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作:刈刈シテキタ刈
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第30話【Life in ash】


 

 

 

 人間のものとも、モンスターのものとも取れぬ紛糾が響き渡る最中。

 フェイドはフィルヴィスと共に白ずくめの男、オリヴァス・アクトと向かい合う。

 

「……愚かな奴め。六年前のように、逃げれば良いと言うのに」

 

 新たな乱入者であるフェイドの登場に一瞬驚いたが、オリヴァスは直ぐに平静を取り戻して臨戦態勢に移行する。

 

「死んで貰おうか、今度こそ」

 

「無理だな」

 

「……ほう?」

 

「貴様如きに、私達は倒せない」

 

 だが、隣に立つフィルヴィスの挑発に、オリヴァスは眉を顰めた。

 そして、彼女は目の前に立つ怨敵に向けて、毅然とした面持ちで言い放つ。

 

 

 

「私には分かる。死ぬのは貴様だ」

 

 

 

 どう足掻いても避けられない確約された死。

 

 それが、もう間も無くお前に訪れるのだと。

 

「っっ……!! ならば、やってみせ───」

 

【雷の槍】。

 

 オリヴァスの裂帛を掻き消すような雷鳴が、開戦の烽火。

 雷槍に右肩を抉られ怯んだ瞬間、フェイドとフィルヴィスは地面を蹴って疾駆する。

 

「………………」

 

 先ず、一番槍としてオリヴァスに仕掛けたのは、フェイド。

 左右の手に携えしは、【炎術のロングソード】と【カイトシールド】。

 初見の敵を相手する際、動きを見極める為に生存を重視した装備だ。

 

「小癪な真似を!」

 

 フェイドが接近を果たすと、苛立ちと共に強靭な腕が振るわれる。

 オリヴァスは己の四肢を凶器と成し、フェイドを迎え撃ってくる。

 

「【一掃せよ、破邪の聖杖】」

 

 衝突の直前、耳朶を打つのは魔法の詠唱。

 

「【ディオ・テュルソス】」

 

 短杖から放たれしは、一条の雷。

 

「───────」

 

 背後から発せられた音を聞いた瞬間、フェイドは横に身を翻す。

 目の前に迫り来るオリヴァスの攻撃も、同時に回避するような形で。

 

「がっ!?」

 

 そして、稲光と共に突き進む鋭い軌跡は、直線上に残された者に牙を剥いた。

 フェイドに向けられた誤射は、オリヴァスへの奇襲に変貌し、また一つ損傷を与える。

 

 そこに、すかさず追撃。

 

 よろめいたオリヴァスに対して、フェイドは袈裟斬りを繰り出し、胴体に深い裂傷を刻む。

 刀身に籠められた炎術派生の斬撃が炎を迸らせ、飛び散る鮮血を蒸発させる。

 

「舐……めるなあっ!」

 

 だが、腐っても相手は怪人(クリーチャー)。即座に体勢を立て直し、オリヴァスは反撃の蹴りを見舞う。

 咄嗟に盾を挟み込んで足裏を受け止めたものの、フェイドは威力を殺し切れずに弾き飛ばされた。

 

 地面を抉りながら急制動するが、その隙にオリヴァスは距離を詰めて腕を振り上げる。目障りな羽虫を叩き潰さんと。

 

「ちいっ!?」

 

 しかし、フィルヴィスの振るう短剣が、それを許さない。一瞬の隙を見逃さず、フェイドが与えた切創をなぞるように切り刻む。

 

 続け様、フェイドは蹈鞴を踏んだオリヴァス目掛けて【雷の槍】を投げ放ち、反撃の時間すらも与えない。

 

 そうして、大主柱の根元で繰り広げられるのは、前衛と後衛が絶えず入れ替わる攻勢。

 最早、それはオリヴァスという名の獣を着実に追い詰めてゆく、狩りと化していた。

 

「【一掃せよ、破邪の聖杖】!」

 

 そして、オリヴァスを挟み込むように背後を取り、フィルヴィスは詠唱を紡ぐ。

 

「【ディオ・テュルソス】!」

 

 無防備な背中へと短杖を突き翳し、魔法の名を叫んだ。

 

「───馬鹿が!」

 

 その浅慮を、オリヴァスは嗤った。先ほどの意趣返しと言わんばかりに身を翻し、放たれた雷を躱す。

 直線上に居たフェイドが食らうように仕向け、連携の綻びを作ろうとする。

 

「───────」

 

