを見つめていた。鍛え上げられたその肉体や、無骨だが確かに整えられた大剣。そして明らかに格下と決めつけている瞳をしながら、一切の油断も見受けられないその佇まい。ミストはかつてラニに対し、女神至上主義である猛者は腑抜けた冒険者であると発言したが、ミストの前に立つ武人には一切の無駄が存在しなかった。
「まずは謝っておこう。【猛者】オッタル……私はお前のことを侮っていた」
「……お前の顔に見覚えはないが、侮られていたことに対する謝罪は受け取ろう」
オッタルの女神至上主義は己と同じものであると、ミストは認めたのだ。ミストがラニを崇拝し、愛しているように、オッタルもまた己の主神であるフレイヤのことを崇拝し、愛しているのだろう。そこに想いの大きさは関係ない。ミストは、オッタルの持つ感情が己と同種であると確認した。故に、ミストは武器を抜いた。
「お前の本当の実力、ここで知っておくのも悪くはない」
腰に差すにはあまりにも長い刀をゆっくりと抜いたミストは、好戦的な笑みを浮かべた。口元だけが露出する漆黒の鎧であるマリケスの鎧は、坩堝の騎士が身に纏う鎧よりも防御性能が高い訳ではない。しかし、独特の意匠から放たれる圧倒的な殺気と圧力は、オッタルに警戒心を抱かせるには充分だった。
抜き放たれた刀は、明らかに持ち手に対して刀身が長すぎる。如何なる達人が持とうともまともに振ることすらできないであろうはずの長刀を、ミストはなんの違和感もなく構える。『長牙』と呼ばれるその刀は、かつて狭間の地において「血の指の狩人ユラ」が用いた刀である。鍛え上げられたその刀は槍の如く、突き攻撃において真価を発揮する武器であるが、ミストは突きの構えを見せずに両手で柄を握る。
「……挑まれるのならば、応えよう」
オッタルがLv.7に到達してから既に7年の月日が経過している。幾度となく同業である冒険者たちとも刃を交えてきたオッタルだが、その戦いにおいては一つの黒星も存在しない。故にオッタルはオラリオ最強と呼ばれるに至っているが、実のところ彼はその呼び名を忌み嫌っている。己の身体に、脳裏に刻み込まれた幾度もの敗北が、最強という二文字を嫌っているのだ。
オッタルは他が認める最強でありながら、今でも多くの冒険者に挑みかかられる。多くが一合でもって決着のつく勝負ばかりだが、オッタルはその挑戦を断りはしない。
「っ!?」
「力は、流石の一言だな」
想定以上の速さで振り下ろされた長牙を咄嗟に防いだオッタルは、力で押し込まれる感覚を味わいながら驚愕に目を見開いた。自分がモンスター以外の存在に力で少しでも押されたのはいつ以来か、オッタルに過去を回想する暇すらも与えずにミストは続けざまに刀を振るう。既に、オッタルの中に残されていた都市最強として迎え撃つ気持ちは消えていた。
視線を真っ直ぐ向けたまま放つ連撃に対して、オッタルはLv.7へと至った動体視力を駆使して攻撃全てを防ぐ。同時に、オッタルは戦いを始める前に言われた実力を知っておくという意味を理解する。オッタルが過去全ての戦いによって得た経験や、女神に与えられた恩恵を最大限に駆使してやっと捌いている剣戟は、オッタルがギリギリ防げる範囲を探っているのだ。その証拠に、ミストの剣戟はどんどんと加速していき、ついにオッタルの頬に薄い切り傷を与えた。
「想定以上だな。
「こちらも謝罪しよう。一目見た時からお前を侮っていたことを」
「ならば全力を見せてみろ。お前の女神に対する気持ちを、な!」
ミストは既にオッタルのことをただ1人の神に仕える者として、自らと同等であると認めている。オッタルとて良識はあり、たとえ悪人が相手であろうとも、人を斬ることに眉を顰める気持ちにはなるだろう。だが、その相手が自らの信じる神を害そうとするものならば、彼は迷いなく敵対者として相手を斬ることができる。それはミストも同じである。自らと同じ立場だと認めているからこそ、彼の力が見たくて仕方がないのだ。
スコットは目の前で繰り広げられている高度な戦闘を、目で追うことすらもできない。同じ腕が2本の生物が戦っているとは思えない攻防を前に、スコットは言葉すらもでないまま立ち尽くしていた。
「そこが、限界か?」
「ぐぅっ!?」
「どうやら、そうらしいな」
超高度の剣戟は一瞬の間で決着がついた。さっきまで大量に重なり合っていた大剣と刀が重なり合わず、滑り込むようにオッタルの腹部に峰が叩き込まれた。オッタルが反撃で繰り出した大剣を最小の動きで避け、隙と呼ぶにはあまりにも小さい隙に対してミストが刀を挟み込んだだけである。
衝撃を受けて片膝をついたオッタルを、ミストは満足げな目で見下ろしていた。そして、攻撃を受けたオッタルは短い攻防の中で、相手が自分よりも遥かに格上であることを察していた。それが神から与えられた恩恵によるステイタスの差ではなく、純粋な剣士としての技量だけで敗北したことも。言い訳の1つもできない敗北を前に、オッタルは薄く笑みを浮かべた。
「ありがたい。俺はまだ、上を目指せる」
「私を目標とするか。それもいいだろう」
ミストの中で既に結論はついていた。オッタルが自らと同じである以上、彼は大衆の英雄となることは不可能である。だが、それでも立ち上がろうとするオッタルに対して、ミストは笑みを浮かべる。
「ならば1つの高みを見せてやる。全力でかかってこい」
長牙を鞘に納めたミストは左手に盾を持ち、片膝をついたまま見上げるオッタルを挑発していた。