 しかし、そんなオリヴァスの目論見は、脆くも崩れ去った。

 

 フェイドの盾が発した蒼い波動が、魔法を打ち消した事によって。

 消え去った魔法と入れ替わるかのように、三本の輝剣が展開された事によって。

 

 戦技、【カーリアの返報】。

 

 魔術や祈祷を消し去り、その力を輝剣と成し逆展開する戦技。

 フィルヴィスの雷を変換した三本の剣は、オリヴァスへ切っ先を向けて射出される。

 

「~~~~~~っっ!!??」

 

 それらと共に地を蹴って肉薄し、フェイドは擬似的な四刀流による連撃で切り刻む。

 オリヴァスも負けじと掌底を繰り出すものの、その動きは単純且つ愚直。

 傾けた盾によって容易く往なし、直剣の刃を横薙ぎ一閃。首筋から鮮血を飛び散らせる。

 

「………………」

 

 身体能力としては、紛れもなくLv.5級。しかし、体捌きや駆け引きは然程でもない。

 オリヴァスを別の何かに例えるならば、武人として洗練されていないレヴィス。

 ここまでの戦闘を経て、怪人(クリーチャー)としての膂力に頼り切っているような印象を受けた。

 

「………………」

 

 そうして、フィルヴィスの横に並びながら、フェイドは確信する。

 

 この程度の敵であれば、初見でも殺れると。

 

 フェイドは他者と手を組んで戦うことが苦手である。それは、先ほどのアイズとの共闘からして依然変わりない。

 だが、その他者の中にも例外は居る。それは、これまで幾度と無くパーティを組んできたフィルヴィスという少女だ。

 

 足並みが揃わぬ最初期の苦心から、一年の月日が過ぎた。

 傍若無人で自由奔放なフェイドの手綱をどうにかして握ろうと、フィルヴィスは試行錯誤し続けた。

 その結果、彼女は気付いた。フェイドを無理矢理従わせるのではなく、フェイドに同調すべきなのだと。

 

 そして、一年間の日々の中で結実したのは、阿吽の呼吸と呼ぶべき連携。

 フェイドの隙をフィルヴィスが潰し、フェイドが生み出した好機をフィルヴィスが活かす。

 それを成せるぐらいには、互いが互いの思考を理解し合っていた。

 

 だからこそ、此方に傷一つ付けられない程度の相手に、負ける道理など何処にも無い。フィルヴィスの宣告通り、死ぬのはオリヴァスである。

 

「ぬううううぅぅぅぅ…………っっ!!」

 

 相手も自らの劣勢を察し始めたのか、白い相貌に明確な焦燥が浮かび始める。

 

巨大花(ヴィスクム)!!!!」

 

 やがて、オリヴァスは大主柱に巻き付いた巨大花へと唾を飛ばしながら喚いた。

 その巨体を以ってして、この不愉快な二人組を轢殺しろと。

 

 オリヴァスの叫びに呼応し、巨大花は開花しながら大空洞に落下してくる。

 フェイドとフィルヴィスを挽肉にせんと、超重量の巨躯が大空洞を震撼させながら迫り来る。

 

「何秒凌げる」

 

「……十秒、といったところか」

 

「分かった」

 

 その光景を目の当たりにしながらも、二人は微動だにしない。

 寧ろ、巨大花の突進を待ち受けるかのように、短い言葉を交わしながら佇む。

 

「ふはははははは!! 潰れてしまえ!!」

 

 そして、オリヴァスが片腕を突き出し、巨大花が一気に加速した瞬間。

 

「【盾となれ、破邪の聖杯───】」

 

 フィルヴィスが詠唱と共に前進し、魔法を発動。

 

「【───ディオ・グレイル】!」

 

 白く眩い光が放たれ、眼前に巨大な障壁が展開された。

 

 直後、巨大花の突撃と円形の障壁が、閃光を散らしながら衝突する。

 膨大な威力を物語るように、鐘を叩き割ったかのような甲高い音が響き渡る。

 

「───────」

 

 だが、フィルヴィスの障壁は、軋みを上げながらも砕けない。二人を押し潰さんとする巨大花を阻み、聖なる光を放ち続ける。

 

「………………」

 

 前回、30階層の食料庫(パントリー)にて接敵した際、魔石の位置は把握している。

 あとは、一撃で仕留められるだけの火力を、巨大花の頭にぶつけるだけ。

 

【信徒の誓布】、【集う信徒の誓布】。

 

【炎の蠍】、【ゴッドフレイの肖像】。

 

【黄金樹に誓って】、【火よ、力を!】。

 

【炎纏いの割れ雫】、【信仰瘤の結晶雫】。

 

【巨人の聖印】。

 

 彼女から提示された十秒という猶予を用いて、フェイドは己の火力を極限まで高める。

 そのまま、【黄金樹の聖印】を構えて畜力(チャージ)。掌上の火を迸らせ、一撃で仕留められるだけの炎を練り上げる。

 

「っ──────」

 

 そして、衝突から十秒後。フィルヴィスの予告通り、障壁に亀裂が走った。

 

 そこに、フィルヴィスはありったけの魔力を注ぎ込み、障壁を敢えて自壊させる。

 行き場を失くした魔力は衝撃波となり、巨大花を仰け反らせた。

 

「───行けっっ!!」

 

 フィルヴィスの叫びに促されるまま、フェイドは巨大花に照準を合わせ、腕を振るって放つ。

 

【巨人の火をくらえ】。

 

 正真正銘、全力全開の一撃を。

 

 そうして、莫大な熱量を有する火の玉が、巨大花の頭部に着弾した瞬間。

 

 

 

 全てを焼き尽くす暴力が、大空洞に炸裂した。

 

 

 

━━━━━━━━━─────────

 

 

 

 生物を滅ぼすには過剰なまでの劫火が、止め処なく火の粉を撒き散らして周囲を煌々と彩る。

 大空洞を覆う緑の肉壁にまで延焼し、辺り一帯が灼熱地獄と化す。

 真正面から直撃を受けた巨大花は一片の灰も塵も残さず、この世界から焼却された。

 

「なっ……あっ……あっ……」

 

 頼みの綱が一瞬にして屠られた光景に、オリヴァスは言葉を失った。

 その場に釘付けにされたかのように動けず、呆然と立ち尽くす。

 

「───────」

 

 目の前に差し出された隙を、おめおめと見逃すフェイドではない。余所見をするオリヴァス目掛けて駆け出す。

 

【火よ!】。

 

 そして、目と鼻の先の至近距離で放たれたのは、束の間の灼熱。

 

「───ぎゃああああっっっっ!!??」

 

 咄嗟に腕を交差させて防ぐが、先程の強化が残った祈祷の前には、余りにも脆弱な防御だった。

 オリヴァスは絶叫を上げながら爆炎に薙ぎ払われ、後方へと吹き飛ばされてゆく。

 地面を何度か跳ね、最終的には聳え立つ大主柱に背中を叩きつけられた。

 

「………………」

 

 時を同じくして、先んじて暴れていたもう一体の巨大花は【凶狼(ヴァナルガンド)】と【千の妖精(サウザンド・エルフ)】の合わせ技により爆散。

 

 同様に、食人花の群れもヘルメス・ファミリアの奮闘によって急速に数を減らしており、大空洞の制圧まで幾許も無い。

 

 趨勢は決した。ここからオリヴァスが逆転する方法も、それが成せるだけの手札も無い。

 原型を保てず崩れ落ちた両腕と、息も絶え絶えに立ち竦む様子を見て、フェイドはそのように判断した。

 

「ば、馬鹿な……話が、違う……私は、()()からの寵愛を受けている……特別、なのだと……っ」

 

 愕然とした呻き声をあげながら、オリヴァスは身体を支えきれずに片膝をつく。

 その胸部には、辛うじて焼失を免れた極彩色の魔石が見えた。

 

「思い上がるな。もし仮にお前が特別だったとして、特別ごときが例外(イレギュラー)に勝てる筈が無いだろう」

 

 絶対零度の眼差しと共に、フィルヴィスは言い放った。お前ごときが勝てる道理など、最初から無かったのだと。

 彼女の言葉を聞いたオリヴァスの相貌からは、怪人(クリーチャー)であるという自信や自負といったものは完全に消え去った。

 

「そ、そんな……や、やめろ……やめてくれ……っ」

 

 そうして、入れ替わるようにして始まるのは、惨めな命乞い。

 

「………………」

 

 フィルヴィスは許せなかった。

 

 こんなにも醜い男が、自分の目の前に居るという事が。

 こんなにも醜い男が、一秒でも長く在るという事が。

 

「【一掃せよ、破邪の聖杖───】」

 

 一刻も早く決着を、一刻も早く抹殺を。己の過去を清算すべく、目の前の怨敵を一掃すべく、フィルヴィスは詠唱を紡ぐ。

 

「………………」

 

 そんな、殺意に満ちた彼女の横顔を無感動に眺め、フェイドは復讐の完遂を見届けようとする。

 あの男がフィルヴィス達と同じ怪人(クリーチャー)であるのなら、どうせ死んでも蘇る。

 喋れる内に事情聴取(拷問)をしたかったが、一先ずはフィルヴィスの感情を優先する事にした。

 

 

 

 だが、短杖から報復の雷が放たれる直前。

 

 

 

 またもや大空洞の壁が爆ぜた。耳を劈く破砕音に対して、フェイドは視線を向ける。

 

「はあっ……はあっ……」

 

 濛々と漂う煙を引き連れて出てきたのは、アイズ。全身に裂傷を刻みながらも、五体満足である。

 同じファミリアの仲間が真っ先に駆け寄り、無事を確かめている。

 

「………………」

 

 続けて、音の発生源である壁の大穴。晴れゆく煙の中から姿を現したのは、レヴィス。

 同様に五体満足だが、アイズと比べて消耗は少ない。軍配は彼女に上がったようだ。

 

 それを示すように、レヴィスの傍らには胸を貫かれて消えてゆく【失地騎士、イングヴァル】が見えた。

 置き土産としてあの騎士を喚んだが、アイズが生存している以上は最低限の仕事はしたらしい。

 

 冷静に状況の分析をしているフェイドを余所に、辺り一帯に切迫した空気が漂う。

【剣姫】、アイズ・ヴァレンシュタインを、あれ程までに追い詰めた猛者の登場に、冒険者達は警戒を示す。

 

 勢いづく冒険者達を、勝利に傾いていた戦局を、レヴィスの乱入は一変させた。

 最大の脅威たる彼女の一挙手一投足を見逃すまいと、彼らは神経を尖らせながら注視している。

 

 やがて、そんなレヴィスが降り立った先は。

 

 大主柱の根本、フィルヴィスとオリヴァスの間だった。

 

「お、おお…………」

 

 絶望的な状況から一転。自らを庇うように立つレヴィスに、オリヴァスは感嘆の声を漏らす。

 彼女はLv.6であるアイズをも凌駕する戦力。未だ残る巨大花と食人花を合わせてぶつければ、逆転の目は有る。

 

「レヴィ───」

 

 そう考え、オリヴァスは自身の傷を癒す時間を稼ぐよう、レヴィスに提案しようとする。

 

「───戦えないのなら、せめて私の糧となれ」

 

 しかし、オリヴァスの言葉は最後まで紡がれる事は無かった。

 何故ならば、身を翻して放たれた貫手がオリヴァスの胸を貫いたから。

 貫通した身体の背中側、レヴィスの掌には極彩色の魔石が握られている。

 

「っ……、づっ……、っ……!?」

 

 そうして、今際の際の言葉を残す間も与えられず、オリヴァスは崩れ落ちた。

 モンスターが絶命した際に辿る末路。色の無い灰として。

 

 突如として同士討ちという凶行に及んだレヴィスは、オリヴァスから摘出した極彩色の魔石を見やる。

 そのまま、唇を開いて魔石を口の中に含み、咀嚼。噛み砕かれた破片を嚥下した。

 

 モンスターの中の異端、強化種めいた共食いにアイズ達は言葉を失う。

 あまりにも呆気ない怨敵の幕切れに、フィルヴィスは歯軋りする。

 

 

 

「───────」

 

 

 

 だが、誰もが喫驚してレヴィスを眺める中、フェイドの意識は別の物に釘付けとなっていた。

 

 それは、灰と化したオリヴァス。

 

 不死身である筈だった怪人(クリーチャー)の死。

 

 それは、フェイドからすれば青天の霹靂。

 

 起こるはずがない現象だったのだから。

 

「───────」

 

 何も目に入らない。レヴィスが大主柱に寄生した宝玉を強引に抜き取り、突如として現れた仮面の人物に投げ渡しても。

 

「───────」

 

 何も耳に届かない。レヴィスの命令に従い、巨大花が自らを枯死させるまで食人花を産み落とし続けても。

 

「───────」

 

 何も考えられない。どれだけフィルヴィスがこちらの肩を揺さぶり、声を張り上げて必死に呼び掛けてきても。

 

 只々、あの灰の中にあった命から、フェイドは目を逸らせなかった。

 何故かは知らないが、フィルヴィスも斯様な末路を辿ると想像した途端、思うように身体が動かなくなった。

 

「───おい」

 

 花弁を開き、産声を上げる食人花。怒号を上げて応戦する冒険者達。それらを尻目に、レヴィスはフェイドへ声を掛ける。

 

「……ちっ」

 

 しかし、尚もフェイドは動かない。

 

 痺れを切らしたレヴィスは舌打ちしながら疾駆し、立ちはだかるフィルヴィスを一蹴。

 そのままの勢いで詰め寄り、拳でフェイドの頬を殴り抜く。

 

 錐揉み回転し、宙を舞う。頬が抉れて弾け飛び、顎が外れて砕け散り、首が軋んで捻じ曲がる。

 助走を付けて放たれた殴打は、オリヴァスの魔石を喰らったからなのか、前回と比べ物にならぬほどの威力を有していた。

 そのまま、仰向けに倒れるフェイドへ、レヴィスは不愉快そうな面持ちで緩慢と歩み寄る。

 

「わざわざお前の方に食人花(ヴィオラス)共が来ないようにしてやっているんだ。いい加減に私を見───」

 

 そこに、一陣の風が割り込んできた。

 

「───貴女の相手は、私……!」

 

 金の髪を揺らし、アイズはまだ決着は付いていないと言わんばかりの勢いでレヴィスへと躍り掛かる。

 その負けん気の強さは、この極限の状況下であっても一切曇らなかった。

 

「………………もういい」

 

 一貫してこちらに意識を向けないフェイド。彼とは裏腹に、未だ食い下がってくるアイズ。

 こんなにも待ち焦がれているというのに、一向に始まる気配を見せない死闘。

 

 何もかもが癪に障る。何もかもが煩わしい。

 

「貴様ら、皆殺しにしてやる」

 

 そうして、此処まで抑圧されていたレヴィスは、遂に我慢する事をやめた。大空洞に居る人間を全員殺し、鬱憤を晴らす事にした。

 

「先ずはお前だ。アリア」

 

 この小娘を生かしたまま()()のもとまで連れて行くという使命があったが、知ったことではない。細切れにした肉片を献上してやる。

 

 迸る殺意と共に、レヴィスは迫り来るサーベルを受け止めて薙ぎ払う。

 高められた腕力で振るわれた長剣は、アイズの斬撃を歯牙にもかけず容易く弾き返す。

 

「───────」

 

 今まで、レヴィスは境界線に立っていた。Lv.6とLv.7を隔てる境界線に。

 同胞たるオリヴァス・アクトの魔石は、その境界線を越える最後の一押しとなったのだ。

 

「───行くぞ」

 

 

 

 そして、Lv.7の領域に至ったレヴィスは、蹂躙を開始した。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━──────

 

 

 

 剣戟の音が響き渡り、咆哮が絶えず戦場を揺さぶる中。フェイドは微動だにせず天井を仰ぐ。

 その思考は、怪人(クリーチャー)の死という出来事に占拠されていた。

 

 フィルヴィスは、首を折られても死ななかった。

 

 レヴィスは、首を断っても死ななかった。

 

 だが、あの魔石を抜かれれば死ぬのか。

 

 灰燼に帰すのか。

 

「………………」

 

 今までは、誰が死んでも何も思わなかった。誰を殺しても何も思わなかった。

 この足は止まらず、数多の屍を乗り越え、時には踏み躙って、前へ前へと進んできた。

 だというのに、たった一人(フィルヴィス)の死を意識した途端、身体が動作を拒んだ。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 やがて、微動だにせず横たわるフェイドへ、氾濫したかのように食人花の群れが襲い掛かる。

 そのまま、為す術も無く食い殺されるかと思われた瞬間。

 

「【一掃せよ、破邪の聖杖】!」

 

 凛とした声で紡がれる詠唱が、フェイドの鼓膜を揺らした。

 

「【ディオ・テュルソス】!」

 

 そして、発動と同時に、フィルヴィスは突き出された短杖を横に薙ぐ。

 直進する筈だった稲妻は鞭と化し、殺到する食人花を纏めて焼き払う。

 本来の軌道を無理矢理捻じ曲げた魔法行使。扇状に放たれた雷により、危機は一時的に凌がれた。 

 

「おいっ……どうしたんだ!」

 

 そうして、全身に擦り傷を作ったフィルヴィスが駆け寄ってきて、抱え起こしてくる。喉を引き裂くように声を張り上げて、懸命に呼び掛けてくる。

 

「起きろ! お前が起きなければ、此処に居る全員が死んでしまう!」

 

「………………」

 

 それもそうである。アイズと【凶狼(ヴァナルガンド)】が二人がかりでレヴィスに応戦しているものの、彼我の実力差は歴然。

 ヘルメス・ファミリアとレフィーヤが連携して食人花の群れに奮戦しているもの、彼我の物量差は明白。

 

 

 

 それならば、フィルヴィスを連れて逃げようか。

 

 

 

 他人事のように周囲の光景を眺めたのち、フェイドは敵前逃亡という判断を下す。

 あの冒険者達の命とフィルヴィスの命など、天秤に掛けるまでもない。

 食人花の包囲網など、トレントの俊足を以ってすれば容易く突破できる。

 

 そうして、フェイドは右手を上げて指笛を鳴らそうとした。

 

 

 

()()()()()()()()()()! お前は、お前の為すべき事を為せ!」

 

 

 

 しかし、フィルヴィスに右手を掴まれ、その行動は阻止された。

 色褪せた瞳だけを動かし、フェイドはこちらの手を握る彼女を見つめ返す。

 

「っ……っっ…………」

 

 視界に映るのは、発した言葉とは裏腹に焦燥で揺らぐ赤緋の瞳。

 

 それを見て、フェイドはふと気づいた。此処で彼女と一緒に逃げてしまったなら、彼女の誇りを穢してしまうと。

 

 彼女を【死妖精(バンシー)】にしてしまうと。

 

「───────」

 

 その瞳を見た時点で、フェイドの中から逃亡という選択肢は消えた。

 虚空から取り出した【黄金樹の聖印】を握り締めて【黄金樹の回復】を発動。傍に居たフィルヴィス共々、自らの傷を癒す。

 

「───分かった」

 

 そのまま、フェイドは自らの足で立ち上がり、フィルヴィスに向き直りながら頷いた。

 

 私なら、大丈夫だから。彼女が発した言葉を信じる事にした。

 

「っ……すまない、私はヘルメス・ファミリアの援護に向かう。あの怪人(クリーチャー)は任せた」

 

「ああ」

 

 そして、二人は互いに背中を向け合い、それぞれ異なる方向に走り出す。

 フェイドはレヴィスの方へと。フィルヴィスは食人花の群れの方へと。

 

「やっと来たか。待ちくたびれたぞ……!」

 

 フェイドの接近を敏感に察知したレヴィスは、今度こそ歯を剥いて笑う。諸手を挙げてフェイドの参戦を歓迎する。

 

「わ、私も戦います……!」

 

「邪魔をするな」

 

 すかさずアイズも共闘の意を伝えようとしてくるが、フェイドは即座に却下した。最早、彼女の心情を考慮する暇も余裕も無いのだ。

 虚空から取り出した【ぬくもり石】をアイズに投げ渡し、真っ直ぐにレヴィスのもとへと歩き出す。

 

「てめえ……!」

 

 こちらの態度が気に食わないのか。或いは、何かに気付いたのか。【凶狼(ヴァナルガンド)】、ベート・ローガが鼻を鳴らしたのち声を掛けてくる。

 

「ベートさん。この人に任せて、行こう」

 

 しかし、何かを言ってくる前にアイズが彼の肩を掴んで制止した。

 この極限の状況下で揉めている場合ではないのだと、悔しげに面持ちを歪ませながら。

 

「…………ちっ!」

 

 ベートの舌打ちを背中に受けつつ、フェイドは【分かたれぬ双児の剣】を両手に携えて臨戦態勢に移行。眼前のレヴィスを照準に捉え、構える。

 

「散々待たせたんだ。落胆させてくれるなよ?」

 

「ああ」

 

 落胆や高揚など、させる間も無く終わらせる。そんな思いと共に、フェイドは地を蹴り疾駆する。

 そして、現状のオラリオにおける最高峰。Lv.7級の猛者との最終決戦が、大主柱の根元にて勃発した。

 

 突如として起こった不具合(エラー)に惑わされてしまったが、何があったとしても為すべき事は変わらない。

 

 殺す事以外、何も出来ないのだから。

 

 殺す事でしか、彼女を守れないのだから。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 破砕戦争以後、エルデンリングに至った唯一無二の褪せ人であるフェイド・ストレンジア。

 彼が有する異能の中で最も特筆すべき脅威は、何度死んでも蘇るという不死性。

 

 ではない。

 

 類稀な記憶力と学習能力によって裏打ちされた、適応能力。

 これこそが、使命を完遂する直前にまで至らしめた最大の要因だった。

 そうでなければ、死なぬだけの矮小な褪せ人風情が、半神(デミゴッド)を始めとした強者達を殺せる筈も無い。

 

 敵の掌握が終われば、先の先も後の先も、先制も反撃も意のまま。

 幾ら敵が立ち回りを変えようと、得物を変えようと、その双眸は寸分も濁らない。

 そして、何度も何度も死んで敵の挙動(モーション)を覚えたのち、彼の見切りは疑似的な未来予知の領域にまで仕上がるのだ。

 

 

 

「やはり、こうなるか……」

 

 

 

 勝負の行く末が見えてくるまでに、然程の時間は要さなかった。

 全身の至る所に夥しい切り傷が刻まれたレヴィスを眺めながら、フェイドはそう思う。

 

 これまでの戦いで、フェイドは既にレヴィスの挙動(モーション)を掌握した。

 

 それは、彼女の剣術や格闘といった技術的な動きだけではない。

 筋肉の収縮、呼吸、脈拍、瞬き。そういった肉体的な動きから。

 機微、機先、気の起こり。そういった思考的な部分までである。

 

「………………」

 

 レヴィスの発言を借りるならば、Lvが一つ上がった程度で優劣が覆る事は無いのだ。

 何の妨害も無い純粋な一対一という、限られた条件でしか発揮されない能力なのだが。

 

「くくく……愉しい時間はあっという間だな」

 

 しかし、レヴィスは尚も嗤う。己の命が脅かされている絶望的な状況だというのに。

 彼女が巨大花に命じて巻き起こした怪物の宴(モンスター・パーティー)も、レフィーヤらの活躍によって終息に向かっているというのに。

 

「お前は、死に急いでいるのか」

 

 その熱を帯びた微笑を見て、フェイドの口から疑問が衝いて出る。

 オリヴァスと同様にレヴィスも不死ではないのならば、こうも嗤う理由が分からなかった。

 

「ああ、そうだ。そうでなければ、お前に何度も挑むような真似はしない」

 

 すると、レヴィスは即答した。この戦いは、自らの命を消耗するに値する価値があるのだと。

 

「それと……地上でお前と戦って、首を断たれた時に思い出したんだ」

 

 白の中では黒が良く映えるように。死の淵でこそ、命は輝きを増すのだと。

 敢えて残してある首の傷を撫でながら、彼女はそう呟く。

 

「………………」

 

 死を想え(メメントモリ)。無限の命を持つフェイドからすれば、今一つ理解できない発言だった。

 それでも、その言葉を紐解ければ、先ほどの不可解な現象も理解できるような気がした。

 

「私の事など、お前からすればどうでも良いだろう」

 

 しかし、レヴィスの言う通り、今重要なのはこの戦いに決着をつける事である。考える時間など、後から幾らでも作れば良い。

 戦意に満ちて爛々とした眼差しを受け止めつつ、フェイドは大剣を構え直す。

 

「続けるぞ」

 

 そうして、レヴィスは傷の修復も待たずに跳躍。砲弾めいた勢いで地面を爆発させて接近してきた。

 

「───────」

 

 戦闘の再開に伴って、甲高い金属音が断続的に響き渡る。刀身から発せられる残光が入り乱れる。

 紅い残像がフェイドの胴体を断たんと唸る。金と銀の軌跡がレヴィスの四肢を裂かんと煌めく。

 

 されど、拮抗は一瞬。攻防の折、レヴィスの長剣は【分かたれぬ双児の剣】に往なされて空を切った。

 

 戦技、【聖なる刃】。

 

 刹那の空白を断ち切るようにフェイドは大剣を振り抜き、彼女の左腕を切り飛ばす。

 そこから、返す刃で胸を突き刺し、胸の中心に埋め込まれている魔石を抉る。

 

「づ……っ……まだ、だ!」

 

 だが、レヴィスは咄嗟に峰で刺突を受け流し、肺を貫かれながらも寸前のところで凌ぐ。

 僅かに生じた空白を利用してフェイドを蹴り、足場代わりにして飛び退く。

 そのまま、宙を舞って大主柱に着地したのち。自らを弾丸と成して再突撃してきた。

 

「───────」

 

【坩堝の諸相・尾】。飛び掛かると同時に振り下ろされた長剣を尾で受け止め、弾き返す。

 地面を踏みしめて、右回転。宙に浮いたままのレヴィスの胴体を、強靭な尾で薙ぎ払う。

 蹴鞠のように弾き飛ばされた彼女の身体を、大主柱が罅割れながら受け止めた。

 

 今度は、外しはしない。

 

【雷の槍】。フェイドは褪せた瞳を見開き、磔となったレヴィスの鳩尾に照準を定めて投げ放つ。

 

 

 

 そして、雷鳴と共に瞬いた稲妻は、今度こそ彼女の胸を抉り穿った。

 

 

 

「………………」

 

 魔石があった部位。鳩尾に空いた孔を見やり、フェイドは歩み寄る。

 勢い余って殺してしまったが、レヴィスにはまだ聞きたい事があった。

 

 いつぞや、リヴィラの街で遭遇した際、彼女が気付いたという真実。

 それを聞き出すまでは、彼女に死んでもらう訳にはいかなかった。

 

 だが、フェイドの歩みは途中で止まった。

 

「どうしてお前は死なない」

 

 何故ならば、魔石を穿ったはずだというのに、レヴィスの灰化が一向に始まらなかったから。

 

「ごっ……はっ……な、に……体内の魔石を、移動させただけだ」

 

 オリヴァスは、それが可能である事を知らなかったようだが。常人であれば致死量の血を吐きながら、レヴィスは途切れ途切れに答える。

 

「往生際が悪い」

 

 つまり、彼女を確実に殺すには、全身を消し飛ばすか魔石よりも小さくなる程細かく切り刻む必要があるという事だった。

 

「何度も……蘇るお前が、人の、往生際を……語れる立場か?」

 

「………………」

 

 それは、その通りだ。咄嗟に出た言葉は、息も絶え絶えに発せられた反論によって一刀両断される。

 フェイドは何も言い返せず、閉口せざるを得なかった。

 

「だが……どうやら、また私は死に損なった、らしい」

 

 やがて、黙り込んだフェイドを余所に、レヴィスは頭上を見やりながら呟く。

 

 彼女の様子を見て、ふと気付いた。

 

 レヴィスがもたれかかっている大主柱が、現在進行形で亀裂を走らせている事に。

 大主柱は食料庫(パントリー)の中枢。あれが砕け散れば、この空間が崩落する事に。

 

 先程投擲してレヴィスを貫いた【雷の槍】。おそらくは、あの祈祷がダメ押しとなったようだ。

 フェイドが視線を向けた矢先、示し合わせたかのようなタイミングで大主柱は倒壊した。

 それに伴って、天井が地響きめいた音を轟かせて崩れ落ち、岩石が落下し始める。

 

「………………」

 

 潮時だった。このままレヴィスに拘泥していては、仲良く生き埋めになってしまう。

 満身創痍の彼女から視線を外し、フェイドは辺りを見渡す。

 

 そして、冒険者達の中に混じるフィルヴィスの姿を発見し、無事を確認した。

 目と目が合うや否や、彼女は突っ立っていないで早くこっちに来いと、ジェスチャーで頻りに急かしてくる。

 

「───アリアに、伝えておけ。59階層に向かえ……とな」

 

 しかし、指笛を鳴らしてトレントに騎乗し、去ろうとした直前。レヴィスから言伝を押し付けられた。

 深層まで向かわせる意図がよく分からなかったが、断る理由も無いので頷いておく。

 

「分かった」

 

「ふっ……やはり、妙なところで、素直だな……お前、は」

 

 すると、レヴィスから血反吐混じりの失笑を受けた。

 

 敵との会話も程々に、フェイドはトレントを発進させて出口へと駆け抜けて行く。

 逃げ遅れた負傷者も特におらず、迅速且つ統率の取れた撤退行動がアスフィを中心に展開されていた。

 

「………………」

 

 そうして、全員の脱出が完了したのち、フェイドは最後に振り返る。

 

 一人だけ取り残されたレヴィスの方へ。

 

 こちらを見据えたまま動かない緑色の瞳は、依然として変わらぬ眼光を放っていた。

 降り注ぐ岩の奥に消えてゆくまで、一瞬たりともフェイドから目をそらさず、爛々と。

 

 

 

 そして、食料庫(パントリー)の崩落を以ってして、24階層の異常事態は終焉を迎えた。

 

 

 





自我の薄いラジコン(褪せ人)不明なユニット(人間性)が、いつの間にか接続されていたようです。

それが弱さとなるか強さとなるかは、今後の彼次第でしょう。

読んでいただきありがとうございました。
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